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アルウィンはしんしゃくしない。







「隊長! 氷室に全部納めましたー!!」

「……ああ……そうか……」


勇みに勇んで報告にやってきた騎士はふんふんと鼻息が荒い。


またこの時期がやって来たのかと重たくなってくる頭を落とさないように持ち上げて、アルウィンは天井に顔を向けた。


自然と寄ってくる眉間のしわをそのままにしていると、興奮気味だった向かい側の相手も、アルウィンの表情で少しばかり落ち着いて勢いを抑えた。


「……まぁ、そういうことなんで。よろしくお願いしますね『遠征』!!」


来た時と同じにご機嫌な様子で、用件は告げたと騎士はアルウィンの部屋を辞していった。





雪を水で締めて固めながら、毎日こつこつ積み上げていき、氷室で使うための氷を作った。


決まって冬の間は雪かきと件の氷作りに時間を費やす。


そのほとんどは王城に納められ、自分たちが使うのはほんの一部。

しかも氷作りなんて本来の騎士の仕事からは随分とかけ離れている。



王城に氷を納めることで、王騎士たちからは下働きだの商人だのと見下されるが、陛下はきちんとした金品での報酬を与えて下さる。


それも結構な額だから、組織を維持して潤沢に資金を回そうと思えば、じゃあ今年は作らなくていいか、なんてのんきなことは言えない。


そもそも独立した組織であると明言している手前、何かしら武勲を上げる以外に、理由も無しに王から褒賞は得られない。


その昔、まだハイランダーズができたばかりで立ち行かなかった頃の申し合わせが、今もなお続いていた。

ハイランダーズたちの働きに応えて資金を提供したい陛下からしても、理由がしっかりあって都合が良い。


陛下からの報酬が無ければ無いなりにやれなくもないが、あった方が助かるのも確かだった。


それなら王騎士たちになんと言われようがやるに決まっている。



毎年恒例、春の遠征。



王騎士たちの揶揄に耐え、なかなかの重労働にも関わらず、騎士たちからの愚痴も文句も控え目なのは、この『春の遠征』が待っていればこそだった。







寒風厳しい城都の石畳を、アルウィンは副長を伴って歩く。


通りの雪はすっかり消えているが、街から一歩でも外に出れば、世界は真っ白に覆われている。


まだまだ寒さは厳しい。



どの辺りが春なのかと言えば、それは騎士たちの頭の中だった。




遠征は行われる。


寒い地域に住んで、そこそこ寒さに強いにも関わらず、極寒を想定しての野外訓練も、一応は行われる。


だが春の遠征の『春』の部分は、主に訓練後の夜の話だった。


娼館から女性を呼んで夜毎の大宴会。


……つまりそういうそれが本題。




「……隊長? 毎回出張ってこなくても、任せてもらっても構いませんよ?」

「この目で確認しないと信用できん」


部下に任せられないという話ではなく、娼館の主人が信用できない。


アルウィンの意を汲んで、同行している副長も苦笑いが止まらない。


「……無駄金をさらに無駄に使いたくないからな」

「あー……はは。でもみんな楽しみにしてますから……」

「だからだろ」

「……ですけど……良いんですか?」

「私のことは気にするな」


煮え切らないような力の無い笑いを短くこぼして、副長はへにゃりと眉を下げた。



白金の騎士たちの相手になるのだ。

それなりに高級で、それなりに信用のおける娼館でないと後々面倒なことになる。

大所帯なので、頭数も必要になってくる。


条件を考えると数は絞られるが、何年も同じ娼館を使い続けるのも難しい。


町のことを思えばひとところばかりが儲けるのも避けたいし、なにより騎士たちはみな時が止まっている。


噂はたってもそれを確実にさせる訳にはいかない。


年数が経てば娼館を選び直す必要がある。




折良く城都に新たな娼館ができたと話には聞いていた。

