30話 未来しか見えない若者たち
ある日、ダレルが数人の職人を連れて、やってきていた。
「バットをつくりたい」
彼らは、そう言っていた。たしかに、あれだけキャッチボールをやっていれば、どうせ、打ちたくなる。いや、それこそが楽しい。それが野球だ。
「お前らのバットを貸してくれないか? 1本はつぶしてしまうが、次のをつくれるように、それで調べたい」
だが、バットは限られていた。しかも、遼四郎たちが持っているのは、金属バットだ。野球部たちがゾロゾロと集まり、話を聞きにくる。
「俺たちのバットって、本来は木でつくるべきものなんですよ。でも、木を削りだすのって、コストがかかる。しかも、その木が貴重でね。だから、こんな金属でつくるようになった。本当は木の方がいいんですよ」
勝利が概略を説明した。実際は、自分も木製バットでやってみたい。でも、金属バットの方が、飛ぶらしいし、何より安い。
「木でいいのか? どんな木だ? なんか細工があるのか?」
矢継ぎ早に尋ねる職人たち。勝利が、ちょっと困る。そこに髪が伸びて男前度をアップした一也が、割って入る。
「アオダモって、僕らの世界では言うんですけどね。背が低い木なんだけど、硬い割に粘りがある。ちょっと、めずらしいんです」
ダレルたちがポカンとした。ひとりが、薪を積んである場所に走る。
「アオダモって、これだろ? どこにでもあるぞ、こんなもん。そこの森にもたくさんある。よく燃えるから、薪にするんだ」
驚く野球部たち。この世界にはアオダモがあふれているのだ。それを燃やした風呂に、昨日も入ってしまったのだ。
「だ、ダメですよ。薪にしちゃあ。この木は、育つのに時間がかかるらしいんです。薪にするくらいなら、バットにしてください!」
一也が緊急的に言葉にした。しかし、突如乱入してきたのがヨーコだった。
「バットをつくれる木が、このあたりには無限にあるらしいわね。決めたわよ。あの森は封鎖よ。“木を切る者は爆殺する”と、宙の似顔絵と一緒に看板にして立てるのよ。そして、ダレルさんは明日から、バットをつくりなさい。グラブのときみたいには、いかないからね!」
突然、軍事統制下に入るアオダモの木。だが、遼四郎はやりすぎだと思う。だから、またもヨーコを止める。
「ダメだ、ヨーコ。ボール投げて捕れたら、次は絶対に打ちたくなるのが野球だ。そのチャンスをちっちゃい子から奪うのか? キャッチボールを失ったことがあるお前が、それをやるのか?」
遼四郎の言葉に、ヨーコの思い出回路が突然、働く。200円を握りしめ、キャッチボールを楽しみにした夜。突然、奪われた朝。思い出し、落涙する。
「ダメよ! 絶対、ダメ。鬼か悪魔か、そんなことをするヤツは、許さない。みんなで野球するのよ! 大好きな人と、一緒にやるの」
ヨーコの豹変に、征竜隊もダレルたちも驚く。でも、それでいい。バットを振る楽しさは、みんなに味わってほしい。
「じゃあ、アオダモはバット用と周知させてください。薪にするのは、言語道断です。みんなが野球をはじめたら、足りなくなってしまう。そして、このバットを元に、削り出してみてください。ただし、このままの形じゃ、重すぎて振れないはず。ここをもっと細く……」
一也が説明をはじめた。ダレルたちが紙にメモしていく。城南職人集は、ダレルを筆頭に、腕はいいが、人間的には酒飲みで気がいいだけの、隙の多い集団だった。でも、腕だけはいいのだ。たぶん、バットは生まれるだろう。
川から引いた水を穿った堀に流している一角。透明な水が、音を立てて、流れている。夏の盛りだけど、風が動いて、涼しい。
遼四郎はケイと一緒に歩いていた。少し後ろに耕平がいる。
「ケイを面倒な場所に立たせてしまったと思う。ゴメン」
遼四郎は言った。足元を眺めていたケイは、少し、意地悪をしようと思った。
「キャプテンは、私のことなんか、眼中になかったんですね」
困ったな、と思う遼四郎。でも、耕平は助けてくれない。そりゃ、そうだと思う。でも、口を開いたのは、ケイ。
「いつも、みんなに謝って、バカとか言われて。でも、そんなキャプテンが、少し好きだったんです」
また、言葉が出ない遼四郎。
「でも、キャプテンは、あのときに話さなきゃダメだったんです。一緒にいるのは、私でした。ヨーコとも、エリーとも仲良しです。ほかの人に、言えました?」
遼四郎は思いきり首を振る。この人に頼っていることがある。それを理解していた。
「じゃあ、それが、私の役割でした。少し、残酷だったけど、私にしかできない、あなたの助け方です」
小走りして、少し前に行ったケイが振り返って、そう言った。赤い髪が風に揺れていた。涙が見えた。とても、キレイだった。
何を言おうかと思った。女王の、おばあさまの言葉を思い出した。心の中から、言い訳がましい気分が消える。胸を張ってみた。
「女王様が言ってたんだ。エリーやヨーコとの思い出はあっても、それは過去のこと。未来は今から自分でつくれって。俺、そうすることにしたんだ」
