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花に十日の紅なし  作者: てんてん丸
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希代不思議

小学五年生の頃、両親が事故で亡くなった。


その後は近くに住んでいた父方の祖父母のところに引き取られたが、ものの一年後に祖父も亡くなる。そのショックから祖母も障害が出始め、今では一年のほとんどを病院で過ごすような生活を送っている。


故に、ずぶ濡れになった制服を洗うのに、怪訝な目をする人物はいない。

有栖川は複雑な感情を押し殺しながら、回る洗濯機を見つめていた。



「なんで、私だけ」


先ほどから何度も、無意識にこの言葉を呟いている。


別に何か悪い事をしたわけでもない。

別に酷い事を押し付けたわけでもない。

私は、僅かな救いを求めて本へと逃げただけの少女だ。



「なんで、私だけ」


ふと、不幸は不幸を呼ぶ、という言葉を思い出す。

確か濡れた本のプロローグは、そんな文章で締めくくられていたはずだ。まさか自分がその身をもって経験するとは思わなかったが、今となっては痛いほど理解出来る。



「どうしよう」


明日からどのような顔をして学校へ行けばいいのか。

そしてどんな気持ちで双葉に接すればいいのか。

そんな意味合いの「どうしよう」では無い。



「どうしよう」


明日から着ていく服はどうしよう。

無遅刻無欠席記録が途絶えた事はどうしよう。

そんな意味合いの「どうしよう」でも無い。



――死ねばいいじゃない。


先ほどから頭の中で反芻する言葉が、胸にまで突き刺さる。

たった一度の虐めで、こんな言葉が脳裏を駆け巡る事に、私は自分自身がすでに限界に達している事を初めて知った。


ここに家族がいれば、一緒になって守ってくれたかもしれない。

この言葉に、共に戦ってくれたかもしれない。

しかし、私にはいないのだと、改めて認識された。



「――どう、しよう」


洗濯機から少し目線を離すと、古びた台所が目に入る。

築数十年の古い一軒家に相応しい間取りで、全体的に和風の雰囲気が漂っている。


その中で、今日に限って台所の洗い場に置かれている庖丁が、酷く輝いて見えた。まるで「使え」と言わんばかりに、その存在感は目に入る。



「私のせい、なんだろうね」


思い返すと、両親が事故で死んだのは、無邪気に遊びに外に出た私を迎えに来たせいだ。

祖父が亡くなったのも、そんな自分を責めた私を必至になって慰めたからだ。

大好きな本が濡れたのも、反省を生かして、大人しくして生きようとしたからだ。


そうして自分を守ってくれた人達、物達が次々と被害を被っていく。


言われなくてもわかる、どうやら私は不幸をばらまくタイプの人間だ。

そして質の悪い事に、自分だけが生き残る種類の人間らしい。



「花に十日の紅なし、か」


綺麗に咲いた花でも、十日もすれば色あせる。

私はこの言葉が好きだった。後に「権は十年久しからず」と続き、世の無常を説く素晴らしい諺だ。


だからこそ、せめて最後ぐらい―――最後ぐらい、紅に染まってみても、罰は当たらないかもしれない。



「生まれ変わったら、普通の人生が良いなぁ」


虐めは今までに比べれば些細な事件だと、何度も思う。

しかし今の有栖川美羽の歯車を狂わせるには、その程度で十分で、むしろよくぞ、ここまで生きたと思わせるほどの出来事だった。


親族だけでなく、本にすら危害が及ぶのならば、最後は華々しく散るのもまた一興かもしれない。

そんな気分にさせてくれる。



――死ねばいいじゃない。


そう、一度覚悟を決めたせいか、脳裏の言葉がより一層強くなる。



――死ねばいいじゃない。死ねばいいじゃない。


恐ろしいほどに、強くなる。

急激に主張が強くなる事に、私は驚きを隠せなかった。



――死ね、死ね、死ね、死ね


私は……いや、もう一人の有栖川美羽が、そう叫ぶのを止めない。

同時に全力で台所に駆け寄り、庖丁を手に取るよう私を動かす。


珍しく、思考というものが働いていない。

完全に心の声に従って、体が動いている。



(女郎蜘蛛に操られるのって、こんな気分なのね)


そんな事すら思えるほどに、不思議な感覚だった。




「―――それでいいのか?」


突然何処からともなく、声が聞こえた。

聞いたことのない、若い男の声で、妙に透き通っている。


普段の私なら驚いて、周囲を見回して幽霊の存在でも考えただろう。

しかしもう、体は止まらない。



「これでいいのよ。生きたいけど、逝きたいのよ」


この言葉が本心だったように思う。


別に死にたかったわけでは無い。

しかし死んでも良いと思えるだけの要素があっただけの話だ。

生きたい気持ちはあるが、死にたい気持ちが勝った、ただそれだけの話だ。


私は返答と同時、勢い任せに庖丁を振りかぶり、左手首を目指して振り下ろす。

初めての行為だというのに、まるで熟練した動きで刃は貫通した。



「――お前は、それでいいんだな」


その声は、はっきりと背後から聞こえた。

余りの痛さと、そして熱さを感じる手首を見ながら、私は不思議と笑みを浮かべ「えぇ、これでいいのよ」と呟く。



「もう、人間として生きたくない。もう私のせいで、誰も、何も死んでほしくない」


最後の力を振り絞って振り返る。

暗い部屋の奥には、確かに真っ黒な何かが立っていた。仮に「死神」というのが存在するのなら、素晴らしいタイミングで訪れたものだと思う。



「なら最後に聞こう。人間でないならば、お前はいきたいか?」


皮肉な話だ。今日の死神とやらは、転生の仕事まで請け負っているのか。

しかしならば、ならばこそ、こちらも皮肉染みた答えを返すしかない。


久々の、心からの本音だ。




「―――いきたい」


私はそう言い残し、この世を去った。

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