35話 親として、兄として、友として
城は戦勝に沸いていた。400年間なかった、大竜討伐が成ったのだ。しかも、城も町も無傷だった。さらに、打ち倒した竜の数は200近い。彼らから見れば、征竜隊と竜掃使が完全勝利した形なのだ。
王宮でも宰相のジョージ・エイデンが、大規模な祝勝会を催そうとしていた。
だが、現実は生やさしいものではない。竜掃使全軍1000の内、700以上が死傷していた。その半数以上が戦死し、中には竜掃使長であったジャスティン・スモールウッドさえ含まれている。副官のハーマン・ガーランドも一命こそはとりとめたが、一時は戦死と報告があったのだ。現状の竜掃使は、300前後の兵力しかなく、指揮官さえ不在だった。祝うことなど、どこにもない。
憂う、いや、憤っていたのは女王だった。そして、武門の棟梁であるスモールウッド家は沈痛だった。ジャスティンの亡骸は、王宮至近にあるスモールウッド邸に運ばれていた。どこか、笑ってさえいえるような、やさしい顔だった。でも、彼の生命は、もう、そこにはない。
「行ってくる。女王様に、報告せねば、ならん……」
父のジェラルドが、長男と次男に声をかけた。
「今日は私たちも同道していいでしょうか?」
長男のジュリアンが言う。次男のグレッグもうなずいた。父がふたりの顔を見る。小さく息をもらす。
「いいだろう。今日はワシらに誰も文句を言わんだろう」
3人の武官はジャスティンの安置される部屋を出た。
謁見の間のさらに奥、女王の執務室には、宰相のジョージが座っていた。ジェラルドは、その対面に座る。ふたりの息子は、後ろに立った。だが、女王が声をかける。
「ジュリアン、グレッグ、あなたたちも座りなさい。公式な会議ではありません。威儀を正す必要もない。ただ、相談する場所です」
言われて、ふたりは父の脇に座った。女王が沈痛な様子で口を開く。
「私たちはジャスティン・スモールウッドを失いました。とても、残念で悲しいことです。ここには、彼の父も兄弟もいます。本当はそっとしてあげたい。でも、いまやるべきとを私は知っておきたい。ジェラルド、教えてください。竜掃使は?」
ジェラルドは、女王の言葉に一度頭を下げる。それから、口を開いた。
「今、竜掃使の実質兵力は300以下です。竜群が現れても、戦える状況にはありません。壊滅的な損害なのです。でも、彼らの奮闘がなければ、壊滅したのは、ここです」
ジェラルドは地面を指さした。
「征竜隊が、いるではないか」
ジョージが口を挟んだ。だから、大丈夫だと言うのだ。
「お前は紙の上でものを考えているから、そうなる。戦士というのは、戦をすれば消耗する、ケガもする。重いダメージが残ることもある。それをすぐに動かせば、さらに失う。しかも、彼らは若者だ。今、彼らに頼ることなど、ありえん」
「ジョージ、あなたが考えることは、お祭り騒ぎの算段ではないはずです。私は今日ほど、この国がおかしいと感じたことはありません。大戦をしたのです。多くの人が命を落とし、ケガをしているのです。そんなとき、何をやるのですか?」
ジョージはグッと詰まる。でも、言い返す。
「そういうことは決められた通り、粛々とこなす……」
「決められたことが、おかしいから言っているのです。亡くなった人の家族には、補償があるからいい? ケガ人は軍の医務班が面倒をみる? そんなことは最低以下のやるべきことです」
女王は、この国の官僚機構を批判しているのだ。
「ああ、私は遼四郎さんやヨーコやエリー、征竜隊のみなさんと話がしたい。彼らはね、ケガをした人にも、何かを失った人にも、寄り添うことからはじめます。その人が早く治るように、帰ってきやすいように、みんなで仕事を分担するのです。役割を果たすのです。なんで、あんな若い人にできて、私たちには、できないんです! 」
決められたことをやる。それが彼ら官僚の仕事だった。面倒なことが起きれば、それを担当する者を集めて、押し付ければいい。竜掃使がそうだった。そうすれば、自分たちは、決められたことを続けられる。同じように生きていける。
「私たちは、いつからこんなに無能になったんでしょう? 何がなんでも、意地になって、同じことを繰り返すバカになったのでしょう? 私は思いました。だから、竜が来るのです。無能な私たちを根絶やしにするために。死ぬべきは、竜掃使でも、ジャスティンでもありませんでした。私たちだったのです」
それでも、ジョージの頭脳は官僚的思考を離れられない。どうすれば、今日を続けられるか、そこを起点に考えてしまう。
