第六話 「なってはいけない職業」
「魔法剣士…?おとぎ話…??」
「レイジは知らないのか!?」
この世界だと誰しもが知っている、とあるおとぎ話がある。異世界から来たレイはもちろん知らないだろうが、この世界ではあまりに有名だ。魑魅魍魎の類ですら知っている。レイには後でちゃんと教えておこう。
「大昔に大陸を割った黒龍を殺した、伝説上の英雄が魔法剣士だったんだ。君には彼と同じ、魔法剣士になれる素質がある。そんな逸材、レアなんてものじゃない。
店で見た時運命だと思ったね。俺は君のその素質を生かしきれるような、そんな剣をこの手で作ってみたいんだよ。
魔法剣士の剣...一体どんなのが完成するか、ものすごく楽しみだ!
それに、英雄の剣を作った鍛冶屋なんていったら名があがるからなぁ。ワハハハ!」
「僕が、英雄に…?」
レイはただただ困惑しているようだ。無理もない。彼にとって今日は情報量が多すぎる。急に英雄だの伝説だの言われてもな。
「フライドさん、私たちはまだ貴方を知りません。信用するに値する人物かどうかの判断もまだつかない状態で、貴方の話を鵜呑みにする訳にも行きません。詐欺の可能性だってありますからね」
「あ、そう言えば、剣を作ってもらうことになったとしてそのお代の方は…?」
「まぁ...俺も商売だからな。お代はいただくが、安くしとくぜ?キリよく1,000,000@でどうだ?」
「@ってのはこの国の通貨のことですか?アンナ、100万@ってどれくらい?」
「……さっきの食事が2人で500@ぐらいした…。100万@あったらさっきの武具店で全装備を7セット買ってもお釣りが来る……かなりの大金だ」
私の職業は少々特殊で、一応払えないことはない。しかしそれを支払ってしまうと、生活がだいぶ苦しくなるのも事実だ。雇い主にも迷惑がかかるかもしれない。
しかも剣一本でこの値段だ。他にも買い揃えなくてはいけないものもある中、この出費はかなり痛い。冒険者ギルドに所属してない私は、魔物を討伐して稼ぐことも出来ないから起死回生も出来ない。
しかし、レイに本当に魔法剣士の才能があるのなら私のせいでその可能性を潰したくない。子供を寺子屋に通わせる親はこんな気持ちなのだろう。将来性があればあるほど、それにかけたくなる。
だから。この男が信用できるようなら、そのオーダーメイドの剣をレイに買ってやるのも悪くは無い。
やれやれ、これは当分野宿だな…
「わかりま」
「申し訳ございませんが、お断りします」
え?レイ?
私の返事は遮られた。
「フライドさん。僕は駆け出しでお金は全くありません。稼げるようになるまで今はアンナにお金を払ってもらってます。アンナは得体の知れない、貧乏で無知な僕を助けてくれました。面倒を見てくれました。知識をくれました。旅に連れていってくれると言ってくれました。
恩人なんです。
そんなアンナへの負担は出来るだけ増やしたくないんです。折角の申し出大変嬉しいのですが、今の僕に贅沢に高級な武器を手にする資格も理由もないんです。
帰ろうアンナ。
ありがとうございました、フライドさん。またいつか僕が立派になったら会いたいです」
「レイ…」
まさかレイがそんなことを考えていたとは知らなかった。私はただ、放っておけなかっただけなのだが...必要以上に恩を感じる性格なのか。
レイは私の腕を掴み、フライドさんに会釈をすると工房を後にした。フライドさんは何も言わず最後まで黙ってこっちを見ていた。
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「よかったのか?レイ」
私たちは工房を後にし、チェックインした宿屋の食堂で注文した晩御飯を食べていた。すっかり日は落ち、辺りは暗くなっていた。
「いいんだ。特製の高級武器なんて要らない。僕のためにアンナに負担をかけるのは、僕の望みじゃない。
でも...ただ最低限アンナの足でまといにならず、少しでも力になれるように武器と防具を買ってくれないかな…?
どうか、お願いします!」
「それは勿論いいんだが……
すまない、レイ。私のせいでお前の未来の可能性を奪ってしまった」
「アンナが謝ることじゃないよ!本当に感謝してる、ありがとう」
彼は本当に気にしていないようだった。
「それに、僕働くよ!この世界では皆冒険者になるんでしょ?稼ぎも良さそうだし、僕ギルドで契約して、冒険者になってアンナを助ける」
「ギルドはダメだ!!!」
「アン……ナ…?」
つい怒鳴ってしまった。レイは驚いた顔でこちらを見ている。
「すまない...でもギルドに入ることだけは絶対にしないと約束してくれないか。お願いだ...」
「わかった、誓うよ。僕はアンナを信じてる、アンナがそう言うならそうした方がいいんだよね?」
「…」
「ねぇアンナ、過去に何があったの?アンナの旅の目的はなんなの?ギルドを嫌う理由もあるんでしょ?」
「……」
「あ、ちょっと!」
私は黙って宿部屋へ駆け込んでしまった。
レイは悪くない。
でも.....聞かれたくなかった。話したくない.....。
私は過去を話せなかった自分が嫌だった。レイは仲間なのに…信用するって決めたのに……。
仲間なら打ち明けてもいいはずだ。でも.....出来なかった。
また裏切られるのが怖かった。
話すということは信頼の証。自分が寄せた信頼が、偽物だったと知らされるあの感覚を二度と味わわない為、私は逃げた。
いつまでもトラウマにひっぱられて、恐れを拭えないでいる自分が醜かった。
その晩、悪夢を見た。
昔の仲間が出てきた夢だった。