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第44話 打つべし 打つべし



「<ユリ様、奪還対象を確認、ただ今敵組織1人と交戦中です。>」



私は、服の汚れを叩き落としながら起き上がる男と対峙しつつ、ユリ様と通信をする。


目の前の男は顔に巻いた包帯が投げ飛ばされた衝撃で緩み、その包帯の隙間からは赤黒い肌が覗いている。



「<了解。そっちもあたりだったようね。あの子が絞り出したエリア2つとも当たりか…。>」



ユリ様はアリベスの情報分析の正確性に、なんとも言えないような反応を見せる。



「<そっちも、ということは、そちらにも?>」


「<ええ。こっちはちょっと面倒ね。敵が計3人いるわ。>」



普段のユリ様ならば、たった3人の相手をすることに苦労を感じるほどではない。


しかし、今回の場合はすこし話が変わってくる。



「<やはり魔族、でしたね。>」



私の目の前の男も、包帯の隙間から赤黒い目でこちらを睨んでいるのが伝わる。



「<えぇ。ガドとアリベスの忠告通りね。そっちが終わり次第応援に来てちょうだい。>」


「<了解しました。>」



私は1度ユリ様との通信を切り、魔族の男を視界の中心に捉える。


そして詳細を知るためにスキャンをかけた。


視界にはその男のデータが次々と現れていく。



「(……骨密度、筋原繊維の数が普通の人間とは桁外れに違う……細胞も異なっている…。)」



得られたことは、姿は人間にそっくりでも作りは全く異なる別の生物、ということだ。


更には魔族の男が拳を振るうだけで発生した風圧、その拳には凄まじい威力が込められていることを察することが出来るが、それは身体強化魔法を使わずに素の力で生み出されていたこともわかる。


彼の体の構造ならばそれも可能。


素の力で、ユリ様の身体強化と同等か、もしくは……。



「なにやら気味が悪い。なにかジロジロと見られている感覚だ。」



魔族の男はドスの聞いた声で言葉を発した。


そのルシリア国語には若干の訛りがある。


彼の普段使用している言語とはおそらく異なるのだろう。


そして彼の発言、私が視覚以外の機能を用いて彼を調べていることが感覚的に分かるのだろうか。


ともすれば、第六感、もしくは皮膚感覚も人間のそれよりも優れているのかもしれない。


……考察はいい。どちらにせよ、早くユリ様の元へ向かわなければいけないことに変わりはない。


私は対人間用にセーブしておいた出力を、グッと上げる。



「ほう、やる気だな。嫌いじゃない。」



魔族は地を凄まじい力で蹴り、土埃を上げながら私に接近してくる。



「魔法が使えないから肉弾戦ですか、安直ですね。」


「言うじゃないか!ならば距離でもとってみたらどうだ?!」



魔族は人間の地では魔素の量が足りないため、自動補給が追いつかず、1日と体が持たない。


しかしその問題を何らかの方法でクリアしたらしい故に、人間の地でも魔法を使うことが可能になっているかもしれないと危惧しカマをかけたが、どうやら魔力の消費はまだ彼にとって好ましくないらしい。


