3話 困ってる女子を助けたいと思わない男子はいない
採石場に人はいない。四角く切り出された石の形のままに、半キューブ状にえぐられた切り立った石壁が並ぶ。
「風はしのげると思います。竜に見つからない程度の目立たない火を囲んで、野獣からも身を守りましょう」
エリーがおおむねの方針を言う。だが、キャプテンはそれでは済まない。
「水はありますか? 火は夜通し起こしましょう。だから、木材がある場所を教えてください」
はっきりと遼四郎は言う。手を握って舞い上がっていた人ではなかった。けっこう、立派なリーダー風味。
「木材は奥の山手にあるはずです。水は作業員の小屋の近くに井戸があります。多少の生活道具も、その小屋にあると思います。もし、違ったら、ごめんなさい」
エリーは遼四郎に気圧され気味に答える。彼の思考は、またすばやく働く。
「勝利、陸、秀樹、正則! 奥の山行って野営の木材探してこい。一也をリーダーにして、宙、章吾! 小屋行って井戸から水汲む方法考えろ。小屋の道具も探せ」
そこまで一気に言う。ダッと動き出す面々。
「で、俺と富夫とリーダーが残るけど、何する?」
ニニニッ、と耕平が笑う。みなの動きに感嘆するエリーと直立する巨人、富夫。
「富夫はエリーさんを死んでも守れ。絶対、できる!」
富夫がうれしそうに遼四郎を見て笑った。
「絶対、守る! 大丈夫、今日は好調だよ」
「エリーさん、富夫って、アホに見えるけど、違う。信頼できるから。いざというときは、こいつを頼って」
「そこまで、保護してもらうわけには」
「頼む! 富夫を信じてくれ。竜の尾を見たろ。こいつはホンモノだから」
「わ、わかりました。遼四郎さんと耕平さんは?」
「周りを見てきます。すぐ戻りますから!」
それだけ言うと、耕平と目を合わせてから、闇に消えたふたり。手には金属バットが光っていた。
「耕平、どう思う? 俺ら、今流行りの異世界転移くらったのか?」
「たぶん、そう思う」
「どこだよ、ここ?」
「知らないよ。でも、死ねるくらいにヤバい場所みたい。竜いるし」
「勘弁してくれよ。俺、どうしたらいいんだよ?」
いつも、野球の試合では耕平の目を見る。耕平の目が理解を示すと、俄然自信が湧く。だから、遼四郎は耕平を残した。
耕平が足を止めて遼四郎を見る。遼四郎も耕平を見て思い出す。こいつはチビのクセに焦らない男。いや、チビで苦労してるから、経験値がある。だから、焦らない、と。
すると、耕平は大きくない拳で遼四郎のハートあたりを打った、トンッ、という軽い衝撃に遼四郎は我に返る。
「野球部でここに来てしまった。だから、野球部でいこう、遼四郎。で、そうなると、お前がキャプテンだよな。迷うなよ。 俺がサポートする」
遼四郎のハートの奥に小さな火が入る。
「わかったよ。俺はお前らが生き残れるように頭を使う。縁があったエリーさんも守る」
「お前、エリーさん守ることしか考えてないクセに」
「殴るぞ」
「避けるぞ」
「やっぱり、お前嫌い」
「そう言いながら女子を大事にしたいのがお前。だから、俺は従ってやる」
「やっぱり、殴ることにする」
「いいから、そのまんまの遼四郎で行けよ。たぶん、問題ない」
「そうか、だったら、友達続けてやる」
ニッと耕平が笑う。それで、遼四郎は立ち直る。ハートの方も。
石を上って、遼四郎と耕平が戻る。エリーの後ろには石壁、前にはバッティングの構えのまま、バットを小刻みに動かす富夫。そこから繰り出される竜をも断つスイングを知れば、鉄壁の布陣だろう。
「富夫、サンクス!」
そう言って遼四郎と耕平が戻る。勝利をリーダーにした木材探し班、一也をリーダーにした小屋と水捜索班も戻っていた。両班は遼四郎に報告をする。
「じゃあ、今夜は小屋前で野営にする。全員、丸太2本ずつ小屋前に運べ。終わったら水汲み!」
