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1話 野球部、竜の前に現る

 初夏といっていい、晴れ渡った校庭。グラウンド脇、校門へ向かう道沿いのサクラは、すっかり新緑をまとう。ここは、GWも終わった都立多摩広井たまひろい高校。授業が終わり、帰宅部の生徒たちは自転車や徒歩で、下校していく。

 運動部の生徒たちは、サクラの下を歩いて部室に向かう。紺のブレザーに坊主頭の生徒もそのひとり。これまで、めだったことには無縁の普通科公立高校ではあったが、今年は、ちょっと盛り上がっていた。野球部が少しだけ、強いのだ。

「今年の野球部は、もしかしたら、夏に1勝するかもしれない」

 そんな期待がある。130キロ超を投げられるピッチャーがいる、というのがひとつの理由。さらに、身体の大きいハーフの選手がいる、というのがふたつめ。そして、最後の理由が、この東遼四郎あずまりょうしろう。そこそこのキャプテンシーを持った男子がいる、ということ。

 遼四郎がグラウンドに目を向けると、すでに、部員たちは着替えてグラウンドで身体をほぐしはじめていた。

「やばい。はよ、いかんと」

 遅れ気味だった遼四郎は、部室に飛び込み、あわてて着替えて外に出る。グラウンドには彼を待っていた部員たち。彼らが遼四郎を見る。

「ワリい。ホームルームが伸びてな」

 遼四郎がそう声をかけたとき、眼前が歪んだ。彼には仲間たちが消えたように見えた。自分もなんだか虚ろだ。

「なんだぁ?」


 遼四郎の目が覚めた!

 ぼんやりする視界に、二足で迫る竜が映る。重い足取り。東洋型の手足が短い蛇みたいなヤツじゃない。足で歩く西洋型のヤツだ。

「なんなんだよ。これ」

 叫ぶ自分の声に竜の呻きがかぶる。

どうした? と考える。だから、もう一度、よく見る。すると、竜の前にひとりの剣士がいる。戦っている。だが、押されているように見えた。

 剣士は細い剣を構えている。が、竜の背丈は3メートル近い。その爪が振り回される。剣士はそれを剣ではじきながら、後退する。二度、それが続く。

 次には、どうする? と考えていた。見渡す。すると、10名ほどの野球部員が周囲に点々と地面に座り込み、同じ光景を見ていることに気づく。遼四郎は無意識に探した、チームの1番打者を。

 そいつは、右前方にいた。木下耕平きのしたこうへい、チームの1番セカンド。身体は小さいが頭の回転がいい。瞬間的に頼りになる男。

 よく見ると、すでにバットケースから金属バットを抜き出して、遼四郎の目を見ている。

「耕平! 助けるか?」

 耕平が悪ガキらしい顔を向けて、ニッと笑い、目を合わせる。

「竜の爪を薙いでくれ! カットする(かすめる)だけでいい」

「遼四郎、俺は?」

 振り返ると、2番の鈴木勝利すずきかつとしもバットを手に身体を起こしている。右投げ左打ちの外野手。足が速い。

「お前も左打席から竜の手足をカット。それで剣士が楽になる」

 遼四郎の頭脳が猛烈に動く。今、やるべきことは? の問いと、この状況からの退避、という答えがほぼ同時に脳裏を掠める。思考の方法は野球のプレーと同じだ。そのためには? と一緒に、剣士に十分な間合いを与えること、という答えが浮かぶ。何ができる? と、ウチで一番の力をぶつける! までは、一瞬だった。

 すでに位置を確認していた左後方にいるハーフの4番、バティスタ富夫ばてぃすたとみおを見て叫ぶ。

「尻尾か腕の大振りがあるかもしれん。打ち返せ。目標はボールよりデカいぞ。絶対当たる!」

「わかった。絶対当たる。絶対当たる……」

 遼四郎の指示を受け、自己暗示のルーチンに入った富夫。身長は1メートル90センチ以上もあり、アスリート然とした長大な四肢を持つ。ドミニカ共和国と日本のハーフなのだ。しかし、アグレッシブな見た目と裏腹に、ハートは繊細。野球で結果を出すには、遼四郎の指示と自己暗示が必須だった。

