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15話 ありがとう、って言ってくれると涙が出る

 城門近くで見ていた民衆たちは、口を開けて見ていた。若者たちが竜に近づくと、敵はバタバタと撃落し、肉塊に変わった。時間にして1分程度。両者がすれ違ったら、終わっていたのだ。理解するまでの方が、時間がかかる。

「竜が急に落ちたと思ったら、もう、終わってたぞ」

「雷が飛んで、何かが爆発して、大きな男が竜を切り飛ばした」

「飛んでる竜がのけぞって落ちて、女の子が飛び込んだぞ」

 見えている瞬間がバラバラだった。だが、結果はそこにある。時間を置いて、それは人々に伝わる。巨大な歓声が湧く。

「すげえぞ。坊主たち!」

「伝説の“トライビト”かよ!」

 強烈な熱気が、城南地域を包んでいく。お祭り騒ぎではない。実際に商店主たちは、店に駆け戻り、祭りモードに入った。


 唖然としていたのは、はじめて遼四郎(りょうしろう)たちと一緒に戦った女子4人も同じだった。いちばん、猛勇を振るったハンナは、興奮から身体の震えが止まらない。

「スゴイッ! 一瞬で竜10体やっつけちゃった。槍を振り回したら、全部、決まっちゃって、気が付いたら、終わっちゃったよ」

「耕平の後ろを走っていたら、勝手に竜が死んでいった気分」

「私の弓、神様みたいに当たりまくりました」

 リサとケイも竜の死骸の中に立ち尽くしたまま、ようやく、言葉を発する。

「なんか、章吾しょうごが雷落としたのは覚えてる。遼四郎はこっちを見て、ひろしが竜を爆発させて、水が落ちてきて、竜がバタバタ死んで……」

 ヨーコが混乱しながら述懐していると、遼四郎が声をかける。

「みんな、ありがとうな。おかげで、誰もケガせずに終われたよ」

 すると、三々五々集まってきたナインたちが、彼女たちに言葉を発する。

「ナイスファイト、ハンナ!」

「リサは足も速いな。サンキュー」

「ケイ、僕が外したときのフォロー、助かったよ」

「ヨーコ! おかげで、ボールに集中できた。ありがとう」

 遠いところにいたヤツは、相手を指さしながら言う。近くにいる相手には、後ろから肩をポンッと叩く。目の前にいた相手には、軽く手を合わせる。

 今まで、味わったことのない感覚に包まれるハンナたち。身体が奥の方が震えてしまう。うれしくて、何かしゃべりたいのだけど、何も言えない。

「ね、これが、彼らの戦い方。なんか、楽しいんだから」

 自分だけ2回目のエリーが、友達たちを気遣って、そう言った。自分だけは、気持ちを強く持つべきなのだ。しかし、黙っていた富夫とみおが口を開いた。

「俺は外したんだけど、エリーが仕留めてくれた。後ろのデカいのを倒したのは、エリーだと思うよ」

 竜の返り血にまみれたエリーが、富夫を見る。

「そうだよ。エリーの突っ込みは最高だったよ。たぶん、最高殊勲賞。でも、危ないことさせてゴメン。次は、そうならないように考えるよ」

 遼四郎はこの戦闘でいちばん不確定な場所にエリーを立たせたことを猛烈に後悔していた。だから、謝った。

 エリーの緊張が急激に緩んでしまう。目の前で話す遼四郎が潤んで見える。

「何言ってんのよ! 遼四郎の方こそ、真っ先に突っ込んでるじゃない。あなたがいなくなったら思うと、もう、何も考えられるわけ、ないじゃない!」

 エリーが保とうとしていた大事な線はそこで切れた。涙がボロボロとこぼれてしまう。異様な緊張から解放され、温かい言葉を受け、感極まったハンナたちが、エリーに寄り添って泣く。ポカンとする遼四郎。

