32話 大戦 2
ジャスティンは考えた。今やるべきことは? と、王城と町を守ること、は同時に浮かんだ。誰ならできる? という問いと、大竜は征竜隊、中型以下は竜掃使、という答えが同時に出てきた。振り返った。遼四郎のいる方を見る。
竜掃使駐屯地から駆けてきた伝令のひとりは、そのまま、征竜隊へ向かっていた。遼四郎に馬上から叫ぶ。
「竜群100。西から、王城へ来ている!」
マズイと思った。でも、顔に出せない。竜1に対して、竜掃使は10人でかかる。それが基本だった。たぶん、中型も多く混じっている。100の竜は、本来、征竜隊と竜掃使総出で当たるべき数だ。しかし、目の前の大竜を討つことが、大目的として横たわる。戦力的に、劣勢に立っている。遼四郎は、ハーマンを見た。遼四郎だけが見た、悲し気な表情。だが、すぐに力強い兄貴に戻る。
「ハーマン・ガーランド! ジャスティン・スモールウッド竜掃使長の指揮下に戻れ! 命令だ。黙って聞け」
「ハッ!」
征竜隊に来て、はじめて軍人のような声を出した、大事な兄弟。笑っていた。
「ジャスティンを助けて、とって返して富夫と一緒に、大竜切ってやる。待っとけ!」
ハーマンは馬に跨った。
「手下の竜掃使は置いていく。弓の枚数に使え。役に立つ連中だ」
そう言って、ハーマンは遼四郎を見た。ずっと一緒にいた、弟のような男。最高の親友で、青春の仲間。
「じゃあ、な」
短い言葉に遼四郎はまっすぐ目を見て応じる。ハーマンは馬を軽く蹴る。駆けだす。離れていく。
遼四郎が、遠くに見えるジャスティンに手を振った。
“ハーマンを帰した。だから、町を頼む!”
ジャスティンが手を振り返す。
“大竜をまかせる。勝ってくれ!”
遼四郎は、胸を拳で叩き、突き出した。その仕草を全竜掃使が見ていた。1000近い声が腹の底から湧き上がる。
「俺たちは、大竜にも、勝てる!」
「危地? なんじゃそれ、うまいんか?」
「陸に味付けしてもらおうぜ。俺たち、それ食うために生きてるんだ!」
兵士たちは、猛った。勝てないわけがない。自分たちは、絶対に勝つ、そう思った。
ハーマンの馬が、ジャスティンのそれに近づく。
「ようやく、副官の復帰だな!」
「まだまだ、復帰する気はなかったが、人手不足は補うしかない」
馬は疾走している。
「遼四郎は、勝てるよな?」
ジャスティンが、確認するように聞く。ハーマンは、大好きな弟を誇るように言ってやる。
「さっき、ぶち殺し方を思いついていた。あいつらは、やるよ。たぶん、富夫が突破口をつくってくれる」
聞いていたのはジャスティンだけではない。左右の兵たちにも、聞こえる。
「富夫でやる手が、練れたらしいぞ!」
竜掃使たちは、うれしくなった。一緒に薪のために斧を振るった連中は、心で笑う。
「富夫なら、切ってくれますよ。あいつ、クソ強いのに、気が弱くてさ」
「なんでああなるのかわからんけど、いいヤツなんですよ」
「気が優しくて、超戦士だからな! 俺が絶対勝てないのは、富夫だけだ。大竜より、ヤツが怖い!」
ハーマンが言う。竜掃使たちは、大きく笑う。でも、前方に巨大な竜群。
「鶴翼! 包み込め。竜掃使基地に押し込めろ!」
ジャスティンの下知が響いた。ハーマンは馬を動かし、歩兵の指揮をとる。100程度の中小の竜、ナンボのもんかと思った。
