#3 「超演算者」の少女 5
「みどっちだ」
祐樹と並走しながらも、ゆかりは思わず声を漏らした。
彼女の左手側を走る祐樹が「?」といった様子で尋ねる。
「おめー、あのホウキ髪のねーちゃん知ってんの?」
「ホウキゆーな!!ポニーテールだ!!」
「別にどっちでもい・・・だーーー!!分かった分かった悪かったからいい加減リコーダーで叩くのはやめろっての!!」
もうかれこれ十数分はずっと走りっぱなしという状態なのにも関わらず、二人は息をほとんど上げずに声を張り上げ合っていた。総合身体能力強化コースを履修している祐樹ならともかく、運動にあまり縁のないゆかりまで身体能力が向上しているというのは、大部分が祐樹特有の脳波による干渉の賜物だろう。高能力以上になると稀にこういったことができる能力者が現れるのだ。
「・・・で、お前はあのポニーテールのねーちゃんを知ってんのか?」
「しってる。みどりおねえちゃんだ。だからみどっちだ」
「へぇ。近所のお姉さんってか」
「そーだ。たまにこまったときたすけてくれるスーパー・・・・。うん、だからてつだってくれるにちがいない」
聞いていた祐樹はまさにそのポニーテール少女の胸元目掛けてダイブしそうになったが、そこはかろうじて免れた。彼は頭が悪いわけではない。頭の悪い行動をしているだけなのだ。「『スーパーマン』と言おうとして『マン』が男性を示すことに気づき、『スーパーウーマン』と訂正したいところ『ウーマン』が思いつかなかった」という事の真相は心の中にそっとしまっておけばいい。弘毅達のもとについた以上、今はそのツッコミ以上に急を要することがある。こうしている間にも強盗はより遠くへ逃げてしまうに違いないのだ。
妖怪のような異様極まりない片足けんけんで近付いてきた彼は真っ先にその話を切り出した。
「いた!?あいつじゃねえか!?」
5人を先導して走っていた弘毅が叫ぶ。
先ほどのショッピングモールだった。彼らがゆかりの能力によって導かれて来たそこでは今だにマスコミや野次馬の集団が崩落現場を中心に群がっているが、それでも人波はだいぶ引いたようだった。2、30メートル先を人に紛れるようにして走る強盗の姿が楽に目で追える。
「そーだ!あいつがバッグひったくっていったんだ!」
「間違いねぇ!あいつだ!」
後続して駆けるゆかりと祐樹が簡抜入れずに声を上げる。
彼らが追っているのは、青いジージャンを着てニット帽を被った、いかにもな感じの男だった。追われているのに気づいているのか否か、さっきから弘毅達側を含めて周囲を挙動不審にきょろきょろしながら走っている。まばらというほどではないが、遠目で人が確認できるほどにはすいているため、周囲をやたらと警戒している様子が間抜け筒抜けで結構可笑しい。
弘毅もそんな様子に自分たちの力量を確信したのか、余裕着々といった感じで残りの面子に指示を飛ばす。
「今回は祐樹が主戦力だ。居舞と祐樹の能力を俺が『同調』させれば一時的に祐樹は『計算して攻撃、防御を行う喧嘩』ができるようになる。1分くらいしかもたないだろうから速攻で勝負をつけろ。ノックアウトしたら奴からバッグを奪還してとんずらだ!俺と直樹、ゆかりは後方支援。直樹は本当にヤバかったら『零』を使ってくれ」
「わかった」
「まっかせて〜。祐樹くん。ジャンジャン突っ込んで平気だよ〜」
「ようし分かった。ジャンジャンあの野郎をぶっ飛ばしてやる!」
了解する一同を見て、最後にリーダーは高らかに一言。
「それじゃあ・・・作戦開始!!」
言うと同時、弘毅は後ろにまわって居舞と祐樹の後頭部に手をかざした。パチパチッと、彼の手と二人の後頭部との間で静電気のような青白い電気が飛び跳ねる。
直後。
「待ちやがれえぇぇぇぇぇぇぇジージャンの野郎ぉぉぉぉぉぉぉお」
祐樹が猛る勢いで強盗目がけて突っ込んでいく。
ビクゥ!?といった感じで振り向いた男の顔面目がけて、風を切るような拳が炸裂した。が、男は寸前のところで上体を倒してかわし、流れの動作でジージャンの懐に手を突っ込む。
出てきたのはバタフライナイフだった。
(――――ッ!?)
視界にそれを捉えた祐樹の身体が一瞬凍りつく。
その隙を見計らったように、男がナイフを構えて突進してきた。初撃の勢いで5、6メートルほど距離が離れていたとはいえ、全力疾走の勢いを残したままではカウンターに対応できない。
(くッ・・・)
低くした体勢のまま、右肩をナイフが掠めていく。
幸い出血はないようだが、いちいち気にしてる暇はない。祐樹は低い姿勢からバネのように飛び上がり、その推進力で全力の肘鉄を男の鳩尾に打ち込んだ。「計算された」その一撃は見事に決まり、男は自分の胸元を鷲掴みにして歩道の上を転がっていく。
(すげえ・・・・半ば反射的に体が動いたぜ・・・)
肩で息をしながら祐樹は驚きの表情を浮かべる。
対して男は蠢くだけだった。祐樹の推進力+男自身の運動エネルギー+最大効率で発揮された力という壮絶な衝撃を受けた彼の鳩尾では、ダメージどころか気道までもが塞がれてしまってまともな呼吸ができていない。
「つか、あっけなかったな。いくら速攻で勝負をつけるつもりだったとはいえ・・・あ、でも肩の服が切れてるからやっぱギリギリだったのか・・・」
安堵した息を吐きながら祐樹はくるっと踵を返した。男の手元にバッグはない。さっきナイフを取り出したときに足元へ落としていったのだ。祐樹を挟んで男と反対方向に転がっているバッグに向かって、彼は歩み寄って手を伸ばし拾おうとしたが、そのとき
「危ねぇ!!祐樹、後ろ!!」
弘毅の絶叫が空気を裂く。
完全に気を抜いていた祐樹の後ろで、男が手に持っていたバタフライナイフを投げつけたのだ。乱方向に回転してはいるものの、その動きの矛先はまっすぐ祐樹に向かって牙を剥いている。運が悪ければその刀身が祐樹の体に深々と突き刺さるかもしれない。
(くそ!!どうにか―――――――)
しかし考えかけたところで思考が止まった。
なぜなら、今まさに祐樹目がけて投げつけられたはずのバタフライナイフが、空中で急に減速した後
ぐにゃり、と二つに折れ曲がって落ちたからだ。
「??・・・・ああ!なるほど。『今回はこうなった』ってことか」
一瞬遅れて事態を把握した弘毅が崩した表情で直樹を見る。
そこには、冷や汗を流して右手を構えた『零』の能力を持つ幼馴染の少年の姿があった。