「女の子をいっぱい泣かせるなんて、遼四郎もあんまりカッコよくないね。でも、悪い涙じゃないから、許してあげるよ。で、もうひとつ。命を助けてくれて、ありがとう。城南の人たちを代表して、お礼を言うね」

 目を真っ赤にしたヨーコが遼四郎の肩を軽く叩いた。すぐに彼女は振り返ってしまったが、小さくこぼれた涙が、傾きかけた陽にキレイだった。


 緊急事態があると、役所は急に仕事をはじめる。叙任式も早急に行う必要がある、という判断で、突然前倒しになった。竜襲来の翌日をその日としたのだ。

 夜の間に、伝説は醸成されていた。“100の竜をなぎ倒す坊主たち”、“一撃で竜を爆砕する魔法”、“空を飛ぶ女子”など、噂は城南地区から全域にバラまかれる。中でも、多くの人が好んだ話は、“巨大な槍で竜を両断できる超戦士”だった。

「俺は見た。男の身体ほどの刃を持つ槍を振り回す大男がいるんだ」

「その超戦士の後ろに従うのが、この国最強の女剣士で最高の美人らしいぞ」

「明日、王城へのパレードがあるらしいぞ。見に行くか?」

 人々の興奮は、勝手に高まっていく。


 前日の戦いで大きな損害を受けたのは竜掃使りゅうそうしだった。100人以上の兵が死傷しており、その事後処理は急務だった。しかし、肝心の竜掃使長と副官は、式典に出向かなくてはいけない。ジャスティン・スモールウッドは猛烈に機嫌が悪い。

「今、いちばん忙しいのは俺たちだ。なのに、なぜ、坊主どもの叙任式なんかに出なきゃいけない? ふざけるな」

「文武の主だった官が出るのだから、そりゃあ、竜掃使長も出ないわけには……」

 ハーマンが答える。上官の機嫌の悪さには慣れている。

「あのなあ、あいつらがノコノコ出てこなくても、俺たち竜掃使は勝てたんだ!それを、小勢の竜を倒しただけでいい気になりやがって……」

 まだ、文句を言い続けようとしたジャスティンだったが、ハーマンが大きな手でこれを遮った。

「ジャスティン、頼むからそういう頓珍漢は言葉にしないでくれ。たしかに、遼四郎たちがいなくても、俺たちは勝てたかもしれない。でも、後背を突かれるか、町の一部を失うかのどちらかだった。部下もさらに死んだだろう。正直、あの竜群が現れたとき、俺は絶望したんだ。そこから、目をそむけるな。事実を受け入れないヤツに、進歩なんかない」

 元々、上官であるジャスティンに対し、強い口調を使うことがあるハーマンだった。だが、ここ数日は、その頻度も多くなっていた。ジャスティンは不満が爆発するように言う。

「だまれ! 軽兵上がりのクセしやがって。いつでも軽兵に叩き落してやる」

「どうぞ、ご自由に。いや、むしろ、そうしてください。俺は遼四郎の指揮で、富夫の横で戦いたいんですよ。軽兵、ハーマン・ガーランド、征竜隊への転属を希望します!」

 最初、ムチャクチャだったのはジャスティンだった。当たり散らしたかったのだ。だが、応じたハーマンは、それ以上にムチャクチャで、しかも、本気だった。竜掃使長は明らかな部下の突き上げに対し、黙るしかなかった。


 正午前、征竜隊せいりゅうたいの面々は、衛門府えもんふで叙任式へ向かう準備を終わらせていた。

「だけど、本当にこれでいいのかな。女王様の前でしょ」

 服装にうるさい一也が声を出す。たしかに、縫いはしたが、袖を切った衛門府の戦袍せんぽうに白い帽子。変な野球部状態だ。

「女王様は話がわかる人なんだけど、横にいるヒゲのふたりが怖いんだよ」

 遼四郎は笑いながら、ヨーコと目を合わせた。

「大丈夫よ。あの人たちって、威張りたいだけだから。あんまりうるさいときは、私がクソジジイをボロカスに言うから、気にしないでいいよ!」

 ヨーコはお姫様丸出しで応じた。彼女がお姫様なのは、もう、みんな知っている。でも、後から言われたので、いまさら、つきあい方を変えるのがめんどくさい。そして、ヨーコはそれが楽しい。                     

