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17話 お酒は飲めないけれど、宴会はしてもいい

 叙任後のパーティー。ヨーコがちょこまかと立ち回り、征竜隊は最初のあいさつだけで終わらせる。気が付けばジャスティンとハーマンらが主役の戦勝祝賀会に変わっていた。女王からの謝辞があったばかりなので、違和感がない。

「どうせ、お酒飲めないんだから、いても仕方ないのよ」

 ヨーコは会場を後にしながら、そう言って笑う。

「じゃあ、若者たちは町で楽しくやろうよ。こんな服じゃ、やってられないから、戻ってさっさと着替えるわよ」

 ヨーコは宴会部長に就任しつつあった。誰も拒めない。

 買っておいた私服に着替えたナインたち。遼四郎りょうしろうはジーンズのようなズボンに、青いシャツを羽織るだけ。元の世界の私服と、たいして変わらない。富夫はアクションスターだ。

「秀樹、ダメだよ。それ、ほぼジャージだよ。野球部というより、競馬場のオッサンみたいだよ」

 一也が厳しい言葉を発し、秀樹は頭をかきながら着替えに戻る。自分のセンスのまずさとオッサン風味を認識していたのだ。そんな一也は、不思議なグリーンが映えるジャケットを着ていたが、顔がいいので、坊主なのに似合っていた。

 エリーたちもやってきた。エリーとリサはひざ丈ほどのスカートだった。今まで見たことがなかったので、遼四郎はうろたえる。意識しないようにしようとしても、ムリがある。さらに、ヨーコとハンナがバリバリのミニスカートでやってきた。キレイな脚線美の華やかさに、野球部たちはクラクラしてくる。最後にケイが幅広のパンツスタイルでやってきたとき、むしろ、妙にホッとするくらいだった。

 衛門府えもんふを出た一行は、そのままゾロゾロと大通りを南へ歩く。陽はすでに落ちている。あちこちに灯された明かりが、夜の町を彩る。一行の内、10人は坊主そのままなのだが、もう隠す必要もない。彼らはすでに有名人なのだ。道行く人が声をかける。

「お、征竜隊の面々、おでかけかい?」

「昨日はありがとうな。なんか食ってくか?」

 そんな言葉をヨーコは適当にあしらいながら歩く。城南地区に入ると、待っていた地域の人々が歓呼の声を上げる。うどん屋の大将を中心に、その店員たちが脇を固める。

「いいか、お前ら。今日はこの坊主の兄ちゃんたちと、ヨーコちゃんたちの祝勝会だ。強いといっても、みんな若いんだ。余計なちょっかい出さずに、好きなように楽しませてやってくれ! 兄ちゃんたちが話しかけてきたときだけ、相手をしろ。俺たちの命を助けてくれた英雄たちを見られるだけで、幸せと思え。酔ってからんだりしたら、町から追い出すぞ!」

 大将の言葉に、人々が拍手で応える。城南地区は人の出入りも多く、竜はおおむね南からやってくるため、その害も不安もある。地代が安く、雑多な人々が生きている。その分、排他的な空気は皆無で、人情にあつい。

「じゃあ、大将、奥の長テーブル、ふたつ借りちゃうよ!」

 ヨーコは元気に声をかけて、のれんをくぐる。大将たちがニヤニヤしていた。そして、中を見て、驚く。

「何コレ? パーティーでもやるの?」

 店内のレイアウトはすっかり変わっていて、長テーブルはど真ん中にふたつ、つなげられていた。上には、祝辞を添えたうまそうな料理が並んでいる。脇には、4人掛けのテーブルがバラバラとある。

「ウチが料理は全部出すと言ったんだが、あっちもこっちもいろいろ持って来やがる。ムリに食わんでもいい。ウチの材料でも、なんでもできるからな」

「みんな、ありがとうね!」

 ヨーコが店の外を振り返りながら、声をかけた。また、拍手。すると、遼四郎は、ヨーコに声をかける。

「俺、ここに座るから。で、陸はそこで、富夫はそこな。ヨーコはそこで頼む。後は適当でいいや。どうせ、途中で席も移る」

 ヨーコは自分の采配を止められて驚いたが、遼四郎の意図はすぐにわかった。飲み物が行きわたり、みながグラスを手にすると、彼は席を離れ、外の人々に向かう形で立ったのだ。

