第一話 「拾い物」
どんな世界にも生活の基盤となるものが存在する。
我々にとっては科学がそれだ。
しかし科学の代わりに別なものが発展した世界も存在しないとは限らないだろう。例えばそう、魔法だ。
しかし科学と魔法、どちらも完璧ではない。どちらが発展した世界にも貧しい人や苦しむ人々が絶えず存在しているのだ。
さらに両者には、とても嫌な共通点がある。争いを生むということだ。
力は人を変えてしまう。強大な力を100%善に使える人なんて存在しない。戦いとは、力とは、哀しいものなのだ。
亜人などの様々な種族が存在し、人と共存して生活していること。
魔物などを狩ったりする職業がメジャーであること。
中世ヨーロッパのような、石や煉瓦で作られた家々が並ぶ街並み。馬車や人力車が行き交う丸石や砂利の道。
そして...
「魔法」が存在すること。
彼の言葉を借りるなら、ここは、ありきたりな「異世界」らしい。
もちろん私、アンナ・ミロスフィードにとっては生まれ育った世界なのでこれが常識であり、逆に魔法の代わりにキカイとかいうものが存在する世界のが、よっぽど「異世界」である。
私は「異世界転移者」の彼の故郷話を聞きながら、彼に出会った時のことを思い出していた…。
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「シャーーーーーーー!!#」
蛇のような見た目のその魔物は、脳を揺さぶるような鳴き声で私を威嚇する。その恐ろしい雄叫びに、森中の鳥たちが逃げ出す。
私みたいなか弱い女の子にむかって荒々しく吠えるなんて、この蛇はきっとろくな教育を受けて来なかったんだろうな。女の子には優しくしなきゃダメだぞ?
「お願いします!その子を助けてください!!」
大蛇の後ろには、足を怪我した獣人犬族の子供が倒れていた。
その子の母親と思しき女性は、巨大な魔物を前に、ただ狼狽するだけだ。
蛇の尻尾の皮膚が腫れているところを見ると、寝ている蛇を誤って踏んでしまい怒りを買ったといったところか。
いくら魔物でもそれはちょっと同情する、怒るのも無理はない。しかし、あの子を見殺しにする理由にはならないけどな。
「シャシャーーーー!#」
今度のは威嚇ではなく、戦闘の始まりを意味する鳴き声だった。蛇が飛ばしてきた何かを地面を転がることで回避する。
振り替えるとその吐瀉物が落ちた地面がどろどろに溶けている。毒か胃液の類いだろう、冷静に回避できた自分をそっと誉めてあげる。
「大丈夫ですか冒険者さま!?」
「問題ありませんよ。それと私は冒険者ではありません」
「シャーーーォーーー!!#」
「うるさいなこの蛇は!!」
右へ左へ吐瀉物を避けながら、蛇に向かって走る。私の右手には愛剣が握られている。
しかしその刃を突き刺すのは容易ではなかった。蛇は的確に、私が近づきづらいように毒液を散布する。
しかもそれだけでは無い。万が一私が避けきった場合の考慮だろうか、尾っぽをゆらゆらと揺らしている。蛇なりの構えだろう。
敵を徹底的に滅ぼす二段の構え。この魔物はきっとこのお得意の戦法でこの森の王者に君臨していたのだろう。
この森に挑戦する冒険者達も大勢いるが、この大蛇に遭遇したが最期、一網打尽に愉快なアートのような変死体にされてしまっていると聞く。
冒険者の間ではこの蛇が住まう森は避けるべき対象として、畏怖の対象として語られているようだ。
しかしそれは冒険者たちの常識にすぎない。
このアンナ・ミロスフィードをそんじょそこらの冒険者どもと一緒にされては困る。
「お前ら魔物には使えない「技」を見せてやる。よく見ていろ蛇公!」
私は身体中を駆け巡る魔力に全集中を向ける。頭が冴え渡り、体が魔法を放つ準備に入ったのを感覚的に理解する。
「ちょうどいい、やつに頼まれていた新魔法の実験台になってくれよ。スキル『THUNDER』...」
スキル名を口にすると同時に、体に雷が駆け巡る。
「配下魔法、エレクトリックブレイカー!!」
私の詠唱に空気中のマナが呼応する!私の元へと集まってくる!!
