28話 久しぶりの町、はじめての何か
ひと月ほどが過ぎていた。野球部たちの髪が、目に見えて、伸びていた。女子たちの間で、話題になっていたのは一也だった。伸びるのも早いのか、サラサラとした前髪が眉の上に重なりつつあった。サイドをキレイに切り、誰が見ても美形な青年になりつつある。
野球部伝説の中に、少年のころにサラサラだった髪が、長じて、高校野球が終わってから伸ばしてみると、チリチリのクセ毛になっている、という事象がある。
遠い先輩たちから受け継がれる、その伝統を受け継ぐのは、富夫だと思われていた。でも、富夫の髪はまっすぐ伸び、イケメンアクションスターの風格さえ、醸し出す。
「なんか、異様にカッコいいから、ちょっと気をつけた方がいいわよ」
ヨーコは、茶髪を無造作にかきあげる富夫に、そんなことも言う。
耕平も髪が伸びるのは早い方だった。特に切りもせず、伸び放題だったが、軽く癖のある前髪の奥から、相変わらず、ニッと笑う。
遼四郎は、特に伸びるのが早いわけではない。身体がデカい割には、眉の上程度の前髪がガキっぽい。坊主が伸びたら、こうなるという、典型だった。
宙は異様な直毛だった。しかも、硬い。ストレートという球種を好む男の髪も、バリバリのストレートなのだ。
野球部伝説を再現したのは、勝利と章吾だった。章吾の方は、昔からクセ毛だったらしい。相変わらず、伸びても坊主と変わらない雰囲気。泣いたのは勝利だった。
「俺、直毛だったのに、なんでここまでクセ毛?」
勝利は、小学校低学年まで、サラサラヘア―のメガネだった。だが、今は天パヘアーのメガネになった。衝撃が大きい。
すると、リサがやってきて、勝利の前髪をつかんだ。
「勝利の髪も顔もカッコいいよ。自信を持て。でも、目つきがダメ! そこは直して」
仲がいい女子の、キッチリとした賞賛と批判に、勝利は背筋を正す。最近はメガネを曇らせて泣くこともない。前を向く男になってきた。
訓練では、宙が火球の精度をひたすら上げていた。遼四郎が一度死んだことが、よほど堪えていた。とにかく、ここいちばんで、竜にぶち込めるエースでありたい。
剣技組では、耕平とハンナをフリーで使うべきではないか、という話になっていた。
「俺も手こずるふたりは、野放しで竜にぶつけた方が、効果的かもな。細剣と槍という、まったく違う組み合わせもいいし、動きが違いすぎる。これが効く」
ハーマンが評価した。彼は戦闘のプロなのだ。
「あと、勝利とリサのスピードをうまく使いたいんだ。竜は思った以上に、人の動きに敏感だ。ふたりのスピードは、ヤツらを崩す起点になる」
遼四郎の意見に、ハーマンがうなずいて続ける。
「エリーとヨーコは、飛び道具組と富夫、遼四郎の援護だな。富夫と一緒に突っ込むこともあるだろう。ただ、いちばん大事なのは、この大将のお守りだ」
「たしかに、そうね。いちいち飛び込まれたら、こっちの精神衛生に悪いわよ」
ヨーコが怒りながら言う。遼四郎は詰まってしまったが、横でエリーも眉間にしわを寄せてうなずいている。
ただ、このところ、遼四郎はひとり離れて、石壁の向こう側で練習することも多かった。
「ちょっと、日本刀に慣れたいんだ。危ないから、ひとりでやるよ」
いぶかしむ征竜隊一同に、遼四郎はそんなことを言っていた。まあ、大ケガをした後でもある。みんな、そこは許してあげていた。
ある日の午後、征竜隊は久しぶりに城へ行くことになった。遼四郎を女王が呼び、久しぶりに謁見ということだった。ついでに、みんなで行くことにする。
留守はハーマンと手下の竜掃使が務める。
