第4話 利用規約は読み飛ばす。
何故か唐突にセラと名乗る少女に吹っ飛ばされた。
しかし衝撃はなくいつの間にか宙に浮いていた、というのが実感だ。
何故彼女はこんなことをしたのか、理由は眼下を見ればすぐに直感した。
蠢く地面、そこは私が先程までいた場所。そこから一本の長い尻尾のようなものが這い出てきていた。
ドンという衝撃音が響く。
おそらく私を庇ったせいだろう、彼女はその尻尾によるなぎ払いを躱すことが出来ず、モロに受けてしまい、水平に物凄い速さで弾き飛ばされてしまった。
やっと理解した。
二体目がいたのだ。
<一部復旧が完了しました。これ以上の復旧には許可が必要です。>
ぼやけていた意識が、次第にはっきりする。
少しの間システムが停止していたようだ。
そして目に映るのは、地面に隠れていたせいでレーザー探知に引っかからず、地面と同じ体温だったのか、変温動物のような習性のせいで熱源探知にも引っかからなかった二体目の存在と、その攻撃をかろうじて躱す、息も絶え絶えの名も知らぬ少女。
地面の中まで探るには、地面に触れている私自身による探知が必要になるが、今はその権限がない。
だからこそ、ギリギリになるまで気づけなかった。
弾き飛ばされた衝撃で、庇う際に使った手や足がボロボロになってしまっている。
何故マスターのいない戦闘兵器がこんなにも弱いのかと言えば、暴走してしまった際に止めることが出来なくなる危険性を無くすためである。
万が一暴走してしまった際、マスターとのリンクを切り、あらゆる機能使用の権限を無くし弱体化させて、実力行使で止めることを可能にさせるためだ。
だからこそ、私はこんなにも弱いのだ。
今のは私は言ってしまえば普通の人の2、3倍程度の力を発揮できる程度なのだ。
だからこそ、私には必要なのだ。
目の前の少し先には、二体目のティラノサウルスもどきの攻撃を辛うじて回避し続けている名も知らぬ少女。
反対側を見れば体に突き刺さった木の剣山から、なんとか体を抜こうと四苦八苦している一体目。
今にも抜け出しそうだ。
あまり時間はない。
「サポート、彼女との通話をお願いします。」
「了解しました。」
絶体絶命だ。
2体目の攻撃は、何とか躱すことが出来る。
この個体に限れば、私の魔法で倒し切ることはおそらく可能。
しかし二体目を倒して魔力を使い切ってしまえば、その頃には脱出しているだろう1体目に為す術もなく食い尽くされることは自明。
今取れる一番の選択肢は木にもたれかかっているセラという彼女を抱え、この場から逃げ切ること。
でもそれが可能な可能性は、おそらくゼロに等しい。
ならば彼女を囮に自分だけ逃げるというのはどうだろうか。
可能だろう。しかし、仮に生きて帰れたとしても、私の中の私は死ぬのだ。
ならばやはり目の前のこいつを倒して、空の魔力で一体目に抗うとしよう。
元から無謀に近かった任務だ。こうなることはどこかでわかっていた。
手に魔力を込める。
集まった魔力に危険を察知した二体目は私から距離を取り、こちらを睨みながら出方を伺っている。
しかし。
私が奴の弱点となる火の魔法を放とうとした瞬間、空気を読まないかのように、ふよふよと黒い球体がこちらに向かってきた。
これは……彼女の近くを浮いていた謎の球体だ。
その球体は感情のこもっていない声で、唐突に喋り始めた。
「セラ様から通話の希望がございます。受諾しますか?」
「はい?」
「受諾確認。通話を開始します。」
そして黒い球体は、先程までの無機質な声と異なり、セラさんの声で喋り始めた。
二体目は唸っており、いつこちらに飛びかかってくるか分かったものではない。
一体目もあと少しで動き始めそうだ。
できれば急いでほしい。
「名も知らぬ御方。この状況を打破するためのお願いがあるのです。よろしければ私のマスターになっては頂けませんか?その暁には、私は一生の忠誠と、この身を捧げることをここに誓います。」
何を言っているんだろうか、球体、いや、彼女は。
それよりも、離れた場所にいるのに会話を密に取れるのは何故なのか。
この魔法の正体は一体なんだ。
いや、今はすべきことがある。
「彼女のマスターとやらになれば、この状況から抜け出せると言うことですか?」
「はい。」
「わかりました。お受け致します。」
「対戦闘兵器用自発思考人型戦闘兵器のご利用には利用規約への同意が必要です。利用規約を読み上げます。第1条、本規約はユーザーと当社との間の本サービスの利用に関わる一切の関係に適用されるものとします。第2条、マスター登録希望者が当社の定める…」
何やら呪文を唱え始めた。
「ちょっと!急いでいただいて構わないかしら?!」
黒い球体も私も、何もしてこないと悟った二体目が、口を大きく開け全力で突っ込んでくる。
体全体をフルに使っても辛うじてで避けることが叶っている。
「利用規約に同意したとみなしますが、よろしいですか?」
「ええ!……くっ!同意します!」
あぶない、やつの口を開いた突進が服を掠めた。
今躱せたのは奇跡だ。
「わかりました。適切な環境でないため少し痛いですが、体に害はありませんので我慢してください。」
「何が……痛っ…!」
いつの間にか黒い球体が形を変え、左手首に巻きついており、そこから1点に針でつつかれたような痛みが一瞬走った。
「マスターの名称登録を行います。お名前は?」
「私はユリー・アーシャリーよ。」
「登録完了しました。ユリー・アーシャリー様。良きマスターライフを。」
次の瞬間、私は幻のようなものを見た。
ボロボロだったはずの彼女の体は綺麗な姿へと舞い戻っており、目まぐるしい速度で彼女は、私へ迫る二体目を拳1つで顔面から粉砕した。
それだけではない。
「サポート、形状変化、スナイパー。」
黒い球体はうねうねと形を変え、とても大きな杖のような形へと変わっていく。
そして杖の先からドン、と眩しい光を放った。
極太い光が、体に刺さった木から抜け出し、こちらに向かってきていた一体目を頭から貫いた。
わずか一瞬の間。
頭部を失った、2体の死骸が生まれた。




