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#1 始まりの記憶

「だーかーらー!!一番上はハートの7だったっつってんだろ!」


「ちがうわ!!スペードの9じゃーーぼけーー」


 聞きなれた二人の声が聞こえる。ちなみに今は午後十時。騒いだら明らかに近所迷惑になる時間帯だ。まだあの二人はやってたんだ、と少年は半ば呆れながら呟いた。



 少年の名は志賀直樹。



 普通と言えば至って普通。極々普通の小学6年生だった。特に特技があるわけでもないし、成績優秀というわけでもない。そもそも小学生の段階で成績の概念があるかどうかも微妙だが、テストはだいたい70点前後だ。

 もの静かというわけでもなく、喋るときは喋る。友人はまぁ、5、6人よく話す人がいれば十分「普通」に当てはまるだろう。バレンタインに告白イベントが起こる世界を「雲の上」と称するあたりは少々個性的と言えるかもしれないが、まぁつまりそういうことだ。

 普通のお手本とも言えるようなその少年は、居間に通じるドアを開け中にいる二人の男女を見た。



 一人はツンツンした髪をもつ頭の悪そうな少年、井戸田祐樹。


 もう一人は、腰まである長いサラサラな髪をもつ少女、柊ゆかり。



「頭の悪そう」と表現したのは少々語弊かもしれない。彼は実際に頭が悪いわけではなく、頭の悪い行動をしているだけだ。芸人的立場、と言えばわかりやすいだろうが、つまらないことが嫌いなだけで、なんとか場を盛り上げようとするムードメーカーなのだ。ただムキになると少々大人げない行動に出るところは直樹や弘毅に度々手を焼かせている。

 そんな彼に鬼の形相を向けている彼女は、とてもおしとやかとは言えない。整った小振りの顔、頭の横から飛び出しているゴムで縛った一房の髪が印象的な彼女は、確かに黙っていればかわいいと言えるかもしれないが、言葉づかいも性格もメチャクチャな彼女を扱うことができるのは全国探しても彼女の親か、今この家にいる男子3人くらいなものだろう。

 そんな二人は、この家、つまり瀬良弘毅の自宅の居間でトランプに白熱していた。どうやら「大富豪」をやっているらしい。


「てきとうなこと言うな!!スペードの9なんてずっと前に弘毅がそれ出して上がってたじゃねえか!」


「そ、それはクローバーよクローバー。そうクローバーに決定!クローバーじゃぁぼけぇーー」


「・・・・・じゃあいいよスペードの9で。出すのはハートのQにするから」


「・・・・・・・・・・・・・」


「どうした?出せないのか?じゃあ切って、さっきのハートの8だして、切って、ダイヤの5で上がりっと♪」


「・・・・・・・・・・・・・」


「あっぶねー。何とか勝ったぜー!!」


「喜んでる場合じゃないでしょ、まったく。どうして祐樹は・・・」


 渋い表情で直樹は言う。


 目の前には満面の笑顔でガッツポーズを決める少年と、嗚咽を漏らしながら大粒の涙を浮かべる少女。

 迫りくる波乱の予感に直樹は思わず後ずさる。こんなことになるならいっそどちらかを先にあがらせておけばよかったと、彼は今更ながら後悔の念を噛み締めた。元より直樹はそのつもりだったのだが、弘毅が「面白いから残してみよう」と言ってきかなかったので、渋々合意したのだった。

 ただでさえ負けず嫌いなゆかりが、自分に最下位という不名誉な称号を与えた相手の勝利を誇る姿を見て、黙っていられた日には天から槍でも降るだろう。このあとに予想される展開を直樹はあれこれと思案するが、既に万策尽きていることに気づくのに5秒もかからなかった。

 まぁ最もやっと年齢が二桁に達したばかりの少女が上級生相手にトランプをしていること自体が既に驚きだが。


「こうなったら弘毅を呼ぶしかないけど、あっちはあっちでゲームしてるしなぁ」


 さっきまで直樹がいた和室にあるテレビにくらいついているのは、精悍な顔つきの少年だった。サラサラで薄茶のショートカットの髪に、キリッとした目つき。鼻は高すぎず低すぎずで、細い顎にうまく調和している。十代で活躍しているアイドル歌手なんかはこんな顔立ちの人が多い。そう言われて納得できるような少年だった。

