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29話 キレイな思い出。でも、未来はここから

「フンッ」

 征竜隊駐屯地では、ハーマンが羽をむしったハトを火計で攻め倒していた。居残る手下の竜掃使りゅうそうし5人と丸焼きのハトを食う。

「これはこれでうまいんですよね。でも、征竜隊と過ごしてる時間が、いかに幸せかと気づいてしまう」

 竜掃使のひとりが、そんなことを口にする。ハーマンが応じる。

「まあ、乾パン食うしかない日も多い。でも、ハトの丸焼きでも加われば、それだけで気分も違う。もう少し手間をかけて、カレー食えりゃ最高だ。ハトの詰め焼きにまでした日は、一生、忘れない」

「あいつら、一日一日を大事にしてるよな。訓練も必死だし、メシ食うのも一生懸命だ。つきあう俺たちもクタクタだけど、たしかに、忘れられないよ」

「俺はな、竜掃使もそうしたいんだよ。どうせ、兵役が終われば、もう会うことも少ないだろう。途中で死んじまうヤツも多い。一生懸命やって、楽しんで、仲間つくって、忘れられない日を過ごして、死んだり、帰ったりしてほしいんだ」

 なんとなく、しんみりする竜掃使たち。

「だからといって、ハーマンさん、長逗留しすぎじゃないですか? 生き生きと征竜隊やってますよ」

「う、うるさいな。今のままじゃ、竜掃使の名物料理はハトの丸焼きになっちまう。もう少し、ここにいたいんだ。役割を果たしてみたいんだ……」

 ハーマンはここにいることに、微妙な罪悪感がある。でも、帰りたくない。居座りたい。

「いいですよ。別に誰も怒ってませんから。ハーマンさんって、ガキのころから戦争やって、気が付けば職業軍人なんでしょ。ここで忘れられない日を、過ごしてくださいよ」

「あ、ありがとう……」

 礼を言うハーマン。彼に近い竜掃使たちは、だいたいわかっていた。この大柄な青年は、今、やっと青春を生きているんだと。そんな大事なもの、止められるわけがない。


 同じころ、遼四郎りょうしろうたち以外の征竜隊の面々は、城南地区の焼き鳥屋にいた。丸焼きではなく、串焼きである鳥を、次々に串だけにしていく。

「この少しつける調味料が、抜群に合いますね。ゆず胡椒や辛味噌に勝てる存在を、はじめて知りました」

 陸が皿に添えられた、味噌のような不思議な調味料を味わう。スパイスに秘密を感じる。横に座るハンナは絶好調だった。

「今日はね、もう、歌っちゃおう! 店長、流しの人、呼んでよ」

「はいよ~。今日はハンナちゃんがイケイケだね。ホームラン連発!」

 最近知った野球用語を使って、店長が応じた。ほどなくしてやってくる、いつものふたり組。

「まずは、『私の左側』よ。今日はこれと決めてたの!」

 ハンナのリクエストに流したちが、早速、弾きはじめる。そこで勝利がボソッと言う。

「でも、ハンナの左側って、叩き切られるポジションだよな」

「余計なこと言わないのっ、アンタは!」

 同じ左打ちらしく位置関係を言葉にしただけだが、リサに思いきり叩かれる勝利。すると、店員のギークを借りて、今日は正則が弦を弾いて合わせている。

「正則、楽器できんじゃん。見かけによらねえ~!」

 同期なので、章吾しょうごは遠慮がなかった。だが、正則は変人の言葉をあざ笑う。

「音楽はな、心のリズムなんだよ。音なんか、だいたいでいい」

 少し年上の友の言葉を借りて、やり返してやった。


 女王の私室では、ヨーコがヒートアップしていた。

「だいたいね。なんで、私たちは知らない間に“トライビト”なってんのよ。しかも、おぼえてりゃいいけど、ほとんど忘れちゃうなんて、残酷すぎるでしょ」

 大声を出すヨーコをよそに、女王はオーブンから大きな料理を取り出す。テーブルに置かれたのは、ハトの包み焼きだった。

「あなたたちと一緒に、これをつくった竜掃使に教えてもらったの。あなたたちは何度か食べてるらしいけど、私ははじめてなの。おいしそう」

「そんな食べ物の話じゃない!」

 ヨーコは食い下がる。だが、女王はあわてず、ハトを切り分ける。

「ヨーコにしてはめずらしく、食べ物に失礼ね。実は、そんな話なのよ。“トライビト”は、どちらかの世界に足りない何かを、伝える役割もあるの。この料理のようにね」

 配られた皿はいい香りを放っていた。ハーマンが適当に射てくるものとは、ハトの質が違うのかもしれない。

「400年前、ここに来た“トライビト”は私たちのご先祖に当たります。そして、彼らは遼四郎さんたちの世界では生きて行けなくなった人だと聞きます。戦に負けて、根絶やしにされてしまう、そんな人々でした。でも、それだけではないの。竜がいても、いなくても、両方の世界では、互いに“トライビト”がひっそりと行き来しているの」

 女王の話を聞きながら、遼四郎は皿の肉を口に運ぶ。味が腹にしみわたる。

「ふたつの世界は、互いに何かを補い合っているのかもしれません。この料理のような、少し世界を変えるようなものを携えて、彼らはやってきます。医術のときもあります。逆に遼四郎さんたちの世界で、失われてしまった知恵を携え、行ってしまうこともあります」

「でも、子どもの私が行ったって、なんにもできないじゃない」

 ヨーコはハトをガツガツ食いながら、女王にも噛みつく。

「私たち“トライビト”の家系では、特に子どものころ、行ったり来たりすることが多いのよ。私もそうでした。気が付くと、あちらにいる。でも、野っ原のっぱらにポツンといるわけじゃない。“トライビト”を知る人のところに現れる。生きてはいける」

