24話 キャプテン不在ですが、だから、何?
「ジャスティンさん、朝というか、昼は全員でカレーにしましょう。竜掃使のみなさんにも、一度食べてもらいたいですから」
陸がほぼ初対面であるジャスティンに提案した。遼四郎を蘇らせた男であるが、征竜隊の料理を仕切る存在と聞いた。自分に料理の心得がないジャスティンは、受け入れるしかない。
「ああ、噂の料理だな。兵士たちも、それを食いたがってるんだ。頼めるか?」
そんな感じで、答える。だが、陸の答えは、甘くない。
「何言ってるんですか。みんなでつくるんです。キャプテンのように、ケガしていたら仕方ないですが、サボるヤツに食わすメシなんかないです。僕が指図する権利をください」
拒むと、食えない。ならば、従うしかない。
「わかった。俺の部下をつけるから、好きなように使ってくれ」
「了解です。ジャスティンさんも、腹空かして、待っててくださいね」
陸はそう言って去る。どうも、調子が狂う。
その陸が蘇生させた遼四郎。中型竜の断末魔のような一撃を受けたことが、大きなダメージとなり、心肺停止に至ったのだが、処置が抜群に早かった。ヨーコの采配で、城南地区の医者が呼ばれ、今は兵舎の医務室に横たわっている。
征竜隊の精神的支柱であると思っていた遼四郎なのだが、彼がいないこの時間、征竜隊は猛烈に動いていた。エリーやケイは、遼四郎の看病につくのだと思ったが、勝手に竜掃使駐屯地から輜重部隊を呼び寄せ、野営の準備をさせている。1000に及ぶ兵の多くは、これに駆り出され、残った連中も陸の指揮下に置かれて、鍋を引きずり出し、火を起こさせられている。
目の前をハーマンが100近い兵を引き連れ、走っていく。
「ハーマン、何するんだ?」
立ち止まったハーマンが、こっちを見る。
「ジャスティン、どうせ暇なんだろう? じゃあ、司令官である陸の命令に従え。一緒に来い」
副官であるハーマンが、軍隊の規律を超越し、好きなことを言う。
「だから、何をするんだ? と聞いているのだが……」
「わからんのか? 昼はカレーでいいとして、夜、これだけの人数の兵士に、さみしい乾パンを食わせる気か? うまいもん食わせたくないのか?」
「そりゃあ、食わせたいよ。俺だって」
「じゃあ、来ればいい。そこで、自分の役割を果たせ」
ハーマンは、そう言って、勝手に馬つなぎへ向かう。手には弓。わけがわからないまま、ジャスティンも走る。
どうやら、狩りらしい。
少し離れた場所にある森へ向かい、大掛かりに鳥を追い込み、仕留めたいという。
「り、遼四郎が倒れて、命令系統は大丈夫なのか?」
何から話したらいいのかわからないジャスティンは、馬で駆けながら、思いついたことを聞く。
「征竜隊は、今日、みんな1回、遼四郎を失ったんだ。それで、俺は泣きながら思ったんだよ。あのバカに俺は頼りっぱなしだったと。すると、俺は俺のやるべきことをしないといけない気になるんだ」
「だから、狩りなのか?」
「俺は陸みたいに、うまいものをつくれない。耕平のように、仲間外れの人間に、やさしい言葉をかけられない。富夫のように、神々しいほどの武人でもない」
「そこまで、ハーマンはひどくないだろう」
「いや、そんなもんだよ。だから、遼四郎に応えたいんだ。あのバカができないことを、俺がやってやるんだ。やってやらないと、また死ぬ」
「それは、困る」
「そういう話じゃない。お前は鈍いな、ジャスティン」
「スマン。自覚するようになった。たしかに、俺は鈍い……」
「遼四郎はな、お前とメシ食いたいと言ったんだ」
「まあ、そうだった」
「わかってないな。ヤツはキレイな食堂で豪勢なメシを食おうと言ったのじゃない。となると、竜掃使みんなに、征竜隊のメシを食わしてやりたい、ということになる。竜掃使と征竜隊が、うまく連携したい、いや、仲良くなりたい、そう言ってるんだ。だから、陸は走り回っている。エリーやケイは、勝手に輜重隊を呼んだ。ヨーコもなんかやっている」
「それだけのことなのか?」
「それ以上に大事なことが、どこにある?」