竜掃使駐屯地に向かう100以上の竜。中型は十数体もいる。だが、竜掃使には章吾の雷撃や宙の火球はない。もちろん、小さな魔法を使える兵もいる。でも、それは、矢や槍の先に灯す、ほんの少しの奇跡。大局を変える力ではない。
だが、ジャスティンは不敵に笑う。やりたいことはたくさんある。今、取り急ぎやりたいのは、サプライズのフタを開くこと。
「ハーマン! 当てなくていい。だが、一斉に射るぞ」
聞いたハーマンは驚いた。とにかく、当てろ、と無理難題を言った、以前のジャスティンとは違う。遼四郎に似た、何かねらいがある声の響き。乗りたくなった。
「わかった! タイミングは合わせる」
「いいぞ、わが副官。かけがえのない友よ!」
ジャスティンは不思議な言葉を吐いた。率いる騎兵が速度をあえて緩めた。左右に割れる。そこに追いつく、ハーマンの歩兵群。
「撃てぇ!」
一斉に放たれる数百の矢。竜群が気づく。当たる、次々に当たる。だが、前方の竜たちが、駐屯地へ逃げる。
ジャスティンがもう一度、笑う。もう一度、腕を振った。
ひっそりしていた駐屯地の櫓。そこに潜んだ100の伏兵から、一斉に矢が放たれる。矢じりに宿る、炎や氷、電撃、小さな魔法。中型のみをねらい、射込まれる。バタバタと撃落する、中型の竜。ジャスティンの顔が喜びと興奮に大きく歪んだ。
「クソッタレどもを、刈りつくせえ!」
全竜掃使が、笑っていた。急激に成長する大将の姿に猛々しく沸いた。
「竜掃使をなめんな!」
剣を抜き、突撃する騎兵群。槍を手に、歩兵も突っ込む。
その先頭にハーマンがいる。矢に落とされた中型にまっすぐ向かう。馬と一緒に剣先が突っ走った。首を刎ねた。まだ突っ込む。小型3体に囲まれる。ど真ん中の腹を切り裂いた。さらに小型の群れ。馬がかわいそうだった。飛び降りた。受け身をとりながら身体を起こす。群がる小型は無視した。より深い位置に地上に落ちた中型。そのまま、走る。
ハーマンは顔面から突っ込む。頭突きをするほどの勢い。クソ野郎の額が見える。目を合わせた。テイクバックして、左足を思いきり踏み込む。
「ガアァッ!」
ハーマンは吼えた。竜よりデカい声で吼えた。右打席からのフルスイング。中型竜の首が天高く、飛ぶ。
「富夫ォッ! 近づいたぞ」
ハーマンは雄たけびを上げる。
「甘えるな! 富夫はもっと上じゃあっ!」
いつの間にか、背後に続いていた歩兵たちが、喚いていた。切る、突く、呼吸をする。また、切る。その間も、渾身の力を宿した矢が櫓から降る。
ジャスティンは中型の脳を貫いていた。剣を抜いた。呼吸をしながら、周囲を見る。押している。竜掃使は絶対的不利を覆しつつある。
「遼四郎、相手が強いのは、普通と言っていたな。それに勝つのが、おもしろいんだよな。今、最高におもしろいぞ。友よ!」
デカい声で、天に向かって叫ぶ。
相手が強い。
遼四郎は、そう思った。まだ、チャンスは来ない。大竜と中型3体。相手はたった4体だった。だが、力は圧倒的だ。
竜は不思議な生物だった。小型は人の背丈と大きく変わらない。空は飛べるし、筋力もある。だが、所詮は人の延長線上にある戦闘能力だった。だが、中型は違う。体高は3メートルほどあり、パワーはケタ違いになる。頭脳も変わる。中型がいると、統制力が働き、群れとしての手ごわさが出る。
この大竜はどうだ。体高は中型の倍はある。外皮はさらに厚くなり、通常の攻撃は弾かれる。身体の幅があるので、たとえ外皮を切っても、骨や臓器に至らない。つまり、命に届かない。頭もいいようだ。ヤツはこっちの様子を見ている。予測して、先に動く。中型もそうする。だから、いつまでも倒せない。