「まあ、俺たちもエリーのところに出てきましたからね」

 遼四郎が、竜と戦うエリーの姿を思い出す。

「それはね。少しだけ、違うのかもしれません。あなたはエリーに呼ばれて、ここに来たのかもしれない。そんな気がします」

「なんで、エリーのところに行くのよ! 私のところに来ればいいじゃない」

「何言ってるのよ。アンタのところに行ったら、エリーが死んじゃうでしょ。遼四郎君がそんなことする?」

 この祖母と孫娘の会話は、どこか突拍子もない。いつの間にか、“君”付けで呼ばれている遼四郎が答えに詰まる。

「リョーシローがそんな人のわけないでしょ! 私が死にかけてたら、絶対、私のところに来てくれるのよ。エリーがズルい」

「ず、ズルいって何よ!」

 今度はエリーが怒った。

「リョウくんはね、いつも、私を助けてくれるの! ひとりぼっちのときに声をかけてくれて、嫌なこと言う人をやっつけてくれて、私に“お嫁さんになって”って言ってくれたのよ!」

 遼四郎は、めったにやらない、逃げに突っ走りたくなる。何も悪いことをしていないのに、これは、すでに修羅場しゅらばだ。

「ほら、遼四郎君が、困ってるでしょ。それ、本人を挟んでやる会話ですか? うーん、なんだか、違う気がしてきました。たぶん、料理の上手な陸君がこの世界に呼ばれて、遼四郎君はそのとばっちりです。断じて、アンタたちなんかを助けに来たのじゃないようです。だって、このお料理、本当においしい」

 女王はハトの肉汁を吸い込んだ米を、口に運びながら言う。ヨーコもエリーも、さすがに自分たちのおかしさに気づく。

「なんで、エリーには“お嫁さんになって”とか言うのに、私には言わないのよ」

 ヨーコは攻撃対象を遼四郎に変更した。

「い、言うヒマなかったんだよ。急にいなくなるから……」

「たぶん、ずっといたら、ヨーコにも言ったんでしょうね」

 エリーも遼四郎をロックオンした。

「仕方ないだろ! 江理えりちゃん、いなくなって、もう会えないと思ってたし……」

 ヨーコは遼四郎の答えに満足していた。自分にもお嫁さんの権利があるのだ。やはり、悪いのは祖母だ。

「なんで、あんな大事なタイミングで、こっちに帰らされるのよ! お嫁さんになりそこねて、駄菓子屋好きが高じて、ごちゃごちゃした町ばかり行くようになっちゃったでしょ!」

「たしかに、アンタ、あれから変になったわね」

 女王が笑った。どうやら、ヨーコが雑多な町を好むのは、遼四郎のせいらしかった。

「別に変じゃない! 私にとって、いちばん幸せな場所は、夏の小さな駄菓子屋さん。やさしい、少し背の高い男の子が、一緒にいてくれる、いちばんキレイなところ」

 遼四郎は恥ずかしい。でも、うれしかった。小さな思い出だが、自分にとっても、それは大切なのだ。

「そういうことはね。ふたりだけのときに言うの。ヨーコって、ヘタクソねえ」

 祖母が茶化す。でも、エリーは納得いかない。

「ヨーコはおぼえているんだから、いいよ。私なんか、ついこの前まで、完全に忘れてたのよ。あんな大事なことを。信じられない。人間として、自分が許せない」

「いや、俺も、なぜかすっかり忘れてたんだ。エリーのことも、ヨーコのことも」

「私も近いものよ。遼四郎を見て、あれっと思った。ボールを投げる姿を見て、少し思い出した。そんな感じなのよ。おかしいわよ。ふざけてるわ」

 3人とも、それぞれに大事な思い出なのだ。忘れたいわけがない。

「そうよね。なんとも意地悪な話。私もそうでした。小さいころ、あっちの世界に行く。楽しいことばかりだった気はしない。でも、とてもキレイな何かに触れたのは、たしか。なのに、おぼえていないの。もう、ずっと遠くに行ってしまった……」

 祖母の境遇に、ヨーコとエリーの胸が急に苦しくなる。自分たちは思い出せたのだ。とても大事な、幸福な思い出を。マシなのは自分たちだ。

「けどね、遼四郎君を見て、少し思い出したの。私も、彼みたいな人に逢っていたんだ、って。こんな目で見つめてくれる、やさしい人に。たぶん、私たちは、こんな人を探しに、行ったり来たりしてるんだと、思うようになった。だからね、私はこの人が大好き。自分の家族にしたいくらい」

 油断してお茶を飲んでいた遼四郎が吹き出した。まだまだ、修羅場だった。

「エリーが遼四郎に出会ったのは7歳とかじゃん。私は8歳か9歳のとき。なんで先にエリーなのよ。なんで、速攻で婚約しちゃうのよ」

「し、仕方ないでしょ。小さくて純粋だったのよ!」

 また、戦闘がはじまりそうになるのを、祖母が手で止めた。

「まあまあ、そんなことは気にしないでいいの。キレイな思い出であっても、それは過去のこと。あなたたちが生きるのは未来よ。ここから、積み重ねていけばいい。運命もへったくれもないの。前を向いて、自分たちでつかみなさい。これは、遼四郎君にも言えることよ」

 これからだ、という女王の言葉は、遼四郎の胸に響いた。そうなのだ、思い出は思い出。ここから、はじめるのだ。未来は何も決まっていない。自分たちでつくればいい。

「ありがとうございます。なんか、気が楽になりました、おばあさま!」

 遼四郎は、女王をそう呼んだ。

「本当に、あなたは気持ちがいい人ね。やっぱり、私はあなたが大好きですよ」

 目を合わせて、女王が笑った。



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