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26話 「名前を教えて」

 空を星が埋めたころ、竜掃使(りゅうそうし)たちが野営するグラウンド中央に、エリーとヨーコ、りくの3人に、ジャスティンとハーマンが立っていた。

「今日は征竜隊の危機を救ってくれて、本当にありがとう。征竜隊長は負傷してしまったから、代わって、副官の私から謝意を伝えさせていただきます!」

 遼四郎りょうしろう不在ならば、指揮官の任はエリーが正統だ。だから、まず彼女が話す。

「大けがして、一度死んだ征竜隊長はな、生き返って最初に、“竜掃使とメシ食いたい”と言った。なんか、泣けてきたんだ、俺は。この前は女王様に褒められた。今度は征竜隊に必要とされている。竜掃使も捨てたもんじゃないよな!」

 ジャスティンが今までしたことがない口調で、兵士らに声をかけた。最初、驚いた彼らは、隊長の本心に触れた気がして、一気に沸いた。

「夜中から出張って、さらに準備に駆り出されて大変だったろう。でも、みんなでやるから、いつもできないことができた。もちろん、乾パン食って、がんばる日も多い。でも、たまには、こんな日があっていい。チームワークの力をみんなで味わおう!」

 ハーマンは軍隊とは違う論理を竜掃使らに持ち込もうとしている。聞く方も、その論理に感化されていく。

「今日は名店の屋台も呼んでるからね~。好きなもの食べなさい! お代は気にしなくていいぞ。そのために、征竜隊はビジネスしてるんだからね。 ただし、アホ食いは禁止よ。食べ物に失礼はするな!」

 ヨーコはいつも通りだ。しかも、貯めた金を使うべきところで放出する判断を、彼女は瞬時にしていた。経営者として、強大に成長している。そして、食事の司令官が前に出る。作業中、妥協を許さない姿勢を貫いた男に、竜掃使たちは敬意を感じていた。年下とか、そういう話ではない。エライ人は、エライのだ。

「みなさんのおかげで、おいしい料理ができました。鳥を獲ってくれたジャスティンさんやハーマンさんたちに感謝。僕たちの栄養になってくれる鳥や野菜に感謝。作業してくれたみんなに感謝しましょう。そして、僕たち征竜隊は、風のようにやってきて、僕たちの大切な隊長を救ってくれた、竜掃使のみなさんに感謝して、今日の食事をしたいと思います。さあ、食べましょう!」

 一瞬、空気がシンとする。そして、大きな歓声。

「いっただっきまーす!」

 竜掃使たちは、陸の演説に心を揺さぶられた。戦って、礼を直接言われるのって、こんなにうれしいんだ、と思った。だが、腹も空きすぎていた。キジなどの鍋をほおばり、ハトの包み焼きを咀嚼する。遅れて、多くの兵が涙を流しはじめた。感動して、泣いてるのか、うますぎて泣いているのか、自分たちでも、もうわからなかった。


「なんというか、こんなに夜が楽しみだったのは、久しぶりだ」

 自分でバカみたいに射まくったハトが、食ったことのない味になって、舌を喜ばせてくれている。ジャスティンは、たき火を囲んだ征竜隊の中で、そんなことを言う。

「焼き鳥ばかり食ってるのが、能じゃないぞ。ジャスティン!」

「ハーマンさんこそ、つい先日まで、焼き鳥ばっか食ってたくせに」

 えらそうなハーマンに、章吾しょうごが絡んだ。

「遼四郎がいないことは残念だが、それでも、今日がうれしいよ」

 ジャスティンは、まだ多くを話したことがない友を思って、言葉を続ける。

 でも、その遼四郎が、ケイに付き添われながら、出てきた。気づいた竜掃使たちが、声をあげる。まだ、大きな声を出す力がない遼四郎だったが、彼らに向かって、遼四郎は手を振り、メシを食うジェスチャーをした後、拳を前に突き出して応じた。“みんな、うまいもん、食ってるか!”そんな意味だった。歓声が響く。

「征竜隊長、おつかれ!」

「ナイスファイト!」

 屋上から飛び降り、竜の首を切った彼の姿は、複数の竜掃使が見ていた。断固たるその行動は、全竜掃使の語り草なのだ。もう、富夫の豪槍に並ぶ、伝説だった。

「すまない、みんなに迷惑をかけた。ジャスティンさん、久しぶりです」

 遼四郎はそのままジャスティンの隣に入る。横にケイが座って、サポートする。

「ごめん。俺が失敗した。陸、ありがとう、お前のおかげで、今、こうして謝れる。エリーやヨーコ、このケイも泣かせちゃったし、富夫、耕平、ハーマン、俺のせいで危険に飛び込ませた。そして、ひろし。お前は悪くない。俺がミスった。許してくれないか?」

 宙は遼四郎が一度死んでから、口を開いていない。自責の念と、遼四郎への怒りで、煮えくりかえっていた。

「なぜ、次の球を待たなかった……」

 宙は遼四郎を睨んだ。次の1投を待ってくれればよかったのだ。次は、当てることができたはずだ。なのに、遼四郎は死にに行った。許さない。

「ごめんな。俺も、いいカッコしたかったんだ。欲に負けた」

 宙は激怒した。

「そんなバカな理由で、お前は死んだのか! たわけか? 死ねボケ!」

「本当に悪い。すまん。でも、変な自信があったんだ。実際、ちょっと、形になって竜は切れた。でも、言い訳にならない。俺もお前や、章吾や正則や、富夫や一也、秀樹みたいに何かしたかった。でも、アカンかった……」

