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36話 大事な人のために、今日は鬼になってみようか

 翌朝、竜掃使(りゅうそうし)駐屯地に400の兵がやってきた。率いてきたのはジャスティンの長兄、ジュリアンと次兄のグレッグだった。グレッグが右衛門うえもんの兵の一部を率いてきたため、この人数になっている。

 形の上では、竜掃使の残存300と合わせれば、竜相手にひと通りの作戦行動はできる数だった。だが、内容が伴っていない。朝早くから、疲労している竜掃使たちを起こしてはまずいと思って、駐屯地手前で停止し、時間をつぶす。後続の輜重隊しちょうたいを待つ意味もある。

 しかし、兵たちが如実に不満を訴える。衛門府えもんふの兵は、スモールウッド家ほどではないにしろ、名門出身者が多いのだ。官職を得るのはいいが、実際に戦地に赴任することを嫌う者さえいた。名目がすべてなのだ。

「いざやってみると、難しいもんだな。グレッグ」

「ジャスティンは、それをやってたわけです。実は、たいしたものだったんですよ」

 兄の言葉に、弟が応じる。だが、兵たちは平気で文句を言う。なんとか統率したいのだが、先が思いやられた。


 外から聞こえる音や声に、ようやく、りくが目を覚ました。気づいたハンナが声をかける。

「よかったあ。陸、気がついた? 大丈夫よ、ハーマン生きてるし」

 いつものようにキャッキャとせず、落ち着いて、話しかけた。

「それは、わかってます。でも、今日はやることが多そうですね。それなのに、腹が空っぽです。この際、まずくてもいいですから、何か食いたいですね」

 様子がいつもと違う。ハンナは、こんなに不機嫌な陸を見たことがない。顔がむくんでいるのもあって、ちょっと怖い。

「食堂にいろいろあるから。一緒に行こうよ。大丈夫、疲れてない?」

 ハンナは、なんとか機嫌をとろうとする。でも、陸の機嫌は悪い。

「疲れてますよ。でも、空きっ腹なのに、腹が立って来ました。今日は、鬼になります。ハンナさん、ずっと、一緒にいてください」

 本当に怖い。

「はい。わかりました」

 いつも元気なハンナが、そう言うだけで精いっぱいだった。

 そのままの機嫌で、陸が食堂に入る。

「何か食いますよ。その肉はなんですか?」

 食堂には鳥をさばきまくった青年がいた。彼は陸を尊敬している。だが、一瞬見て、その人の機嫌が極悪なのを察する。

「り、陸さん、それ、やめた方がいいです」

 陸は睨んだ。言うことを聞かず、肉を手近にあった包丁で切り、口に入れた。

「なんで、こんなにまずいんですか!」

 陸の顔がとてつもなく怖い。青年は白状した。

「それ、私が勝手に大竜たいりゅうの肉を切ってきたんです。で、丸焼きにしてみんなで食べたんですが、信じられないくらいに、まずくて……」

 陸の顔が憤怒に歪んだ。怖すぎた。青年もハンナも引いた。

「なんでこんなにまずいのだ、クソッタレ! まずいくらいなら、とっとと死にくされ!」

 いつもとまったく違う人格となって、陸は肉塊に包丁を突き立て、肉を引き裂く。口にぶち込む。ガツガツ食う。

「水!」

 要求して、さらに食いまくる。気がつけば、肉塊は骨になっていた。ようやく、陸が落ち着く。そして、ハンナに声をかける。

「ハンナさん、少し、腹が立つのが収まりました。でも、肉のまずさが、今日の僕を鬼にしました」

 そう言って、次は青年の方を見る。

「鳥をさばくのが上手な、イーデン・ローさんでしたよね。今日、私の副官になってください。疲れているのは、みんな同じです。文句は聞きません」

 イーデンは、陸が怖い。絶対に逆らえない。

「こ、光栄です」

 陸は食堂を出た。次は、竜掃使のいる棟に向かった。すでに起きている竜掃使も多く、その中から、見知った顔を探す。ひとりひとり、声をかける。かけられた竜掃使たちが、大きくうなずき、そのまま、陸に従う。

