23話 失った。そう感じたとき、思うこと
北に王宮、南に竜が押し寄せる大地を抱えるのが、この国の形だった。その王城の2キロ南の西側に位置するのが、竜掃使本隊の駐屯地。さらに南1キロの東に位置するのが征竜隊の駐屯地だった。
基本的に真南から侵攻してくる竜に対し、征竜隊は西に出張る必要があった。そこで、城へ続く街道沿いに、ふたつの櫓を整備していた。駐屯地から見ても、広い意味で城から見ても、それは重要な砦だった。本営、本城に迫る敵に備える、出丸の役割になる。
そこに至る征竜隊馬車。遼四郎が叫ぶ。
「南の櫓は最前線だ。屋上に宙と章吾を置き、弓はケイと一也、エリーとリサもつけ! 陸はそのケア。富夫と勝利は1階で待機。北の櫓は正則の水を軸にして秀樹と竜掃使! 指揮は耕平、ハーマンが補佐! 切り込みはハンナとヨーコにまかせる。火は南だけに盛大に灯せ、ハーマン、ハンナ、ヨーコ、お前らは伏兵だ。タイミング見て暴れろ!」
「気をつけて! ムチャはするな」
北の櫓へ走りながら、ヨーコは遼四郎に声をかけた。いつもとは異なる、真剣な顔。
軽くヨーコに手を振り、遼四郎は櫓を昇る。1階の壁裏に切り札の富夫と突っ込み屋の勝利を残し、上へ行く。4階にあたる屋上に、宙と章吾、ケイと一也、エリー、リサを配置し、陸と一緒にその後ろに立つ。竜は人の息遣いに反応し、殺しに来る。暗い夜の闇の中、圧倒的な殺気が来る。だから、わざと人のいない2、3階で盛大に松明を灯す。四面闇の中、ここだけが明るい。
「敵は気づいたぞ。章吾! まばらに電撃放って、止めてやれ。それをケイと一也は弓で射倒せ。宙は、こんな場所で悪いが、肩つくっとけ。一球ごとに陸のケア受けろ。大物撃ち落とすまで、火球を投げろ」
ニヤッと笑った宙が右肩をぶん回す。眼下に低空で迫る竜の群れ、その数、30。
「章吾!」
身体を軽く乗り出し、左腕を払う章吾。夜の闇に青い電撃が放たれ、竜たちの動きが鈍る。同時にケイと一也らの弓が放たれる。バタバタと落ちる小型の竜たち。だが、中型の2体がしぶとい。速度もある。そのまま、櫓にとりつかれる。
「宙!」
あわてて投げた宙。だが、上から真下に投げ下ろすことに慣れていない。一体の翼を焼いただけになる。北の櫓に気づいたもう1体は、方向を変えて、そちらに向かう。
さらに、片翼の一部を失ったもう1体も、北へ向かおうと向きを変える。耕平とハーマンが指揮する櫓には、中型2体を同時に相手にする飛び道具は置いてない。こちらで最低1体は相手しなければならない。遼四郎は刀を抜いた。走っていた。そのまま、櫓の縁を蹴った。
「逃げんじゃねえ。クソ野郎!」
屋上から飛び降りる遼四郎。エリーたちは、止める暇さえない。
ハーマンは中型の竜が向かってくることを察知し、弓を構えた。秀樹と竜掃使らの弓も放たれる。数矢は命中した。だが、その光景の後方で、南の櫓から飛び降りた遼四郎が見えた。刀を振っていた。でも、竜は彼を弾いた。間違いない。失った、と瞬時に思った。そして、右側遠方から馬群。
振り返ると、正則が腕を振っている。巨大な水が、竜に向けて放たれる。それは風呂場一杯ほどに膨らみ、大きな音とともに、迫る中型竜を打ち落とす。
当てた感想などいらない。正則は振り返って叫ぶ。
「キャプテンはっ!」
一気に動き出そうとする征竜隊。耕平や富夫はすでに櫓を出ていた。しかし、ハーマンが止めた。
「待てえぇ!」
ジャスティンは急いでいた。これ以上ない速度で、征竜隊の出丸へ向かった。南北につながる櫓が見える。南の櫓に煌々と灯される灯り。そこから飛び降りた戦士の影さえ、見えた。
「斉射!」
櫓に向かうジャスティンらから見て、同じく櫓にとりつく竜は背を向けたカモだった。ズバズバと矢は当たり、竜どもは落ちていく。剣を抜き、少しも速度を緩めずに喚く。
「征竜隊を救ええ!」
北の櫓にいるハーマンも、声を上げた。
「今だ、遼四郎を助けろ!」
ハーマンの指図は聞いていない。耕平と富夫はすでに飛び出していた。ハンナも突っ込み、正則の落とした中型の生命を絶っていた。走っていたのはヨーコ。剣を振り回し、小型を切りながら、南の櫓へ突進していく。
