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ローハンの日向。




***今回のお話の幕開け前は、別の短編『甘くて苦いオペレッタ・ちゅうへん』に収録されております***




その時は微BLでした。


今回フタを開けてみれば。


“微” じゃなかった、“がっつり” だった!!





BLですよ!!

苦手な方はそっ閉じて!!






そっ閉じた?



大丈夫な方は、さあ、どうぞ。












見上げた途端に顔を鷲掴みにされた。

別に痛くはないし、怖くないから逃れようという気がおきない。

除けたくっても自分の手よりも随分と大きいので、敵わないとすぐに諦めた。


指の間から見えるその人と目が合うと、とても楽しそうに口の端を持ち上げた。


犬みたいにあちこち撫で回される。


何かしらをほめられている気がするけど、なぜその人が喜んでいるのか、よく分からない。





起き上がって寝台に腰掛ける。


何か昔のことを夢で見たような気がするけど、どんな内容だっただろうか。

良い夢なのか、悪い夢なのかも思い出せる気がしない。


「……これ……今まで気付かなかった」


腰の後ろをするっと撫でられて、丸まっていた背中が思わず伸びる。


「起こした?」

「……騎士にはみんなあるの?」

「なにが?」

「これ……王様の紋章に似てるね」

「何もないよ」

「……え?」

「何もない……いい?」

「……わかった」

「うん……いい子」


髪の毛をもしゃもしゃかき回すと、嬉しそうな顔をして、余計に頭を押しつけてくるのがかわいい。


「いつ頃帰ってくる?」

「あー。日暮れ頃かなぁ……何もなかったらだけど」


小さく唸るともぞもぞと動いて頭から上掛けに包まった。目の辺りだけが見えている。


「もう少し寝てろよ」


端に指を引っ掛け、上掛けをどけて口付けをすると、顔を真っ赤にしてまたもぞもぞと動いて今度こそどこも見えなくなる。


椅子や家具のあちこちに掛かっている自分の服を一枚ずつ手に取って、順番に身に付けていく。


「……机の上に焼き菓子あるから」

「うん?」

「持ってって」

「また奥方様に? 俺のは?」

「……そんなに好きじゃないくせに」

「そんなことないよ」

「……うそつき」

「……行ってくるよ、ステフ」

「……いってらっしゃい」


もごもごしている布の塊を上からぎゅうと抱きしめて、ローハンは部屋を出る。


まだ薄暗い通りに飛び出すようにして、走る手前の速さで歩く。


ひとり分の靴音と、足に合わせて剣帯の金具がちりちりいう音が、周りの建物からはね返って聞こえてくる。


腰の後ろに手を回して撫でた。


すっかり忘れていた紋章のことを思い出して、ふへと力無い笑いを漏らす。






兄がふたりと姉がいるので、何かと甘やかされて大きくなった。


兄たちも姉も優秀なので、親にはそこまで期待されなかった。なので比較的に自由だったのかなと思う。


腕はそこそこ。

要領は良かったけど、だからあまり努力もしなかった。


良い言い方をすれば寛容、寛大。

悪い言い方だとのんびり屋、うすのろと言われたこともあった。


だからそもそも向いてなかった。

甘やかされて育って、大して頑張らない。

あんな生き馬の目を抜くような、油断ならない場所では、自分は長持ちしない。


一番近くにいた兄たちや姉よりも、父よりも。


あの人が一番先にそれに気がついた。




腰にあるのは我が家の紋章。


二本足で立ち、前足を振り上げている獅子。

王家の紋章は天を表す太陽と月が配置されている。


ステファンは似ていると言ったが、それは雰囲気だけの話。


立ち上がった獅子は同じだけど、配置されているのは棘のある蔓と大剣。

しかも真っ黒に塗りつぶされている。


父は陛下の侍従だ。


主に部屋の維持なんかを取り仕切る、何人かいる侍従の内のひとり。

兄たちもそう。

上の兄は父のすぐ下に付いているし、下の兄は食事を運んだりもしている。

姉は陛下の妹殿下の衣装整理。


そんな生ぬるい仕事で普段は普通に城内をあちこちしている。


我が家の表の家業。


真っ黒な紋章は裏側の方の本業。

陛下をお守りし、盾に矛に、手足の代わりになる。