「だけどさ、脳みそって、そんなに賢くなれないよな。エリーはさ、恋愛しながら、戦える?」
とにかく、弓を射ているエリー。バカみたいに聞いてくる遼四郎を見て、頭にくる。
「い、今、それをやってんのよ! うまくいってる? いってないでしょ!」
ヨーコも、弓は射ている。でも、どうせあまり当たらない。矢がもったいないから、適当だ。
「バカが骨の髄まで回ってきたわね~。でも、バカはね、ひとつに絞れないの。リョーシローと一緒よ! アイスも食いたい。ラムネも飲みたい。おつまみもほしい。それが、私と同じ、だいたいのバカよ!」
「そんなヒマがあったら、さっさとひとつを終わらせたらいいのに、それをしないのが、キャプテンみたいな、大バカなんです!」
弓を連射して、必死に竜を防いでいるケイが、最後に叫んだ。
3人の言葉に、遼四郎は吹き出す。大笑いする。
「決めた! 俺、みんな大好きだよ。選ぶことなんて、できないよ。たぶん、あいつも同じクソ野郎だ。そこを突いてやる!」
ずっと、チャンスを待っていた。でも、それは、来ない。みんなの体力も限界が近い。ならば、チャンスはつくるしかない。
邪魔なのは、中型3匹だ。そこに指示を出しているのは、あのデカいヤツ。脳みそを分断してやる。俺と同じように、修羅場に叩き落してやる。遼四郎は考えた。
「勝利、リサ、お前らを分ける。左右分かれて突っ込み、中型を1体ずつ引きつけろ。正則は水で勝利を援護しろ。章吾はリサを絶対に守れ! 危険に突っ込んでくれる彼女に、何ができるかを考え、必死にやれ!」
これまでにないほどの、重い役割。4人は、真剣な顔をした。
「耕平、悪いが、真ん中の中型をまかせる。ケイ、お前しか援護に出せない。耕平を頼む!」
耕平は、ニッと笑う。それでいい、という意志を伝えてくる。ケイも遼四郎の顔をまっすぐ見る。ちゃんと、遼四郎は微笑んでいた。耕平と組ませたのは、恋愛とは別の役割の話。ならば、未来は自分で選べるのだ。
「ほかの連中はな、あの黒いクソッタレの相手だ。中心は宙、お前だ!」
宙はボールを握っていた。ストレートの握りだ。
「まかせとけ。ぶち当ててやる!」
遼四郎は、エースの顔に満足した。だが、言葉を足す。
「みんな、もし、俺が何かをしても、決して驚くな! チームのためにやる、俺の役割だ。みんなは、ただ、自分の役割を果たせ。もう、絶対に死ぬ気はないからな。でも、重ねて言う。驚くな!」
エリーとヨーコの顔が曇る。ケイがもう一度、遼四郎を見る。少し、安心した。この人がたまにやる、何かを仕掛けるときの顔だった。耕平を見た。ニッと笑っている。さらに、安心した。
逆転の快感が竜掃使を支配していた。征竜隊駐屯地近くで聞いた、竜群100という報告は絶望的でさえあった。だが、ジャスティンの策と、ハーマンらの奮闘で、それは過去のものとなりつつある。
少なくとも、ここでは勝てる。その後、反転して征竜隊の援護に戻れば、大竜を討ち、完全勝利の形になる。闘志は衰えていない。むしろ、燃え上がっていた。
しかし、櫓の上の兵が叫ぶ。もう一度、絶望的な情報。
「竜群、南より、さらに50! な、なんで? ほ、ほぼ、中型です!」
まだ、何も見えない南の空を、ジャスティンが仰いだ。ただ、晴れていた。空はどこまでも青かった。