ハーマンは、そこまで言って、勝手に馬の脚を速めた。ジャスティンの胸に、フワッと温かいものが流れ込む。自分が生きてきた世界の権威や、体裁のあり方とは違うもの。遼四郎の顔が心に浮かぶ。笑って、何か言っている。
「一緒にメシ食おうと、俺は言われているのだな!」
「よく聞いてなかったのか? ジャスティンはろくでもない男だな。詫びに鳥を射倒せ! ムリに大物をねらわなくていいぞ。ハトで十分だ。決して、焼き鳥じゃないからな。とんでもなくうまいもんが食えるぞ!」
ハーマンは、もう矢をつがえている。その背中を見て、ジャスティンは、はじめて、この大男の副官が好きなのだと理解した。
「なんだ……、俺には、いい友がいたんじゃないか……」
矢をつがえる。弓がいつもより軽い。そんな気がした。
さんざん、鳥を追い回した。ジャスティンは貴族の遊びではなく、仕事としてひたすら弓を射た。ようやく、ハーマンが撤収を合図してくれる。
「こんなに、獲る必要あったのか?」
「ある。だが、これ以上やると、俺たちの森から鳥が消えてしまう。日常食う分もなくなる。以後、竜掃使はこの森での狩りは禁止だな」
「お前こそが竜掃使副官だろうが」
ハーマンの適当すぎるポジションに悪態をつき、ジャスティンらは駐屯地に戻る。すでに刺激的な香りが、周囲に充満している。
「腹が減っているのだが、この香りは痛烈だな。さらに腹が減る」
ジャスティンは、そうボヤキながら、駐屯地の門を入った。そして、広場を見て、驚く。もう、兵士たちは食っている。
「隊長! カレー、最高」
「これ、今日ぶっ倒した竜の肉で出汁とってるらしいですが、うまい!」
「さっさと食った方がいいですよ。俺らが食っちまいます」
ムチャクチャだった。でも、兵士たちの表情は抜群に明るい。
「俺も腹が減りすぎた。それ以上、言うな。食ってからにしてくれ」
ジャスティンは、部下にそんな声をかけながら、ハーマンらと一緒に征竜隊が座る一角へ向かう。みんな、好き勝手に食っている。
「来たわね~、ジャスティン。いいから食いなさい。当面、しゃべらなくていい。カレーに失礼よ!」
ヨーコの痛痒な歓迎に笑って応じ、ハーマンと一緒に座り込む。陸がカレーをよそって持ってきてくれた。強い香りが腹を刺激する。スプーンですくい、もう口にしていた。
「!」
味が勝手に右手を動かす。黙って、食い続ける。エリーが水をくれた。飲む。また食う。
「なんで、こんなに食ってしまうんだ?」
ジャスティンは、一皿食ってから、ようやく話した。ニヤニヤ笑う、征竜隊。
「名門武家のくせに、いい食いっぷりね。遼四郎は寝てるけど、私が代わりに許してあげる」
「ヨーコこそ、王家の人間のクセに、よく言うよ」
ジャスティンもかんたんには負けない。だが、おかわりのカレーは食う。
「私はね、ずっと前からお姫様はやめてるの。さらに、征竜隊に入ってからは、ただの軽兵で最高に楽しく生きてます。アンタもそうしたら?」
「カレーに失礼だから、黙ってくれ」
「おっと、ヨーコさんの負けですね。1本!」
聞いていた正則が声をかける。征竜隊に笑いが起きる。
「スマンな。どうにも俺はツマラン男でな。叙任式で左の奥にエラそうなヒゲがいただろう? 残念ながら、あれがウチの親父だ。ああなるように教育されてしまっている」
「歩く厳格という風情のお父上ですね。そりゃあ、苦労しますよねえ」
一也がおちょくってるのか、真剣なのかわからない調子で応じた。たぶん、本人もどちらか決めていない。ジャスティンが笑う。笑いながら、2皿めを食い終わり、どうしようかと考える。ヨーコが勝手に3皿目を持ってきた。
「今日は徹底的に再教育するからね~。そのためにも、しっかり食べなさい」
彼女なりの気遣いなのだと、ジャスティンは思った。
「ありがとう」
ヨーコの何に対して、彼がそう言ったのか、自分でもわからない。でも、ヨーコは笑ってくれた。
「そうよ。何かをしてもらったら、ありがとう、って言うの。絶対よ。理由はね、本当は、言われた人の方がうれしいからよ」
指揮官の威厳もへったくれもなかった。でも、今日はそれでいい気がしてくる。
昼食後、演習場の外側には、なぜか、屋台が複数やってくる。征竜隊は屋台を出しての営業さえやっている話は聞いた。これが、それなのか?