「式典の後でなんか食わされたり、飲まされたりするけど、つきあわなくていいからね。りくもお腹空いてても食べちゃダメ! すぐに私がみんなを退散させるからね。さっさと帰って、城南にうどん食いに行くよ。今日は食べ放題って、大将言ってくれたよ!」

 遼四郎たちにとって、爆発的に助かることをヨーコは言ってくれた。そうなんだよ。高校生にとって、式典ほどめんどくさいことはないのだ。うれしい宙はヨーコにVサインを送った。笑って返す彼女に、宙の心臓が大きく動いた。


 衛門府を出ると、すでに大通りは民衆で埋め尽くされていた。白帽に紺の衣装の野球部たちに、猛烈な歓声が起こる。

 先頭は遼四郎、横にエリーが続く。遼四郎の大きな刀に人々は注目し、次にエリーの美貌に驚嘆した。自分のことはどうでもいいが、この世界でもエリーは抜群の美女だと認識し、遼四郎は急にうろたえる。自分が横を歩くのは失敬な気がしてしまう。突然、おかしくなる遼四郎を見て、エリーは民衆に手を振り、その手を遼四郎の肩に下ろした。

「ずっと、カッコいいけど、キャプテンモードの方が、今はもっとカッコいいかも」

 エリーが後ろでささやいてくれたため、遼四郎は壮絶にうろたえ、そして、瞬間的に立て直す。やるべきことを言ってくれる人は貴重だ。

 後ろには、何事もない顔で耕平が続き、横にはエリーの次官であるケイが歩く。両名とも、小柄ながら、落ち着いていて、安心感がある。

 次には、メガネの奥の目つきが悪い勝利かつとし。誰も、そんなに注目しない。なぜなら、後ろには朱槍を手にした超戦士・富夫が続いたからだ。

「あれが最強の戦士!」

「槍を振れば竜が落ちるらしい」

 強烈な喝采が起きる。後ろに続く陸とハンナも、楽しそうに歩いていく。

「カレーつくって、配ればよかったね」

「今度、町の人にも食べてもらいましょうか」

 ハンナのムチャクチャに、陸はマジメに応じた。たぶん、いずれ実現する気だ。

 その後ろには、秀樹と一也、さらにリサと正則が続いた。変な歓声が飛ぶ。一也のルックスが女性たちの話題になっているのだ。一也は、涼しい笑みを、あちこちに向ける。

「お、俺、浮いてますよね」

 ビビりまくる正則を見て、リサは駆けよって肩を抱き、そのまま観衆に手を振った。肩に置かれたやさしい感触が、正則の冷静さを取り戻す。自分がやる仕事でも、タイプでもない。でも、正則を助けたいとリサは思ったのだ。“この人たちの好影響って、私にいちばんあるのかも”そんなことを思う。

 そして、最後。民衆たちのボルテージは最高に達する。右手を燃え上がらせる宙と、左手をバチバチと放電させる章吾が、並んで歩いてきたのだ。後ろにはヨーコが続く。

「ヨーコちゃん。そいつら、うどん早食いの」

「ウチのうどん食ったから、命張って助けてくれたんだ」

「そばも食べに来て!」

 このふたりに出会った朝、ヨーコは何も考えていなかったと思っている。でも、自分がしたことで、町の人がこんなに盛り上がってくれる。素直にうれしい。

「宙、章吾、ありがとう。なんか、気持ちいい」

「当たり前だ!」

 宙はそう叫び、右腕を突き上げ、炎を大きくした。同時に章吾の左手からも、稲妻が天へ走った。歓声がさらに大きくなった。


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