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22話 スタジアムの日常、だけど、戦場

 こうして、工兵隊とおばちゃんたちは、駐屯地に7日ほど通い詰めた。実際の作業は、5日で済んだはずだ。だが、工兵隊は粘った。細部に至るまで仕上げねばならないと主張した。ランドルフが怒るかと思いきや、粘ると言いだした張本人が、その工兵隊長だった。

「これじゃあ、明日には終わっちまう。何か、やることないかね」

「水場の通りが悪いわよ。それを理由にするといいわ」

 おばちゃんたちと結託し、征竜隊駐屯地での仕事を無理やり伸ばしたのだ。もう少し、つき合いたい。征竜隊は、そんな気分にさせる存在だった。

「ランドルフさんにしては、仕事が遅いな。メシ、食いたいからか?」

 ハーマンは軽く嫌味を言ったが、自分から上層部に報告することはない。そもそも、自分がなぜ、ずっとここにいるのか、それの方が問題だった。


 ちなみに、2日目の屋台は、まさかのバーガー屋だった。そう、ヨーコと遼四郎りょうしろうらが食った、デカいバーガー店だ。

「なんで、肉を挟むはずなのに、焼きそば焼いてるんだよ」

 ひろしりくに文句を言った。自分も、名物バーガーを食いたかったのだ。しかし、陸は宙を軽くいなす。

「わかってないですね。宙さん。昼に購買部で一番人気は、何ですか?」

「そりゃあ、焼きそばパンだ」

「じゃあ、関西の人は、焼きそばと一緒に何を食べますかね?」

「知ってるぞ、ごはんだ。焼きそば定食だろう」

「では、オッサンが焼きそば食いながら飲むのは?」

「そりゃあ、ビールとか酒だ」

 ここまで話して、陸は笑いはじめる。

「ふっふっふ。この町の人たちは和洋折衷、そしてお酒で生きてるんですよ。つまり、焼きそばは、パーフェクトな相方なんです。秀樹さんのように、宙さんと章吾しょうごの球受けてりゃいいキャッチャーではなく、誰もが認める万能の女房役なんですよ!」

 高笑いする陸の理論が、宙にはわからない。だが、ヒゲのハンバーガー屋の兄ちゃんが焼く焼きそばは、香ばしい匂いをまき散らせている。

「宙~。暇だったら、そこのパン切りなさい。ごはんの盛りを担当してもいいよ~」

 背後から聞こえたヨーコの声に、宙はあわてて逃げ出す。

 昼、焼きそばは盛況だった。陸が甘めの味付けをし、ヒゲの兄ちゃんが最後に魚粉や海苔など、客の好みのトッピングを散らす。それぞれに個性がある焼きそばを、パンやごはん、酒で楽しむ町の人たち。しかも、町のハンバーガーに比べ、衝撃的にリーズナブルなのだ。

「ホントにうまいな。この焼きそばパン」

 宙は、そんなことを話しながら、ヨーコと昼飯を食っていた。彼女はまさかの焼きぞば丼。なんでも合わせ技にするヤツだ、と思いながら、一口もらう。

「なんだあ? うまいぞ。この丼」

 驚く宙に、ヨーコは言う。

「あたりまえでしょ。ごはん用に味を変えてるのよ。征竜隊を舐めないでほしいわね!」

 この日も、ヨーコは絶好調だったのだ。


 工兵隊とおばちゃんたちの作業が終わり、設備が整うと、ハーマンはまた、竜掃使りゅうそうしの数名を駐屯地に呼び寄せた。5日前後ずつ一緒に生活と訓練をともにするのだ。こうすれば、征竜隊と竜掃使の連携はとりやすいし、人数が最低限の征竜隊にマンパワー的余裕が出る。ついでに、ハーマンは便利な手下も得られる。

 連れてこられる竜掃使たちだが、実は本隊では希望者が続出し、扱いに困るほどだという。ハーマンに連れられ、衛門府えもんふで遼四郎たちと同じ時間を過ごした連中たちが、征竜隊のおもしろさを宣伝しており、これが竜掃使には広まっていた。

「食いものが、斬新でうまい」

「訓練はそこそこキツイが、正直楽しい」

「坊主たちは半分バカだが、いいヤツらだ」

 そんな評価が大半だった。竜掃使の長であるジャスティンの方でも、征竜隊と交流のあった兵たちが、好影響を受けている印象を持っている。否定はできない。


 町の人々も、毎日見物にやってくる。朝から、いくつかの屋台が城からやってきて、日替わりで店を出す、うどん屋のときもあれば、バーガー、そば、煮込みなどと、メニューも変わる。屋台を出す方も、毎日ではないので、娯楽半分で楽しんでいる。その割には売り上げもいいそうだ。

 遼四郎たちは、朝は軽く野球からスタートする。ダレルのおかげで、グラブやボールもそろってきた。ウォーミングアップをして、キャッチボールをして、ティーバッティングなどもする。その後、征竜隊としての訓練を行う。だが、これにはそれぞれの役割がある。個人練習になることも多い。

 見物人たちのお気に入りは、征竜隊がブルペンと呼んでいる一角だった。石を切り出した巨大な壁に向かい、宙と章吾、正則の魔法組が、それぞれの技を磨く。

 キャッチボールなどを終え、ある程度の肩ができると、彼ら3人がブルペンに向かう。見物人たちも、ゾロゾロと移動する。

 宙は石壁に炎を投じ、章吾は両手で電撃をもてあそんだ後、あらゆる角度でそれを石壁に放ち、ぶん曲げる。石壁の一部が焦げる。

 正則は丁寧に確かめながら水を投げる。手先からグラス一杯ほどの水が放たれると、進むにつれて大きくなり、バケツ一杯ほどとなって石壁にはじける。

「虹が出た!」

 そんなことを見物人たちは喜んだ。宙が周囲に声をかけるときがある。それ用に集めておいた石を手にし、ゆっくり呼吸を整える宙。章吾も正則も耳をふさぐ。見物人たちも倣う。周囲に響く、ドオンッ、という爆音。