 そして、もうひとり。右後方にいた菊池宙きくちひろしを見る。周囲にある石を探しているようだった。

 手近に拳大の石を見つけた遼四郎は、それを宙の方へ転がしながら言う。

「顔面に行け! ひるんだ瞬間をねらえよ」

「まかせとけ。その隙にダッシュだよな」

「さすが、エース。わかってるなあ」

 宙のその言葉に合わせて、それ以外のメンバーの顔を見る遼四郎。みながキャプテンの目を見た。意図は伝わっている。

「よっしゃ! 気合い入れていくぞ!」

「オオッ!」

 叫んで多摩広井ナインは散開した。


 剣士は背後に複数の若者が現れたことには気づいていた。だが、目前の竜の攻撃はしつこく続く。レイピアで受け流すので精いっぱいだった。

 本来、竜と人間が一対一で戦うことはご法度なのだ。チームを組んで竜と対峙するのが鉄則だった。だが、剣士はチームからはぐれた。そして、竜と遭遇してしまった。

 そこに、民間人らしき若者たちの集団。なんとかして、この竜を彼らから遠ざけなければならない。しかし、状況は極めて分が悪い。

「あと、2、3撃で腕の感覚もなくなる。ここまでか」

 そう、あきらめかけたとき、小柄な男子が竜の間合いに滑り込んできた。不思議な武器を手にしている。剣と同様に白銀に輝くが、先になるほど太い棍棒のようだった。

 竜が右腕を振り上げた瞬間に、間合いを詰めたのは木下耕平だ。剣士に振り下ろされる爪をねらってバットを振る。しかし、竜もそれに気づいたのか。腕をひねるようにして、あくまで剣士を殴ろうとする。

 だが、耕平は変化球に合わせるのがうまい。下半身でグッとこらえて、バットの軌道を微妙に変える。

「カッターか!」

 右打者の身体から逃げていく軌道が、野球の変化球、カッター(カットファストボール)に見えたのだ。キンッ!、という金属音を残し、竜の腕は剣士に当たらず、空振りする形で逸れた。竜の体勢が大振りしたように崩れる。

「ナイスカット!」

 遼四郎の叫びとともに、鈴木勝利が疾風のように飛び込んでいた。振りきった形になった竜の右腕を左打席の位置から跳ね上げる。竜の体勢がさらに崩れ右足に体重が乗りきっている。

「あの足!」

 剣士の顔を見ながら突っ込んだのは、遼四郎本人だった。チームでは3番を打つのが彼の役割。口だけではない。すでにスイングの体勢に入っている。

 ただ、遼四郎は少し冷静さを欠いていた。剣士と顔を合わせた瞬間、相手が女性であることに気づいたのだ。しかも、長い黒髪を後ろに束ねた好みのタイプ。

「なんじゃあ? あの美女!」

 そんな思考の中でスイングしてしまった。竜のヒザを打とうとしたが、微妙にバットが下から出て、むこうずねをはじくような形になる。

 しくじった! と遼四郎が感じたのは一瞬だった。その剣士がすぐ後ろに続いていた。そのまま、剣でヒザを薙ぐ。ドンッ、という鈍い音に小さな金属音が混じった。肉を切って、骨に当たったか。

 全体重が乗った右足にダメージを受け、そこから崩れる形になった竜。しかし、竜には長大な尻尾がある。これを逆方向に振ってバランスを保とうとする。ただし、そこには大きくテイクバックしたバティスタ富夫がいる。

「絶対当たーる!」

 そう叫んでフルスイングしたバットは完全に尻尾をとらえていた。野球のボールは小さくて、富夫のバットにはそうそう当たってくれない。だが、竜の尾はデカい。そりゃあ、当たる。

 体勢の立て直しに失敗した竜は右ヒザを着いた。これで、美人剣士は竜を仕留められるかもしれない、遼四郎はそう思い、振り返る。そこに、菊池宙が石を手にセットポジションから足を上げる姿が見えた。そうだ、もう一押しがあったんだ。

「行けや、宙! 火の玉ストレートじゃ」

 プロ投手の同名の必殺球にあこがれる宙へ、遼四郎はいつも、この言葉をかけていた。もちろん、宙の球はプロには遠く及ばない。今どきは、どこにでもいる球速130キロ程度の高校生だ。でも、気合いの入った場面のボールは、少し浮き上がる同名の球に似ている気もする。頼りになるエースなのだ。

 テイクバックした宙の右手がしなやかに反り、大きく、鋭く振られた。

「速い! エぇッ?」

 と叫んだ瞬間、遼四郎は反射的に横にいた剣士を抱えて飛んでいた。

 ぶっ飛んできたのは、燃え上がる火球だった……。


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