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勇者のいない町  作者: 山原がや
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その勇者見習いは、冒険の仕方を知らない

第1話 勇者見習い、町に来る


一人の勇者見習いが町にやってきた。いかにも若者、体に合わぬいかつい鎧をがしゃがしゃと鳴らし、砂埃を作りながら道を歩く。物珍しそうに周囲を眺め、


「家がでけぇ。何人人がいるんだ?ここは」


とつぶやく。


すれ違った他の旅人たちが勇者見習いを振り返って噴き出す。


「おいあいつ見ろよ、あんな古い装備で……」


「駆け出しも駆け出しの勇者見習いだな。それとも、ガキが家にあったお古で遊んでるんじゃねーか」


そんな会話が交わされているとは知らず、視線を感じた勇者見習いは足を止めた。


「もしかして……このただならぬ見た目に他の勇者たちが恐れおののいてんじゃねぇーか?参った参った、どこに行っても注目の的だ」


と上機嫌。


どうやら少し思い込みの激しい性格らしい。


町人が、勇者見習いの鎧から出る砂埃を不機嫌そうに手で払った。


勇者見習いはリズムよく歩きながら、町を見て回る。


その様子を、路地に構えた占いの屋台からじっと見つめる少女がいた。



勇者見習いは一軒の旅籠屋にたどり着いた。


女将のポサダがゆったりとした口調で出迎え、


「この町にはどんな御用でいらっしゃったの?」


と尋ねる。勇者見習いはがしゃがしゃと揺れる鎧から小さな砂埃を床に落として答える。


「この町に来たんだから、モンスター退治、勇者になるために決まってるだろ!


とにかく早く一人前になってこの名をたくさんの人に広めたいんだ。


おかみさん、もしここいらで一番強いモンスターか魔王の手下がいるところを教えてくれ!」


するとポサダはにっこり笑ってあらあらと言いながら、勇者見習いをそのまま扉へと誘導する。


「えらいわねぇ~がんばってねぇ~。部屋は用意しておくけど、まずはその、きったない鎧、きれ~いにしてからまたいらっしゃいね。今度床を汚したら自分でお掃除してもらうわ~」


