表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/87

18話 二日酔いの名剣士は、まあ、兄貴みたいなもんだ

 翌朝、明らかに調子の悪そうなハーマンが、いつもの広間に現れる。

「なんか、ヒドイ顔ですね」

 一也はハーマンの顔色の悪さを言っただけだが、こいつが言うと、意味が変わってくる。勝利かつとしがすぐに噛みつく。

「ハーマンさんに失礼だろうが」

「いや、いい。一也が顔色のことを言ってくれてるのはわかる。それに、俺はイケメンではないが、勝利ほど人相悪いわけじゃない」

 不調にもかかわらず、ハーマンの言葉は勝利をグッサリと刺した。さすが歴戦の戦士。そこに遼四郎りょうしろうが加わる。

「飲みすぎですか?」

「ああ、お前らがいない分、すべての酒はジャスティンと俺が相手するしかなくなった。ジャスティンは、今日、顔を出したいと言っていたが、まあ、二日酔いでムリだろう。妙に間が悪いところがある隊長なんだよ」

「いいんですよ。ジャスティンさんが悪い人じゃないってのは、謁見でみんなが思ったことですから。今度会ったら、トゲのない会話ができますよ」

「そうしてやってくれ。かたくなというか、変化の入り口をつかむのが、下手なんだよ。ジャスティンは」

 そんなことを話していると、ヨーコがやってきた。

「遼四郎、私は決めたわよ」

 後ろには知らないオジサンがひとりいる。

「誰?」

「革職人のダレルさんよ。あのねえ、遼四郎。ヨーコは野球をやることにしたからね」

 いつも意味不明気味なヨーコだが、今日はそれが加速している。

「どういうこと?」

「なんかバカね。野球にはグラブとやらとボールがいるんでしょ? そこに革職人のダレルさんよ。それをつくってもらうに決まってるでしょ。さあ、遼四郎のグラブを貸しなさい。残念ながら、一度バラバラにするわよ。あと、ボールもひとつちょうだい」

 大事なグラブをバラバラにされると聞いて、うろたえた遼四郎。だが、使っていれば、どうせ、いつかダメになる。ならば、つくってもらえる人がいるのは、いい話だ。瞬間的に考える。そして、モタモタとグラブを探しに歩いていく。