「ジョージ、今、あなたがいくつか考えたことの中には、クーデターもあったはずです。いいでしょう。やってみなさい。征竜隊は私の直轄です。意地悪に言えば、だから、ヨーコとエリーという家族を送り込んでいると思ってください。私は、あなたたちに負ける気はありません」
これまで、口は悪いが温和なのがこの女王だった。だが、今は峻烈だった。宮廷政治劇の中でも、この人物は戦う気なのだ。
「ジョージ、今から手本を見せます。それに倣って、組織を動かしなさい。できなければ、担当はあなたを含め、すべて入れ替えます。ジュリアン・スモールウッド、今、あなたがやるべきことは?」
左衛門の督、つまり、近衛軍の一方の長が、ジャスティンの長兄である、ジュリアンだった。彼は少し考え、答える。
「左衛門の兵を率い、私が竜掃使駐屯地に入ります。たった300のお飾りみたいな兵ですが、いないよりマシです。竜掃使の雑用を引き受けたいと思います」
女王はうなずき、続ける。
「グレッグ・スモールウッド。あなたは?」
ジャスティンの次兄、グレッグは右衛門の佐、つまり、副官。
「女王様、私は町の人たちのお祭りは、止めるべきではないと考えていますが?」
「あの人たちに罪はありません。特に城の南の人々は、征竜隊を親のようにかわいがってくれています。私たちに、指図する権利はありません」
「ならば、私がそこに行ってみます。できれば、話をしてみたい。これは、ジャスティンの兄としての気持ちも含みます」
「それがいいでしょう。官職や任務とか、そんなことじゃないのです。兄としての気持ちも大切な動機です。ねえ、ジョージ、こうやって、人は動くの。軍人は官僚的になっても、まだ、それができる。昨日と違うことが起こるからです。でも、あなたたちは心底、官僚になってしまった」
ジョージは、自分たちの大きな問題点を認識しはじめた。気が付けば、何も役割を果たしていない己たちがいる。
「でもね、軍人が大きな力を持つ国が長く続くことはありません。だから、先人たちは、武の上に文を置いたのです。今こそ、あなたたちの力が必要なのです。役割を果たしなさい」
ジョージが頭を深く下げた。女王はそれをしっかりと見て、ジェラルドの方を向く。
「征竜隊やハーマンたちに会いたいですが、いつがいいですか? 彼らはジャスティンの友でした。軍人としてではなく、親として答えてください」
そう言われて、ジェラルドの中に親としての心が戻る。突然、涙が流れ出す。
「あの元気な、剣と楽器だけは上手だった息子が、死んでしまうほどの戦をくぐりぬけたのです。痛かったでしょう。苦しかったでしょう。多くの涙を流したことでしょう。せめて、せめて、3日、あの子たちに安らぎをあげてください」
女王も涙を流して答える。
「私たちは、子の親です。その真心を忘れずに、仕事をしましょう」
グレッグは、ひとり城南地区に向かった。近くの櫓の馬つなぎに馬を置いて、歩いて町を行く。人々が、立派な服装の彼を振り返る。でも、中に気づく者がいる。
「失礼ですが、ジャスティンさんの、お兄さんでは?」
「そ、そうです。彼は私のすぐ下の弟でした」
言葉が尊大にならないように気をつけ、グレッグは答えた。
「本当に残念です。先日、征竜隊の駐屯地でお会いしました。明るくて、おやさしい方だった」
「明るい? やさしい? あのジャスティンが?」
そこにうどん屋の大将がやってきた。
「先日、ヨーコさんに呼ばれて、ここの連中で屋台を引いて、征竜隊の駐屯地に行ったんですよ。征竜隊と竜掃使が、戦勝祝いとかで、大宴会を開きましてね」
衛門府への報告では、竜との交戦後、警戒のために1日野営するとのことだった。でも、実際は、少し違うことをしていたのだ。弟もなかなか、やる。
「楽器がお上手でね。ハトがうまかった~、って、変な歌をやって、大笑いされてました。ワシらの屋台の食いものも、うまい、うまい、と喜んでくれて」
弟のまったく知らない一面を、町の人が教えてくれる。
「だから今日はね、みんなでしんみりとやろうと話していたんです。今度、征竜隊や竜掃使が帰ってきたときに、腹いっぱい、食わしてやろうとね」
何も言わなくても、彼らの方がわかっていた。お祭りをやりたいのではない。戦ってくれた征竜隊や竜掃使への、敬意と愛情が根本にある。
「食っていきますか? お代はいいです。弟さんへはたくさん、お礼をしなきゃいけない。その中のひとつと思ってください」
グレッグは促されて、うどん屋に入る。すぐに出てくるネギ大盛のうどん。大将は、どうぞ、という顔をして、離れていった。はしで、うどんを口に運ぶ。何ともいえない、深みとやさしさのある味。そして、温かい。グレッグの目に、涙があふれる。