エリーは櫓を駆け下りた。中型竜が倒れていた。倒れている誰かの横で富夫がヒザをついている。小型が数体迫っている。何も考えない。ただ、怒りにまかせて切った。なんで、こんなに怒ってるんだろう? 振り返った。富夫の前で倒れてるのは、遼四郎だった。
エリーの力は、それを認識した瞬間にすべて止まった。ヒザが感覚を失い、そのまま、すっ転ぶ。振り返る。富夫の前で突っ伏しているのは、やっぱり、遼四郎なのだ。
何やってんだ、自分。なんでもまかせて、笑ってくれるから、頼りきって、死んじゃったよ。バカじゃない? 一回でも大事なこと言った? もっと自分のこと、知ってもらいたかった。もっと、彼のことを聞きたかった。でも、もう、できないよ……。
エリーの思考が虚ろになる。そこに飛び込んでくるヨーコ。
「リクーッツ! 降りてこい、バカ野郎! 遼四郎が、遼四郎が死んじゃう!」
滑り込むように降りてきた陸は、スライディングの体勢で遼四郎の胸の前に手を入れる。猛烈なエネルギーを放ち、陸は叫ぶ。
「キャプテン! 死んだら、殺ーすっ!」
陸の勢いに、少し征竜隊がよみがえる。
幽鬼のように立ち上がった富夫は、片手で槍を引きずり、突然振り回して、周辺の竜を殺戮した。エリーとヨーコは遼四郎と陸の前に陣取り、何も近づけさせない血風陣をつくる。
耕平は遼四郎の方へ走り、陸がケアをしたのを見て、立ち止まって竜を見つめた。同じ動きをしていたのはハーマンだった。
「エアアッ!」
叫んだ両名は、ありえないスピードで竜を屠っていく。2名の豪勇に押された竜たちは、ジャスティン率いる竜掃使に刈りとられていく。
数体を残し、倒された竜たち。反転し、南へと逃げる。ジャスティンは部隊の一部を追撃に向かわせ、自身は南の櫓へ駆ける。中型竜が倒れる横に、征竜隊が集まっている。胸騒ぎがする。
「り、遼四郎なのか……」
馬を飛び降りたジャスティンが聞く。振り返ったハーマンが黙ってうなづいた。目が真っ赤だ。
ひとりの若者が、遺体に手をかざしている。ヒーリングの能力なのだろう。光が手先から漏れている。よく知ったエリーとヨーコが、青い顔をして倒れた男の手を握っている。ハンナとリサの肩にケイが手をかけている。小さく、震えている。先ほどまで、超人的な武勇を誇った戦士が、だらしなく槍を横たえ、立ち尽くしていた。ジャスティンを負かした、小柄な男が、無表情にその光景を見ている。
自分は何かをやろうとしていた。やったつもりだった。でも、足りなかった。先にやるべきことを、後回しにした。だから、こんなことになっている。
「お……、俺は、謝りたかったんだ。でも、意固地になって、時間を失った。それでも、こいつは俺をほめてくれた。でもまた、声をかける機を逸した。だから、今日こそは、謝りたかったんだ。すまなかった。遼四郎……」
ヒザが折れた。友達が欲しかったのだ。ハーマンはズルいと思った。いい男に会って、自分も仲良くなりたかった。いい剣筋をしていて、仲間思いのヤツだった。マネしたいと思った。思考がまとまらない。いや、そんなことじゃない。こいつとメシを食って、泣いて笑って、時間を過ごしたいのだ。ただ、それだけだったのだ。
ボタボタと涙が出てきた。声を出しちゃいけないと思った。変な声がくぐもる。周囲が明るくなっている。夜が明けたのだ。でも、次にやることなんかない。すべては終わっていた。もう、何もできない。
そんなとき、遼四郎の手が小さく動いた。エリーとヨーコが目を合わせた。陸を見た。耕平を見た。富夫を見た。みんなを見た!
「じ……、ジャスティンさん、泣いて謝ってもダメですよ。一緒にメシ食ってもらいますから」
遼四郎が、目を開けて言った。状況はよくわかっていないようだ。
エリーは何も考えずに、遼四郎を抱いていた。ただほほを重ねる。涙が止まらない。ヨーコは声をあげて泣いていた。ハンナとリサのヒザが崩れ、ケイも座り込む。ハーマンは崩れそうになった富夫の巨体を抱き、背中をバンバンと叩きまくる。
耕平は、朝日が射す天をただ見上げた。口が少し、動いていた。ジャスティンには、“よかったよ”と動いたように見えた。