「じゃあ、これを使って、どんなものかを調べてみてください」

 遼四郎はグラブをダレルに渡す。中にはボールをひとつ入れてある。ダレルは、それを手にはめて、バシバシと叩く。

「けっこう、手が込んだ品だな。革も選んで使ってある。これ、高いだろ?」

 さすが、職人という言葉が返ってきた。おもしろがって、ゾロゾロと集まる征竜隊。

「いや、特別高級なものではないです。でも、そもそも、グラブっていい値段するんですよ。特に、その硬球用のヤツは」

「だろうな。でも、つくれないわけじゃない。この固い球を受けられる強度いるのか。で、この球も革製だ」

「内部は、コルクというやわらかい木の球が芯になっていて、それをゴムで覆い、さらに太い糸をぐるぐると巻き付けているはず」

 ボールの話になって、ひろしが表に出てくる。

「これをバンバン投げるのだから、気も使うんだろう?」

「そうです。重さが変わったり、赤い糸の縫い目が浅くなったりすると、すごく気になる。あと、跳ね方も大事です」

「この球はもうひとつくれ。それをバラして、中を調べ、俺たちの材料で同じようにつくってみる。ただし、こっちも本職だ。手間賃はもらうぞ」

「もちろんだ。征竜隊に免じて、友好的な料金にしてやってくれ。先払いが必要なら、竜掃使りゅうそうしから出してもいい」

 金の話になったので、ハーマンが応じた。金の面倒まで、遼四郎にやらせるのは、かわいそうに思ったのだ。

「手ごろどころか、命の恩人価格でやってやるよ。こっちは食えればいい。兄ちゃんたちには感謝してるんだ」

 ダレルは城南地区の職人街の人だった。怒っているようにも見えるが、これが普通だ。職人らしく、具体的なことしか話さない。だから、ちょっとつっけんどんなだけ。

「ダレルさん、私のグラブも頼むよ~。そうだ、耕平のグラブ見せてよ。あれくらいの大きさがいいはず」

 ヨーコは耕平を走らせる。見ていたケイが口を開く。

「ヨーコだけズルいです。私のも欲しいです」

 エリーたちも、怖い目をして、うなずく。

「わかった、わかった。取り急ぎ、試しにつくってみる。うまく行ったら、ねえちゃんたちの手のサイズを計って、みんなの分つくるから、ケンカするな」

 ダレルは女子たちの争いに巻き込まれるのを恐れ、そう約束した。

「腕のいい同業者を募って、ちょっとした遊びと礼だと思って、やってやるよ」

「やったあ!」

 バカみたいにはしゃぐ女子らの声が、ハーマンの二日酔いに猛烈なダメージを与える。だが、文句を言う気力も出ない。


 それでも、水を数杯がぶ飲みして、持ち直そうと努力するハーマン。ようやく、言葉をつくる。

「駐屯地に向かう準備をした方がいい。そこそこ荒れているから、工兵隊も呼んで、一度、工事をすべきだ。兵舎もキレイにしたいだろう? それに飯はどうする? 料理番を置く必要もあるんじゃないか」

 さすがにハーマンは大人であり、一軍を支える副官だった。経営的な視点がある。

「たしかに、私たちだけじゃ大変というか、ムリがあるわね。でも、料理番の件はちょっと待って。試したい案件があるの」

 ヨーコが何かを考えているらしい。案外、このお姫様には経営視点がある。だが、陸はしょげていた。

「僕ががんばって、みんなに手伝ってもらって、食事をつくろうと思うんですが……」

 そんな陸の背中をヨーコは,バーンと叩いて大きな声を出す。

「何言ってんのよ。陸の料理がすべての中心。毎日、楽しみにしてるんだから。それと、料理番の件は深く関係するのよ。征竜隊の生活を豊かにする、壮大なプロジェクトなの。 あんたが司令官!」

 やはり、今日のヨーコはいつも以上に変だ。何の話だか、さっぱりわからない。

「ただし、ハーマン。工兵隊は必要よ。特に兵舎を匠の技で美しくリフォームし、私たち女子だけでもフカフカのベットで寝られるようにすること。水場も修理して、お風呂も男女別に豪華に建て替える。それから、台所は巨大厨房に改造よ。わかった? もう要請したからね」

 ヨーコの高い声がハーマンの頭に響くらしく、みるみる顔色が蒼白になる。

「了解した。したから、少し静かにしてくれ。衛門府えもんふの中なんかで死にたくない」

「ヨーコ、ハーマンは俺たちの割りを食って、昨日、盛大に酒につきあわされたんだ。許してやってくれ」

 遼四郎が笑ってハーマンを援護する。いつしか、彼はハーマンを呼ぶとき、敬称を省くようになっていた。なんというか、長年つき合う、兄のように感じていたからだ。ハーマンの方も怒るわけがない。ずっと欲しかった、兄弟であり、親友だったからだ。


