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14話 のんびりモード? いや、戦闘モード!

 エリーが王宮へ呼ばれ、午後に戻ってきた。メンバーが集まる広間に入って告げる。

叙任式(じょにんしき)の日程が決まったわ。3日後の午後。おもだった文武の官が集められて、行われるわ。全員で王宮へ向かうのよ」

 相変わらず、朝からハーマンがいる。

「これで正式な征竜せいりゅう部隊になれるわけだな。忙しくなるぞ」

「でも、叙任式の準備とかが必要なんじゃないですかね?」

 いいかげん、ナインたちもこの国内有数の剣士に慣れてきた。勝利がマジメさを表面化して聞いた。

「昨日の竜掃使りゅうそうしの衣装を着て、ひと通りの武具を携えて入城すりゃいいんだよ。ウチの女王は、姿形でガタガタ言うような小さな人じゃない。まあ、文官トップのエイデン卿なんかは、堅苦しいことを言うけど、俺たち竜掃使はそんなことは気にしない」

元々、ハーマンは叩き上げタイプの軍人で現場主義者だった。その点では、名門武家出身の彼の上司であるジャスティンとは違いがあった。さらに、ここ数日、野球部連中と付き合うことで、妙に思考が柔軟化していた。

「それよりも、稽古用の棒をだな、みんなが使う実戦用武器を模したものに変えた方がいいんじゃないか? 実戦のためにあるのが稽古なんだよな」

 ハーマンはそれを教えた遼四郎りょうしろうの顔を見て聞いた。猛烈に自己啓発中の年上の友に、遼四郎は笑うしかない。

「いや、それよりも大事なことを思い出したぞ。りく、次にカレーつくるのはいつなんだ? これは全軍の問題なんだ」

「明日にでも、やりましょうか? でも、飽きませんか?」

「飽きる? そんな罰当たりは竜掃使にはおらん。いても、俺が許さん」

 神のような優秀さを誇る陸だが、ハーマンのわがままには手を焼いているようだ。食いものへの執念は、いい勝負なのかもしれない。

 午後の時間はのんきに流れていくようだった。だが、突然の響きが、それを打ち消した。耳障りな半鐘はんしょうの音が鳴り続ける。

「チッ、来たな!」

 ハーマンが飛び起きた。エリーたちも立ち上がった。ナインたちは何が起きたのかと見上げるばかりだ。

「竜が来た。そう思え。俺は衛門府えもんふ本館に戻って、報告を聞いて、そのまま出ることになる。リサ、一緒に来て情報を遼四郎に持ち帰れ」

 ハーマンの言葉にリサがうなずく。次にハーマンは遼四郎を見た。慌てるでもなく、頭を働かせている。

「遼四郎、お前たちはまだ叙任前だ。出番はない。だが、今できる準備はしておけ」

 遼四郎はハーマンをまっすぐ見て、目で応えた。

 走り出したハーマン。後ろを走るリサに彼は言った。

「お前のところの大将は、バカに見えて、なかなか、たいしたもんだぞ」


 来襲した竜は、遼四郎たちが最初に倒したのと同じ中型10匹に、小型が30匹前後。城の南から攻め込んできた。城南に位置する竜掃使駐屯地から、各部隊が迎撃に向かったという。

 ハーマンのところからリサが持ち帰った情報は、そんなところだった。

「エリーの判断では、どういう状況?」

 遼四郎はすでにメンバーに戦袍せんぽうを着させた上で、意見を求めた。

「中規模以上の侵攻だと考えて。竜掃使は小型1に対して10人1隊で挑めば、比較的安全圏で戦える。ただし、みんなが最初に倒した中型は、2隊以上で挑まないと、優位性はないの。駐屯地の竜掃使1000は、ほぼ総出で向かうはず」