遼四郎は精いっぱいの指示を出す。
「あの~。そんなに木材はいらないと思います。ある程度の枯れた枝と丸太2、3本もあれば十分です。後の数人は水を汲んで飲み水を確保し、ほかは休養をしながら、夜の警戒を交互にできれば」
「経験の差が出たぞ。遼四郎。認めろ」
耕平がすかさず、エリーの正論を遼四郎に認めさせた。素直に遼四郎も気合いの行き過ぎを改める。彼らの目でのやりとりを見て、エリーは不思議な信頼感とコンビ―ネーションを感じた。
2本の丸太が大きな火をつくって燃え盛る中、竜の尻尾が焼かれる。そこから垂れる油が、ジュッという音を残して、何度も消える。腹が空きすぎた中山陸がつぶやく。
「もう少し、もう少し焼けば、最高の肉になるはず……」
火を点けるときに、ひと悶着があった。今日、竜にとどめを刺した、菊池宙の力を利用しようという話になったのだ。
「でも、宙さんの火球は炸裂型です。火は一瞬で点きますが、同時に爆風がそれを吹き飛ばしてしまう」
エリーは正しいことを言う。当の宙は、夕方のことが理解できずに、以後も多くを語らない。いや、語れない。
「宙にやらせてみよう」
というナインに対し、遼四郎は言った。
「じゃあ、秀樹さ、いつものように受けてやれよ」
福原秀樹は真剣に顔を横に振る。
「俺はまだ、爆死したくないぞ」
「そういうこと。危ないからやめとけ」
まあ、当然の意見だろう。宙の“火の玉ストレート”は次の使いどころがわからない代物だ。結局は、小屋に残った火付け道具を使い、小器用な耕平が火を点けた。
竜の尻尾が焼けた。硬い外皮が包み焼きの効果を果たし、蒸したようになるとエリーは言った。皮は小屋班が見つけたデカいハサミを使って、陸が切っていく。
「岩塩があります。使ってください」
そう言ってエリーが出した岩塩を、陸は惜しげもなく振りかける。
「いっただきまーす!」
竜のくせに、肉は半端なくうまかった。エリーも含め、その味を堪能する一行。だが、うまいのだが、肉は骨にこびりついている。それをほじくったり、かじったりしながら、野球部はエリーに質問する。
「ところで、エリーさんって、いくつなんスか?」
ズケッと聞くのが、高2のおしゃべり野郎、正則だった。意外にワイルドな食べ方をするエリーが、ほほを肉の油でテラテラさせながら答えた。
「私ですか? 今、17で今年18になります」
それを聞いて吹き出したのが3年の面々だった。
「お、同い年なの?」
「は、反則ですよ。それ!」
ハンサムの太田一也でさえ、表情を壊して問う。
「私と同じなんですか? 本当に?」
問うたエリーに3年生一同は肉を噛みながら猛烈にうなずく。今度はエリーが肉を手に軽く吹き出す。
「ウソ? みんな、そんな頭だから、もっと年下だと思ってた!」
はじけるように笑うエリー。合わせるようにうすら笑うナインたち。
「だから、俺は野球部嫌いなんだよ」
マジメな勝利は坊主頭が導く真実を呪う。同い年の女子に年下扱いされ、自身の心も折れかけた遼四郎。思考が急激にめぐり、次に宣言した。
「えーっと! 今後、多摩広井高野球部は坊主廃止! 以後、永遠。 以上!」
「え、何それ? わからない。でも、おかしい。ハハハ」
竜肉がうまいのか、陽気にエリーは笑っていた。でも、野球部の歴史は完全に変わった。以後、彼らはバリカンから縁遠くなるのだ。
「よっしゃ」
小さくガッツポーズをしたのは、誰よりもその恩恵があるイケメン、太田一也だった。
「で、みんなは、お坊さんじゃないんだったら、結局は何なの?」
かなり、慣れてきたエリーが、核心的な質問を放つ。耕平と一也、勝利、目ざといメンバーが遼四郎を見る。中には、火の玉を投げた宙も含まれる。
「エリーは野球ってわからない?」
「ごめん、わからない」
「俺ら、それがある世界から、突然に来たらしい」
