20話 キャッチボールをしよう
工兵隊や町の人々は、丼に盛られたカレーうどんを、あちこちの石段をベンチのように使い、その味を堪能した。ほとんど全員がカレー初体験であり、その刺激的な味に驚く。
しかし、それ以上に驚かされたのが、ヨーコと大将の采配だった。当然、工兵隊や手伝ってくれるおばちゃん、征竜隊は含まないが、それ以外の町の人からは、しっかり、料金をとったのだ。
「名前なんかどうだっていいのよ。カレーのうどん改め、カレーうどんは、この征竜隊演習場の限定メニューだからね~。食べたかったら、お金持って、ここに来るのよ。これ食べながら、お茶屋さんで飲み物やお酒買って、征竜隊の訓練を見るのが、これからの町のスタイルよ!」
ヨーコの思考は突き抜けていた。すでにビジネスだ。しかも、多くの人を勝手に巻き込み、形になりつつある。町の人々も、次は誰と一緒に来ようなどと、話している。
「なんか、プロ野球のキャンプ地みたいになってきたな」
「サインとかするのか?」
「まだ、ヨーコにサインのことは知らさない方がいい。名前を書くだけで価値があるなどと気付くと、大変なことになる」
「落ち着くまでは、避けたいな」
そんなことを話していると、こちらも巻き込まれたひとり、ダレルがやってきた。
「兄ちゃんたち、グラブとかいうのをいくつかつくってみたぞ。ちょっと、見てくれ」
そう言って、持ってきた大きな袋から、複数のグラブを取り出す。
「はめてみて、いいですか?」
興味深いのか、勝利や一也たちがダレルに聞いた。
「もちろんだ。で、よくないところを教えてくれ。直しもするし、次にも生かす」
こうして、野球部たちは交互に新しいグラブをはめ、その手触りと感触を確かめる。遼四郎もはめてみた。叩くと、いい音がする。
「これ、そのまま使えそうだぞ。なあ?」
「たぶん、使ってみて、不具合がわかるレベルだね。ボールで試した方がいいよ」
ナインたちが、そんなことを話す。そこで、遼四郎はエリーたちを見て、声をかける。
「みんな、午後はキャッチボールしないか? エリーたちにもやり方教えるから」
遠巻きにダレルと野球部のやりとりを見ていたエリーたちの顔が、メチャクチャ明るく輝く。
「やる! やりたい。ずっと、したかったの。キャッチボール!」
女子5人にキラキラした強い視線で見つめられ、遼四郎が、また、うろたえる。いや、今回ばかりは、全員がうろたえた。女の子からキャッチボールがしたい、なんて言ってもらったことは、野球人生の中で、ほぼ、ない。
「野球部で、ホントによかった……」
勝利がはじめて、野球部を肯定した。
ダレルのグラブは6つあった。一度バラされた遼四郎のグラブも戻っていて、グラブは全部で16ある。征竜隊は15人。そこに気づいたとき、問答無用に立候補したのが、ハーマンだった。
「俺も、俺もやりたい。入れてくれ!」
バカでかい竜掃使最強の男が、懇願した。こうして、16人8組でキャッチボールをすることになる。だが、野球部たちが、ここでつまづいた。
「キャッチボールのやり方って、どうやって教えるんだっけ?」
ボールの投げ方や捕り方って、いつの間にか父母兄弟や、近所の兄ちゃんらと遊んで、身につけていることが多い。習ったとしても、ガキのころの話。野球部にとっては、今さら、歩き方の説明をするようなものなのだ。すると、一也がアイデアを出す。
「女子たちはみんな、運動神経はいい方だし、ハーマンさんも当然そう。手がどうとか、足がどうとか言うよりも、見てもらって、それをマネしてもらったらいいかも。後は、精神論みたいなことを話してあげようよ」
自信がありそうな一也を見て、遼四郎はまかせてみることにした。こうして、まずは、一也と遼四郎でキャッチボールを見せてみる。ショートとサードなので、いつも、ボールを回す間柄だからだ。
「じゃあ、やってみるね。みんなは、なんとなく見ていてくれればいいよ」
そう言って、一也は近い距離から遼四郎にボールを出す。軽い音が鳴って、グラブにボールが入る。何度か繰り返す間に、距離は徐々に広がる。あまりに長い距離は初心者に困難と考え、20メートルほどの距離で投げ合うふたり。パンッ、という音が心地よく響く。