ポサダは扉を開けて勇者見習いを外に放り出す。


そして力強く手をはたいて砂を払うと、並び立つ向かいの家の一つを指さし、


「あそこ、武器屋のアルマさんがいるわ~。冒険に何が必要かもい~ろいろ教えてくれると思うから、いってらっしゃい、勇者のタマゴさ~ん」


とにっこり笑って扉を閉める。勇者見習いが軽く鎧をゆすると、まだ砂埃が宙に舞う。


「親切にどーも。……そうだよな、勇者に必要なのはまず武器だ!」


そう言って勇者見習いは足取り軽く武器屋へと向かった。


その背中を、旅籠屋の窓からポサダがじっと見つめ、やがてカーテンを閉めた。


* 


勇者見習いが武器屋に入ると、そこには二人の男がいた。


「ここでいちばん重くて強くてかっこいい剣をくれ!」


勇者見習いが開口一番そういうと、二人の男は顔を見合わせた。


男の一人は店の主人のアルマだ。もう一人はアルマより若く、彼から剣を受け取ると


「また来る」


とひとこと言って店を出て行った。


アルマが勇者見習いを頭の先からつま先まで眺めてにやりと笑う。


「これまた、威勢のいいあんちゃんだねぇ。剣が欲しいってことは冒険に出るのかい?」


「ああそうだ、冒険には剣がいると思ってな!いいのはあるか?」


そう言って鎧をゆらしてがしゃがしゃと店の中をうろつくと、砂埃が舞う。


「おいおいあんちゃん、なんだその鎧は。どっか冒険に行ってきたのか?」


「いや、住んでた村からまっすぐ来ただけだ」


勇者見習いが鎧を脱ぐと、アルマはそれを受け取って軽く拭く。汚れは簡単に落ちそうだ。


「ずいぶん年季の入った代物だ……綺麗好きの旅籠屋に見せたら大変だぞ」


「ああ、さっきおかみさんに綺麗にして来いって追い出されたんだ」


アルマはそれを聞いて大きな口を開けて笑った。


「そりゃそうだろう!よく旅籠屋を追い出されただけですんだよ。


これは磨いてやるから少し時間をくれ……さて、今まで持ってた剣はどんなものだ?」


「剣は持ったことない。斧とか弓なら使ってたけど」


「持ったことない?ふむ……それじゃあこの剣はどうだ?イツワリの銅を使ってできた剣だ。この店には一本しかない珍しいものだぞ」


アルマが差し出した剣を、勇者見習いが受け取る。両手で持ってかかげると、重さでグラグラと揺れた。アルマがじっと勇者見習いを見る。


「ほぉー、これが剣か」


剣を持つ手がおぼつかない勇者見習いを見て、アルマはさらに


「これくらいの剣も持てないとこの周辺のモンスターはなーんにも倒せねぇんじゃないかなぁ。どうだ、無理そうか?」


と言ってにやりと笑う。勇者見習いは剣を腰に収めると、


「よし、この剣にしよう!」


と言いながら重さでぐらりと傾いた。しかし気にする様子はない。


お金のやり取りを終えると、アルマは勇者見習いの鎧をみがく作業を始める。


「そういえば、さっきいたのは町の警護団の人だろう。あの人はずいぶん長い剣をもっていたなぁ」


勇者見習いが他の剣を眺めながら何の気なしにそういうと、アルマは一瞬手を止め、アルマに視線を向ける。


「……なんで警護団の者だとわかったんだ?」


その鋭い視線に気づかず、勇者見習いは腰に差した剣にバランスを崩して一人で四苦八苦している。


「この町に入るときの検問で見た。やっぱ身長高いとあんなデカい剣振り回せていいよな~」


そう言って屈託なく笑う勇者見習いに、アルマも肩をすくめて笑顔を見せ、鎧みがきを続ける。


「おれは元警護団の団長でな、あいつらの武器もみてやってんのさ」


「へぇ~そうなのか。なぁ、この町の近くで一番強いモンスターか魔王の手下がいるところ知らねぇか?早いところ手柄をあげて名を売りたいんだ」


勇者見習いが尋ねると、アルマが顎に手を当てて答える。


「そうさなぁ。俺はもう引退した身だから……周辺のことは商人の頭が詳しいぜ。あちこち商売しに出かけるからいろいろ情報を持ってるはずだ」


*  


翌日の早朝、商売人たちがせわしなく市の準備をするさなか、勇者見習いがやってきた。


鎧はまとっておらず、少しラフな服装をしている。腰に下げた剣が重くてバランスを崩しそうになりながら、勇者見習いは近くにいた八百屋の主人に声をかけた。


「おはよう、よい朝だな」


「こんな朝早くから、見ない顔だね。旅人さん?」


「武器屋のおっちゃんに、商人の頭領のところに行けと言われたんだが、どこにいる?」


主人は目を細めて勇者見習いを見ると、


「ああ、そうかい。頭なら今魚のセリを見に行ってるから町の外だよ。少ししたら帰ってくるからここいらで待っていたらどうかな」


と言ってにっこり笑う。勇者見習いも納得して、


「そうか。じゃあ腹ごしらえしながら待っておこうかな」


と言い、果物をいくつか買った。





勇者見習いは果物をかじりながら、八百屋の主人や客たちとの話に花を咲かせていた。


一人の青年がやってくる。主人はやぁと声をかけて、


「頭は町に戻ってきたかい?この旅人さんが探しているんだが」


青年は日に焼けて真っ黒な肌をしている。どうやら漁師らしい。


「ゲルトさんか?農家に行くと言っていたぜ。今年の小麦のことがどうとか」


そう言って、勇者見習いに簡単に場所を説明する。市場とはどうも反対方向のようだ。


勇者見習いはお礼を言って、すぐさま駆け出す。重たい剣に何度もバランスを崩す勇者見習いの背中を、八百屋と漁師が眺めていた。



勇者見習いがたどり着いた先は、農地の一軒の小屋だった。ちょうど小屋を出てきた農民の一人に声をかける。


「ゲルトさん?ああ、さっきまでここで今年の収穫の相談をしていたんだがね、肉屋たちがもめてるってんで飛んで行ったよ」


「こ、今度は肉屋か」


額に汗を浮かべた勇者見習いが元来た道を引き返そうとすると、農民があわてて声をかけた。