竜肉の油をハンカチで拭き、元の女剣士の顔に戻ったエリーが、遼四郎をまっすぐ見る。たき火の灯りが二人の顔を揺れながら照らす。
「別の世界にいたってこと? さっきまで?」
「そう、俺たちは夕方に野球という球技の練習をしようと集まっていた。そして、目がくらむと、次には竜の前で戦うキミの近くにいた。それが今日の体験」
「“トライビト”なのかな?」
「なにそれ?」
「ごめんね。説明が難しいんだけど、してみるね」
「よろしく」
「この世界には、数百年に一度、竜が現れるの。1匹じゃなく、たくさん。そして、人を殺める。だから、私のような竜掃使という役職が置かれ、竜たちを倒す役割を担う。でも、私たちだけでは、今まで竜を倒しきったことはない」
「じゃあ、キミたちは?」
「だんだんと殺されちゃうね。で、次々に補充する。でも、仕方ない。私たちがいないと、竜たちの思い通りに、みんなが死んでしまう」
身近になったエリーの境遇に、野球部たちの憤りが乗っかる。誰も言葉を発しないのは、腹の底が燃えてくるから。
「どうすれば、エリーは生き残れるの?」
「竜が現れると、いつか、“トライビト”がやってくるの。遠く遠くの世界から、私たちを竜から救うために、突然に現れる。その人たちは、特別な力を持ってる」
ナインたちの腹に火が点く。黙って聞いていた菊池宙の右手には青い火が灯っていた。
「菊池君、宙君、落ち着いて。あなたはその火をコントロールできるはずなの」
直接、エリーに言葉をかけられて、宙は驚く。同時に火が消える。
「たぶんだけど、宙君みたいな力を発揮して、“トライビト”は竜を倒す中心になるの。400年前にも同じことがあったと言われてる。でも、そのとき現れた“トライビト”は髪の真ん中を剃って、後ろの髪を頭に乗せる風習の人々だったの。あなたたちとは違う」
そこまで聞いて、宙が口を開く。こいつは、実は歴史マニアだ。
「それって、武士だろ。チョンマゲを見て、驚いたんだ」
「“ブシ”って言い方も聞いたことあるけど、“サモレイ”みたいな言葉もあるよ」
「それ、サムライ。けっこう、なまるのね」
宙よりも上級戦国マニアの仁木章吾がツッコむ。
「でもね、400年前の“トライビト”は、オジサンばっかりだったみたい。不思議な兜と鎧を着て、不思議な髪型だったの。だから、若い僧侶みたいなみんなが、“トライビト”なんて思えなくて……」
「そりゃあ、そうだよ。400年前はサムライなんでしょ。つまり、戦闘のプロが来てるんじゃん。俺たちとは違うんじゃない」
章吾のその言葉に反応したのはエリーじゃなかった。立ち上がったのは宙だった。
「章吾、お前の解説では、俺の火の玉の説明がつかんぞ」
また、右手には青い炎が見える。すごまれた章吾がおののきながら聞く。彼にとっては、ピッチャーとしても先輩なのだ。
「それ、熱くないんスか? ヤバいですよ」
「なんか知らんが、熱くないんよ。カッとしたら、いつの間にか点いてるんだけど、気持ちが冷めると消えている。あれ以降、何度かなったけど、よくわからない」
そう語りながら、宙はみんなから離れ、石壁に正対する形で立った。エリーが先回りして声をかける。
「強い力は未知数よ。半分以下の力で試してみて。最初は遊ぶような気持ちで」
「わかってるよ。いきなり爆発は俺もみんなも嫌。遊びのキャッチボール気分でシャドーしてみる」
セットポジションの形で壁を見て、軽く左足を上げる。小さめのストライドで左手が前、右手が後ろになった。その右手がキレイにしなり、前に振られる。
「ヒュッ!」と風を切る音が聞こえた。軽い動作なのに。
でも、火も爆風も起きない。
「気分が落ち着いてると、なんも起こらないね。でも、妙に腕が振れるんだよな」
宙は自分で確かめるように言う。そこにエリーが忠告する。
