18話 二日酔いの名剣士は、まあ、兄貴みたいなもんだ
翌朝、明らかに調子の悪そうなハーマンが、いつもの広間に現れる。
「なんか、ヒドイ顔ですね」
一也はハーマンの顔色の悪さを言っただけだが、こいつが言うと、意味が変わってくる。勝利がすぐに噛みつく。
「ハーマンさんに失礼だろうが」
「いや、いい。一也が顔色のことを言ってくれてるのはわかる。それに、俺はイケメンではないが、勝利ほど人相悪いわけじゃない」
不調にもかかわらず、ハーマンの言葉は勝利をグッサリと刺した。さすが歴戦の戦士。そこに遼四郎が加わる。
「飲みすぎですか?」
「ああ、お前らがいない分、すべての酒はジャスティンと俺が相手するしかなくなった。ジャスティンは、今日、顔を出したいと言っていたが、まあ、二日酔いでムリだろう。妙に間が悪いところがある隊長なんだよ」
「いいんですよ。ジャスティンさんが悪い人じゃないってのは、謁見でみんなが思ったことですから。今度会ったら、トゲのない会話ができますよ」
「そうしてやってくれ。頑なというか、変化の入り口をつかむのが、下手なんだよ。ジャスティンは」
そんなことを話していると、ヨーコがやってきた。
「遼四郎、私は決めたわよ」
後ろには知らないオジサンがひとりいる。
「誰?」
「革職人のダレルさんよ。あのねえ、遼四郎。ヨーコは野球をやることにしたからね」
いつも意味不明気味なヨーコだが、今日はそれが加速している。
「どういうこと?」
「なんかバカね。野球にはグラブとやらとボールがいるんでしょ? そこに革職人のダレルさんよ。それをつくってもらうに決まってるでしょ。さあ、遼四郎のグラブを貸しなさい。残念ながら、一度バラバラにするわよ。あと、ボールもひとつちょうだい」
大事なグラブをバラバラにされると聞いて、うろたえた遼四郎。だが、使っていれば、どうせ、いつかダメになる。ならば、つくってもらえる人がいるのは、いい話だ。瞬間的に考える。そして、モタモタとグラブを探しに歩いていく。
「じゃあ、これを使って、どんなものかを調べてみてください」
遼四郎はグラブをダレルに渡す。中にはボールをひとつ入れてある。ダレルは、それを手にはめて、バシバシと叩く。
「けっこう、手が込んだ品だな。革も選んで使ってある。これ、高いだろ?」
さすが、職人という言葉が返ってきた。おもしろがって、ゾロゾロと集まる征竜隊。
「いや、特別高級なものではないです。でも、そもそも、グラブっていい値段するんですよ。特に、その硬球用のヤツは」
「だろうな。でも、つくれないわけじゃない。この固い球を受けられる強度いるのか。で、この球も革製だ」
「内部は、コルクというやわらかい木の球が芯になっていて、それをゴムで覆い、さらに太い糸をぐるぐると巻き付けているはず」
ボールの話になって、宙が表に出てくる。
「これをバンバン投げるのだから、気も使うんだろう?」
「そうです。重さが変わったり、赤い糸の縫い目が浅くなったりすると、すごく気になる。あと、跳ね方も大事です」
「この球はもうひとつくれ。それをバラして、中を調べ、俺たちの材料で同じようにつくってみる。ただし、こっちも本職だ。手間賃はもらうぞ」
「もちろんだ。征竜隊に免じて、友好的な料金にしてやってくれ。先払いが必要なら、竜掃使から出してもいい」
金の話になったので、ハーマンが応じた。金の面倒まで、遼四郎にやらせるのは、かわいそうに思ったのだ。
「手ごろどころか、命の恩人価格でやってやるよ。こっちは食えればいい。兄ちゃんたちには感謝してるんだ」