 レースゲームでもしているのか、さっきから「あと0、5秒!」とか「そう曲がればいいのか〜」とか「今度はどうだ!」とかしきりに叫んでいる。

 同学年の最上級生として本来なら直樹が下級生をなだめて然るべきだろうが、決壊寸前のゆかりを鎮めることができるのは弘毅以外にこの場にいないことは経験上わかっているので、情けないと思いながらも彼は入ってきたばかりの居間のドアノブに手をかける。が、ドアは勝手に開いて今度は「っぃよっしゃあぁぁぁァァァ――」という歓声と同時に弘毅が居間に入ってきた。


「おいおい直樹!とうとうあの記録を華麗なコーナリングで3秒も上回っちまったぜ〜!さすがの兄貴でもこの記録はぜってぇ破れねぇ!約束通り今度『呪我』買ってもらお〜と。・・・ってなんだこの空気は?」


 来月発売予定の戦国RPGが手に入ると確信した能天気な少年瀬良弘毅は、ひとしきり歓喜した後居間の空気の異様さにに気がついた。

 ちなみに兄である瀬良亮介がそれより10秒も速いベストタイムを持っていることを彼は知らない。最近のゲームはメモリーカ―ドにセーブデータを保存する形式のものが多く、本体から切り離して持ち歩くことができる。つまり、複数のメモリーカードを使って同じゲームのデータを複数つくることも可能なわけだ。最も普通にゲ―ムをプレイする分には一作品につき一つでも十分である。彼はただこうやって弘毅をおちょくるのが好きなだけだ。どうせ明日には「どよ〜〜〜ん」という効果音が似合うこの世の終わりを見たかのような沈んだ表情が見れるに違いない。


「まぁこの二人のガチなら何があったか大体想像はつくが・・・」


 実のところ弘毅には「祐樹がゆかりの面倒をみれるか試す」という考えがあって、直樹もそれを理解して承諾した事情があった・・・・・のだが、見事なまでに期待を裏切る眼の前の状況に、弘毅の顔からは前向きな印象が消えている。

 ゆかりは相変わらず目の淵に涙を浮かべているが、必死に泣くまいとしているのは分かる。一方祐樹は女の子を泣かせたくない男の本能と言わんばかりの勢いで人間の関節のどこをどう曲げたらそんな動きができるのか不思議なくらいの軟体動物張りの動きで彼女のご機嫌取りに必死だった。

 クラスの真ん中でやったら間違いなく全員勢いよく後ろへ飛び退くようなシュールな動きも、弘毅は当たり前のようにスルーして、ゆかりの手の中にある2枚のカードを見た。



 番号はスペードのAと、ダイヤの2。



 弘毅は何かを理解したかのような、安堵した表情を浮かべ、軽く息をついて言った。


「この勝負、ゆかりの勝ちだ」


 タコ踊りをしていた愉快な少年祐樹の動きが不自然な形で停止する。直樹もさすがにびっくりした表情で弘毅を見た。


「ゆかりの手札を見てみろ。正直この手札はほぼ最強だぞ、最強。こんなカードを手札に残しておいて負けるほうが不自然だ。まぁ理由はただ一つだろうが、念のため聞いておくか。ゆかり、このゲームで一番『弱い』カードは何だ?」


「・・・・・・『A』じゃないの?」


 祐樹がその場ですっ転んだ。弘毅は「やっぱりそうか・・・」と呟きながらうなだれているので、直樹が代わりに状況を説明する。

 地方によって呼び方は様々だろうが、『大富豪』とは配られた自分の手札を一定のルールに従っていかに早くなくすかを競うトランプゲームだ。各カードには数字に従って『強さ』が割り振られており、基本的にその順番は強い順に「3、4、5、・・・・、10、J、Q、K、1、2、ジョーカー」となる。出す順番を決め、自分は直前の人より強いカードなら出すことができる。出せるカードがない場合はパスすることも可能で、自分が出して自分以外のプレイヤーが全てパスしてもう一回自分にターンが回ってきた場合、それは『切り』となる。そうなったら、直前の人(=自分)の出したカードは無視して好きなカードを新たに出すことができる。

 トランプゲームの中では最もメジャーなゲームであるゆえ、そのルールにはベースとなる先のルールに加えて様々な「追加ルール」が存在する。

 例えば、開始時あるいは『切り』のとき同じ数字が揃って出されたら以降の人はそれより強い揃った数字を出していかなければならないルールに、4つ揃った数字が出たら先の強さの順が逆になる『革命』。8が出たらそのターンで『切り』となる『8切り』、Jが出たら次の『切り』まで強さの順が逆になる『Jターン』などがある。これらのルールは数字に関するルールの一部だが、マークに関するものもあり、それらも地方によって独特の呼び方がある。