「だいたい、こんな感じかな。最初は、上手に投げられなくて当たり前。外してしまって、相手が遠くに走っていくことになっても気にしないでいいよ。それも、足腰をきたえる練習だと思っていい。僕たちの方が慣れてるんだから、捕ってあげるのが仕事なんだよ」
一也の説明は気持ちの置き方に重点を置いている。でも、ここからが、彼の真骨頂だった。イケメンボイスで静かに続ける。
「キャッチボールってね。相手との会話みたいなものなんだ。自分の気持ちが相手に届いてほしい。そう思ったら、相手が捕りやすいボールを、投げたくなるよね?」
聞いているハンナたちが、猛烈にうなずく。
「だから、そんな気持ちを込めて、相手に投げるんだ。今日は元気か? いつも、ありがとうね。本当は、大好きなんだよ、とか、そんな思いをボールに乗せる。言葉はいらないんだ。どうせ相手の目は見てる。思いはボールに乗っている。捕れば、それが伝わる。キャッチボールをすると、仲良くなれるものだよ」
ケイのメルヘンパートに、何かが触れたようだ。妙にキラキラする目。ハーマンの熱い心にも、響いたものがあるようだ。あからさまにワクワクしている。
「じゃあ、やってみよう。最初はキャッチングに慣れた内野の僕と遼四郎、耕平、陸、それにバッテリーの宙と秀樹が女子やハーマンさんと組もう。その後は、相手を変えて、投げ合うといいね」
グラブとボールを手に、グラウンドに散る征竜隊。短い距離から、ボールを投げ始める。
エリーの相手をしたのは遼四郎だった。軽いボールを胸の近くに投げる。エリーはちゃんとグラブを上にして、それをキャッチした。
「捕れた!」
うれしそうに笑うエリー。なんの屈託もない。普通の女の子の顔だった。遼四郎は笑って、グラブをエリーに向ける。たどたどしいながらも、ボールは彼女の手を離れる。少し前に出て、遼四郎はグラブに収める。
リラックスするために、仲のいい耕平と組んだのがケイだった。耕平はケイの捕りやすいところに丁寧にコントロールした。しかも、自然にグラブが上下の向きを変える位置をねらう。捕ってるだけで、勝手に上手になる。リズムがよくなってくる。
リサの相手は一也が務めた。こっちも耕平同様に器用だった。エスコートするように、適切に声をかけ、リサを導いていく。
不安だったのが、宙とヨーコのコンビだった。宙が手加減なしにやる可能性もあったが、ボールは信じられないほど、やさしいものだった。
「捕れたよ~。じゃあ、いっくよ~」
元気いっぱいのヨーコの声が響く。
ハーマンの相手をしたのは秀樹だ。さすがに、ハーマンは次元が違った。投げ方はわずかにぎこちないが、手首と肩が強いのだろう。鋭いボールが行く。ただし、受けるのはキャッチャーの秀樹だ。いい音を響かせて、グラブに入れてやる。ハーマンは気持ちがいい。
いちばん苦戦していたのは、陸にボールを投げるハンナ。手足の使い方がうまくいかず、ボールが大きく逸れる。陸がボールを追っていくのを見て、申し訳なくなる。いつものように、明るくなれない。
気づいたのは、章吾だった。
「ハンナさん、俺のグラブ、使ってみてください」
そう言って、ハンナに駆け寄る。章吾のグラブを受けとり、ハンナはそれを左手にはめようとする。
「違う、違う。右手にはめてみてください。で、僕と同じ左手で投げてみて」
「だ、大丈夫かな?」
半信半疑で、ハンナは左手にボールを持った。章吾が左投げのお手本をシャドーでやっている。それを見ながら、ハンナは先ほどまでとは逆の右足を軽く上げ、踏み込む。ぎこちなさがとれて、キレイに腕が出てくる。パンッ、と音を鳴らし、ボールは陸のグラブに入った。
「え、なんで? ぜんっぜんっ、投げやすいんだけど」
ハンナが驚いて、章吾を見た。
「やっぱりそうですね。ハンナさん、僕と同じ左投げなんですよ。弓が下手って言ってたし、槍の振り方が左っぽいし、右投げ変だったし……」