「それだけいれば、ハーマンたちは優位な状況で戦えるんだな。じゃあ、それを見せてもらおう。ヨーコ、どこなら見られる?」

「南の城門脇のやぐらに上っちゃうのがいいよ。いちばん高いから」

「じゃあ、急いでいくぞ。一通りの武器と防具は装備してくれ。一也と秀樹は弓矢忘れるな。ひろし章吾しょうご、正則はグラブも持って行け。それから、ボールを袋に詰めて陸が持って行け。何球ある?」

「たしか、20球くらい」

「十分だ」

 キャプテンモードに入った遼四郎の問いに、みなが応じる。

「あわてるな! でも、急ごう」

 遼四郎の声にナインは一気に散った。もちろん、その中には、エリーたちも含まれている。


 野球部たちとの楽しい午後をつぶされたハーマンは怒っていた。竜掃使の駐屯地は城の南2キロにある。ジャスティンらはすでに迎撃に向かっているだろう。率いる20名は衛門府で遼四郎たちと過ごしたことのある連中ばかり。だが、騎兵経験のある者ばかりではない。もどかしさを感じ、いつものように叱咤しようとした。だが、言葉を飲み込んだ。

「怒鳴り散らして、人は動かないなんだよな」

 思い直したハーマンは別の言葉をかけた。

「明日、陸にカレーをつくらせる約束をしたんだ。勝てば、カレーが食えるぞ! だから、気張れ!」

 後続の兵が聞いてくる。

「あの噂の食いもんですか?」

「そうだ。食った連中は知っているだろうが、食わずに死んだら、後悔では済まないぞ。絶対に食うと、俺に誓え!」

「食います! 絶対に食います! 指示してください」

 兵たちの目の色が変わった。気持ちが前を向いたからか、それを馬が感じたのか、速度さえ変わった。すると、ハーマンの頭はさらに冴えてくる。左手にいつも見ている丘陵。

「やーめた! まっすぐ戦場に行くのはやめる! その代わり、カレー並みに革命的な味を竜どもに食らわしてやる」

 ハーマンは進路を左へズラした。カレーのことで頭がいっぱいの兵たちが、それを猛然と追走する。


 城門脇の櫓に上ったナインたち。不思議な一隊が櫓に向かったため、城南地区の民衆の一部が気づき、その近くに野次馬的に集まってくる。中には、宙と章吾が食ったうどん屋の関係者らも混じっていた。

「あそこで戦ってんのが、ジャスティンたちの本隊だよな」

 正式な副官であるエリーに遼四郎は聞いた。竜の群れともみ合っている一群が遠くに見える。

「そうよ。でも、思った以上に苦戦してる。竜が報告より多い」

「あれは?」

 手前から戦場に向かう騎兵の一団が、左手の丘陵を駆けあがる姿を見て、ナインたちが声を上げる。城から戦場に向かった、ハーマンたちだった。

 騎兵団は丘の中腹で止まる。そこへ、翼をはためかせて低い軌道で向かっていく竜の一団。だが、竜たちは斜面を登りきることなく、撃落していく。

「うまい!」

 遼四郎が叫んだ。


 ハーマンは丘陵を途中まで駆け上がり、馬が足場をつくれる場所で騎兵を止めた。

「弓だ。上がってくる竜どもに、矢の雨を降らせてやれ!」

 彼の声に兵たちは弓に矢をつがえ、構える。一部の竜たちがこの騎兵団に気づき、方向を変えて向かってくる。

「撃て!」

 一斉に放たれる弓。翼で滑空する竜たちは、あちこちを射られて一気にバランスを崩す。いつもは地上から上空の竜をねらうため、どうしても、弓の精度に限界があった。だが、射下ろすこの位置ならば、おもしろいように当たる。

「剣を抜け! 竜どもを真上から叩き切ってやれ!」

 命じながら、ハーマンの馬はすでに坂を駆け下りていた。斜面に落ちた中型の竜は体勢を立て直そうとした。だが、それより先にハーマンの剣がその首を払っていた。血しぶきを追うように、殺到する騎兵隊。駆け下りる馬の勢いが、彼らの剣先を疾風に変える。