ダレルは城南地区の職人街の人だった。怒っているようにも見えるが、これが普通だ。職人らしく、具体的なことしか話さない。だから、ちょっとつっけんどんなだけ。
「ダレルさん、私のグラブも頼むよ~。そうだ、耕平のグラブ見せてよ。あれくらいの大きさがいいはず」
ヨーコは耕平を走らせる。見ていたケイが口を開く。
「ヨーコだけズルいです。私のも欲しいです」
エリーたちも、怖い目をして、うなずく。
「わかった、わかった。取り急ぎ、試しにつくってみる。うまく行ったら、ねえちゃんたちの手のサイズを計って、みんなの分つくるから、ケンカするな」
ダレルは女子たちの争いに巻き込まれるのを恐れ、そう約束した。
「腕のいい同業者を募って、ちょっとした遊びと礼だと思って、やってやるよ」
「やったあ!」
バカみたいにはしゃぐ女子らの声が、ハーマンの二日酔いに猛烈なダメージを与える。だが、文句を言う気力も出ない。
それでも、水を数杯がぶ飲みして、持ち直そうと努力するハーマン。ようやく、言葉をつくる。
「駐屯地に向かう準備をした方がいい。そこそこ荒れているから、工兵隊も呼んで、一度、工事をすべきだ。兵舎もキレイにしたいだろう? それに飯はどうする? 料理番を置く必要もあるんじゃないか」
さすがにハーマンは大人であり、一軍を支える副官だった。経営的な視点がある。
「たしかに、私たちだけじゃ大変というか、ムリがあるわね。でも、料理番の件はちょっと待って。試したい案件があるの」
ヨーコが何かを考えているらしい。案外、このお姫様には経営視点がある。だが、陸はしょげていた。
「僕ががんばって、みんなに手伝ってもらって、食事をつくろうと思うんですが……」
そんな陸の背中をヨーコは,バーンと叩いて大きな声を出す。
「何言ってんのよ。陸の料理がすべての中心。毎日、楽しみにしてるんだから。それと、料理番の件は深く関係するのよ。征竜隊の生活を豊かにする、壮大なプロジェクトなの。 あんたが司令官!」
やはり、今日のヨーコはいつも以上に変だ。何の話だか、さっぱりわからない。
「ただし、ハーマン。工兵隊は必要よ。特に兵舎を匠の技で美しくリフォームし、私たち女子だけでもフカフカのベットで寝られるようにすること。水場も修理して、お風呂も男女別に豪華に建て替える。それから、台所は巨大厨房に改造よ。わかった? もう要請したからね」
ヨーコの高い声がハーマンの頭に響くらしく、みるみる顔色が蒼白になる。
「了解した。したから、少し静かにしてくれ。衛門府の中なんかで死にたくない」
「ヨーコ、ハーマンは俺たちの割りを食って、昨日、盛大に酒につきあわされたんだ。許してやってくれ」
遼四郎が笑ってハーマンを援護する。いつしか、彼はハーマンを呼ぶとき、敬称を省くようになっていた。なんというか、長年つき合う、兄のように感じていたからだ。ハーマンの方も怒るわけがない。ずっと欲しかった、兄弟であり、親友だったからだ。
午後、二日酔いの容態が悪化し、布団にもぐり込んだハーマンをよそに、さらに駐屯地に関する詰めが進められる。議論がヒートアップしたのは、移動手段についてだった。
「やっぱり、騎馬で移動するのが、戦士だろう」
単純に武田騎馬軍団のファンであった宙が、憧憬だけを言葉にする。だが、遼四郎と耕平が、難しい顔をした。
「あのなあ、俺らが騎馬で戦場に駆け付けて、具体的にどうなるんだっけ? ちょっと考えてみるか」
遼四郎の設けた設問に、最初に口を開いたのは勝利だった。
「まず、駐屯地から馬に乗って、竜が来た場所に移動するよな。でも、俺たちはハーマンさんみたいな騎兵隊じゃない」
