34話 悲しい涙、悔しい涙、うれしい涙
戦闘を継続できている竜掃使は、もう、半分以下だろう。矢が尽きていたのが痛かった。中型に対し、矢の力なしに戦うのは、なかなかに骨が折れる。いや、比喩なしにジャスティンの左腕の骨は砕けていた。さっき、中型の尻尾を腕で防いでしまった。
「これで、どうやってギーク弾くんだっけ」
そんなことを考えながらも、右手では、剣を振っている。
完全な劣勢だった。先に大竜含めた40ほどが来た。さらに、ここへの100だ。竜掃使だけなら、もう終わっていた。史上、こんな攻め方をされたことはないのだ。
竜掃使が壊滅し、左右衛門軍が出てくることになっただろう。だが、あれは常設武官の飾り物だ。だから、親父や兄貴たちが、そこに置かれる。武官というよりも官僚なのだ。
そんなことだから、竜掃使のような臨時の実戦部隊は自分が引き受けることになる。でも、恨んではいない。3男だから、たいしたものが継げるわけでもない。学問は興味がなかったし、音楽と剣は好きだった。
なのに、つまらなかった。必死にやっても、官僚どもは番犬程度にしか思っていない。竜が来たら、ワンワンと吠えるのだ。竜は帰る。そんな感じだ。自分でも番犬に成り下がっていた。ワンワン、ワンワン、それでいい。竜掃使全部、そんなもんだ。
そのままだったら、大竜に手も足も出ず、女王たちは逃げるしかなかったはずだ。町は置き去りだろう。グラブとボールで遊ぶ子どもたちが、泣いたんだろうな、と思う。
そこまで、ぼんやりとジャスティンは考えた。猛烈に腹が立ってきた。
「キャッチボール、やらせてやれよっ!」
竜に剣を振るった。さっきから相手にしていたヤツだが、怒りのためか、脳天に打ち込めた。ぶっ殺した。
そうだった。坊主たちがやってきたのだ。イライラして、ワンワンと吠えに行ったら、小さな男に返り討ちにされた。ハーマンもデカい男相手に何もできなかった。そのハーマンは勝手に坊主たちの仲間になった。さらにイライラしたが、実は坊主たちはいいヤツらだった。仲間になりたかった。なれた。竜掃使全部を仲間にしてくれた。
そうだった。だから、今、城は守られているんだ。最初の40も次の100もボコボコにしてやった。勝ったはずだった。子どもたちも、キャッチボールできたんだ。それなのに、さらに50の中型。それでも、押したんだ。ハーマンは、歩兵を率いて、猛烈な力を発揮してくれた。でも、限度があった。
「そういえば、ハーマンの気配がしなくなった、な……」
死んだのか……。
急に悔しくなってきた。涙が出てくる。負けるのって、こんなに腹が立つのか……。
「ちっくしょぉお! まだだ! まだ、負けてないっ」
ジャスティンの中に、もう一度、力が湧いてきた。走った。地面を蹴って、中型の背中に剣を突っ込んだ。抜いて、首を叩き切ってやろうと思った。その視界に、駆けてくる数台の馬車が見えた。征竜隊だった。
ジャスティンは理解した。大竜を討ったのだ。だから、ここにいるのだ。逆転の快感が、身体を突き抜ける。
「よくやった。友よ! これで勝ちだっ」
叫んだジャスティンは、竜から剣を抜いていた。振りかぶって、首を打ち抜く。蹴っ飛ばした。だが、その先にも中型2体。間に合わなかった。
腹部に絶望的な一撃を受けたジャスティンは、そのまま、高く跳ね飛ばされた。
意識が残る間、彼は征竜隊を見ていた。正則がいた。
「キャッチボール、しなきゃな、正則……」
身体がひねられ、天を向いた。見えた空は深く、青かった。