「章吾、めっちゃやさしいじゃん。はじめて、カッコよく見えたよ」
「ははは、別にカッコよくなくていいですけど、そのグラブ、今日は使っていいですよ。僕はこれで、右投げの練習して遊ぶから」
そう言って、章吾は戻っていった。ハンナは俄然楽しくなって、陸に投げ込む。大柄で力のあるハンナの球は徐々に剛球化していくのだが、捕るのはファーストの陸。キャッチングの本職だから、大丈夫だ。
少しの休憩を挟んで、組み合わせを変えてボールを投げ合う征竜隊たち。グラウンドの外の石段を観客席のように使い、町の人々がそれを見ている。
「あれ、おもしろそうだね。今度、私たちもやりましょうよ」
「あの手袋みたいなのがいるわよ」
「ダレルがつくれるみたいだから、メシと酒代と交換に、やらせればいい」
おばちゃんとオッサンたちが、勝手なことを話している。
グラウンドでは、いつの間にか富夫と組んでいたハーマンが、長い距離を投げ合っている。強いボールが、何度も往復する。高く響くグラブの音は、優れた戦士ふたりが、心で語り合う声。とにかく力強く、暑苦しい。
夕暮れが近づき、作業を終えた工兵隊と町の人々が城への帰路につく。遼四郎はランドルフらにあいさつした。
「おう、また明日な。いい日だった。明日も楽しみだ」
「カレーうどん、おしかったわあ。また来るわ」
うどん屋の大将らと一緒に、室内を整えてくれたおばちゃんたちも声をかけてくる。
「明日も、征竜隊は活動中よ~。お昼ごはんも特別だからね」
ヨーコが絶好調で彼女らに声をかける。それを聞いて、工兵隊の面々が、うれしそうに手を振っている。
みなが帰り、グラウンドに残った征竜隊15人。そこに、兵舎にいたらしい、ハーマンが戻ってくる。手に何かをぶら下げている。
「何スか、それ? って、鳥!」
「はっはっは、朝の間に弓で仕留めておいたのだ」
「というか、ハーマンさんは帰らなくていいんですか?」
「何を言う。俺は女王陛下から直々にお前らの面倒を見るように命を受けたのだ。もちろん、当面、居座るぞ!」
「でも、朝から鳥獲って、カレーうどん食って、キャッチボールして、そんなんで給料もらえるんスか?」
「いや、普通はムリ……」
正則の正直な問いに答えたのは、軽く眉をひそめるエリーだった。ほかの女子たちも激しくうなずいている。自分のしていることが、ヤバいことのように思えてきたハーマンが、複数の鳥をぶら下げながら、グッと詰まる。
「いいんだよ。ハーマンはウチの兄貴だ。当面は兄貴の手助けがないと、俺たちも軌道に乗れない。ありがたく、活躍してもらおうや」
遼四郎が助け舟を出し、追放の憂き目に遭いそうだったハーマンを救う。今度は、名剣士が猛烈にうなずく。征竜部隊長のお墨付きを得た形だ。
「で、これからどうする。飯や風呂や片付けなど、いろいろあるぞ。ヨーコ、ケイ、どう思う?」
遼四郎は経営の才を開花させつつあるヨーコと、しっかり者のケイに聞く。
「せっかくの鳥だもんね。おいしく食べるには、いつも鳥獲って食ってそうなハーマンに陸とハンナをつけるべきね。後は私に加えて、器用な一也ね」
「お風呂は案外重労働なんです。富夫君の力と耕平君の起用さは不可欠。さらに、キャプテンと秀樹君も労働力として投入しましょう。指揮は私がとります」
ヨーコとケイが一気に人材配置を決めた。すると、めずらしく章吾が声を上げる。
「ハーマンさんの鳥、それ、キジとハトですよね! 平安貴族のキジと、武者のハトじゃないですかっ! 絶対、俺、その料理したいです」
歴史マニアの何かに的中したようだ。ヨーコは章吾を鋭く見る。
「誰でもいいから、使いっ走りが必要ね。いいわ。章吾がやりなさい」
「じゃあ、役割がないヤツは、グラウンド整備な。えーっと、誰だっけ?」
遼四郎が聞くと、勝利と宙と正則が、無念そうに手を上げた。女子ではエリーとリサが、残っている。
「じゃ、5人はグラウンド整備の後に、馬車のお馬さんの世話だ。ほかのみんなも含め、手抜き禁止!」
キャプテンの掛け声に、全員が「オオッ!」と返す。今日のところは、とにかく、新生活が楽しいのだ。