法が及ばなかったり、王騎士たちの剣の届かない場所に、棘つきの蔓を伸ばしていく。棘は刃でできていたり、毒があったり、まぁ色々。


そんなだから、黒く塗りつぶされている。


この国の、陛下の影の部分。





家から一歩外に出て、陽のあたる場所に出てみて、そこで初めて。


ああ、しんどかったんだな、と思った。

それまでは暗い場所にいるのが当たり前。

そこは湿って薄ら寒い。


家族のみんなはそんな場所が居心地が良いんだろうけど、残念ながら俺は違ったみたいだと思った。


そこから離れてここじゃなかったと分かる。




『お前、剣が得意なんだってな?』


多分、俺が陛下に声を掛けて頂いたのは、それが初めてだったと思う。


笑っている陛下につられて、嬉しくなって笑い返したはずだ。


まだ子どもだった俺はぐりぐりに撫で回されて、その日のうちに城から出された。


連れて行かれたのは王城の端の端。もうほぼ城外の場所。今も住んでいる詰所横の宿舎。


ハイランダーズの為の、小さな部屋だった。


上の兄は今日からここがお前の家だと言った。『お前はお前のやり方で、陛下をお支えするんだ』そう言ってぐりぐりに俺を撫で回した。


俺はその時、十五かそこら。

いくつかした仕事のうちの、そのいくつかを失敗していた。

だから城から出されたんだと、そう理解した。


まあ出てみれば、そこは楽しかった。


いつでも喧しいし、あちこちで笑い声が聞こえる。小突かれたりからかわれたりしたけど、それはお前がかわいいからしょうがないだろと言われ続けた。


分からないなりに頑張っていると、いつの間にか今の地位になっている。


戴名するために再び陛下の御前を訪れたとき、陛下はやっぱりと笑った。


『ほらな! こっちのが合ってるって言っただろ?』


後ろに控えている兄たちに、どうだとニヤついていた。


二十五歳。

騎士になって十年目に、戴名をした。

そして改めて、自分の意思で陛下の犬になった。


割と日向で昼寝をしているような。

のんきな飼い犬に。





馬を走らせてなんとか朝の稽古に間に合わせた。


それより前から始めて、もう切り上げようとしていた奥方様にステファンのお菓子を手渡す。


大喜びでそれを抱えて屋敷に戻る後ろ姿を見送った。


始めの頃は、ただにやにやしながら受け取っていたのに、最近では単純にお菓子目当てで俺の前に手を出してくる。


奥方様は陛下の日向の犬、二号。


甘んじているのではなく、はっきりと聞いたわけでもないが、多分、自ら受け入れている。


流れに身を任せているのではなく、何でも一度は全てを受け入れる。


何となく似た類いだから、俺と奥方様はそこを上手く陛下に使われているんだろう。




何事もなく町に戻れた日は、ステファンの店の手伝いなんかもする。


と言っても厨房の奥で皿を洗ったり、仕込みの野菜の皮を剥いたりとか、その程度。


宿舎の自分の部屋は、あまり使わなくなった。


着替えもステファンの部屋にある方が多い。


なんだかんだずるずるとしたまま時が過ぎそうでいけない。


このままずるずると何年もは過ごせない。

この生活は楽しいけど。


どこかで俺は嫌われて、ばっさりと振られないといけないのに。


惜しい。

それなりに楽しいから。


「それくらいで充分だよ。ありがとう、ローハン。ごはんにしよう?」

「はいはい」


店が終わってから、厨房の中で夕食をとる。

向かい合って、その日の出来事を話しながら。


食事中に甘い匂いがしてきて、顔を匂いがしてくる方に向ける。


「あ! 忘れてた!」


ステファンが慌てて竃の扉を開けて、中から焼き菓子が並べられた鉄板を引き出した。


「……良かったぁ……大丈夫そうだ」

「……明日出すお菓子?」

「明日の分は明日作るよ」

「……また持っていけとか言う?」

「言う」

「ステフがそんなだから、最近あの人、俺のこと『お菓子』って呼んでるんですけど?」

「じゃあ、また店に来てって伝えてよ」

「……うーん……その辺をうろうろできるような人じゃないからなぁ。そりゃ、来たがるだろうけど」

「じゃあ、やっぱり持ってって」

「お菓子にまで嫉妬する総長はめちゃくちゃ怖いし」

「ローハンは妬いてくれないの?」