「お前が俺を信用していないことは、よーくわかった! もう、お前なんかは知らん。俺が全部当てればいいんだ。そのために、俺は奮闘努力する」

 宙は言いたいことを言い終わった。怒り狂って、メシを口に運ぶ。そこまで見ていた遼四郎が、小さく息を吐く。横にいたケイは、このリーダーの小さな動きを見て、また、心が揺れる。

“なんで、アンタが全部引っかぶるのよ。だから、死んじゃうんだよ”

 宙に腹が立つのではない。彼は最善を尽くした。しかし、遼四郎の境遇に腹が立つ。遼四郎を抱いて助けてあげたい。でも、それは自分の役割じゃないらしい。さらに、怒りが湧く。

 ケイはやさしく遼四郎の背中をさすり、立ち上がる。みんなの後ろを回りながら、エリーの背後に座った。

「今日、どこでもいい。ひとりで、キャプテンを待ってあげて。途中で帰って寝たら、私はあなたの友達をやめるからね」

 親友のドスの利いた声にエリーが驚く。でも、ケイの目は潤んでいた。小さく、確実にうなずいた。親友だから、言いたいことは顔でわかる。

 ケイは役目が終わったように離れていった。そこにいた勝利かつとしを蹴っ飛ばすようにして、耕平の横に座る。追い出された勝利を一也と話していたリサが招いていた。


「お前は仲間に愛されてるな」

 ジャスティンがハトの肉を食いながら、遼四郎に言う。病人特権を利用し、キジの肉をむさぼりながら、遼四郎も答える。

「ジャスティンさん、立派ですからね。肩書が」

「そうだよ。親父は武官のトップで、兄貴は左衛門さえもんかみ、次の兄貴は右衛門うえもんすけだ。俺がアホでもバカでも勝手に立派だ」

「じゃあ、アホでいればいいんですよ。周りのエライヤツが、なんでもやってくれる」

「一軍の指揮官がアホで許されるか!」

「俺はバカバカ言われてますよ。な、ヨーコ?」

「そうね。遼四郎はバカよ。ちょっとカッコいいけど、でもバカ。だから、私が助けてあげるのよ。富夫や耕平や、エリーたちが、必死になって助けるバカよ」

 あまりのヨーコの批評にジャスティンが大笑いする。

「ヨーコは征竜隊に来て、ひと月とか、そんなもんだろう? よく、ここまであのお姫様を変えたな」

「公式には、ひと月ですけどね。まあ、ヨーコは半日で征竜隊の中心になってたんで、もうベテランですよ。もうすぐ引退式だな。竜掃使に戻ってもらおう」

「勘弁してくれ。あれには手を焼いていたんだ」

 ジャスティンはさらに笑う。でも、子どものときから知る気難しいお姫様が、元気にやっている。うれしいのだ。

「なんかバカすぎるわね。遼四郎は、私がいないと、もうやっていけないほど頼りきってるのよ。そこが見えないジャスティンは大バカね」

 爆笑するジャスティン。遼四郎も涙を流して笑っていた。微妙に身体が痛いらしく、苦しんでいるくらいだ。

「そうだな。ヨウコちゃんがいないと、リョーシローはもう、何もできないよ。引退式は撤回。これからも、よろしくな」

 いつもと同じような遼四郎の言葉。でも、ほんの少し違う。驚くヨーコの心臓が急に鳴っていた。顔が見たいと思った。でも、ジャスティンの方を向いていて、見えない。確かめたいのに、できない。


 深い夜が訪れる。食器や大鍋は片付けられ、多くの兵はテントにもぐり込んでいた。まだ、話し足りない連中が、あちこちに居残る。屋台の大将たちも、店じまいを済ませ、今日は兵舎の部屋を借り、それぞれの時間を過ごしていた。

 エリーはグラウンド脇のベンチに、ひとりでヒザを抱えて座っていた。ただ、夜空を眺める。星がキレイだった。今日という日が、とても好きになる。

 グラウンドを歩いてくる少し背の高い人影を感じる。まっすぐ、自分の方に歩いてきた。どこかの灯りが、その人の顔を照らしてくれた。やっぱり、遼四郎だった。

 前に立って、じっとエリーを見ていた。小さなころと同じように、くりくりした目で、見つめ返す。

「名前を教えて」

 いちばん、うれしかった時間が再現される。やっぱり、恥ずかしくなった。でも、あのときも一緒だった。この人の手をつかもうと思った。

江理えりだよ」

「久しぶり」

「リョウくん、ごめんね。突然、いなくなって」

「怒ってないよ。それより、さみしくなかった?」

「リョウくんに会えないのはさみしかったけど、友達はたくさんできたよ」

「よかったぁ。じゃあ、俺がいなくても大丈夫だったんだ」

「リョウくんがいないから、全然、大丈夫じゃなかったよ」

「ごめん。助けに行きたかったけど、どこに行けばいいのか、わからなかったんだ」

「来てくれたよ。やっぱり、江理のピンチに来てくれるのは、リョウくんなんだよ」

 遼四郎が小さく笑う。隣を指さして、“横に座っていい?”とジェスチャーする。でも、エリーは首を振った。

「もう少しだけ、そこにいて。江理の大事な思い出を、もう忘れたくない。私を見ているリョウくんの顔を、ずっと、おぼえていたい」

 一生懸命、小さなころと同じように見つめていた。でも、すぐに涙でグシャグシャになってしまう。遼四郎は、ゆっくり隣に座り、大きな手で肩を抱いた。何もかもがある安心と幸福に、エリーのほとんどが切れてしまう。

「リョウくんと、一緒にいたかったの!」

 大きな声はグシャグシャすぎて、誰も聞きとれなかった。でも、ケイにだけは聞こえていた。

「よかったね。江理ちゃん」

 赤毛を適当にほぐし、そのまま、ケイはベットにぶっ倒れた。いろいろ腹が立った。もう、寝ることにした。



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