 今度は征竜隊の棟に向かう。陸の後ろには、ハンナとイーデン、さらに、50ほどの竜掃使。特殊部隊のような威圧感で歩いた。そして、ひろしを見つける。

「宙さん、今日はあなたが必要です。肩の調子は?」

 宙から見ても、今日の陸は怖い。だから、正直に言った。

「まだ、肩とヒジの炎症が残ってる」

 すると、陸は宙の右肩とヒジに両手を当てた。

「フンッ!」

 強烈な光を放ち、ヒーリングする。宙の表情が虚ろになった。

「これで、投げられます。一球、火球を投げてもらいます。僕に従ってください」

 一気に肩の調子がよくなった宙。陸にうなずいた。

「これで、全員揃いました。行きましょう」

 陸が率いる50以上の軍勢が、竜掃使駐屯地を闊歩かっぽする。表に出た。ちょうど、衛門府の兵たちが、そろったところだった。遼四郎りょうしろうとエリーが、出迎えてあいさつしようとしていた。そこに陸はズカズカと歩いていく。遼四郎を押しのけた。

 ジュリアンとグレッグのいるところに向かう。

「ジャスティンさんの、お兄さんですね。征竜隊と竜掃使の食事を任されている、中山陸です。兵士のみなさんに、ごあいさつしていいですか?」

 陸は丁寧に話した。ジュリアンたちも、応じる。

「キミが、料理の上手な陸君か。話は聞いている。ぜひ、兵たちに声をかけてやってくれ」

 陸は許可を得た。もう、障害はない。衛門府の兵らの前に立つ。背後には、竜掃使50名。

「昨日、ジャスティン・スモールウッド竜掃使長が戦死された。だが、彼のおかげで、大竜は討たれ、史上最大の竜群も撃退され……」

 しかし、衛門府の兵たちは、竜と戦うのは竜掃使がやればいいと思っている。自分たちには関係ないことで、ここに駆り出されていることにも不満がある。しかも、しゃべっているのは若い男だ。ガヤガヤと文句を口にする者も出てくる。

 陸は憤怒の顔になる。そして、叫ぶ。

「宙! こいつらを爆殺しろ!」

「オオッ!」

 宙は陸の怒りにシンクロして、足を上げた。思いきり腕を振り、石をぶん投げた。兵たちのど真ん中、その頭の上を、轟音を響かせ、火球がぶっ飛ぶ。

 そのまま、兵の後ろにあったやぐらの石壁にぶつかる。大爆発が起こる。

 兵たちは突然、殺されたと思った。地獄のような音を聞いた。言葉が出ない。

「いいか! ここは竜掃使駐屯地だ。お前らが、どこの誰のガキかなんぞ、知らん! 竜掃使の命に従わんヤツは、骨皮残らんほどに爆殺する。竜掃使をいたわらんヤツも爆殺する。ジャスティン隊長を尊ばないヤツは、俺が切り殺す! 俺は征竜隊と竜掃使のみんなでぶっ殺した大竜の肉をさっき食った。死ぬほどまずい! でも、死んでいった仲間の戦勝の証だ。平らげてやった。だから、極めて機嫌が悪い!」

 陸の鬼の形相に合わせ、ハンナが槍の石突いしづきで地面を突く。背後には、昨日、死線をくぐり抜けた50の竜掃使。殺気をまとい、足並みをそろえて敬礼した。

「お前らは、今日、朝も昼も晩も、メシをつくり続けろ! 風呂を焚け! モノを運べ! ケガ人を労われ! 休むな! しっかりやった者には、うまいメシがある。やらなかった者は、問答無用に、爪の先まで爆殺する! いいかっ」

 静まり返る衛門府の兵たち。怖い。生まれてはじめて、死が至近にある。

「返事はぁっ!」

「はいい!」

 陸のあいさつは終わった。身をひるがえして、兵舎に戻る。50の竜掃使がこれに従う。全員が陸の威圧感に惚れていた。こいつは、隊長と竜掃使への友情の塊だ。自分たちにとって、本物の神なのだ。