 これを見るのが、城の人たちの楽しみとなっていた。

 近くにある弓技場では、一也と秀樹がケイに従って稽古をしていることも多いのだが、この音には苦労している。


 飛び道具組が個人練習をしている時間、グラウンドでは、剣技組が稽古をするのが普通だ。棒を手に素振りをしたり、組み打ちをしたりする。この組で、想定外の上達をしたのは、ハンナだった。初のキャッチボール以降、左利きとしての練習をするようになった彼女は、バッティングも左打席で練習した。慣れてくると、スイングが鋭くなってくる。

「なんか、自分は左だ、とわかると、身体の使い方が変わってきたみたい!」

 ハンナがボタボタと汗を流しながら、そんなことを言う。短い髪をさらに後ろで結んで、練習に臨む。遼四郎たちは、彼女の純度を上げてあげたい。だから、左打席のハンナにたくさんのボールを投げる。

 長い右足を上げ、それを踏み込むハンナ。力強くも細い腰が回転し、白い腕に握られたバットがボールを弾く。キレイな放物線。

「また打ったな。あの子」

 見物人が声を上げる。

 槍の演習になると、ハンナの上達ぶりはさらに顕著になった。左の半身からの一撃を軸に、前後の武技を組み替えていく。けん制から、相手の体勢を崩し、痛烈な技を繰り出す流れができていく。天性の資質が、キレイな華を咲かせる。

「ハンナさんって、メチャクチャ強くなってないですか?」

 休憩時間、彼女と仲がいい陸が、そんなことをハーマンに聞く。水を口にしながら、剣技組の連中が、その顔を眺める。

富夫とみおには、俺も敵わん。だが、いつか、互角くらいになってやると思っている。耕平は、俺にも読めない太刀筋を使う。次に強いのはこいつだな。今、見ていると、その次くらいにハンナは強い気がする。竜掃使にも、あれだけの槍術は少ない」

「もう、ナンバー3ですか?」

 陸が自分のことのように喜ぶ。ハンナは息が上がった状態で、顔だけ笑う。

「何言ってんだ。ナンバー2は俺か耕平だ。だから、ハンナは4番だ」

「いや、ハーマンさん、征竜隊じゃないし……」

 陸はハンナを元気づけようとしているのに、竜掃使副官は自分勝手に話を進める。

「ヨーコの剣は鋭いのに、やわらかい。勝利はまっすぐ突っ込んだら、誰も敵わないスピードだ。エリーとリサの剣は正確で、自分のペースに持っていければ、もっと強くなる。逆に、陸の剣は重い。最初から自分の間なんだ。俺のペースさえも乱す強さがある」

 剣で生きてきたハーマンの言葉には重みがある。みんな、それぞれに何かを感じる。だが、遼四郎だけは、評価しないハーマン。エリーが気になってくる。

「遼四郎は、どう、なん、だっけ?」

 遼四郎が凹んではいけない気がして、言葉にしてしまう。

「こいつなんかはな、ただの器用貧乏だ。人間関係はうまいのに、剣は下手だ。仲間に学べよ。全員がお前の師になるよ」

 かなり厳しい言葉に、遼四郎の多摩広井高3番打者としての自信がグラつく。心配になるエリー。だが、ハーマンは続ける。

「こいつはな、資質は富夫以下、俺と互角だ。やりゃあ、やるだけ強くなる。そんなことはみんな知ってる。だから、みんなが頼りにする。でも、そこに甘えるな。お前が打つと決めた球が、みんながねらう球だ。お前が迷うとみんなが迷う。いちいち迷うな」

 ハーマンはそう言って立ち上がり、遼四郎の肩をぶっ叩く。耕平はニッと笑って、立ち去る。いつの間にか横にいたヨーコが声をかける。

「遼四郎、今日は天気もいい。久しぶりに、外で夕食にしよう。楽しいぞ!」

 そんな友をぼんやりと見つめるエリー。友はもちろん、ヨーコのことだった。じゃあ、遼四郎は何なのだ、と思った。

「どうだっていいでしょ、そんなこと……」

 エリーはひとり、つぶやく。そんなタイミングで、結局、何も話さなかった遼四郎が立ち上がる。見えたのは横顔だけ。でも、そこにはさっきはなかった、力強さがあった。胸が少し、苦しくなる。


 そんな日常の夜。突然、鐘が鳴った。夜警の当番だった、耕平が鳴らしたのだ。

「竜だ! 数、確認できただけで20~30。起きろ!」

 飛び起きる征竜隊。女子棟にも伝わった。ほぼ同時に、ハーマンが部下を2名、竜掃使本隊へ馬で走らせた。20分以内に、報告はジャスティンに届くだろう。そこから、どれだけの時間でこの駐屯地に援軍が至るかは、竜掃使の練度次第。

 全員が急いで身づくろいしてきた。並ぶ征竜隊に遼四郎が対する。横にハーマンが副官格で腕を組む。その横にエリーがいる。

「打ち合わせ通り、竜は出丸でまるで迎撃する。たぶん、俺たち剣技組には当面やることがない。魔法組と弓で防ぎ、最後はジャスティンに頼るぞ。いいか!」

「オオッ!」

 馬が引かれ、馬車に武具や野球道具が積まれる。御者の席には、エリーたち女子が座る。駐屯地から馬車が飛び出す。めざすは、数百メートル離れた、ふたつの櫓だ。



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