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19話 カレーのうどん? それは、カレーうどんだ

 数日後、征竜隊は衛門府えもんふを出ることになった。取り急ぎ、駐屯地に入らないと、練習もまともにできないからだ。特にひろしを中心とした魔法組の鍛錬は、広い場所で安全を確保しないと、ミスさえできない。

 ハーマンとエリーが動いて、取り急ぎ2台の馬車が確保されていた。野球部の荷物はそれぞれの道具と、少ない私服くらいだったが、まあ、女子たちの荷物は多くなる。後ろの馬車は、それで埋まりそうだった。

「どこの世界でも女子の荷物は膨大だな」

 勝利かつとしが嫌な感じで声にする。普通は、一也か秀樹がこれに言い返すのだが、今回、口を開いたのはハンナだった。

「仕方ないでしょ。生活拠点を変えるんだから、そりゃ、女子にはいろいろいるのよ。適当な恰好でウロウロしてる勝利とは違うのよ!」

「勝利はそういう嫌な目で話をするから嫌われるんだよ。もっと爽やかに笑いながら話したらいいんだよ」

 リサが問答無用で勝利をやっつける。自分自身もおとなしい性格ではあるのだが、それでも、最近は明るく笑うことを心がけている。だから、不機嫌な勝利に腹が立つ。

「俺、嫌われてたのか……」

 サクッと衝撃的な評価を下され、勝利が肩を落とす。

「そうよ~。勝利も明るく元気にしなくちゃ、かわいくも、かっこよくもなれないよ~」

 朝から機嫌がいいヨーコが、うなだれる男の介錯をした。心を切り落とされた勝利。


 馬車に続いてゾロゾロ歩く征竜隊が、城南地区に差し掛かる。町の人たちが、大喜びで声をかけてくる。彼らがそれに応じて、あいさつをしていると、うどん屋の大将が見えた。数人の店員もいる。だが、なぜか、屋台を押している。ニヤリとするヨーコ。

「大将、今日はよろしくね!」

「まかせとけ」

 そう言って、大将たちは屋台を引いて、なぜかついてくる。それだけではない。雑貨屋のおばちゃんや、茶屋の屋台も動き出す。ダレルの姿も見える。さらに、ゾロゾロとついてくる町の人たち。

 驚いた遼四郎りょうしろうが、ヨーコに聞いた。

「どうなってる。これ?」

「遼四郎は私にいろいろまかせると言ってくれたよね~」

「まあ、言った」

「私を信頼してるよね~」

「それが崩れそうだが、人間的には、してる」

「いいこと言うね~。とにかく、私にまかせなさい。ぜったい、楽しいから!」

 どうやら、ヨーコがやっていたのは、これらしい。何がなんだかわからないが、今さらどうにもできない。

「まあ、しゃあないな。ヨーコにまかせるわ。楽しみにしてるよ」

 遼四郎はそれ以上に考えるのをやめた。仲間がみんなのためにやってくれているのだ。うまくいってくれればいい。失敗すれば、そのときにフォローすればいい。


 城門を出て、田畑が続くエリアを征竜隊の馬車を先頭に数百の人々が続き、歩いていく。人々は笑いに包まれ、ときには、どこからか、歌も聞こえてくる。

 田園地帯を抜けると荒野になる。

「兄ちゃんたちが、竜やっつけてくれたあたりだ。あれは、たまげたねえ」

 町の人たちの声が聞こえる。ほどなく、演習場が見えてきた。城門からは3キロほどの距離なのだ。たいした時間は、かからない。

 演習場の入り口付近には、ハーマンが立っていた。

「お、来たな。昨日から入れてる工兵隊が、最低限のことはしてくれている。まずは、入って、礼をしておけよ」

 そう言って、ハーマンは遼四郎と一緒に歩き出す。ヨーコが声をかけた。

富夫とみお~。りくの荷物を頼むわね。ハンナは私の荷物を部屋に入れておいて。陸は用事があるから、ここに残る。遼四郎は気にせず、そっちの準備して」

 勝手に意味不明の仕切りをするが、富夫もハンナも了解する。遼四郎も手を上げて、ヨーコに応じる。

 兵舎近くにいるのが工兵隊の長だとハーマンに聞き、遼四郎は走って、そこに向かう。

「俺たちのために、手をわずらわせてすみません!」

 振り返った工兵隊長は、メチャクチャに日焼けしていた。そして、真っ白な歯を見せて笑う。

「来たな! ハーマンの弟分。話は聞いてるぞ。ランドルフ・ブラウンだ。ガンガンやってるぞ。なんでも意見は言え。聞くときは聞く、聞かんときは、聞かん」

 そう言って、握手を求めてきた。手は野球部よりもゴツゴツしている。

「ありがとうございます。取り急ぎ、みなさんにも声かけますね。黙って入っちゃ、申し訳ない」

 そう言って、兵舎の上で作業する工兵隊の人々に、遼四郎は上を向いて声をかけた。

「早くから征竜隊のために、ありがとうございます! あとで昼飯食いながら、ごあいさつします。たぶん、昼飯、ちょっとおもしろいもん食えそうですから、楽しみにしていてください」