条件もまあそこそこ満たしている。

次に乗り換えるにも、今年はちょうど良い機会でもあった。




煌びやかな門に向かって立ち、アルウィンは重い気分をこの場に置いていくべしと、大きく息を吸って、勢いよく吐き出した。


「……行くぞ」

「はい」


見た目だけは少年と青年は、まだ建って間もないようなその建物へ足を踏み入れた。


「……ようこそ、おいで下さいました」


出で立ちは騎士なので慇懃に見えるよう振舞ってはいる。しかし若年だと値踏みするような目をしている主人に、アルウィンは心の中だけで無いなと声を上げた。

初めて訪れる場所では、少年の見た目から必ず舐められる。思った通りの対応なのでこちらも気を使わない。

だから副長が余分に気遣わし気だったりもするが。



手短に今回の依頼を持ちかけると、客室ではなく主人の応接室に通される。

値踏みする目はどこへやら。主人は商売人の顔付きになっていた。


さあここからだとアルウィンは気を入れ替える。


溝に捨てる金だ。

どうせならできるだけ良い捨て方をしたい。




交渉は一進一退、どちらもなかなか引かない。


アルウィンはどうも店の取り分が気になって仕様が無かった。


それならできるだけ安く叩いて、来てくれた娼婦たちに直接 心付けを渡した方がマシだと方向を変えていく。


長い付き合いが故にすぐにどういうことか分かった副長も、援護を惜しまなかった。


「……ではこうしましょう。店を空にもできないので、稼ぎ頭は残そうと思っていましたが、とっておきをお出しします」


旗色が悪くなってきた主人は、切り札と言わんばかりに気を大きくさせている。


「とっておきとは?」

「ウチにはとびきり別嬪がいましてね。群を抜いて人気が高い」


どうですかと目で力強く問われても、こちらとしては利得があるとも感じない。

いやぁと煮え切らない態度の副長に向けて、主人は自信満々で付け加えた。


「彼女は目を見張るほどの『色持ち』ですよ」

「それは駄目だ」


間髪入れずに返したアルウィンに、主人もまた素早く反応する。


「何が不満なんです! 誰だって一度は『色持ち』と睦み合いたいと思うでしょう?!」




『色持ち』で『娼婦』と聞いて真っ先に思い浮かぶのはひとりしかいない。


そして連鎖して我が長を思い出す。

ことが知れるだけでどんな顔をするのか。

想像だけで身に震えが走る。


そんな女を抱くとか、どんな猛者だ。


向かい側に座っている少年と青年が同じように固く目を閉じ、眉間に深い深いしわを刻んでいるのを見て、主人は急激に勢いを失う。


「……なんでもいい。とにかくその別嬪とやらは、絶対に誰も相手をしない。必ずその女性は外してくれ、いいな」


双方痛み分け、妥協と諦めを飲み込んで手打ちになった。






遠征は城都よりも南、そこまで雪の深くない山間部で行われる。


風雪を完璧に避けられる設営も、そりゃもう丹念に仕上げられた頃。


適当に行われる訓練が終わる時分を見計らって、馬車を走らせていた。


娼婦たちを乗せた馬車の一団には、アルウィンが付き添う。


隊長たちは遠征の内容を知っているので城都に残っている。

もちろん、騎士団長も束の間 訪れた静かな休暇を我が妻と屋敷で過ごす。


羽目を外し過ぎないための監視役として、隊長格ではただひとり、アンディカだけが遠征に出ていた。

こういう時に真面目な者が損をする。


面倒なことを押し付け合って、二番目に真面目なアルウィンも今まさに損をしている途中だった。


まあこれも毎度のことなのでいちいち気にしない。


夜ごと朝までアンディカと酒を酌み交わして、遠征の終わりに娼婦たちを連れ帰るだけのこと。


事故にだけさえ気を付ければ、特に憂うことも気負いもなにも無い。




はずだった。




夕暮れ時になって、野営地に到着する。


アルウィンは賑やかに馬車を降りて駆け出した、華やかな女性たちの背中を見送った。

さて、自分はアンディカの天幕に、と足を向けると背後からがしりと肩を掴まれる。