「来てくれたね~。今日は、お祭りだからね!」
ヨーコが屋台の方に走っていく。
「何が起こるのだ? ハーマン」
「竜掃使を力いっぱい、もてなしたいんだよ。あのお姫様は」
「あいつ、竜掃使嫌いだっただろ?」
「それでも、そうしたいんだ。あれも、俺も、ここに来て、大きく変わったんだ」
「お前をここに置いた記憶はない」
「俺は来たいから、ここにいる。竜掃使が嫌いなのじゃない。ここが好きなのだ」
「変わりつつある、お前が気に入っている。もっと、変わっていい。そうすると、俺は今、何をしたらいい?」
「わかってきたな、ジャスティン。お前は何もできないから、部下に声をかけろ。今晩、あいつらがいい一日を過ごせるように」
話しながら、ジャスティンとハーマンは、竜掃使たちが野営の準備をしている演習場に入っていく。全体でテントを張っている。ジャスティンは、その中央あたりで止まる。
「今日は、この征竜隊駐屯地で、一晩世話になることになった。今日は戦勝祝いだ。演習はない!」
見ていた兵士たちから、拍手が起こった。今日、この後にしんどいことは、どうやら、ない。それだけで、兵はうれしい。
「しかし! 今、楽をしようと思ったヤツは気をつけろ。征竜隊は俺たちに、とんでもない料理を用意してくれているらしい。だが、彼らは15人。俺たちは1000だ。甘えているヤツに褒美はない!」
ジャスティンが、そこまで言うと、笑ってハーマンがフォローする。
「征竜隊から、仕事をもらったときは、ありがたくやれ! やった者こそが役割ある勇者だ。戦場の功は、女王様が決める。食いものの勇者は、征竜隊が決める。役がもらえるように、努めろ! 食い損ねると、泣くぞ」
竜掃使の兵士たちの脳に、大きな価値転換が起きる。すでにカレーづくりに駆り出され、心理的土台はできていた。仕事は押し付けられるものだと思っていた。いやいやながら、やるもののはずだった。だが、それでは、何かを食い損ねる。
「カレー食って、ばあちゃんに教えてやろうと思ったが、それだけじゃ、じいさんに怒られるぞ」
「兵役終わったら、田舎でカレー屋やりたいと、さっき思ったが、俺は甘い。もっと、どん欲に吸収したい気がする」
夜中にたたき起こされ、奮闘した兵士たちだが、目の色が変わる。すると、いつからいたのか、陸がジャスティンの前に出る。声をかける。
「鳥をさばいたことがある人、戦いではなく、料理で刃物の扱いが上手な人。火の扱いがうまい人と、薪割りができる人、文句言わずに与えられた仕事ができる人、それぞれ100人ください。うぬぼれた人は不要です。できる人がほしいです!」
瞬間的に兵士たちの間で、会議がはじまる。役割分担をする。竜掃使は10人で1単位。その中から、必要とされた5人が選ばれる。自分に自信があっても、精鋭をそろえる意味で、辞退する者もいた。志願した兵が、聞く。
「征竜隊料理長殿! 私は田舎の猟師の子です。鳥をさばくならば、無敵の活躍ができます。でも、役がない仲間にも、うまいものを食わせたい。できますか?」
「食べるものには、限りがあります。あなたが役割に応じて得たものを、誰かと分け合うのは自由です。ただし、その方々は、あなたが鳥をさばいている間、あなたに代わって、何かをできる人にしてください。それが、チームです」
司令官は厳しかった。でも、可能性は残した。あとは兵士たち次第。すると、ヨーコもいつの間にか、陸の横にいる。勝手に発言する。
「みんな、今日は夜中から征竜隊を助けてくれて、本当にありがとう! でも、ここから先の話は別よ。戦でケガした人はいい。ウチの大将も1回死んじゃったんだ。でもね、竜掃使と一緒にメシ食いたいと、死にかけながら言ったの。だから、私たちはそれを履行する。ただし、それに甘えて楽したいと思う人には、用はない。勝手に乾パン食ってなさい!」
数人の兵は、櫓から飛び降りる遼四郎を見ていた。その必死な姿に、胸を打たれた者もいる。そんなヤツが、一緒に食おうと言っている。疲れていると言っても、こっちは死ぬほどではないのだ。できることはある。
「なんでも、言ってくれ。汗かいて、ヘトヘトになって、今晩、みんなで、うまいもんを食おう」
誰ともなしに、そんな言葉が聞こえる。変な話だが、兵士たちは、力いっぱいやって、最高に弛緩しながら、くつろぐ一瞬が楽しみになる。
「汗かいて、そのまま食ったら、臭いでしょ。風呂には入れなくても、身体くらい洗いなさい。食べ物に失礼よ」
ヨーコは突然、兵隊の生活を否定した。お姫様らしいのだが、身体を洗ってからメシを食えると知って、兵士たちは喜んだ。薪割り志願者たちが、風呂を沸かすことを自覚し、熱く燃えた。竜掃使全体的には、ただ、朗らかだった。