「竜が来たら、ジャスティンのところまで逃げるよ。この人数じゃ、どうにもならんからな。あと、今日はワイルドに焼き鳥だ。俺の勝手だから、文句は聞かん」
ハーマンはそんなことを言って、手を振っていた。“久しぶりに、町で羽を伸ばしてこい”とも言っていた。
最低限の武器と荷物を積みながら、征竜隊の馬車が、のんびりと出ていく。
久しぶりの城南地区は、少し様相が変わっていた。空き地や櫓の石壁近くで、キャッチボールを楽しむ子どもたちがいる。いや、オッサン、おばさんもいる。
「貸しグラブ、アリ〼」
そんな変な看板が、あちこちの店に出ている。右手にある職人街の小屋の軒先で、ダレルが客と話をしている。
「ダレルさん、なんか、儲かってない~」
めざとく見つけたヨーコが、声をかける。
「ああ、ヨーコちゃん。あれ以来、グラブをつくってくれって依頼が、一気にきたんだよ」
「ははーん、それでこの盛況ね。誰のおかげかしらね~」
「い、いや、違うんだ。ほら、グラブって手間かかるだろ? だから、値段にみんな尻込みしたんだ。でも、そこらの商店のヤツが、それでも売れ、というからつくったんだ。そうしたら、あちこち、貸しグラブ屋ばかりになってしまった……」
「さすがに城南。鋭いわね、ここの連中は! うーん、ムカつくわね。どうやって、巻き上げてやろうかしら……」
ヨーコのビジネス脳が猛烈に動き、何かに到達した。
「決めたわ! “征竜隊御用達”の看板を、つくればいいのよ。そして、その看板を掲げる店からは、毎月上納金をとるのよ。いいアイデアじゃない?」
野球部たちは、とことん絞りとろうとするヨーコの顔に、深い恐怖を感じた。
「よ、ヨーコさ、そこまでしなくていいよ。町の人が楽しんでくれるなら、それでいいよ。グラブやボールも手に入りやすくなるわけだし」
遼四郎はそう言って、ビジネスに突っ走るヨーコを止めた。
「ま、遼四郎が言うなら、今日は許してあげるしかないわね。でも、あきらめないわよ」
なんとかヨーコが収まったのを見て、ダレルは遼四郎にこっそり礼をした。実際、ダレルはここのところ、儲かっていた。“飲み屋で注文する酒が、ちょっと高いヤツになった”と噂になっていたのだ。
衛門府に馬車を入れた征竜隊。部屋は以前と同じ別館を使う。衛門府詰めの竜掃使たちが顔を出し、いろいろと手伝ってくれる。
「今度さ、俺らに野球を教えてくれよ。子どもにも、教えてやりたいんだ」
そんなことを言って、去っていく。一緒に戦い、汗をかいて、メシを食った仲なのだ。仲間意識のようなものが、すでにある。
準備をして、王宮に向かうのは、遼四郎とエリー、ヨーコだった。ほかのみんなは、休暇ということになる。ハンナとリサが、大はしゃぎで私服に着替えてきた。
「なんか、お買い物して、その後はみんなで焼き鳥にしない? ハーマンがいると、焼き鳥食べたら野蛮人みたいになるから、控えてるけど、焼き鳥、おいしいもん」
ハンナが竜掃使の勇者をボロカスに言いながら、提案した。
「いいですね。普通の焼き鳥が食べたいです。ハーマンさんにまかすと、串焼きではなく、丸焼きになるので避けてたんです」
陸が的確なイメージを語って賛同した。ハーマンの丸焼き性向を知る章吾が続ける。
「たぶん、もうすぐ、ハトの羽むしって、丸ごとたき火に投入するよ」
「フンッ、ってな」
最後、秀樹がハーマンの顔を真似ながら、何かを投げ込むフリをした。爆笑する征竜隊。楽しい夜になりそうだった。
王宮に入った遼四郎たちだったが、今日は謁見室には向かわなかった。脇へ回り込み、奥へ向かう。遼四郎がうろたえる。