そしてそれらが私の剣にまとるや否や青白い雷と変貌し、轟轟と唸りをあげる。その間まさに刹那!
一瞬遅れて蛇が大量の毒液を吐き出す。
「お前の汚い攻撃なんて効かないんだよ!!」
怒号の雷にも怯まずに攻撃してきたのは流石と言ったところか。しかし、それは無意味に終わる。
前方から神速で飛んでくる毒液にむかって雷撃を振るう。大地すらも融かしてしまう猛毒の液はジュウゥゥと音をたてて蒸発していく。
「ジャッッッッ!?#」
「これが魔法の力だ、魔物」
自慢の攻撃が無効化され怯む蛇の、その一瞬の隙を見逃さない!次の瞬間、私は蛇の目前に躍り出ていた。
慌てて尻尾で防御しようとするも、私の剣が舞、その丸太のような尻尾は両断され、地に落ちる。
「これで終わりだ」
空へ跳び、頭上から剣を振り下ろす!魔物に対抗する術などもう、ない。
蛇の頭が血飛沫を放ちながら真っ二つに裂かれ、絶命していく。なかなかグロテスクだが、もう慣れた。
どこの魔物もそうなるように、やつの死体は青黒い煙とともに静かに消えてゆく。そしてたったひとつだけ、魔物の核である霊魂玉だけがその場に残る。
価値のあるものなので忘れず回収し、ポーチへとしまう。
「コエラ!」
名前と思しき単語を叫びながら、子供の元へ走る母親を見て、そっと安堵のため息をつき、剣をしまう。
チロリロリン♪
レベルも上がったし、一件落着だ。
先程の雷のスキルが、体から消えていくのが分かる。じぃさんに渡されたテスト用のスキルは使い捨てだった。
まぁまぁの威力だったし、実験は成功だと今度伝えておこう。
「本当にありがとうございました!」
「ありがとうお姉ちゃん!」
犬族の親子が駆け寄ってきてお礼を述べる。
「大したことじゃないですよ。それより君、足を怪我したんでしょ?治してあげるからおいで...
スキル『HEAL』配下魔法、グリーンエコー」
回復魔法をかけてあげると、傷がみるみる消えていく。痛みの引いた犬族の少年は嬉しそうに尻尾を振り出した。
「九千万人に1人しか使えないという回復魔法じゃないですか!?命を助けてくれただけでなく、怪我まで!本当にありがとうございます」
母犬は大袈裟に頭を下げてみせる。
「気にしないでください、それでは」
何度も頭を下げる獣人犬族の親子に別れを告げ、私は旅路に戻る。
こういったのは冒険者どもの仕事だろ。なんで一般人の私が他の人のために頑張らないといけないんだ。まぁ子供の命を助けられたから良かったけど。
人助けのためのギルドだなんて言って、デタラメばかりだ。あんな奴ら、人を助ける気なんてはなから持っちゃいない。
昔を思い出し、少し気分が悪くなる。まだ少し痛む...。
…と、その時!
「なんだ?」
ふと視界に青白い光の柱が映る。
光は森の木々の間からだった。
好奇心に負け、ひょっこりと茂みから覗く。
...魔法陣だ!
2重の青白い魔法陣が不気味に回っている。
「これは一体…うっ!」
急に魔法陣が光だし、あまりの眩しさに私はつい顔を背ける。
暫くすると光が止んだようだ。ゆっくりと目を開ける。
と、そこには魔方陣は既になく、その代わりに一人の青年が倒れていた。
一瞬、イケメンとの運命的な出会いを望んだ私への、神様からのギフトかとも思ったが冷静に考えればそんなわけはない。
そんなことより今気づいた!あの青年息をしてなくないか!?
「大丈夫か!?おい!しっかりしろ!!」
私は慌てて駆け寄り、青年に『HEAL』をかける...
起きろ!起きてくれ!!
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あまりにも突然のそれが、彼との…
異世界転移者レイとの出会いだった。