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花に十日の紅なし  作者: てんてん丸
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摩訶不思議

悲しい事に、悪い予感は的中していた。


いつものように学校に登校すると、下駄箱に見慣れない手紙が入っていたのだ。

一瞬ラブレターかと思うような状況だが、その手紙はすでに開いており、中身が一目でわかってしまう。



――双葉に近づくな。


直訳するとそういう事らしい。

わかりきっていたことだが、凄い人気だと改めて実感する。

僅か二日間少しばかり話しかけただけの地味な女性を相手に、こんなにも対抗意識を燃やす取り巻きがいるのだから。 



(さて、どうしようかしら)


かといって、そもそもの話、こちらから近づいたわけではない。

無理に断っても、それはそれで反感を買いそうなので、いきなり八方塞がりになる。


しかしこの場を適切に切り抜けられるほど、私は順応性が高くない。つまり結局、授業開始ギリギリまで図書館に籠るというやり方をせざるを得ず、こういう時里奈だったらどう動くのかな、と思いを募らせるしかなかった。



「この本、全部読んだぜ!」


しかし双葉は、そんな事はお構いなしだ。

授業が終わり、次の授業が始まる僅か十分の休憩時間に、飛んでくるかのように目の前に訪れた。


毎回授業が終わると同時にトイレに駆け込むわけにもいかず、私は苦笑いで答えるしか無い。いよいよ、冷や汗というのが止まらなくなってきた。



「あ、そう...」


私はとりあえず軽く首を縦に振る程度で会話を進行し、ただただ十分の時間が過ぎるのを待つ事にする。

本を読んでいたらものの数秒にしか感じられない休憩時間が、今日に限って何時間にも感じる。まさか人との会話が、こうもストレスの原因になるとは思ってもいなかった。



(なんなのよ、もう)


昼食の時間になり、私は真っ先に一度トイレに逃げ込んだ。

さすがに昼食で捕まってしまうと、十分などという話では済まなくなる。


何度もいうが、別に双葉が悪いわけではない。双葉がもう少し普通の男子なら、私もこんな行動を取る気はさらさら無いし、ストレスを感じる事もなかっただろう。



「もっと変な本貸しとけば良かったなぁ」


ポロっと本音を呟きながら、とりあえず数分ほど籠る事にした。

お弁当は持ってきているが、さすがにここで食べたら学生として終わりだ。


とりあえず気持ちの整理がついたら、図書委員だけが入れる部屋を勝手に借りて、そこで本を読みながら食べようと決心する。



「なぁ、有栖川いるか?」


その決心から僅か二~三分後、そろそろ出ようかと思っていた矢先の事。


トイレのドアの向こうから、聞きなれた女性の声が聞こえてくる。明らかに敵意が剥き出しで、今朝の下駄箱の手紙が脳内を駆け巡った。


声から察するに、何時も双葉の近くを陣取っている人物だ。

女性陣のリーダー的存在で、顔はなんとも言えないが、持ち前の明るさで、これまた男女問わず人気が高い。そして明らかに双葉を狙っているのは、クラスの誰もが知っていた。



「え、えぇ。なにかしら」


本当はドアでも開けて応答するべきなのだろうが、恐怖心に負けて私は鍵を開ける事すらできず、ただ座り込んでいた。



「お前、双葉と何があったんだ」


「何もないわ。ただ本を貸しただけ」


「嘘つくな、お前は絶対双葉と何かあっただろ!」


理不尽だ、と素直に思った。本当に心の底から、理不尽だと叫んだ。

しかしその声は当然彼女に届くことも無く、無駄に沈黙だけが流れる。



「おい、お前ら、やるぞ」


そして続けざまに発せられた言葉に、私には珍しく、悪寒が背筋を走った。

私は一瞬の間をおいて、急いでトイレの鍵を開けようとする。


……が、それは到底間に合わなかった。

突如自分の頭上から、液体らしきものが降ってきたのだ。

避けるスペースも無く私はただ棒立ちで、その液体をかぶるしかなく、今の自分の状況を知るのに数秒の時間を要した。



――水を、かけられたのだ。


(嘘でしょ?)


事実は小説よりも奇なり、とはよくいったものだ。

トイレの中で水をかけられる、なんて苛めの極地のような現場に、まさか自分が被害者側で立つ日が来るとは思っていなかった。


そもそも虐めというのには段階がある。

影で悪口、パシリ、暴力、その延長線上にトイレで水をかけるという段階があるはずだ。それをまさかの昨日の今日で行ってくる辺り、やはり小説は事実に勝てないのだと、自分の身ももって体験する。



「次双葉となにかあったら、これだけじゃ済まないからな」


彼女らは満足したような声色を発しながらトイレを出ていく中、私は呆然と、何十分とそこに立ち尽くしてしまった。


人間、唐突な理不尽が襲ってくると、思考が停止するように出来ているようだ。そんな状態の私に、授業が始まるチャイムが聞こえるはずが無く、私はただただ、一緒に濡れた「女郎蜘蛛の巣」と書かれた本を見つめていた。



もちろん、中々授業に現れない私を探しに複数の先生が探し回った。

見つかった際は、外が雨だったのを良い事に、転んでびしょ濡れになったという嘘をつくことにしておいた。


成績優秀者として名が通っているお陰か、先生達はその嘘を全面的に信じ、さらに風邪をひく心配までしてくれて、早退も許してくれた。

現状授業に出る気も起きないので、その好意は甘んじて受け入れる事にする。


わかっている。本当は全てを話すべきだ。


しかしそれ以上に、自分の人生の理不尽さを呪い、悔しくなった。

有栖川という存在は、ここまで酷くあるべきなのかと、悲しくなった。

今日だけではない自分の不幸さは、こうも心を蝕むものなのかと、怒りたくなった。



――――じゃぁ、死ねば?


そんな言葉が脳裏を駆け巡る。

どこにでもある、悲しい小説の主人公。

そんな状態へと変貌を遂げる自分自身が、確かにそこにはあったのだ。


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