遼四郎の顔は、ケイが好きだった顔に戻っていた。まっすぐ、前を向く人。だから、私はこの人が好きなんだと、わかる。その人が未来は、これからつくる、と言う。ケイの中で、何かの方向が変わる。
「私、キャプテンが好きです! 同じくらい、耕平君も好きです! 私の未来は、私がつくります。それで、いいんですよね」
驚いた遼四郎。でも、痛快だった。ケイがかわいいと思った。でも、耕平も伸びた前髪の奥で驚いていた。
「耕平君、少しだけ見ないで。私、この人に抱きつくことにした!」
そのまま、走ってきたケイを、遼四郎は抱えた。小さな身体なのに、強い気持ち。
「もう、死んだらダメ。あんな気分にさせないで。未来を、選ばせて……」
遼四郎は、ケイをしっかりと抱いた。離したくないくらい、とんでもなく、素敵な子だった。でも、ゆっくりと身体を降ろしてあげる。涙を拭いてあげる。向こうにいる耕平の顔を見る。
“こんな素敵な子、お前になんか、やらない”
そんな顔をしてやった。耕平も返す。
“上等だ。ぶっ殺してやる”
十分だった。自分はリーダーだけど、心のままに生きるしかない。そう思うしかない。耕平と斬り合う未来を想定しようとする。思いつかないけど、それでもいい気がしてきた。
ある日、午後、鐘が鳴る。
「竜団出現! 数、30以上。ま、マズイ、大竜確認!」
見張りの竜掃使が叫んだ。もうひとりが兵舎の方へ向かう。
もたらされる情報に、征竜隊が戦闘準備に入った。走りながら、ハーマンに遼四郎が聞く。
「大竜って、なんだ?」
「中型の倍くらいあるデカいヤツだ。十年に一度も出ない、特異な存在だ。俺も一度しか見たことがない」
「どうやって、倒す?」
「倒せない。矢を射ても、虫の一刺し程度にしかならない。槍で突いても、命を絶つところまで、届かない」
「どうするんだ、それ?」
「好きなようにやらせて、帰るのを待つしかない。竜害のド本命だ」
征竜隊は何度も訓練した動きで、準備を進める。馬車に馬がつながれ、武具や野球道具が載せられる。軽い食事、そして、飲料水。
「櫓で迎え撃つ。防ぎながら、様子見してジャスティンらを待つ。決めに行くな! 櫓から飛び降りるなんて、許さんぞ」
飛び降りた張本人が、そう言って、たしなめる。
「お前以外に、そんなバカはおらん!」
宙がグラブを抱えて、馬車に乗り込む。
「俺の次に、お前がバカだから、言ってるんだ。相手に合わせて追いかけるな。自分の球を投げろ!」
「当たり前だ!」
宙は怒っていた。でも、遼四郎が言う意味はわかる。熱くなって、独りよがりになりがちな自分を、心の中で戒める。ハーマンが小さく笑う。たしかに、今日、一番危ないのは宙だった。先に一発入れておく遼四郎に、感心したのだ。
ジャスティンは、慌ただしく装備を整え、馬房へ走った。騎兵の連中が、すでに集まりつつある。
「準備ができた者から、出ろ! 道中、合流して陣形を組む」
そう言いながら、自分はもう飛び出している。歩兵団の方へ向かう。
「100はここに残していく。大竜ありとの情報だ。もし、ヤツが城に向かうときは、櫓に籠って、迎撃しろ」
歩兵を率いる主だった者たちが、うなずく。やるべきことは、伝わった。ジャスティンは馬首を返し、門の方へ走る。左右に騎兵が続々と集まってくる。すでに、門を出ている者も多い。
竜掃使の力では、大竜には勝てない。だが、征竜隊ならば、わからない。いや、遼四郎ならば、やってくれる気がしている。あいつなら、必ず、チャンスを見つけるだろう。そこを突く瞬間が必ず来る。それを、邪魔させない。
「中型、小型は全部引き受けるつもりで行くぞ」
ジャスティンは、左右を走る騎兵らに、そう叫ぶ。
「上等じゃないですか。それが俺たちの役割ですね。そうすれば、征竜隊がデカいのをやってくれるチャンスができる、ってわけですね」
「伝説の大竜殺しですか。いいですね。役割をありがたく果たしましょうや」
竜掃使の動きは、格段に進化しつつあった。グズグズと命令を待たなくなった。命令を聞かないのではない。言う前に、もう動くようになりつつある。
「今夜は、大竜をかっさばいて、食うんですかね?」
「征竜隊なら、やりそうですよ」
「また、陸にこきつかわれるんだよ」
「あれはキツイからなあ。でも、死ぬほど楽しみになってきたぞ」
「ああ、俺たちゃ、伝説の味を、本日、食うことになるんだ」
「ジジイになっても、語り続ける話になるな」
頭と身体では、戦闘準備を続けながら、口ではそんなことを語っている。陣形はすでに速度重視の形に組まれていた。ジャスティンは、竜掃使を誇りに思う。
“どうですか、女王陛下。見てるか、クソオヤジ、デキすぎの兄貴たち。俺の軍は、俺の仲間は、こんなにできるヤツらなんだぜ!”
大竜が来たのに、ビビっていない自分がおもしろかった。やりたいことばかり、思いつく。楽器もいいが、今はいちばんしたいのは、やはり、正則とのキャッチボールだった。