「このまま、突っ切るぞ! 竜どものケツを薙ぎ払い、本隊を助けろ!」

 異様な興奮がハーマンの身体を支配していた。

「遼四郎、おもしろいぞ。考えて戦うってのは!」


 ハーマンの騎兵20が戦況を変えた。竜の軍団は瞬間的に1団を失い、ジャスティンたちの本体へ向かう竜の圧力が減る。竜掃使たちが押し返す形になった。

「すごいよ。ハーマンって、あんなに用兵上手だったっけ?」

 元々、竜掃使上層部が好きではなかったらしいヨーコだが、素直に感心した。

「あの人、この数日で急に変わったからね」

 リサは冷静に状況を見極めていた。野球部の好影響が、ハーマンにも出ていると思ったのだ。この同世代の坊主たちは、自分が知るどんな男子よりも、前向きで魅力的だと思い込んでいる。一緒にいて楽しくてしょうがない。でも、誰にもそれは言わない。自分だけの幸せな秘密だ。

 しかし、そんな有利な状況を変える事態が発生する。

「右から、別の竜の一団!」

 ケイが叫んだ。遼四郎がその方向を見る。まっすぐ、城門へ向かう10前後の竜が見えた。進路を変えれば、ハーマンらが背後を突かれる。変えなければ、ここに至る。櫓の下には、町の人々がいる。