振り返ると、頭から派手な布を被った女性がこちらを睨んでいた。


「私は用はない、向こうへ行け」


うるさくてむさ苦しい方向へ目をやって、アルウィンはこの場を離れようとする。


「あなたに無くても、わたしには用があるのよ」

「……相手は要らない」

「それよ!」

「何がだ」

「あなたでしょ? どうしてわたしを絶対に外せって言ったの?!」

「……待て……どうやって潜り込んだ、ちゃんと確認したはずだぞ」


間違っても主人の思惑に乗らないように、後々ふっかけられては堪らないと、馬車に乗り込む女性は全員、自分の目で確かめた。


「残念でした。みんな布を被ってるから見分けがつかなかったでしょ? 行きたくないって子がいたから、その子と入れ替わったの」


はらりと頭から布を外しそうになったので、アルウィンは慌てて布を被せ直す。


「何なんだお前……ちょっと来い」

「何なんだはこっちの言うことなんだけど? ……ちょっと……痛いってば!」


ぐいと腕を掴むと、アルウィンは誰にも見られないように、とりあえずアンディカの天幕に向かう。




ばさりと勢いよく入ってきたふたり組に、アンディカは軽く目を見張った。


「……どうしたんだ、アル」

「どうしたも何も無い」

「痛いって、離してよ!」

「……何でこう『色持ち』は総じて勝気なんだ」

「『色持ち』? アルウィン、その女性は……」

「紛れ込んで付いてきたらしい」

「……誰かに見られたのか」

「いや……あー……どうだろうな」


小さなグラスに酒を継ぐと、アンディカは含み笑いをしながらひとつをアルウィンに、もうひとつを急に現れたもうひとりに渡した。


一気に煽って、すぐにアンディカにグラスを返す。


注ぎ直してもう一度アルウィンに差し出した。


「あークソ。どうしてくれるんだ!」

「だから、それはこっちの言うこと!」

「なぜ来たんだ」

「腹が立ったの! どうしてわたしを外したのよ! 理由がわからない!」

「……落ち着きなさい……残念だが、ここでは貴女は仕事にならない。そう判断したから外させてもらった」


アンディカは落ち着けようと、あえてゆっくりと言葉をかける。


「……どういうこと?」

「貴女は『色持ち』だと聞いたが」

「『色持ち』のどこが悪いの?……失礼ね」


するりと布を取ると、現れたのは小麦のような金の髪、春の空の薄青の瞳だった。

顔立ちは柔らかく、そこそこ年も上に見えた。


「……悪かった。外に出てくれ。適当に相手を見つけて構わないぞ」

「何よ、それ」

「こらこらアル。駄目に決まってるだろう」

「いいじゃないか。ちっとも似てない」

「似る似ないの問題じゃない」

「……クソ……三日もあるんだぞ。隠し通せるもんか」

「できるさ、お前なら」


小さな卓の上に酒瓶をとんとんと並べると、アンディカは立ち上がる。


「おい、どこに行く気だ」

「うん? 心配するな。どこか空いている場所を探すさ」

「いや、違う! ちょっと待て!」

「三日もあるんだ。この方が納得いくようにきちんと説明して差し上げろ」


くくと笑いながら、アンディカは手近にあった毛布をぐるぐると体に巻き付けて、天幕を出て行った。


「勘弁してくれ……」

「なんなのよ、もう……」





一日目、女性とふたりきり、篭ったままで一歩も外に出ようとしないのでみんなから珍しがられる。



二日目は相手を変えず、しかもなお篭ったままなのでアルウィン猛者説が浮上する。




三日目にアルウィンが抱え込んでいるその女性が『色持ち』だと他の女性から知らされて、場は騒然とした。







騎士たちは残らず戦慄して、アルウィンは猛者と認定される。
















そして三日もあったし大金を支払ったので、やることはやったマジ猛者。







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