11話 飯を食ったら練習の時間だ
実は、昨日から竜掃使長副官のハーマンが、顔を出すようになっていた。来るたびに2、3人の竜掃使を伴い、特に富夫を紹介しては帰っていく。ハーマンは富夫に完敗したのだが、この国有数の剣士だった。そして、武人らしい、さっぱりとした性格をしている。仲間たちに“竜を討つ超戦士・バティスタ富夫”のすごさを伝えたいのだ。
多くの武官に尊敬されるハーマンが手放しで富夫をほめるのだから、衛門府の中でも富夫は崇敬を集める存在となってくる。もちろん、中にはやっかむ者もいるのだが、全体としては遼四郎たちへの期待感が上回る。
今日も数人の竜掃使を伴い、ハーマンが広間に顔を出す。勝手に慣れてきた彼は、遼四郎の近くにどっかりと腰を下ろす。
「ところで遼四郎。稽古はどうしてる? 俺たちがケンカを吹っ掛けたような、ああいうのではなく、武芸の鍛錬だ」
「ああ、練習ですね。いや、あなたたちと打ち合って、俺らもいくつか気づいたことがあるんです。で、そんなのを考慮して、軽くやってるんですけどね。そもそも、俺らは野球部なんで、その練習の延長でしかない」
「球を棒で打ち返す競技らしいな」
「そうそう。で、俺たちは一方向に棒を横振りすることには慣れているんです。でも、別の方向になると、急にダメになる。だから、8の字素振りというのがあってですね……」
そう言いながら、遼四郎は庭に出て、棒を手にする。それを手に左右にヒザを使いながら振り回す。横にした“8”のような軌道を描いて棒の先が振られる。
「こんな感じで練習するんですよ。これなら、得意じゃない方向にも振れるし、手首もやわらかく使える」
ハーマンは感心して遼四郎を見る。
「それ、お前たちが考えたのか?」
「いや、野球の練習のひとつなんです。野球ってのは、毎日、失敗する競技でね。うまくいくことの方が少ない。だから、そこを反省して、修正して、次に臨む。そのために、こんな練習方法がいっぱいある」
「その多数の中から、テーマに合ったものを見つけて、実践していく?」
「そうそう。だから、感じて、考えることが大事でね。それをするやつはうまくなるけど、考えないと進歩しない」
不思議な気分になるハーマン。自分自身は体得的に遼四郎が話しているようなことをやっている。でも、17、8の若造であるはずの遼四郎が、サラッとそれを言葉にした。しかも、ハーマンの認識よりも、明確で論理的だった。
「お前ら、そんな達人のような思考をいつもしているのか?」
「違いますよ。野球って、けっこう歴史が長くて、先達や現役の上手な人が、いろいろ考えて発信してくれる。普遍的な知恵も残っていく。で、俺たちはそれを自分の時代に合わせて受け入れてみる。弱い野球部ですから、そりゃもう、必死です」
「弱いのか? お前らが」
「もう、メチャ弱い。でも、強いヤツに勝ってみたい。だから、一生懸命考えて、練習して、せめて、昨日よりは上手になりたい」
遼四郎の話す言葉は、いちいちハーマンに響いた。自分に教えてくれているようにさえ聞こえる。でも、彼は自身の思いを吐露しているだけだ。
「なあ、遼四郎。手を組んでくれないか? ウチの大将は残念ながら、耕平に負けたことをまだゴネていてな。お前たちが気に入らないらしい。でも、お前と一緒に稽古するのは、兵たちにいい影響を与えると思うんだ。毎日、俺も含めて、何人かずつ送り込むから、同じことをやらせてくれよ」
「いいですよ。というより、むしろ助かります。竜との戦い方の基本もわからないし、人手も足りない。教わることの方が多いでしょうね。ただし、俺たちのやり方は軍隊みたいに命令する感じじゃない。ああだ、こうだと考えながら進める感じです。なあなあに見えるかもしれませんが、そこは変えたくない」
「そこがいいんだよ。考えて、試して、うまくなる感じを学ばせたいんだ」
「じゃあ、決まりですね。今日からでいいですよ。ただ、ここは狭いから、やれることは限られますけどね」
「正式な叙任がされないと、駐屯地も決められないからなあ」
「そこで、ハーマンさんに相談があるんですけどね……」
そう言って、遼四郎は竜掃使長副官にコソコソと話しかけはじめる。ハーマンはこの自分より7つも年下の青年に、好意を持ち始めているのを認識した。肝心な礼儀は外さないが、開けっぴろげに信頼してくれる。頼りにされる自分が、心地よかったのだ。
昨日、陸が提案したように、昼食はハンナにカレーを教えることになっていた。だが、ハンナだけでなく、ヨーコも乗り気で、ついでにハーマンが5人の若い兵を連れてきていた。総勢21名に陸はカレーのあらましを教え、各部に人材配置していく。まさに司令官の貫禄であり、カレーを身につけたいハンナとヨーコは、その副官の座に収まった。一斉に動き出す軍勢。司令官が優秀なため、ムダは少ない。
最初は怪訝な表情で従っていたハーマンの子分たちも、大鍋にカレーが煮えるころには、目の光が変わっていた。
「なんか、強烈にうまそうな匂いがしてくるんですが……」
「ハンナが言っていたが、野戦食の革命らしいぞ。誰でも食えて、病人さえ食いたくなるだろうという話だ」
「俺たち、メチャクチャ運がいいですね」