「なんか、いいのか? 俺がこんなところに来て」
「私たちは、小さいころから来ているから気にならないけど……」
「いいのよ、今日はあのばあさんに、いろいろ言わなきゃいけないからね!」
どうやら、謁見を申し出たのはヨーコだったらしい。そこで、女王は征竜隊長の遼四郎を謁見する形をとり、3人を内々の夕食に招いたのだ。入ったのは、女王の生活空間だった。いくら、女王がざっくばらんな人であっても、遼四郎には気が引ける。
通された部屋は洋室だった。ソファに座って待っていろということらしい。キレイな器で紅茶が出てくる。どうしたものか、と遼四郎は思う。
「そんなに作法とか気にしなくていいよ」
エリーが遼四郎に声をかける。自分は砂糖を少し入れ、ゆっくりとお茶を口に運ぶ。
「作法なんてめんどくさいことは、ヒマでめんどくさいヤツが考えたんだからね。ほっときゃいいのよ。どうしても、気になるなら、エリーを真似なさい。私のは不作法だから、ダメよ」
ヨーコは砂糖を盛大にぶち込み、ガチャガチャとスプーンで混ぜくり回す。ワザとやっているのだ。
少しして、内向きの仕事をする者に呼ばれ、部屋に入っていく。巨大な西洋王朝的な空間を想像したが、中は違った。マンションの一室のような、普通の部屋。6人掛けくらいのテーブルがあって、奥のキッチンスペースに私服の女王がいた。
「よく来たわね。今日は、まあ、家族の食事よ。だから、こっちにしたの。さあ、座りなさい。遼四郎さん、髪が伸びたわね。カッコイイわね~。モテますよ、絶対。だから、そこに座りなさい。エリーはここで、ヨーコはそこ」
そんな風に女王自信が差配した。テーブルには、料理が盛られた皿が、すでに置いてある。勝手にワインを開けて、女王は自分のグラスに注ぐ。エリーが、自分たちのグラスに、フレッシュジュースのようなものを注いでいた。
「じゃあ、いただきましょうか。まずは、少し食べましょう。せっかくの食事に失礼です」
そう言って、女王はグラスを掲げた。エリーたちがやるので、遼四郎も合わせる。飲んでみると、濃厚なブドウジュースだった。うまい。
食事も色合い豊かで、おいしい。前菜ということなのかな、と遼四郎は思う。ヨーコが口を開く。
「これ、おばあさまがつくったの?」
「まあ、だいたいはそうかしら。少し、料理長に手伝ってもらったのもあるわよ」
「女王様が、自分でやるんですか?」
遼四郎が驚いて聞く。本当は礼を失するのだろうが、この空間で話さないのも、余計に変なのだ。
「いいわね。遼四郎さん、そんな感じでなんでも聞いてね。本当は、その女王様というのもやめてほしいんだけど……。そうね、今日はエリーたちと同じように、“おばあさま”と呼んでください。なんか、すごく幸せな気がするわ」
「なんか、相変わらず、ムチャクチャね。それじゃ、遼四郎が私たちのお婿さんになったみたいじゃない」
ヨーコが女王に厳しく突っ込んだ。だが、反応したのは遼四郎とエリー。下を向いて、猛烈に赤くなる。不審に思うヨーコが、こっちにも突っ込む。
「何よそれ。アンタたちが、婚約したわけでもないでしょ?」
「そ、そんなわけ、ないでしょ!」
エリーが耐えられずに、言葉にする。でも、明確に挙動不審だ。遼四郎はなんとかせねば、と思う。でも、慣れない場所、慣れないシチュエーションにうろたえるだけになる。そして、テンパった頭脳で、気づく。
“よく考えたら、俺って、恋愛を形にしたこと、ないよな。要するに未経験者だよ。どうすんだよ……”