「エリー、俺たちの力は、あの竜たちに通じるか?」

 ほんの少しだけ、間を置いて問う遼四郎。

「できるよ。でも、ダメよ! みんなは、まだまだ準備不足」

「俺、女王様に信頼されるのもうれしいけれど、それ以上に町の人に喜んでもらいたいんだよ。うらやましいんだよな。地方の野球部って、町ぐるみで応援されて」

「それ、俺も思ったことある。東京じゃなかったら、もっと、応援してもらえるのかも、って感じる」

「みんなに期待されて、がんばるって、ちょっとおもしろそうだよな」

 ナインたちは次々に同意していく。遼四郎はエリーに笑ってみせる。

「俺たちは、人に求められて、みんなに喜ばれて、野球がしてみたかったんだ」

 そう言って、遼四郎は、櫓を下った。ナインたちが勝手に続く。エリーたちも一緒に行くしかない。

 櫓の下では、市井しせいの人たちが待っていた。

「お、うどん食った兄ちゃんたち。なんだ、竜掃使だったのか?」

「いや、ちょっと違うんだ。でも、竜をやっつけることにした。危ないから、離れていた方がいいよ。城門くらいは吹っ飛ぶかもしれない」

 宙が顔見知りの人たちに答える。まだ、手先に炎は燃えていない。

「遼四郎、どうするんだ?」

「ちょっと待て」

 熱くなる宙の言葉に、遼四郎は少し後悔しながら答える。勢いで飛び出したが、正しかったのか、わからない。

「ひとりも、ケガさえさせない」

 勝手に城門をくぐりながら、遼四郎はめずらしく長く考えた。そして、腹を決める。

「誰もケガをしない方法をとる。初回から初球ねらいでいく。魔法組はボール回して肩を温めておいてくれ」

 竜の一団に向かい、歩きながら遼四郎が言う。ナインはそれだけで理解した。だが、エリーたちにはわからない。だから、補足する。

「ハーマンの攻撃を見て思った。デカい方の竜を倒すと、ヤツらは統制を失う気がする。だから、最初に奴らを仕留める」

 エリーやヨーコらが驚く。

「それ、できないからみんなで竜を弱らせてるんだよ!」

「ヨーコだけじゃムリでも、俺たちみんななら、できる可能性が高い。だから、やってみる。助けてくれ!」

 バリバリにテンパった遼四郎をはじめて見るヨーコ。だが、頼られた。やるしかないと思ってしまう。エリーが心を決める。ケイたちも続く。

「章吾! お前の電撃と正則の水の味見だ。電撃をぶつけて、竜がどうなるかを知りたい。正則は当てなくていい。当てるのは一也と秀樹、ケイの弓だ!」

 正則は一瞬焦ったが、当てなくていい、と言われ、逆に挑戦する気分が生まれる。章吾は電撃を放ちたくて仕方がない。

「宙! お前の火の玉ストレートで一気に決めるぞ。持ってきたボールぶん投げろ! それなら、コントロールしやすい。当たるだろ。富夫! 宙のボールと一緒に突っ込め。後ろの中型を切れ」

 投打の軸に役割を伝える。この両者で勝負を決めたいのだ。

「陸は魔法組に備えろ。特に宙の肩ヒジをケア! ヨーコも魔法組を小型から守れ。エリーは富夫にくっつけ。耕平は小型を防ぎ、リサが援護。俺をハンナが援護。勝利は耕平と俺がヤバいときに走れ!」

 一瞬の時間で配置が決まった。グラブをつけて、章吾、正則とボールを回し、肩をつくっていた宙が球を受けて大きな声を上げる。

「よっしゃあ!」

 同時に、全員が走って陣形を組む。眼前から低く滑空している竜の一団が迫ってきた。中央に中型2体、その左右に8体の小型がいる。

「章吾!」

 遼四郎の掛け声と同時に、章吾の腕から電撃が放たれる。中型2体に当たると、竜はバランスを崩した。電撃が竜の肉体の自由を奪うようだ。もう一度、左腕を章吾が振る。だが、大きく上に外れる。

竜が体勢を立て直そうとしたように見えたとき、外れたはずの電撃が真上から竜の頭に落ちた。地面に叩き落された竜。

「ハッハーッ! 魔球、ドラゴンシンカー!」

 章吾のイカれた笑い声に、弓を手にした秀樹がうんざりする。章吾は、落ちる変化球、シンカーの習得に前から熱心だったのだ。だがまあ、たしかに竜は落ちている。

「宙、まかせた! 正則と弓、後ろも落とせ!」

 言いながら遼四郎は向かって右に突っ込みながら抜刀している。小型竜の足を払って、さらに奥の小型の足を切り伏せる。

「やあぁ!」

 ハンナが気合いを発し、遼四郎の斬撃でバランスを崩した竜を槍で突く。穂先を抜くと同時に、身体を回旋させて後続も切る。左翼では耕平とリサが小型を1体叩き落している。中央には勝利が走り込み、竜の胴に一撃を与え、魔法組の正面をケアしていた。勝機を感じて振り返った遼四郎は、宙が足をステップする姿を見ていた。

「火の球ぁ!」

 宙の叫びとともに、指先に弾かれた火球が竜へ向かう。首にぶち当たる。爆風。

 胸から上を失った竜の背後には、矢を浴び、水の塊に叩き落された中型竜がいる。富夫が走り込んでいく。続くのはエリー。

「当たーる!」

 富夫が振り回した巨大な槍は、首を起こした竜の口に食い込み、そのまま頭の上半分を切り飛ばした。同時にエリーが空中を飛んでいた。しなやかに舞う身体は、着地といっしょに竜の心臓を背中から貫く。

 “勝った”と認識しながらも遼四郎は、目前に迫る小型竜の足を薙ぐ。自分の左側では耕平が滑り込む形で、真下から小型竜の腹を割いている。飛び込んだリサのレイピアが、その眉間を刺した。遼四郎の後ろでは、ハンナが大きな声を出し、落ちた竜を突き殺している。

 残る2体もケイと一也、秀樹の弓が射落としていた。タタッ、と走り寄ったヨーコが身体をキレイに回して、1体の首を刎ねる。残る1体は陸が頭を砕いていた。どうやら、食事の司令官は、やることが乏しく、つまらなかったらしい。野球では、5番を務める強打者なのだ。


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