急激に食欲を刺激されるハーマン一行。だが、優秀な司令官は彼らを長く待たせなかった。1時間も経たずに、それは完成していたのだ。
陸は今回、ナンではなく、ライスを選択していた。皿にライスが盛られ、順にカレーがかけられていく。周囲には刺激的な香りが充満する。
「先日はありあわせの材料でつくりましたが、今回はハンナさんのおかげで、ほぼ、必要な材料がそろいました。ハンナさんに感謝ですね。で、僕たちの社会の家庭では、こうして、米飯の上にカレーをかけて食べるのが主流なんです。一般的な家庭の味と思ってください。じゃあ、食べましょうか」
「いっただっきまーす!」
猛然とカレーに向かう21名の若者たち。慣れた遼四郎らは、いつものようにガッつくが、初体験組の反応は強烈だった。
「ええーっ! 何コレ? おいしいぃー!」
食通ともいえるヨーコが、最初に素っ頓狂な声を上げた。ハンナがその言葉に全身全霊で共感する。
「でしょ、でしょ! 陸君スゴイんだよ。だから、教えてもらったんだよ」
「もっと煮込めば、コクもよくなるんですが、普通の家庭は忙しいですからね。これくらいでいいんですよ」
司令官は賞賛を受けても天狗にならない。食欲以外の欲は薄い。うまいものを食えて、仲間で共有できれば、それで幸せなのだ。
ハーマンたちは、もっと壮絶だった。
「腹が破裂してもいい。一生、これ食っていたいです」
「死ぬときは、この香りの中がいいです。天国です」
「うまいです。病気のばあちゃんにも食わせてやりたいです」
数名が落涙していた。ハーマンは目を閉じて、ひたすらカレーを咀嚼していた。感動の仕方は、彼の横でカレーを食う富夫に酷似していた。優れた戦士同士の共通点にさえ見える。そして、目を開くことなく、ハーマンのほほを一筋の涙がこぼれる。
「野戦食に革命は成ったな……。俺たちも毎週、これをつくって食おう。カレー食って、友になっていこう。死んでいった戦友たちにも、食わせてやりたかったなあ」
横で聞いていた富夫の目からも、いつしか涙が流れる。ハーマンの心に激しく共鳴したらしい。それは、異様ではあったが、美しくもある光景だった。
野球部員たちも、ハーマンらも数杯ずつ食ったが、まだ、多少カレーは残った。ハーマンらが、夜に持って帰りたいと懇願したため、残りは保存し、後片付けがされた。ここも、陸の指示で全員が動く。誰も彼には逆らえない。
ハーマンたちは部隊に“カレー担当官”という部内担当を数名置くことにしたそうだ。そして、彼らの教育のため、陸に次のカレーに必ず呼んでくれと頼んだ。司令官は大きくうなずいてくれた。兵たちはガッツポーズして喜ぶ。未来が変わったのだ。
こうして、午後の時間になる。
「じゃあ、午後は練習というか、訓練で身体を動かしたいんだけど、まあ、食ったばかりだ。そこで、ちょっと方針を話し合っておこうと思う」
広間に適当に座って、遼四郎が口を開いた。
「今日から、ハーマンさんら竜掃使が数名ずつ参加してくれる予定だ。俺たちは、竜との戦い方の基本も知らない。そこは、エリーらも含めたみんなに教えてもらおうと思う。ほぼ、マンツーマンで教われるので、上達も早くなる。で、俺たち、何をやってみた方がいいですかね?」
遼四郎はハーマンに話を振る。軽く打ち合わせておいた通り、彼が提案する。
「竜掃使の戦闘は、まずは弓での遠距離攻撃なんだ。でも、みんなは弓の経験がないらしいな。だから、今日はそこをやってみようと思うんだが」
「いいな、弓。やってみたいぞ」
歴史マニアの宙と章吾が、即、食いついた。
「お前たちは火球と電撃があるから、その担当になるかはわからないが、経験はした方がいいと思う。そんなわけで、異論がなかったら、後半は弓を教わりたい」
遼四郎がナインを見ると、みんな納得した顔をしている。
「じゃあ、後半は弓な。で、前半なんだけど、そこは俺たちの練習でやってみようと思う。ストレッチして、軽く走って、スイングして、という感じかな。ただし、俺らのやり方をエリーやハーマンさんたちは知らない。だから、一個一個説明しながらやるんだ。なんのために、どこをストレッチするか、なぜ、走るか、って感じだな。特にスイングなんかは、それぞれに意味が違う。その練習になんの意味があるかを理解して進める」
「いいんじゃないか。人に説明すれば、する側の理解も深くなる」
勝利が極めて正しいことを言う。実は、こういうことをハーマンが知りたいのだと、遼四郎は思っている。
「じゃあ、そういうことでやってみよう。ストレッチは勝利と一也が中心になって説明な。走るのは宙と章吾がいいだろう。8の字スイングは耕平と正則。一般のスイングは秀樹と陸だな。で、強振は俺と富夫でやってみよう。担当が気づかないことは、どんどん声をかけてくれよ。その方が、みんなの理解が深まる」
遼四郎たちにとって、やっていることは毎日の練習と同じだ。だが、ハーマンにとっては、このやりとり自体が新鮮だった。命令されて、やる、というサイクルとは明らかに違う。おもしろくて仕方ない。
「じゃあ、腹もこなれてきたし、身体を動かそうか。みんなが何かをつかんで終わろうな」
遼四郎が声をかけ、全員が庭へ出た。