「“トライビト”は身体の力が強くなるという話もあるわ。元の2割くらいとも。はっきり知らなくて、ごめんなさい」
「2割? なんかセコイなあ。ゲームの世界みたいに、数倍になったりすりゃいいのに」
特に考えていない正則が誰にでもなく言う。
「それじゃ、チートだろ。ていうか、身体が壊れるぞ、それ」
マジメな勝利が全否定する。メガネの奥の目がムッとしている。
「思った以上に負荷があるかもしれない。軽めにいけよ」
キャッチャーらしく、秀樹が気遣った。
「ああ、じゃあ、今度はちょっと怒りながらシャドーしてみる。力はさっきより抜く」
セットした宙は目を閉じて、先ほどのエリーの話を思い出す。“殺される”と悲し気に話す顔が浮かぶと、体中にカッとする気分が湧く。右手先に炎が現れる。そのまま、目を開け、足を上げる。腕を振る。
ボウッ、と音を発して、炎が空気中を走る。石壁までまっすぐ進み、消えた。
「爆発はしないんだな」
秀樹が宙の球筋を指で追うようにして、火が消えた石壁を指す。
「何も投げてないからかも。ただ、今日は爆発はやめた方がいいんだよな。エリー?」
確認する宙に、エリーがうなずく。
「ここではまだ竜を用心すべき。明日、明るい間にいろいろ試した方がいいかも」
そこで、遼四郎が立ち上がってナインの方を見る。
「俺らも今日は竜と戦って歩いただけ。ちょっと、素振りでもしとこうや。ただ、バットから火吹くヤツがいるかもしれん。石壁に向かって、距離とってやろう」
「たしかに、夏の大会も近いし、身体がなまるとよくないし」
何気なく、一也が口にした。そして、自分でハッと気づく。ほぼ同時に全員が気づき、視線がキャプテンに向かう。その遼四郎はエリーを見る。そして、尋ねた。
「なあ、“トライビト”は元の世界に帰れるの?」
ナインの不安を感じたのだろう。エリーはできるだけやさしい顔をつくり、笑った。そして、口を開く。
「竜の王を倒すと、多くは消えるように帰って、何人かは、こちらに残ったみたい……」
正直な安堵の空気が流れる。だが、その中で遼四郎の頭だけは回転していた。そして、言葉をひねり出す。
「じゃあ、俺たちは竜を倒すしかない、ということになるな。怖いからと逃げていたら、帰れない」
正確な状況説明だが、実は計算が入っている。だから、変に熱量が少ない。耕平はそこに気づいたが、あえて口にしない。でも、気づいたもうひとりの方は、口を開いた。富夫だった。
「遼四郎は帰れなくても、竜と戦う気だったろう? 顔がそう言ってたぞ」
いつも遼四郎の顔を窺っている富夫だから、気づいていたのだ。しかも、バカ正直なところがある。図星を指され、面食らう遼四郎を、エリーが放心したように見つめる。その目が急速に潤む。
「い、いや……」
まっすぐ見つめられ、こちらは急速に思考範囲が狭くなる。そこに、また火の玉を投げそうな顔をして宙が割って入る。
「気持ちをコソコソ隠すな、遼四郎。義を見てせざるは勇なきなり! エリーを助けたい、と素直に言え。そうしたら、俺が竜をぶちのめしてやる」
歴史好きで異様な正義感を持つのが宙だった。それが、そのまま自信過剰なピッチャーらしい性格をつくっている。
「いいんじゃないスか。エリーさん大変そうだし、俺でも助けたいと思うし、宙さん、変に猛ってるし。竜やっつけるしかないでしょ」
口は達者だが、ビビりな正則までがそう言う。みんな、最初からその気だったらしい。
「そ、そういうことなんで、エリー。その……、よ、よろしく」
しどろもどろの遼四郎の言葉に、エリーの目から、とうとう涙がこぼれる。全員が見ていたが、それは言葉にしなかった。どんな世界の女の子だって、涙を見られたら恥ずかしいだろう。そう、思った。だから、気づかないフリをして、みんなで、やさしく笑った。