私は彼の上段蹴りを顔の横で左手で防ぐ。



「……っ、硬いな!」



私は男の足をそのまま掴み、男の体を持ち上げ地面に叩きつける。


私は身長は高くないため、遠心力と振り下ろしの速度が男へのダメージとなる。


しかし男は地面にぶつかる瞬間に両腕をクッションとし、うまく力を逃す。


反射神経も凄まじい。


男は空いている方の足で、掴まれた手を蹴りつけようとするが、私は手を離すことでそれを回避する。


男はその後4歩ほど、私から距離をとる。



「……驚いたな。凄まじい身体強化だ。それだけの魔力量を持ちながら魔法を打ってくる気配がないのはなにか理由があるのか??」



男は包帯の隙間からニヤリと笑いながら私に問う。



「いえ、ただ殴った方が早いからですよ。」



私が魔法を打てないだけという説もある。


ローネスが見ている中、サポートを使ってこの世界にない技術で倒すわけにも行かない。


その上、この魔族の男も尋問する必要があるため殺すことはできない。


つまり記憶に残るという事だ。



「ふふっ、実に我々寄りの思考だな。」




今度は私から接近し、男の顔を目掛けて腰の入れたパンチを繰り出す。


しかし魔族の優れた反射神経ゆえか、私の拳をギリギリで躱し、クロスカウンターを放ってくる。


男の腕が伸びきる前に、私は額を突き出しぶつけることで威力を消す。


その後もやり取りは続き、力と力のぶつかり合いが続く。



男は1度私から距離をとった。



「お前のその力、魔族だと言われた方がしっくりくるものがある。はっきり言ってその身体強化、人間に出せる域を超えているぞ?」


「?…そうでしょうか。あなたと同じ程度の力しか出ていないと思うのですが。」


「違う、硬さだ。防御力。俺に蹴られても殴られてもピクリとも動かない。」


「……。」


「異常だよ……。お前……何者だ?」


「私の母は実は石像でしてね。」


「……は??」


「硬さには定評があるんですよ。」



男は一瞬呆気にとられた顔をするが、すぐにまた口角を吊り上げる。



「すると父親はダイヤモンドかなにかか?」


「よく分かりましたね、ご明察です。」


「なるほど、道理で頑丈なわけだ。……あくまではぐらかす、と。」



男は少しずつ下がっていき、私との距離をひらく。



「…今回はどうやら分が悪い。時間もかかりそうだ。潔く撤退するとしよう。」


「ローネスは良いのですか?」



私はちらりと後ろの家の空いた穴から、私たちを恐る恐る覗き込んでいるローネスを見る。



「まぁ、仕方ないさ。」



男は腰のあたりから丸い何かを取り出す。


それを勢いよく地面に叩きつけると、一瞬にして辺りは煙に包まれた。


煙幕。


暗い視界、煙に包まれたあたり一面に、目に入るものは煙以外何も無い。


そして少しすると煙は晴れ、そこに男の姿はなかった。



「に、逃げたのか!?」



ローネスが走って私に駆け寄ってくる。



「恐らくは。」


「た、助かった……君も無事でよかった……。」


「ローネスさん、そこの空き家で身を隠していてくれませんか?」



私は彼が閉じ込められていた空き家を指さし言う。



「そ、そうしたいのは山々なんだけど、実は…魔道具と娘が、攫われて!」



ローネスは声を荒らげる。



「娘?」


「あぁ、俺の娘も……攫われて……。多分ほかの魔族のところに……。」



あの魔族の男があっさり引いたのは、娘がいればいつでもローネスを抱き込めるからか、と合点がいく。


焦りと沈痛な表情を浮かべている男の肩に手を置き、私は言う。



「大丈夫です。必ず取り戻して見せます。ですので少しの間、そこの空き家で身を隠していてください。」


「ほんとか!取り返せるのか!?」



ローネスの瞳に光が宿る。



「はい。場所の目星もついています。」


「……!」



しばらく俯き黙ったあと、ローネスは再び顔を上げる。



「わかった、君みたいな女の子に頼むのも忍びないが、頼む…娘を…。」


「かしこまりました。」



ローネスはとぼとぼと空き家に戻って行く。













「(確かに彼女は俺を助けに来てくれた。戦闘を見る限り彼女はそこいらの人間よりも圧倒的に強い。しかし魔族と彼女の会話を聞き取ることはできなかったが、あの魔族の男と彼女がグルという可能性は?いやしかし、娘のことを話した時彼女が知っている様子はなかった。つまり直接的な関わりはない?魔族の男はあっさり身を引いた。状況的にみれば娘を捉えているから僕をいつでも誘い出すことができるからだが、彼女を倒せるならば身を引く必要は無い。あの魔族の男でも彼女を倒すことは出来ないということか?彼女はそこまで力ある人間なのか?魔族に1体1でかなう人間なんてそもそもいるのか?そんな怪しい存在に娘を頼んでもいいのか?俺はただ、身を潜めているだけでいいのか?)」



数十歩程度の離れた空き家に向かうまで、思考がぐるぐると巡る。


その間は1秒にも満たない。



「(そういえば最初の魔族の蹴り、凄まじい威力に見えたが、彼女は左手1本で凌いで見せた。脚力と腕力の差は顕著だが、その差を何で埋めた?おそらく身体強化だが、あそこまで勢いを殺すことは可能か?魔力壁を貼った?いや、あれは魔法にのみ有効、とすればやはり身体強化のみか。だが蹴りのあと、魔族の男は若干足を痛めているように見えた。つまりあれは彼女が威力を殺した訳ではなく、ただ同程度の力で蹴りを防いだということ。だから男に反動が返ってきている……。だが彼女の腕は全く怪我を負っている様子はなかった。俺の肩に手を置いたときも、何不自由なく動いていたし。やはり本当に身体強化……。)」



ローネスは後ろを振り返る。


ただ彼女が走り去っていくのを見送るつもりだった。


しかし、既に彼女は見当たらない。











屋根の上を走り、私の目的地と同じ場所へ向かう男の反応がある。


これは先程私と争った男の反応だ。



「<サポート、形状変化、ナックル。>」


「<了解しました。>」



サポートは形を変え、私の手に装着される。


それを確認したあと、私はやや離れた男の頭上に、一瞬で移動した。


魔族の男が認識出来ないほどの速度で。


ブンと空を切る音が移動時に発生するが、その音さえも消し、ほぼ無音。


ナックルを装着した腕を振りかぶり、振り下ろす。


ローネスの前で男と戦っていた時の出力よりも数段上。


ガッと鈍い音が拳に響いた。


魔族の男は私に気づくことなく、地面へと叩きつけられ、パァンという衝突音を鳴らす。



「<ユリ様、敵1人を行動不能、至急応援に向かいます。>」



頭から青い血を滲ませ、白目を向いてピクピクと気絶する魔族の男。


その男の服を掴んで担ぎ上げ、ユリ様の元へ向かった。




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