中型竜30ほどに、小型も同数ほど。竜掃使はよく耐えていた。だが、疲労の極致にあった。ギリギリ、間に合った、と遼四郎は思った。飛び降りるように馬車を出る。
だが、中央で戦っていた剣士が、跳ね飛ばされた。わかっていた。ジャスティンだった。
正則が飛び降りていた。大きく助走をつけて、ちぎれるほどに、腕を振った。
「何を、したあぁあーっ!」
巨大な水塊が放たれ、みるみる大きくなる、池のように膨らんだそれが、中型の群れに炸裂する。10近い竜が彼方へ飛ばされた。弾けた水が、雨のように降り注ぎ、虹を描く。
遼四郎は、風を蹴って飛んだ。ジャスティンの左右に残る竜を片っ端から切っていく。正則と陸が、倒れるジャスティンのところへ走った。宙と章吾が左右に分かれて走り、火球と電撃を放つ。耕平とハンナ、富夫がそこに突っ込んでいた。正面の敵には、弓の連射、さらに、エリーとヨーコが切り込む。
「ジャスティンはっ!」
戻ってきた遼四郎が、聞いた。だが、陸の顔は歪んでいた。正則はヒザをついている。さっきの一発で右肩を痛めたのか、押さえている。
間に合わなかった。憤怒が遼四郎を支配する。自分を見失った。そのまま、駆けた。地面を蹴り、空中を踏み、竜の塊に飛び込んだ。
「ぐああっつ!」
狂ったように暴れる。危険だった。後ろを顧みない。
気付いた耕平が、地面を蹴る。いや、風を踏みきった。高く飛んで、遼四郎の後ろにいる竜を切る。近い位置に遼四郎と耕平が着地する。耕平が遼四郎に剣先を向けた。
「バカか、お前は! みんな、死んじまうだろうがっ」
耕平の顔を睨み返す遼四郎。でも、耕平の目に、小さな涙が光っていた。それを見た瞬間、遼四郎の心が戻ってきた。顔が穏やかになる。思考と悲しみが頭をめぐる。
「す、すまない。悪かった。耕平」
耕平は笑わなかった。そのまま、視線を陸たちの方へ向ける。遼四郎も見た。
「耕平、一緒に来てくれ。飛べるん、だよな……」
「ああ、お前を真似た。別に難しくもない」
ふたりは飛んだ。ジャスティンが倒れる場所に向かった。崩れている、陸。そして、正則。
「陸、ごめんな、俺たちが間に合わなかったんだ。だから、正則をなんとかしてやってくれ。肩を痛めている」
ジャスティンの命に手が届かなかった悲しさを、いちばん、理解しているのは陸だった。涙と埃で顔がわからないほどに汚れてた。でも、遼四郎の言葉を聞いて、うなずく。ヒザをついて泣いている。正則の肩に触れる。
泣きじゃくる正則は、その手を掃おうとした。だが、耕平がそれを抑えた。
「お前が悪いんじゃない。自分を傷つけるな」
その言葉は、遼四郎にも向けたものだった。泣き続ける正則が、うなずいたように見えた。遼四郎も頭を縦に振る。
「耕平、悪いが敗戦処理につきあってくれ。みんなにまかせちゃ、いけない。俺とお前でやろう」
耕平はいつものように笑おうとした。でも、できない。また、涙が出てくる。それでも、うなずいて、遼四郎と一緒に駆ける。
後で、この悲しい一日が過ぎ去ったら。もう一度、このバカと一緒に飛ぼうと思う。いつものように笑って、飛んでやろう。悔しい涙こそ、次の糧になるとか、誰かが言ってたよな。あれを、証明してやろう。
傾きはじめた太陽が空を赤くしていく。東に伸びる影を残して、ふたりが橙色の空を駆ける。耕平の剣が竜の首を切っていく。的確に首の横を切り裂いた。遼四郎は、首を跳ね飛ばしていた。冷静になったけど、まだ、切っ先に怒りがにじんでいた。
そろそろ、腕が上がらない。手直なところの石ころも投げつくした。石を探さないと、いけない。宙は肩で息をしながら、考えた。