 これらのルールを踏まえれば、ゆかりの手札がいかに強かったかは最早言うまでもないだろう。男子3人がいかにも「常識じゃん?」といった顔で勝手にゲームを進めてしまったせいで、ゆかりはルールを詳しく聞くこともできず、見よう見まねでせざるを得なくなってしまっていたのだ。

 負けず嫌いの彼女が祐樹から「なんだおめぇルール知らねえの?」とバカにされたような(少なくとも彼女はそう解釈した)聞き方をされて、素直に「わかんなぁい♪」などと言えるはずがない。ゲーム中になんとかメインルールと『8切り』のルールだけは覚えたのか、祐樹が出そうとしたハートの8を見て、いきなり近場にあった扇風機の風力切りかえを「強」にして場のカードを吹っ飛ばし、8が出せないように「出てたのはスペードの9だった!」と言い張った。



 これが、一連の騒動の顛末だった。



 3対1で互いに文句がたくさんあっただろうが、いくら気のおけない仲でも「常識を今更聞けない」という経験は誰でも一度はあると思う。弘毅はそれを配慮してか、ゆかりの肩をもつ形でこう言った。


「ここは判定勝負だな。ゆかりはルールを知らなかった。しかも手札を見てみればかなり強いカードが少なくとも2枚はあったと見える。もしかしたらトップであがっていたかもしれない。よってここはゆかりを『大富豪』にし、あとは普通にあがった順で俺が『富豪』、直樹が『平民』、祐樹が『大貧民』だ!」


「・・・・・せめて『貧民』にしてくれよ」


「『貧民なんていらねぇ!大貧民で十分だ』とか言ったのはお前じゃないか」


「・・・・・そうでした」


「やっぱりひろきはよわいな〜年下のあたしにも負けるなんて」


「お前それが目上の人に対する口のきき方か!?」


「年上はなおきとこーきだけだ。お前は9歳だ。」


「おれは正真正銘11歳だ〜!!てかこんなでかい3年生いたらこえーだろーが!!」


「5年生でもこわいけどな。そしてゆかりと喧嘩してるあたり精神年齢は9歳か」


「ぐ・・・うおお・・・言い返せねぇ・・・」


「でもこーきはバカだけどな」


「んだとコラァ!?」


「3人ともホントに近所迷惑だってばー」


トランプを片づけながら、すっかり元に戻ったいつも通りの3人を見て直樹は少し苦笑する。


 これが日常だった。


 4人は同じ学校に通っている近所の幼馴染で、最上級生である弘毅を先頭とし、主に「くだらないこと」を「試練」と称して遊ぶことが多い。例えば今日なんかは「放課後や旅行先、ふとした時に簡単にでき、かつ負けたときに多大な被害をくらう恐れがある魔のゲーム「大富豪」に対して対策を練る」というものだった。ちなみにきっかけは修学旅行から帰ってきた弘毅の一言であったりする。彼と直樹は別のクラスなのだが、旅行で何があったかは一応直樹の耳にも届いている。弘毅の名誉のために黙っているだけだ。

 そんな彼らが通う「国立黎明院学校」を始めとした全国の小、中、高等学校には「常識的な」学校とは異なる教育カリキュラムがある。



「Individual-Ability-Development」。通称「IAD」。



 「個人能力育成プログラム」とも呼ばれるそのカリキュラムでは、学校の授業で伸ばすことが難しい能力の育成が目標とされている。

 例えばいくら勉強ができてもコミュニケーション能力が不足した人間を会社や企業は採用しようと思わないし、逆に誰とでも気軽に話せるような人間には高度な心理学の知識が望まれる。もっと身近な話をすれば、学校の成績が悪くても将棋やチェス、オセロが得意だったり、いたずらや悪知恵に優れた人間もいるということだ。弘毅達のような小学生時分では休み時間にやるドッジボールが上手いと注目の的になるかもしれない。

「コミュニケーション能力」「運動神経」「知恵」その他諸々人間には紙と鉛筆だけでは測れない様々な「能力」が存在する。それらを個人の適性に合わせて伸ばす目的でつくられたのがIADというわけだ。