 別に昼飯に確たる根拠はない。だが、ヨーコと陸の動きから、軽くギャンブルしてみたのだ。工兵隊員らも、遼四郎を見て声をかける。

「征竜隊のメシは最高らしいからな! 楽しみにしてるよ」

 そう言って、遼四郎に手を振った。ランドルフが遼四郎を見て、笑っている。

「お前、若いのに、わかってるなあ。いや、若いから丁寧なのか?」

「丁寧なんて、できませんよ。でも、感謝して、ありがとう、って言って、嫌な顔されることは少ないですからね」

 そう言って、ランドルフに会釈すると、遼四郎はメンバーの方に戻っていった。

「気持ちいいヤツだな」

「本当に気分がいい。ランドルフさんも、つき合ってれば、もっとわかるよ」

「お前が言うなら、間違いないよ」

 ランドルフは、ハーマンの肩を叩いて、仕事場へ戻った。少しの風が吹き、ハーマンにはそれが心地よかった。


 兵舎横のスペースでは、うどん屋の屋台を中心に、町の人々が厨房から大鍋を運び出し、設置をはじめていた。雑貨屋のおばちゃんたちは、荷車を兵舎に横付けし、征竜隊が入った部屋などにゾロゾロと上がっていく。

 驚いたのは野球部たち。勝利が声をかける。

「お、おばちゃんたち、何してるの?」

「ウチの子どもたちが生活するところだからね。贅沢させる気はないが、無駄な不便はさせたくない。必要なものを確認してるのよ」

「あんたたちだけじゃ、わからないでしょ。水が漏れたり、虫が入ったり、便所が臭くなったり、生きているだけで、いろいろあるの」

 遼四郎と勝利は、驚いて目を合わせた。

「ヨーコが呼んだんだよな。すげえな、あいつ」

 たぶん、ヨーコは自分ではわからないと思ったのだ。だから、おばちゃんたちを巻き込み、頼った。その慧眼と行動力に、ふたりは感服した。


 そのヨーコは、ハンナと陸と一緒に、うどん屋台を中心とした大鍋群を走り回っていた。あの匂いが漂ってくる。

 正午になった。工兵隊に向け、鐘が鳴らされた。作業場をかんたんに養生ようじょうし、屋根などから工兵たちが降りてくる。ヨーコが、彼らに声をかけている。

「みんな~。お昼ごはんだよ~。こっちこっち!」

 ゾロゾロとみんなが集まってくる。工兵隊と町の人がいるので、その数は500を超える。しかし、大鍋の数も10以上。戦力は拮抗している。

「みんな~。たくさん働いて、お腹空いたよね~!」

 ヨーコが一段高い石段に上がって、声をかける。“腹減ったー”という声が、工兵隊方面から起こる。

「そんなみんなに、今日は驚天動地のメニューを用意したわよ~。征竜隊男子たちの世界で食べられ続け、あの竜掃使最強剣士のハーマンを泣かせた衝撃の料理、それがカレーよ。みんな食ったことないでしょう~。おいしいよ~。しかも、今日はそれに、城南の名店の味が合体した、究極の味がここに完成! カレーのうどんよっ!」

 オオッ! という歓声が上がった。なんせ、500人もいるのだ。だが、野球部たちの反応が極めて鈍い。喝采を浴びる気満々だったヨーコは、納得いかない。

「なんで、アンタたちは喜ばないのよ!」

 想定外の状況にいらだつヨーコに、宙が直球を投げ込んだ。

「ヨーコ、それはカレーうどんだ。俺たちの世界では、超メジャーな食いものだ!」

 女子相手でも、手を抜かず、最高の真っすぐを投じる。それが宙。

 すばらしい発明で世界を変えたと思っていたヨーコだったが、衝撃のあまり、虚無の世界に陥る。陸があたふたし、大将がニヤニヤして言う。

「この前の祝勝会で陸には聞いてたんだよ。うどんにカレーをぶっかける料理があるって。だが後日、急にヨーコちゃんが思いついた料理があると言いだして、以後、俺と陸の話をまったく聞かず、今に至っている」

 豪快に大将が笑う。ヨーコは魂が抜けたように、口をぼんやり空けている。すると、富夫が声をかけた。

「たいしたもんだよ。ヨーコは。誰にも聞かずに、俺たちの世界の人気メニューにいきなりたどり着いたんだ」

「カレーうどんは、和風麺の中でも、トップシェアのひとつだからね。たくさんの人が長い時間考え、淘汰とサバイバルを繰り返した答えに、一気に至ったのだから、ヨーコは天才だと僕は思うよ」

 一也もヨーコの放心状態が見ていられなくなり、とりあえず、全力でほめてあげるべきだと考えた。

 彼らの言葉で、ようやく離脱した魂を取り戻すヨーコ。目に光が戻る。遼四郎も声をかける。

「とにかく、うまそうな匂いだし、みんな喜んでる。助かったよ。さっき、工兵隊に昼飯はめずらしいもの食わすって、約束してたんだ」

 ヨーコの顔に一気に生気がよみがえる。

「でしょう。そうだよね。工兵隊や町の人が喜ぶんだから、征竜隊としては、最高だよね」

「バッチリだ」

 そう言って、野球部らは立ち上がり、ヨーコの肩を叩いて、大鍋の前に並んだ。

「今日の最高殊勲者は、たぶん、ヨーコだよ。ありがとう」

 遼四郎にうながされ、一緒に列に並ぶヨーコ。ちょっと感動で震えてしまう。泣いてしまう感動ではなく、大きな声で笑いたい。そんな、心の動きだった。



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