第48話 ランニング
ローネス救出から数日。
セラとユリーは目を覚まし着替えてから、3段ベットの1番上、ミヤを揺すり起こす。
別段朝が強い訳では無いミヤは、毎度の事ながら起こされる側へと回っていた。
「ミヤさん、そろそろ起きないと朝食に間に合いませんよ。」
「……う〜〜。」
ミヤは目を瞑りながらムクリと起き上がる。獣人は聴覚が優れているため、目覚まし時計のような音には敏感だが、ミヤにはそれは当てはまらないようだ。
ふぁ〜と伸びをして、ふぅと一息をつくと、突然ミヤは目を見開き大声をあげた。
「は!!!また私が1番最後ですか!!」
「そうですね。急がないと朝食を食べる時間がなくなってしまいますよ。」
「はぁ〜〜〜。」
明らかに落胆したようなため息。実のところミヤのセラの寝顔を見たいという願望は未だ叶えられていないのだ。
◇
「準備体操は怠るなよ。怪我に繋がるからな。」
魔術専門の学院といえど、授業内容は呪文を読み解き、陣を描き、魔法を唱え、魔法歴を学び、術式計算を行う、つまり頭を使うだけではもちろんない。
なぜならば魔法には大前提として、体で生成され循環している魔力を使う必要があるが、この魔力、実のところ体力とも深い関わりがあるためだ。
故に授業カリキュラムには当然、体育も組み込まれている。
そして現在、セラ達所属の1-A組は体育の授業を行っている。
今は準備運動。ユリーはミヤの背中を押し、開脚前屈の手伝いをしていた。
「ミヤちゃん、随分柔らかいわね。」
背中を押されているミヤはべたりと地面に、両足の間から上半身がくっつく。
「猫の獣人はみんな体柔らかいんですよ!っていっても、セラさんもユリーさんもあまり私と変わりませんよね。」
セラもミヤの隣で両足を開き、誰に押されることなく上半身をベタリと地面にくっつけ、ピクリともしない。
上から見れば綺麗な逆Tの字を描いていることだろう。
とはいえセラは柔軟を行っている(風を装っている)ので、別に地面と一体化してアートを表現しているわけではもちろんない。
ユリーはそもそも可動域を広く保っていなければ、かわせる攻撃もかわせないので、日頃から柔軟は入念に行っていた。そのため3人に体の硬い者はいない。
「さて、そろそろ準備はいいか。じゃあランニングを始める。走る範囲はこの広い学院内だが、コースには目印を置いてあるからまぁ迷わんだろ。じゃあ、お前ら並べ。」
体育教師は号令をかけ、生徒をだいたいの間隔で自分の後ろに並ばせる。その並びは特に決まりはなく、男女が入り交じっている。
「体育で最初の授業が持久走かよ〜。」
男子のお調子者。ロキは文句を垂れながらも、「ま、持久走なら得意なんだけどね」みたいな顔をしながら、「先頭行くとやる気まんまんみたいに見えるから真ん中並んどこ」見ないな雰囲気を隠しきれずに列に加わる。
浮かれ気味のロキとは対照的に、凛々しい表情のルイは無言でロキの隣に並ぶ。
ロキのように不満げな声を漏らす生徒が多い中、ユリー、セラ、ミヤも列に加わる。
その後ろには体育着姿のユリーを凝視したままのアリベスが並ぶ。きっかり2mの距離は保っているが、目にかかる程度の前髪から、見開いた眼がユリーから目を離さない。時折「髪をまとめてる…うなじぃ…」と声が漏れでるが、本当に小さな声なのでそれを気にする人間は居ない。
全員が並び終えたのを見ると、体育教師、名はゴレイというのだが、手首足首を柔らかくしながら注意事項を話す。
「もちろん、このランニングにおいて魔力による身体強化はなしだ。純粋な体力の強化が目的だからな。今日は俺が先頭を走るから、頑張って着いてきてくれ。不調を感じたら直ぐに歩くなり休むなりしてくれて構わない。速度を落とす際は後ろのものとぶつからないよう注意するように。それじゃあ行くぞ。」
合図の後、教師とともにA組は走り始めた。
◇
走り出してから約15分。コースの大体半分を先頭集団が過ぎた頃。
その先頭集団には教師ゴレイ。ロキとルキほか数名の男子と、ユリー達3人。そして数人の女子がいた。
ゴレイの結構な速度に、皆汗を流し息を乱しながらも食らいついていた。
脱落してしまったほか生徒は、皆自分の中での最高速で必死に走っている。