 本格的な育成が始まるのは中学生になってからだが、小中一貫の黎明院では小学校高学年から各自の適性に沿ったカリキュラムが始まる。直樹と弘毅は同じ発想知能系であるため、他クラスとの合同授業でも一緒になることが多い。それは宿題でも然りで、共通の宿題の一つに「自由課題」というものがあるのだが、こちらの学年提出状況は「自由」という単語からもわかる(?)通り言うまでもないだろう。



 しかし弘毅達はそんな天然記念物と言わんばかりの自由課題を提出「することができる」数少ない生徒だ。



 休日にやったことをいちいち記録して提出する面倒を乗り越えている点では偉いかもしれないが、大半の生徒が自由課題をやらない理由はそれ自体が漠然とし過ぎていて何をしたらいいか分からないからである。算数の問題を解くことができてもつくることは難しいのと同じことだ。実はそれも自由課題の「課題」の内に含まれることを生徒は知らされていないのだが、弘毅は遊ぶ前に大抵「試練」と言ってやることを明らかにするので非常に書きやすい。今回だって『大富豪』について適当に勝てるコツみたいのを並べて提出すればそれは立派な自由課題になる。多くの生徒はその事実を知らないのだ。



 だがそんな課題云々の理屈より、直樹は彼らといるのが楽しかった。



 弘毅が「試練」といい、無茶をする。僕たちはそんな弘毅に引っ張り回される。年の割に頭のいいゆかりがたまに良い発想を出し、失敗しても僕たちはいつも笑っていて、その中心には祐樹がいた。

 


 変わらない4人。

 

 変わらない日常。



 それはただの願望なのかもしれない。両親が原因不明の爆発事故で亡くなってから、彼はずっと一人だった。訃報を聞いた時のあの頭が空っぽになる感じは今でも記憶にへばりついている。当たり前だと思っていたものはいとも簡単になくなりうるということを、彼は身に染みて理解していた。



 脳裡に焼きついた灼熱の光景が視界をよぎる。


 飛び交う大人の大声が、肌にまとわりつく熱気が、まるで地獄の底から這い出た獣のように威嚇する。

 

 喰らってやる、と。


 お前の両親を喰らったように、今度はお前の大切な友達をも喰らってやる、と。

 

 そして決して逃がしはしない、と。

 

 呼ばれた声に振り返る。

 どういう成り行きでそうなったのか、そこにはゲームのコントローラーを握った、いつもの面子が揃っていた。ゆかりはもとより祐樹もあまりテレビゲームをする方ではないので、おそらく弘毅がやらせているのだろう。彼の顔がだいぶ青くなっているのはもしかしてあれか?だとしたら思ったよりも『早かった』。


「あのクソ兄貴ぃぃぃぃぃぃ――!!今日は4人がかりでこの反則じみたレコードを塗り替えるぞぉぉぉぉ―――!!」

 

 

 あの日と同じ声で、少年は叫ぶ。

 

 

 そうだ。

 

 続く日常が願望であるというのなら。


 失う可能性を否定できず、指をくわえてただ突っ立ってることしかできないというのなら。


「はじめに言っておく!俺は世界で一番わがままで自己中で天上天下唯我独尊な男だ!!この世は俺の思った通りになる!!だからお前は今日から俺の仲間だ!!」

 

 わがまま自己中天上天下唯我独尊。

 

 その言葉のもとに、思いを貫けばいいだけだ。

 

 この日常はずっと続く。いや、続かせるという思いを。




 彼岸花が所々に咲く、8月中旬。

 

 志賀ゆかりと書かれた墓石の前で、彼は手を合わせていた。


「あれから15年か・・・・」

 

 呟きは静かに虚空へ消える。木々の葉が擦れる涼しい音だけが、その呟きに呼応しているようにも見えた。その声はどこか優しく、どこか温かく、そしてどこか懐かしい。

 

 揺れる木漏れ日に包まれて、彼は一人思い出す。

 

 凪の思い出を。大切な仲間を。そして「IAD」にまつわる一人の少年の惨劇を。

 

「今日くらいは、いいか・・・」


 仲間が眠る地の上で。


 仲間とともにいつか見上げた空を見ながら、彼は静かに記憶の糸を、紡ぎ始めた。


こんにちは。最近趣味で小説を書き始めました。インデックスです。

忙しい中暇を見つけて書いた稚拙な文章ですが、感想等あったら頂けるとと嬉しいです

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