「みなさん、今日は本当にありがとう。俺たち、本当は野球って競技をやってるんだけど、実は家族以外に応援されて、戦ったことがない。だから、みなさんに応援されて、本当にうれしいんだ。これからも、俺らのことを応援してくれますか!」

「あたりまえよ!」

「かわいい子たちを放っておけますか!」

「ウチの子どもになりなさい。いいから、そうしなさい!」

 遼四郎の問いかけに、詰めかけたおばちゃんたちの声が襲いかかる。

「じゃあ、この町の子どもになった気分で、これからがんばるよ。よろしくお願いします!」

 遼四郎は深々と頭を下げた。そして、身体を起こすと、グラスを上げて言う。

「乾杯!」

 どっと響く歓呼。

「やるわね~。キャプテン。一発で町の人を、味方にしちゃった」

 ヨーコは席に戻ってきた遼四郎に、そう言いながらグラスを合わせる。

「応援してもらうと、何倍も力が出るんだよ」

 そんなこと言ってる間に、征竜隊たちは、勝手に目の前の料理に手をつけはじめる。それを見て、ヨーコが叫んだ。

「それ、その大皿を私にもちょうだい! 向かい角の煮こみ屋さんのやつよ。死ぬほど味がしみてるの!」

 その言葉にメンバーたちは煮込みに殺到し、大皿は一気に消滅する。出遅れた富夫に、リサが半分あげている。涙を流して食べる富夫を見て、おとなしいリサが口を大きく開けて笑う。自分も争奪戦に完敗したヨーコが遼四郎に話しかける。

「リサって、あんなに明るく笑うタイプじゃなかったのよ。でも、かわいくなったよね」

「そうなの?」

「私も、征竜隊でかわいくなるぞ!」

「ヨーコは、逆に落ち着いた方がいいんじゃない?」

 遼四郎は笑っている。エルボーを入れようとするヨーコだったが、遼四郎は手刀で応じる。他愛もない、大切な時間が過ぎていく。


 大将たちは商売上手だった。周囲のテーブルには客を入れ、うどんと酒一杯を条件に高速で客を回転させる。征竜隊を見たい人々は、列をつくってそれを待つ。

 腰の曲がったしわくちゃのおばあちゃんは、ゆっくりと素うどんをすすり、食べ終えると、涙を流しながら富夫に手を合わせる。富夫も手を合わせて礼をする。どちらにご利益りやくがあるのか、よくわからない光景だった。

 ギターのような楽器を持ったふたり組が入ってきた。大将と話をし、そこにヨーコが紛れ込む。なんらかの合意が成ったところで、ふたり組がみんなの前に立つ。

「みなさんに、歌を届けに参りました。リクエストがあれば、どうぞ、言って下さい」

 どうやら、弾き語りで歌う、流しの人たちのようだ。でも、遼四郎たちは、この世界の歌を知らない。ヨーコがすぐに声をかける。

「南町の雨!」

 注文に、即座に応じる流しのふたり。タイトルからして、ド演歌を想像したが、まったく違った。ギターのリフが心地いい、軽いロックだった。「サウスタウン・レイン」など、カタカナのタイトルの方がいい気がする。

「これ流行ってるの?」

 遼四郎は移った席の隣にいたケイに聞いてみる。

「2、3年前に、スッゴイ流行ったんです。若い人たちは、みんな唄ってました。雨の中でも会いに行く男女が美しくて、いいんです!」

 ケイの中に、メルヘンの欠片を見つけて、軽く驚く遼四郎。すると、次にはそのケイが曲を注文する。

垓下がいかの歌!」

 さすがに、これこそは演歌というか、詩吟しぎんだろうと思った。しかし、またも裏切られる。悲しく勇壮なロックバラードだ。

「昔の“トライビト”が伝えたクラシックな曲を、現在の音楽家がよみがえらせたんです! ヒロインが切なくて、泣いちゃうんです」

 遼四郎は少しクラクラしてきた。だが、ケイやエリーたちだけが盛り上がっているだけではない。ひろし章吾しょうごの歴史マニアが、覇王項羽はおうこううの雄々しさを力説しながら、サビを合唱している。歴史知識が及ばない遼四郎は、ついていけない。