勉強が嫌いで、楽器と剣術の稽古ばかりしていた弟だった。勉強を見てやろうとしたら、逃げ出した。自分と同様、名門生まれのために、友達づくりに苦労し、すねるように成長してしまった。かわいそうに思っていた。でも、多くの人に愛され、友達たちと、こんなにうまいものを食っていたのだ。たぶん、幸せだったのだ。
ボロボロと流れる涙の中、友人の兄として、征竜隊に会いたい、弟が愛した友と、語り合いたい、グレッグはそう思った。
征竜隊は自分たちの駐屯地には戻らず、竜掃使駐屯地に留まった。損害が大きすぎた。今、竜が来たら、征竜隊と竜掃使が一緒に動くしかない。まとまる必要があった。
陸は、あれ以降、昏々と眠っていた。すべての力を絞り出し、宙や章吾らのケアをし、ジャスティンを生かそうと戦い、最後はハーマンの命を引きずり戻した。限界だったのだ。そのハーマンも、生きてはいたが、ダメージと疲労が大きい。ずっと、眠っている。
魔法組の肩は全員が炎症を起こしていた。幸い、竜掃使には氷の術を使える者もいた。彼らの力を借り、早々にアイシングして、今は休ませている。
ジャスティンを失い、ハーマンが負傷している。組織の構成上、この一団では遼四郎が最高位。率いるべき立場になる。だから、彼はあちこちを回り、声をかけようとした。
だが、断固としてケイが止めた。
「キャプテン、何もしないでください。あなたが今日、どれだけ異常な仕事をしたのか、わかってるんですか? 人間はあんなに戦ってはいけないんです! 休みなさい。そこの耕平君、あなたも一緒。そこらで寝てなさい」
遼四郎は耕平と目を合わせた。エリーも怒っていた。
「どうせ、起きててもウロウロするだけでしょ。ここのことは、私たち元竜掃使の方が、よく知ってるの! 邪魔だから、寝なさい」
「私はね、このときのために、体力を温存したんだからね~。医者は呼んだし、食べ物も手配した。武器の補充も明日にはあるそうよ。アンタらにやることは残ってない!」
最後はヨーコが遼四郎を撃破した。同じく、降参した耕平と一緒に、畳の大広間に逃げた。すでに、富夫が巨躯を大の字に広げて、爆睡していた。ニッと笑い合い、ふたりもぶっ倒れた。何か話そうかと思ったが、すぐに、大きないびきになってしまった。
遅い夜になって、エリーが静かに起こしに来た。
「食事できたけど、食べる?」
遼四郎がぼんやりと起き上がる。富夫と耕平も、寝ぐせまみれで身体を起こす。
「ああ、とっても腹減ってる。食うよ」
富夫が答えた。別の広間に向かう。竜掃使も含めて、みんながカレーを食っていた。気づいた秀樹が、声をかける。
「櫓にいた竜掃使らが、自分たちは疲れが少ないからと、いろいろやってくれてる」
遼四郎は彼らの方を向き、軽く手を上げて礼をした。彼らは手を振って返した。“気にしないでくれ”そんな動きだった。
水をがぶ飲みして、カレーを口に運ぶ。腹が猛烈に減っていたことを自覚する。ガツガツ食い続ける。
そこに、大きな肉塊を丸焼きにした大皿が、あちこちで回される。適当に切り分け、各自に配る。以前、鳥をさばきまくった青年が、大きな声でみんなに話す。
「腹が立つから、征竜隊が倒してくれた大竜の肉を切り取ってきました。塩攻めにして、火の中にぶち込んで丸焼きにしてやりました。食っちまいましょう」
不敵な顔で、青年は笑う。竜掃使たちが、鬼の形相で肉塊を見る。急にボロボロ、涙を流す者も多かった。
「ああ、こんなクソ野郎。食ってやる!」
「ギッタンギッタンに、もうなってるけど、食ってやる」
みんなが遼四郎を見た。遼四郎も不敵な顔になった。
「ああ、食っちまえ。やっちまえ!」
みんなが肉にかぶりつく。塩味はしっかり効いている。咀嚼する。
「!」
クソまずい。大竜はありえないほど、肉の質も味も歯ごたえも、クソだった。
竜掃使たちが怒り出す。
「なんなんだコイツ! こんなにまずいクセに、偉そうに!」
「クソッタレのくせに、まずいとは。許せん!」
宙もひどい顔で肉を噛みながら、叫ぶ。
「記録官! 必ず、食ってくれ。そして、この味を後世に書き残してくれ」
竜掃使たちが、異議なし、と叫んだ。
「俺、いつか死んであっちに行ったら、最初に隊長に言うぞ」
「ああ、伝えなくてはならん。絶対に大竜は食うな! カレーに入れるなど、言語道断だ、とな」
みんなが爆笑した。悲しみは大きすぎた。いつでも、涙は流せる。だから、笑えるときに笑ってやる。なぜなら、俺たちは友だからだ。




