#3 「超演算者」の少女 2
「それで、この子が現在最も『サーキュレイター』の能力に近いというわけか」
雑用物が乱雑に置かれた、本来は白一色のはずの部屋の中で青年は手元のレポート用紙を一瞥する。
彼が座った眼の前の机には辞書や学問書、その他様々な書類が山積みになって放置されており、一見すると何を見ているのか傍目では判別がつきにくい。が、本人はきちんと位置の把握ができているらしく、馴れた手つきで書類の山から2枚ほど用紙を取り出すと、先ほど見ていたレポート用紙と見比べて何かを書きこみ始めた。
「とてもそんな風には見えないけどね。どちらかというと、外で元気に走り回っている方がしっくりくるかな」
「てめぇの私見なんざどぉでもいいんだよ。それより聞かせろ。『超演算者』なんて、何で今更そんな無駄な能力を研究する気になったんだ?てめぇが次回発表する論文には全く無関係の分野だし、そもそも高性能集積回路が発達した今の時代、高演算能力なんて需要なさすぎて誰も研究しちゃいねぇじゃねえか」
机を挟んで真向かいに立っている少年が怪訝そうな顔で言葉を投げる。紅く鋭い眼を持った、好戦的な少年だった。
「言うほどの理由なんか特にないよ。ただ、あえて言うなら『もしかしたら・・・』って思っただけさ」
「何が『もしかしたら』だ。曖昧な答えで飄々と受け流すんじゃねぇ。さっさと答えろ」
「というか何で君はそんなに躍起になっている?君にとって別にそこまで重要なことでもないだろうに。あと少しすれば能力も元通りになるんだろう?」
言われて、『真実者』は言い返せない。確かに彼の能力をもってすればたかだか人間一人の考えていることなど容易に透視できる。テロ未遂から既に5週間以上が経過しているため、そのときに打たれた能力抑制剤もそろそろ切れる頃合いなのも事実だ。ただ少年が焦っているのはそれにこそ理由があり、そしてこの青年だけには知られるわけにいかなかったからである。
(俺はテロを起こして死にてぇと思っている人間だ。前みたいに死ぬ寸前でまた助けられたんじゃあ話にならねぇ。そうでなくともコイツは俺が不審な行動をとれば危険を覚悟で真っ先に止めにかかるだろう。本格的に怪しまれるのだけは避けるべきだが、ただこいつの『脱線』がもし俺の能力を抑制する研究の一部だとしたらそれはそれでまずい状況になる。クスリが切れると同時にその研究成果を試される可能性も考えれば奴の研究目的も早く聞き出しておくべきだが、どういうわけかアイツに関することだけは能力で読み取れねぇんだよな)
少々考えた挙句、彼は渋々引き下がることにした。
「・・・まぁいい。とにかくそいつが今一番『超演算者』に近いってことは間違いないだろう。『高演算者』一人一人をチェックできるほど能力が回復してるわけじゃねえから断定はできねぇが、確率数値的にこれ以上はおそらくねぇはずだ」
「『98.6%。微弱な指数関数的上昇傾向あり』・・・か。確かにそうだな。これよりもっと高い子がいるとすればそれはコインを投げて100回連続で表を出すぐらいの確率だろう。よし、わかった。契約外手当は明日以降振り込んでおくから今日は帰っていいぞ。おかげで助かった。ありがとう、『トゥルーザー』」
「・・・・・・・・」
少年はそれには答えず、無言のまま踵を返して部屋を出て行った。
残った青年はもう一度、先ほど灼眼の少年から受け取ったレポート用紙に目を通す。
難解な数値と言葉が羅列した用紙だが、ただ一つ、そこにはあまりに不似合いな明るい印象を与える写真が添えてあった。
「にしてもホントに意外なもんだな。まさかこんな少女が現在最も発達している集積回路と同等か、あるいはそれ以上の計算能力を手にする才能を持ち合わせていたなんて」
両側の頬でピースをした、泣きボクロが印象的なポニーテールの笑顔の少女がそこには写っていた。