「そっちじゃないよ!町の西側に豚の品評会してるところがあるんだ。結構遠いから馬でいったらどうだ?」


「馬なんて持ってねぇんだ。走ったほうが早い、ありがとな、おにーさん」


そういうと、勇者見習いは畑の横の道をまっすぐ走っていった。





「そうか、こうすりゃいいじゃねーか!」


勇者見習いが剣を腰ではなく肩に背負い、満足げに走り出したころには、品評会場の近くだった。


勇者見習いが息も絶え絶えにたどり着いた先には、ゲルトも肉屋もいなかった。


代わりに、学校帰りの子どもたちが大きな声で歌を歌って歩いてくる。


「旅人さん?こんなところでなにしてるのー?」


「わぁ!すごい剣!強そう!」


「見せて!かっこいい!」


「ふっふっふ、よいだろう。見るがいい!」


わかりやすく調子に乗った勇者見習いは、背中を見せてポーズをとる。


子どもたちはやんやと好き放題に触れてはきゃーとか、わーとか歓声をあげる。


「そういえばさっき歌っていたのは何の歌だ?」


勇者見習いが尋ねる。


「学校で習ったんだ」


「なんかね、ふるさとに帰りたいけど帰れないっていう歌!」


「へーおもしろそうだな。教えてくれよ!」


「いいよー!」


そう言って子どもたちと勇者見習いは大合唱を始めた。


勇者見習いは時々、目的を忘れる。





太陽が傾きかけていた。子どもたちに教わった歌を一緒に歌い終わるころ、勇者見習いははっと気づいた。


「そうだ!ゲルトっつー頭を探してる途中だった!」


すると子どもたちが顔を見合わせる。


「ゲルトさんなら学校を出てから会ったよねぇ」


「うん、市場に戻るところだって言ってたよ」


「ほ、本当か?」


「ほんとー!」


子どもたちが一斉に声を上げる。


「よし、じゃあ市場に戻ろう!ありがとな、みんな」


そう言って走り出した勇者見習いに、


「旅人さん、また会えるー?」


と子どもたちが声をかける。勇者見習いは笑顔で振り返り、


「冒険から帰ったらまた遊ぼうな!」


と言って手を振った。以前よりずっと走りやすそうに去っていく背中に、子どもたちも笑顔で手を振って見送った。





夕焼けに染まる市場では、商人たちが片づけを始めている。


その端々を駆けずり回る人間がひとり。勇者見習いだ。


「ゲルトさん?帽子屋の近くで話しているのを見たよ」


「頭は正門に北の行商たちの交渉に行ったよ。そんなことよりその帽子似合うよ~買っていかない?」


「ああ、ついさきほどまで買い付けをしてましたよ。今はもうお帰りになりましたね。どうです、見事な宝石でしょう。恋人に贈ったら喜ばれますよ」


「そこの若いの、暇なら一局やってかないか?勝ったら酒おごってやるぜ~」


などと、行き交う町人や行商人たちに次々と声をかけては寄り道を繰り返し、勇者見習いは街の端から端まで駆け回った。


太陽が森の向こうに沈んで街灯がつき始めたころ、


店の片づけを終えた八百屋が、通りを走る勇者見習いに声をかけた。


「きみ、まだゲルトさんを探してんのかい?」


「おお、八百屋のおっちゃん。そうなんだよ、やっぱ広い町はなかなか人がみつかんねーんだなぁ。オレの村とは大違いだ」


と頭をかく様子に、八百屋は少し戸惑ったように口を開いた。


「ゲ、ゲルトさんは忙しい人だからな……もしかすると、商会場にいるかもしれないよ。商人からの報告をそこで聞くことになってるんだ」


「おお、そうなのか!どこだそれ?」


八百屋が商会場の場所を伝えると、勇者見習いは八百屋の手を握ってお礼を言った。


「いやぁ、顔さえわかればこんなに苦労しないんだけどな、ありがとな!」


踵を返して元気よく立ち去る様子を、八百屋は苦笑して見送った。





商会場にいた頭領のゲルトは、束になった書類に目を通しながらてきぱきと答えた。


「町の外のモンスター?この辺には大して強い奴はいないよ、じゃなきゃうちらがここで暮らせないだろ。ほとんどが商人でも倒せるような雑魚さ」


「そうなのか。まぁ俺も町に入るまでモンスターとか見かけなかったしなぁ」


勇者見習いは剣を下ろしてため息をついた。


「せっかく会えたのに何の情報もなくて悪かったね。あっちこっち聞いて回ったんだって?」


「ああ、今日だけで63人に会った。あと10人いりゃオレのいた村の全員と同じ数だ」


「……この町には町人のほかにもたくさんひとがいるからね。そうだ、情報屋なら金さえあればいくらでも欲しい情報をくれるよ。今なら大体下の酒場にいる、赤い服を着たやつさ」


「情報屋!そんな便利なやつがいるのか!いいこと聞いたぜ!」


勇者見習いは先ほどまでの落ち込みなどまるでなかったように、すくっと背を伸ばしてくるりと向きを変えた。


「忙しいとこ邪魔したな!」


そういうと扉を開けて出て行ってしまう。


入れ替わるように人が入ってくる。武器屋のアルマだ。


「よう、もうかってるか」


ゲルトはアルマを一瞥して、


「こないだ貸した210ビギン、いつ返してくれるんです?団長さん」


「元、団長だ。そうにらむなよ、今日返しに来たんだ」


そう言ってアルマは茶色の封筒を机の上に置いた。ゲルトは封筒を受け取り中身を確認しながら、アルマに尋ねる。


「……あんなもの腰につけさせたの、アンタですか?アルマさん」


と聞くと、アルマはにやりと笑って答えた。


「ああ、あいつの指示でな。あの見習いには剣を見る目も知識もからきしない。ありゃあすぐに死ぬぜ」


ゲルトが書類に視線を戻し、さらさらとペンを走らせながら、


「63」


とつぶやく。


「なんだって?」


「あの子、今日63人に会ったと言ってました」


ゲルトはペンの動きを止め、開けっ放しの扉を見つめた。

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