「弓のケイたちを除けば、バットみたいに剣を振り回したり、何かを投げたり、そんなことをするんだよ」
「馬、降りるよな」
「そうなるよな。で、どこ行くんんだ? そのとき、馬」
野球部たちのマヌケな会話に耐えられず、エリーがツッコミを入れる。
「ところで、みんなって、馬に乗れるの?」
ほとんどが猛烈に首を振る。そこには、言い出しっぺと賛同者の宙と章吾も含んでいる。
「馬は賢いから、練習すればみんな乗れると思うよ。でも、馬の世話したことある?」
今度はハンナが問う。これにも首は大きく横振りされる。
「馬は長距離移動するときは、疲れちゃうから、替え馬がいるんだよ。交代で乗るの。だから、ひとり、2頭は必要」
リサはかみ砕いて、みんなにわかるように話した。
「つまり、征竜隊を騎兵隊にするには、人数の15を倍にした最低30頭の馬が必要なんですよ」
ケイはバカでもわかるように、数字で教えた。ほとんどのバカがポカーンとする中、ひとりが実感を持って受け止めた。賭けたことはないが、競馬好きを公言している秀樹だった。
「馬30頭って、それ、かなり大規模厩舎だぞ。あの人たち、朝から晩まで、馬の世話して飯食ってる人たちだ。馬のプロだよ」
ようやくたどり着いたリアリティに、エリーがホッとした。そして、切り込む。
「そうなのよ。騎兵隊って、カッコいいけど、実は朝から晩までお馬さんの面倒を見る軍隊なのよ。もちろん、お馬さんの面倒を見てもらう人を雇う手もあるよ。でも、そんな大人の人と一緒にやっていくのって、けっこう大変だよ」
みんなの頭が急に動き出した。具体的なイメージが湧いてきたのだ。遼四郎も考えてはいるが、メンバーの話を待つことにした。ここで、一也が口を開く。
「僕は乗馬クラブに通ってたこともあるから、なんとなくわかるけど、乗馬と野球は、かなり違うよ。そもそも、足で地面を蹴って、打ったり、投げたりするのが野球だけど、馬乗ってると、地面を蹴れないよ」
ようやく、わかってきた。騎兵隊は、憧れでやるものではないことに。
「でも、走って竜に向かっていったら、たどり着くころにはヘロヘロになるよな」
「まあ、俺らはチャリで球場に行ったりもしたけど、チャリないし」
バカ丸出しの会話だが、彼らなりのイメージでの言葉。考えてはいる。
「馬車、という手があるわね。2頭引きで3、4人で乗れば、速度は出ないけど、自分で走るよりはマシだよね。御者も私たちがやれば、足りるし……」
エリーが怖い顔をしてブツブツと考える。聞こえてくる具体が、野球部たちのイメージをつくっていく。
「野球部らしいかもな。マイクロバス乗って、球場行って、試合する感じ」
「それは、私立の強豪校だよ。普通の公立ではムリだね。調子に乗るなと言われそう」
「でも、まあ、仕方ないよ。電車や公共バス乗って行けないんだし。僕たち、弱いくせに調子に乗ってるわけじゃない。試合場に行く最善を尽くすだけ」
宙が言い出しっぺとして、遼四郎と目を合わせてから、エリーに声をかける。
「すまん、エリー。騎兵隊の夢は一度封印するから、その馬車の線を進めてみてくれないか」
めずらしく、宙が申し訳なさそうな顔をしているのを見て、エリーは笑った。
「いいのよ。みんなわからないことがあるのは当然。それでも、考えて、私の意見を容れてくれる宙君は、悪くないんじゃない」
すると、寝ていたハーマンが、布団の中から声をかけた。
「馬車は値が張るが、輸送部隊に掛け合ってみる。馬も8頭くらいなら、なんとかなるだろう。エリー、明日、竜掃使に顔を出せ」
具合が悪いくせに、話だけは聞いていたらしい。弟分たちが、心配で仕方ないのだ。