「うん?」

「……俺はお菓子を焼いてるけどね」

「うーわぁー。つまんねー」


ふふと笑ってステファンは戻ってきて、食事を再開する。


やることなすこと全部。

いちいち何もかもかわいいし色っぽいので、もうどうしたらいいのか分からなくなる。


「俺と一緒に暮らす?」

「……今そうじゃないの?」

「ああ……そっか」

「……そんなに好きじゃないくせに」

「そんなことないよ」

「……俺ばっかりいっぱい好きみたいだから、なんか嫌だ!」

「……なんだそれ、かわいいな」

「うるさい!」


俺、振られる気があるんだろうか。


とは言え。

とは言えなんです。


じゃあ『はい』と言われても困るんですよ。

それには色々と、そりゃもううんざりするほど超えなきゃいけない壁がある。


多分、ステファンもそれが分かっているから、するっと躱してるんだと思う。


今が楽しければそれで良いんだろうか。


俺もステフも、ふたりのこの先を考えることは、難しいんだろうか。


いけないことなんだろうか。






「なんだお前、最近 浮き足立ってるんだってな? 気持ち悪いぞ!」

「……放っておいて下さい」

「ラフィがなぁ。お前が毎日のように菓子をチラつかせて、仲間にしようとしてくるって」

「はぁ? 何ですか、それ」

「外堀を埋めようとしてるんじゃないかって」

「どんな堀ですか」

「堀なんか埋めなくても、俺がぱぱっと戴名してやるから! その菓子はラフィじゃなく、俺に寄越せ。な?」

「……外からのものなんて陛下に食べさせたら、父に殺される前に料理長に殺されますよ」

「俺のために働くと決まったら、お前も気兼ねが減るだろ?」

「……やめて下さい」

「じゃあ、伴侶にするのか?」

「私に何か仕事があって呼んだのでは?」

「うん? ないよ!」

「はい?!」

「お前が面白いから、からかって暇つぶし」

「陛下に暇なんてありましたっけ?!」

「親父や兄貴が気にしちゃって気にしちゃって。なぁ?」


物陰で気配だけは感じていたので、そちらの方をきっと睨んでおく。


多分、下の兄だ。


「御用が無いなら、御前、失礼いたします」

「ラフィが心配してるぞ?」

「奥方様には私の方から、きっちり! 話をしておきます」

「思うほど難しくない。いつものお気楽さはどこにいった」

「……私も馬鹿じゃありません」

「……知ってるよ」

「……失礼いたします」


ひとりの話じゃないんだ。

俺だけならまだいい。

でもそうじゃない。

相手の人生や運命まで一転させる。

長いこと生きていると、その辺の重みが分からなくなるのか?


外に出てないから、普通の人々の暮らしのことを忘れがちになるのか?


相手が望んでもないのに、自分勝手に人ひとりの人生を巻き込むなんて、そんな酷い話があるもんか。






私はまんまと巻き込まれたけどね、と奥方様は笑った。



参考までに、奥方様と総長がその辺どうだったかを聞いてみた。


なかなかだった。

もうほぼ人攫いだった。

総長ヤバいなと思った。


それだけ手放したくない人ってことか。




俺はどうだろうか。


長い長い間、ステフを縛り付けられるほどの何かがあるんだろうか。


「……翼が生えてるね」

「うーん? ああ……俺ハイランダーズだからね」

「そっか、なるほど」


腰の後ろを撫でて真横に寝転んだステファンは、今度は首に下がっている白金の証を手に取った。


六枚の翼がある鷹を親指で撫でている。


「今日は怖い顔しないんだね」

「……なんのこと?」

「覚えてないの? それとも忘れたフリ?」

「ステフが忘れるまで知らないフリ」

「は? ムカつくなぁ」



紋章は我が家のものとはちょっと違う。


有翼の獅子。


陛下に戴名を賜った日、自分の存在理由を明確にするために付け足した。


鷹の翼。



少しずつ話していこうか。


俺の今までを。


全部を話して、ステファンが、それでも俺をばっさりと振らなかったら。


その時は。

ふたりのこの先を考えよう。

もっとちゃんと前向きに。



それがいい。

そうしよう。







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