 午後、二日酔いの容態が悪化し、布団にもぐり込んだハーマンをよそに、さらに駐屯地に関する詰めが進められる。議論がヒートアップしたのは、移動手段についてだった。

「やっぱり、騎馬で移動するのが、戦士だろう」

 単純に武田騎馬軍団たけだきばぐんだんのファンであった宙が、憧憬だけを言葉にする。だが、遼四郎と耕平が、難しい顔をした。

「あのなあ、俺らが騎馬で戦場に駆け付けて、具体的にどうなるんだっけ? ちょっと考えてみるか」

 遼四郎の設けた設問に、最初に口を開いたのは勝利だった。

「まず、駐屯地から馬に乗って、竜が来た場所に移動するよな。でも、俺たちはハーマンさんみたいな騎兵隊じゃない」

「弓のケイたちを除けば、バットみたいに剣を振り回したり、何かを投げたり、そんなことをするんだよ」

「馬、降りるよな」

「そうなるよな。で、どこ行くんんだ? そのとき、馬」

 野球部たちのマヌケな会話に耐えられず、エリーがツッコミを入れる。

「ところで、みんなって、馬に乗れるの?」

 ほとんどが猛烈に首を振る。そこには、言い出しっぺと賛同者の宙と章吾しょうごも含んでいる。

「馬は賢いから、練習すればみんな乗れると思うよ。でも、馬の世話したことある?」

 今度はハンナが問う。これにも首は大きく横振りされる。

「馬は長距離移動するときは、疲れちゃうから、替え馬がいるんだよ。交代で乗るの。だから、ひとり、2頭は必要」

 リサはかみ砕いて、みんなにわかるように話した。

「つまり、征竜隊を騎兵隊にするには、人数の15を倍にした最低30頭の馬が必要なんですよ」

 ケイはバカでもわかるように、数字で教えた。ほとんどのバカがポカーンとする中、ひとりが実感を持って受け止めた。賭けたことはないが、競馬好きを公言している秀樹だった。

「馬30頭って、それ、かなり大規模厩舎きゅうしゃだぞ。あの人たち、朝から晩まで、馬の世話して飯食ってる人たちだ。馬のプロだよ」

 ようやくたどり着いたリアリティに、エリーがホッとした。そして、切り込む。

「そうなのよ。騎兵隊って、カッコいいけど、実は朝から晩までお馬さんの面倒を見る軍隊なのよ。もちろん、お馬さんの面倒を見てもらう人を雇う手もあるよ。でも、そんな大人の人と一緒にやっていくのって、けっこう大変だよ」

 みんなの頭が急に動き出した。具体的なイメージが湧いてきたのだ。遼四郎も考えてはいるが、メンバーの話を待つことにした。ここで、一也が口を開く。

「僕は乗馬クラブに通ってたこともあるから、なんとなくわかるけど、乗馬と野球は、かなり違うよ。そもそも、足で地面を蹴って、打ったり、投げたりするのが野球だけど、馬乗ってると、地面を蹴れないよ」

 ようやく、わかってきた。騎兵隊は、憧れでやるものではないことに。

「でも、走って竜に向かっていったら、たどり着くころにはヘロヘロになるよな」

「まあ、俺らはチャリで球場に行ったりもしたけど、チャリないし」

 バカ丸出しの会話だが、彼らなりのイメージでの言葉。考えてはいる。

「馬車、という手があるわね。2頭引きで3、4人で乗れば、速度は出ないけど、自分で走るよりはマシだよね。御者も私たちがやれば、足りるし……」

 エリーが怖い顔をしてブツブツと考える。聞こえてくる具体が、野球部たちのイメージをつくっていく。

「野球部らしいかもな。マイクロバス乗って、球場行って、試合する感じ」

「それは、私立の強豪校だよ。普通の公立ではムリだね。調子に乗るなと言われそう」

「でも、まあ、仕方ないよ。電車や公共バス乗って行けないんだし。僕たち、弱いくせに調子に乗ってるわけじゃない。試合場に行く最善を尽くすだけ」

 宙が言い出しっぺとして、遼四郎と目を合わせてから、エリーに声をかける。

「すまん、エリー。騎兵隊の夢は一度封印するから、その馬車の線を進めてみてくれないか」

 めずらしく、宙が申し訳なさそうな顔をしているのを見て、エリーは笑った。

「いいのよ。みんなわからないことがあるのは当然。それでも、考えて、私の意見を容れてくれる宙君は、悪くないんじゃない」

 すると、寝ていたハーマンが、布団の中から声をかけた。

「馬車は値が張るが、輸送部隊に掛け合ってみる。馬も8頭くらいなら、なんとかなるだろう。エリー、明日、竜掃使に顔を出せ」

 具合が悪いくせに、話だけは聞いていたらしい。弟分たちが、心配で仕方ないのだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