 数曲が歌われた後、一也が流しらに声をかける。

「その楽器、ちょっと貸してくれませんか。もしかしたら、弾けるかもしれない」

 了解を得た一也は、足を組んで椅子に座り、ギターに似た楽器を手にする。気が付くと、耕平も同じように楽器を借り、座って弦をはじく。これを見るケイの表情が、みるみるウットリとしてきた。一也と耕平はチーム内でも、器用さというか、リズム感が違う。ギターも弾けたのだ。

 ふたりは歌い出す。夏向けの軽いポップスだった。たしか、曲名は「南風のナントカ」だったと思う。覇王とかは出てこない。

「キャプテンの世界の曲も、すごいいいんですね! 海辺で待ってる女の子が、なんだか、かわいい!」

 ケイのメルヘンがヒートアップしてきた。さらに一也と耕平が、歌を続ける。今度は遠くへ去った女性を、虫になって追いかける歌だ。せめて、鳥になりたいと遼四郎は思う。

 すると、一也が遼四郎に声をかけてきた。

「遼四郎、あれ、やろうよ。ウチの校歌」

 そう言うと、一也と耕平はもう弾きはじめていた。なんだか、少し、なつかしい。

「いいんじゃないか」

 遼四郎がうなずくと、すでにみんなが歌いだしていた。

「流れゆく多摩の川よ、私の進む道を知るか? 吹き返す東の風よ、歩めぬ私を笑うか?……」

 歌詞は逆境を進む若者たちへのエールだった。

「友よ、向かい風の中、君は行くだろう。ただ走れ、ただ飛べ、前を向き進め。いつか、海に出会うだろう。少しだけ故郷を想い、また、どこへでも向かえ。多摩広井たまひろい若人わこうどよ……」

 遼四郎は、案外、自分たちの校歌が好きだった。宙や秀樹のような、多少、暑苦しいタイプも、それを公言していたことがある。

「カッコいい歌ですね。決意表明というか、強いエールというか、なんだか、明日もがんばりたくなる」

 心の琴線が少し不思議なところにあるケイだったが、気に入ってくれたようだ。

「俺たちの学校の歌なんだけど、なんか、卒業生に偶然、音楽家というかミュージシャンがいてね。その人がつくってくれたんだ」

「一般的な校歌は古いからな。だいたい、学校名を連呼して終わる」

「ああ、それ、竜掃使りゅうそうしも同じだよ。“リュ~ソーシ、リュ~ソーシ”って連呼して……」

「“ワ~レラーガ、リューソーシ~”と終わる」

 ハンナの解説の途中から、ケイが勝手にオッサン声楽家のような太い声色こわいろをつくって割り込む。そして、大笑いする女子たち。

「どこの世界も一緒なんだな。オッサン臭さはあちこちにある」

 自分がいちばんオッサン臭い秀樹が言う。そこに勝利も絡む。

「いや、俺たちの歌もどうかと思うぞ。“タマヒロイノワコウドヨ~”って、野球部には酷だ」

「タマヒロイって、地名なんでしょ」

「だが、野球部で球拾いというのは、みんなが打ったボールをただ拾い続ける雑用なんだ。俺たちはみんなでやるけど、新米しんまいのヘタクソがやる印象が強い」

「要するに、“新米でヘタクソの若者よ~”って、自分で歌ってるようなもんなんだ。だから、野球部は嫌なんだよ」

 勝利がいつもの野球部嫌いに到達した。

「多摩早井はやいに移転すればいいんだよ。そうすれば、“球が速い若者よ~”という、俺にピッタリの歌詞になる」

 宙の自己中心は、壮大だ。自分のために移転しろというわけだ。これぞエースという思考法で、自分あっての、ザ・ワールド。

「そんな、めんどくさいことしなくても、歌詞を変えればいいんだよ。歌詞を」

 返す勝利の言葉は、極めて正しく、つまらない。それが逆にみんなのツボに入る。笑いがはじける中、大将がうどんを人数分出してくれた。熱い出汁が、はらわたにしみわたっていき、夜が過ぎていく。


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