 ジュリアンとグレッグは度肝を抜かれた。とんでもない荒療治だった。でも、弟を思う心が根底にある。胸に突き刺さる。ありがたい、と思うのが、いちばんの気持ちだった。


 戻ってきた陸に、遼四郎が声をかける。

「陸、ありがとうな。俺が言いたいこと以上のことを言ってくれた。すまない」

 陸は遼四郎を見た。さっきとは違う、キャプテンを頼る目で見る。

「うまく、できましたかね。誰かがやるべき役割です。僕なら、後でフォローもできます。やってみましたけど、やっぱり、疲れますね」

 陸の消耗は、まだまだ激しいのだ。でも、今がやるべきとき。だから、身の丈以上のことをやった。軽く、フラついた。

 遼四郎が抱きかかえようとした。でも、それより先にハンナが陸を抱いた。ハンナの顔が、今度は鬼になっていた。

「アンタ、そのために、朝からあんなに怖かったの? 昨日、あんなにがんばったのに、もう、がんばってたの?」

「いや、僕なんて何もしなかったし。機嫌悪いのは腹減ってたからだし。ハンナさん、たいしたこと、してないですよ」

 ハンナの目に怒りの炎が燃えた。

「なんで、陸やキャプテンが、私たちの国の、おかしなところまで面倒見なきゃいけないのよ! 竜と戦うだけでいっぱいいっぱいじゃない。 頭に来た!」

 そこに、リサが章吾しょうごを引っぱってやってくる。すでに怒っている。

「ハンナ、やるよ。あいつらを更生してやる。勝利かつとしも一也も秀樹も、みんなボロボロなの。でも、ちょっと元気な章吾を連れてきた。この人の力で、ヤツらの根性を叩き直してやる」

 いつも、引き気味に構えるのがリサだった。キツイことは勝利にしか言わない。でも、今日は違う。何かを決めてくれる人も、文句を言う相手も、みんな疲労の極みだった。当たり前だった。キャプテンは飛びまくっていた。勝利は自分をガードしながら、何十本もダッシュした。一也と秀樹は永遠に弓を射ていた。陸はヒールを繰り返した。

「私はね、鬼になっても、征竜隊を守りたいの」

 ハンナにそう言う。深くうなずくハンナ。振り返って、遼四郎の目を見た。戦場での駆け引きのときに使う、アイコンタクトだ。

 遼四郎は、ふたりに軽く笑って返した。もちろん、伝わる。

 ハンナとリサは、同時にうなずいた。陸を医務室に運び、外に出る。

「イーデン、章吾、竜掃使のみんな! 私たちの鬼の役割を果たすわよ~!」

 後ろに続く竜掃使たちは、不敵に笑う。イーデンは、成り行きを心配した。章吾は訳がわからないが、ハンナもリサも好きだった。黙って、後ろに続いた。


 朝食は、ケガ人のことを考慮し、かゆをつくることにした。だが、ただの白粥では、ケガ人たちの生気が失せる。イーデンの案で、鳥から出汁をとることにした。

 だが、すでにそこで引っかかる。鍋を出し、火を起こし、鳥を煮る段階で、進まなくなる。鍋が重い。火が点かない。鳥が小さいなど、意味不明の不満が出る。要するにやりたくない。さっき恐怖した陸と宙がいないと、もうそうなる。

 リサが動いた。

「なぜ、火を点けない」

「これ、湿気しっけてるんですよ。もっと、いいのを用意してもらわなきゃ」

 最初から仕事をする気がない兵に、リサが激怒した。

「点かなければ、点くように工夫しろ。ダメなら、別のものを持ってこい。それをせずに、文句を言うやつは、竜と戦う資格はない!」

 兵士の顔に、驚きの表情が出た。でも、周囲も含めて、みんなそこまでと思っている。ハンナが長槍を手に出てきた。何の感情もない鬼顔。

「リサ、そいつは殺そう。竜掃使には不要だ。連れて行け!」

 ハンナの下知に竜掃使の10人が走る。拘束する。引きずった。ハンナと一緒に章吾が歩いていく。石壁の後ろに放り込む。

「章吾、やって」

 打ち合わせ通りに、章吾は兵の手を握る。死なない程度の電撃を放った。

「グギャアアーッツ!」

 明らかに、ひとり死んだ声が、駐屯地に響いた。兵たちの血の気が引いた。

「安心しろ。あいつは、昨日の戦役での戦死扱いとする。ご家族に迷惑をかけることはない! サボるヤツは、同じようにする。どうせ、300以上死んでるんだ。600に増やしても、構わん!」

