第十二話 「しかく」
「やぁみなさん、こんにちは」
レイが論文を読み終わるや否や、話しかけてくる声があった。
声のした方を振り返ると、冒険者と思しき若い男が立っていた。年は25ぐらいだろうか。かなりの細身で背が高く、やけに黄色を沢山使った服や防具を着ている。髪も金髪で、全身真っ黄色だ。
「...何の用ですか」
私は無愛想に聞いた。
別に私はギルドを憎んでいるだけで、冒険者全員が悪い奴だとは思っていない。ギルドの本性を知らない者もいるだろう。だから基本的には冒険者とも友好的だ。
だが、この男はなんというか…気持ちが悪い。
彼は笑っていた。
普通笑顔は人を安心させるものだ。心地よいものだ。なのにこの男のそれは、まるで無理やり貼り付けたような不自然さを感じる。胡散臭く、不安になる笑顔だ。
是非、うちの爽やかお兄さんを参考にして欲しい。
「あんなちゃんはこわいねぇ」
警戒心丸出しの私を前に動じず、男はただヘラヘラと笑う。
「何故私の名を知っている!?」
「ずっといっしょにいたからねぇ」
付けられてた!?まさか…!?いつから!?どこで!?
「目的はなんだ?」
「ていまー」
ニタァーと男が笑う。その笑みがますます不気味なものになる。だが、彼の本心が笑っていないのは明らかだった。人を見下すような侮辱するような色が含まれている。
「ティアちゃんに何をする気だ!?」
「そうおこらないでよ、れいくん」
彼は幼い子供と話すような、大人とであれば挑発的に感じる嫌な喋り方をする。それがまた癇に障る。
「ていまーはわるいこ。だからこのブリガンダインさんがせけんのためにころしてあげるってだけじゃない」
「貴様ァ!」
またティアか!どいつもこいつも寄ってたかって...!!
「おい、ブリガンダインとか言ったか。一応言っておくがあんな噂話デタラメだぞ。安い正義感でティアを狙うのはやめろ」
なんとか平静を保ち、どうにか話し合いを試みる。どうも冒険者というのは自分のことを正義のヒーローかなんかだと思う傾向にあるらしい。自分のことを「勇者」だなんて名乗る輩まで現れるぐらいだ。
しかし、その正義感が必ず正しいとは限らないことに、彼らは気づいていない。今回のテイマーの件だってそうだ。噂に流され、あくまで「悪を成敗」という気持ちで奴らは行動している。
多少は違えど、今まで会ってきた連中も同じようなものだったのだろう。しかし裏がとれていないただの噂である以上、奴らのそれはひとりよがりに過ぎない。
理解がある人なら、私の言っていることがわかるはずだ。その可能性にかけた私の発言に、ブリガンダインはほんの一瞬だけキョトンとするが、直ぐに大声で笑い出す。
「アーハッハッハー!!ちがうよぉ、あんなちゃん?うわさばなしがでたらめなことなんてしってるよぉー」
なんだと!?どうゆう事だ、安い正義感で襲いに来たのでなかったのか!?
「というより、ぎるどにたのまれてうわさばなしをながしたのぼくだもの」
私はここで思い出した。彼は、ずっと尾行していたと言っていたことを。
そうだ。噂に流されたただの愚か者ならわざわざ尾行する必要なんてない。
「うそ…」
ティアはショックで膝から倒れた。噂を流した元凶がこいつだと知ったんだ。目の前にいるこいつが...!
「...レイ」
「分かってる」
もう言葉は要らない。あまりの怒りで頭の血管がブチ切れるかと思った。グツグツと血管が沸騰していく。
レイもかなり怒っている様子だ。剣を握り手がわなわなと震えている。
「なぁに、やるの?じゃあふたりともころしちゃうよ?」
「だまれぇ!!!!」
ブリガンダインに掌を向ける。それは魔法を放とうとしていることを意味する。
「スキル『FROZEN』配下魔法!!アイシクルフリーズ!!!」
彼の掌から冷気の塊がブリガンダインを襲いかかる。まるで最初から距離がなかったかのように、冷気は一瞬でブリガンダインまで届く。他の物がそうであるかのように、氷漬けにされる未来が待っていた。
「きかないよ?
スキル『GUARD』配下武術、アンリミテッドシールド」
しかし。
ブリガンダインを氷に閉じ込めるはずのレイの攻撃は四方八方へと散っていく。同じように手をつきだすブリガンダインの前方には、沢山の六角形で織り成す半透明な盾のような物が浮かんでいた。
「バリアか!?」
「私に任せろ!スキル『D・SWORD』配下剣技!!ディサぺア・カッティング!!」
「ぼうぎょむしのひっさつのざんげきだったよね、それなら!
スキル『ASSASSIN』配下武術!サウザンド・シャドー!」
「何!?」
ブリガンダインの体は半透明になり、分身していく。高速で動いている残像にも見えるが、それにしては数が多すぎる。
私は勢いのまま何体か斬りつけるが、実態は無く、ただ空を切る。
「すきだらけだねぇ」
奴がどこにいるか全く分からない。声も全方向からしているようだ。
「ここだよー」
「ぐはっ!」
後ろから重い蹴りを入れられ、私は地面に顔から倒れる。
「アンナ!!」
「れいくんもじゃまだよ」
慌ててアイシクルフリーズを放つが、それらを全てバリアで捌き、レイの腹部に回し蹴りを叩き込む。
「うがっっ」
重い蹴りを受けたレイは吹き飛びもせず、その場に崩れ落ちる。それは蹴りの衝撃が全て体内に伝わったことを意味する。分散しなかった力をモロに受け、レイの口からは血が溢れ出す。
「レイくん!!
ジャックくんお願い!」
「ふぃおおおーー!!」
ジャックが敵に向かって走り出す。
「スキル『JACKAIOPE』配下使役術!クリスタルホーン!」
ティアが呪文を唱えると、ジャックの額から青白透明の円錐が角のように生えてくる。
「ふぃおーー!」
その角を突き刺そうと、ジャックは敵を狙う。
「きたならしいていまーの、きたならしいけものめ!スキル『GUARD』配下武術!アイアンケイジ!」
魔力によって空に現れた鉄檻が、ジャックに被さる。
「ふぃ!?ふぃお!ふぃお!」
ジャックはクリスタルホーンで何度も檻に突撃するが、檻が壊れる気配はない。
「よわいねぇ、よわいねぇ」
ブリガンダインは嘲笑する。
なんて強さだ。私たちの攻撃が全く通らない。これが...上級の冒険者の力.........!!?