しかしながらアリベスはその限りではなく、早々に諦めてゆったりと自分のペースで後方を走っていた。
鼻歌交じりである。
「<そういえばユリ様、ローネス救出の際のアリベスさんとの約束の件なんですが……。>」
セラは走りながらユリーと通信を行う。
「<あぁ。ひとつの質問に答える、だったかしら。>」
「<はい、そうです。それで質問なんですが…。>」
そう言うと、セラは録音データを送り込む。そしてアリベスの声が再生された。
「<なんでもいいのか?それなら……それならわたくしが初めてユリー様とお会いした時のこと、覚えていらっしゃいますか?とお聞きしてくれ…。……というかそろそろ手を離せ!私の上からどけよ重いんだよ!!>」
「<との事でした。>」
「……あ〜。」
ユリーは記憶を辿り、アリベスと初めて会った時のことを思い出した。
「<覚えていらっしゃるのですか?>」
「<えぇ、とはいっても幼い頃に彼女の村が襲われてる所で、任務ついでに彼女を助けただけなのだけれど。>」
「<なるほど。命を救われたんですね。それで彼女はあんなに狂信的なのですか?>」
「<いや、次にあった時は驚くことにガドの紹介だったのよね、まぁその時も好意を寄せられてるなとは思ったけれど、あそこまでじゃなかったわね。>」
「<そうなのですか?>」
「<彼女のバックアップで何度か任務を行っていくうちに、ああなっていったわ。だんだんエスカレートしていったから、私から彼女と任務を一緒に行わないことに決めたの。>」
「<そうでしたか。>」
「<それでも彼女、彼女の任務じゃないのに私の任務に手を回してきたり、プライベート…なんてものは無いけれど、任務外の時間にまでべったり、文字通りのべったりで私に張り付くようになって、私の私物まで無くなっていったから、私の私物に触れないことと、2m以内に近寄るなって命令したのよね。>」
ユリーはゲンナリとした顔でその時のことを思い出す。
「<まぁでもさすがにそろそろ彼女もわかってきたはずだと思うし、同じ現場で連絡が取れないと不都合もあるだろうから、どうしようかは悩んでいるのよね。>」
「<そうですね。確かに一々私を挟むのはユリ様的にも面倒だとは思いますし、いろいろな禁は解かれてもよろしいかと。>」
「<うーーーん……そうね。>」
ユリーが通信しながら苦渋の決断をしている中、ミヤはというと。
学院周りの移り変わる景色に興奮を隠せないでいた。
「セラさん!見てくださいよ!意外とこの学院の周り自然が多いんですね!」
セラはユリーと通信で会話しながら、ミヤに受け答えする。
「そうですね。訓練用の魔物を放し飼いしているなんて噂もあるそうですよ。上級生からのガイドブックに載ってました。」
「へ〜そうなんですか!だから学院近くの森は出入り禁止なんですかね〜。」
「そうかもしれませんね。ちゃんと檻で囲ってあるので、魔物が外に出ることはないんだとか。」
「さすがにしっかりしてるんですね。あ!見てくださいあれ!ああいう敷地内のレストラン、行ってみたいな〜。食堂も美味しいんですけどね。」
「いいですね。今度3人で行ってみますか?」
「いいんですか?!」
「ユリ様もよろしいですか?」
「ええ、構わないわよ。」
持久走もゴール間近の終盤。和気あいあいとした空気が先頭集団で流れているが、教師ゴレイはそれを咎めることは無い。今回は自分に着いてこいとしか言ってないし、そもそも学院周りを見せることも目的なので、本来の狙い通りだ。
しかしながら、3人以外の生徒は誰かと話す余裕はとうにない。息も乱れ肩も上がっている。
そして先頭集団は、1回目にしてはあまりにもハイペースなランニングに必死に食らいつきながら、3人の会話(主にミヤがはしゃいでセラとユリーが時折相槌を打つだけだが)それをBGMにしながらやっとの事でゴールへたどり着いたのだった。
ゴール後。走り出す前は自信満々だったロキは、余裕そうに完走したミヤを信じられないような目で見ていた。顔からは「え、ずっと喋ってたけど、そんな余裕な感じ?」といった感情が漏れ出ている。ルイはというと、そのロキの間抜け面をみてくつくつと笑っていた。
やっとプライベートが落ち着きました。これからまた不定期で更新を始めます。お待たせしてしまった皆様、誠に申し訳ございませんでした。