 青くなる兵たちに、リサが言葉を突き刺した。戦地の慰問程度に思っていた衛門府の兵たちが、凍り付く。戦場の論理に恐怖する。

 こんな調子で、午後、もう一名を殺した。でも、その後、反逆者はいなくなった。ようやく、竜掃使スタンダードの兵員統率が可能になる。もちろん、本番はここからだった。


 ここまで、ジュリアンとグレッグに出る幕はなかった。連れてきた兵は、陸に取り上げられ、ハンナとリサに鍛えられている。だが、優雅にお茶を飲んでるわけにもいかない。やれば、陸に殺される気さえしていた。

 遼四郎がやってきた。主だったメンバーも後ろに続いている。

「軽く、身体を動かそうと思ってます。どうです? 一緒にやりませんか?」

「大丈夫なのか? 昨日、たくさん戦ったのに」

「疲れてるからと、身体を動かさないと、逆に疲労がたまったままになるんですよ。軽く動かせば、血流もよくなるし、疲労回復も早い。そんな考えがあるんです」

 ジュリアンにとって、遼四郎の話し方は新鮮だった。決めたからやらないのではない。やった方がいいから、やる。それは、小さな発想の転換だった。

「じゃあ、野球の練習をしましょう。軽く走って、キャッチボールして、バットを振る。今日はそれくらいです。あ、ただ、アイツ、あそこの正則だけは、避けてやってください。ジャスティンさんとキャッチボールするって、約束してたらしいんです。順番は守りたいんです」

 不思議な気持ちになるジュリアン。そこまで、弟を気遣ってくれるのかと感じた。でも、少し違う気もする。気遣いだけではない。そして、気づく、約束という言葉。

「弟との約束を守りたい?」

「まあ、そんなところです。小さな約束って、案外、大事なんですよ。特に、キャッチボールをしよう、なんてのは、果たせないと悔しくてね」

 遼四郎は笑って、ジュリアンにボールをトスした。両手の中に収まるボール。弟が捕りたかった、投げたかった、小さなボール。

 横から、口を挟んだのは、グレッグだった。

「遼四郎、これを投げ合ったら、何か変わるのか?」

 一生懸命な次兄に、遼四郎は笑ってやった。

「はは、別に変わらないですよ。でも、相手が全部、わかりますよ。ヘタなのに、一生懸命。口先は立派なのに雑。丁寧にやってるのに、やっぱり雑とかね」

 グレッグが、目を輝かした。

「ウソはつけないんだな。じゃあ、一生懸命、やるよ。口先だけかどうか、見てくれ。俺はそうなりたい」

「ボールは、大きなウソはつけないんです。正直な気持ちを、ボールに込めてみてください」

 遼四郎は笑って、振り返ってしまった。ただ、うれしくなるグレッグ。ジュリアンは、ジャスティンが夢中になった理由がわかったような気がした。しかし、そこにヨーコ。

「アンタらが偉そうで、何もできないボンボンなのは、一球でわかるからね。問題はその後よ。取り繕わずに、全力で行きなさい。ここのみんなは、全部受け止めてくれるよ」

「ヨーコもそうだったのか?」

 聞くグレッグに、ヨーコは答える。

「まっすぐ向き合えば、楽しい。少し隠したら、チグハグだった。正直になったら、人生でいちばん幸せだった。キャッチボールって、そんなもんよ」

 ヨーコの説明はただただ経験則だった。でも、具体的過ぎて、ふたりにはわかりにくかった。それでも、伝えたい気持ちは、十分に感じた。



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