そこに飛び降りてくる遼四郎。宙が睨んだ。
「まだ、行けるぞ!」
口をゆがめて不敵に言う。だが、遼四郎は首を振った。
「ダメだ。陸と合流して、肩ヒジをケアしてもらえ。ここはお前がラストピッチをする場所じゃない」
「俺は最後まで投げるんだ」
宙の言葉に、遼四郎が激怒した。
「だまれ! 陸も限界に近いんだ。本当はお前なんかどうでもいい。でも、お前の右腕だけは失えないんだ。だから、言ってるんだ!」
宙の思考が陸に及んだ。ようやく、自分以外の人間が見えてきた。自分の存在意義にも思いが至る。やはり、俺は自己中心的なのだと、気づく。
「スマン、後を頼む……」
宙は肩を押さえて、陸たちがいる方に歩きはじめた。
「まかせとけ。次は勝つぞ」
背中で遼四郎が言った。涙があふれてきた。悔しくて、自分の貧弱さに耐えられない。
数匹残る中型を富夫は相手にしていた。もう、どれだけスイングしたのか、記憶にない。左手のマメがつぶれていた。痛みの感覚は、だいぶ前にわからなくなっている。でも、戦う。戦場にハーマンが、見つからないのだ。
ヨーコとエリーが、必死に援護していた。
「富夫、一回退きなさい。アンタがつぶれちゃう」
ヨーコが言う。でも、富夫は聞かない。
「絶対に、絶対に、ハーマンを見つける!」
しかし、疲労が身体の芯まで来ている。振りが大きくなっていた。鋭さがなくなり、一撃で竜を切れない。
飛び込んできたのは、耕平だった。富夫が仕留め損ねた竜の頭を真上から突き刺し、そのまま頭を蹴って、また飛ぶ。さらに、中型2体を薙ぐ。体勢の崩れた相手に、ヨーコが駆け寄る。両眼を真っ二つにするように剣を振った。頭半分、切り裂いた。もう片方にはエリーが飛んでいた。背中から、心臓を突き刺した。
残った3体が大きく飛び上がった。背を向けて逃げる。でも、追う力は残っていない。
生きている竜はいなくなった。でも、富夫は竜の骸の間を歩き回る。
「ハーマンッ! どこだっ」
中型がやたらと転がる中、富夫は見つけた。槍を放り出し、走る。いた。竜の下にハーマンが突っ伏していた。気づいたヨーコとエリーも駆けた。
どうしてそんなことができたのか、わからない。でも、富夫は中型竜の巨大な骸を、押し上げた。ヨーコたちが、ハーマンを引きずり出す。ボロボロになった戦袍。エリーは胸に耳を当てた。音を引き寄せるような気持ち。小さな鼓動が聞こえた。
「生きてる! 耕平君っ、陸君を呼んできて!」
耕平はそのまま振り返って、走り、また飛んだ。富夫はハーマンの横にヒザをついた。大きな男が、小さく背を丸めて、涙をボロボロ流す。
「がんばれ、がんばれ! ハーマンッ」
バカデカい手が、デカい手を握った。まだ、反応がない。陸が走ってきた。顔が明らかに青白い。それでも滑り込む。ハーマンの胸に手を当てる。
「ハーマンさん!」
光があふれる。強い光だった。陸の手がハーマンの命をつかむ。思いきり、引き戻した。陸は、そのまま気を失って、ハーマンの横にぶっ倒れる。
ビクンッ、とハーマンの身体が動いた。指が握るように少しだけ動く。富夫は握り返した。まったくハーマンらしくない、弱い力だった。でも、それで十分だった。
「あああぁ!」
富夫が吼えるように天を見て、泣いた。エリーとヨーコの目からも、涙がどんどん流れる。でも、悲しい涙じゃなかった。うれしくて、たまらない涙。それが、よかった。
涙はこっちの方がいい。征竜隊には、これが似合う。笑って、泣いて、大事な人を思いやる。それが自分たちの姿だ。エリーはそう思った。




