第42話 交換条件
忙しくて更新遅れがちですが、ゆっくりお付き合い頂ければ幸いです……。
「どうも行動が極端すぎるな。」
葉巻を嗜みながら、白髪を後に流した中年の男は呟く。
今日もガドは図書館の地下で、机の上の資料を眺めていた。
「魔道具と研究員が攫われた件ですか?アルビド王国のモグラの仕業では?」
湯を沸かしながら、メイサはガドの独り言に答えた。
アルビド王国、それはガドやユリーが所属しているルシリア王国と対立関係にある国。
現在はお互い睨み合っている状態だ。
「その線が1番高い。だが…、奴らならもっと上手くやるだろう。研究員ごと盗むなんて馬鹿な真似をするだろうか。」
ガドは目頭を揉みほぐし、思考を整理する。
「攫われたローネス研究員だか、彼は非常に優秀だ。しかしアルビド王国には彼に匹敵する研究者がいないということは無い。」
「…それならば、アルビド王国は設計図さえ盗めば再現は可能ということですね。」
「そうだ。にも関わらず、魔道具と研究員、設計図に至るまで盗むなんて、我々にダメージを与えることだけが目的か。もしくは、その技術の再現が不可能な組織の犯行か……。」
「ダメージを与えることが目的なら、確かに考えられますね。まだ研究段階とはいえ、あの魔道具の完成と進歩後は戦争で大きな活躍が見込めます。ですが盗まれたことにより、大きく後退ですね。」
「まったくだ。だが設計図は控えがあるし、研究員もまだ優秀なものは残っている。ダメージとは考えられるが、1度作った経験のある我々の国の方がアルビドよりも早く作り終えるだろう。故に深刻なダメージとは言えない。ダメージを与えたいのなら、研究員を全員始末し、控えも抹消すべきだ。」
「それはもう戦争の始まりですね。となれば技術自体が目的ということですか?」
「恐らくは。アルビドにはその技術を我々よりもうまく利用する術が既にあるか。いや、アルビドに潜伏している者達からそれらしい情報は上がっていない。ならばやはり別の組織の犯行か……。」
「……考えたくありませんね。そうなると、一択です。」
メイサはガドの空になったカップに紅茶を注ぐ。
「あぁ。それに今回盗んだ奴ら、そいつらの潜伏に気づき問い詰めようとした我々の組織の何人かがことごとく殺されている。」
「だから盗まれるまで報告が遅れたんですね。」
「なかなか腕の立つヤツららしい。情けないが、ヤツらならそれも仕方ないだろう。」
ガドは手元の熱々の紅茶を1口飲み、喉を潤す。
「その者達の潜伏先は?まだ国境の班から連絡が来てないなら国内に潜伏中ですよね。」
「あぁ。絞り込みは終わっている。アリベスが絞り込んだその情報をユリーたちに既に伝えているはずだ。」
「もうですか。流石アリベス様は非常に優秀ですね。私の仕事が減って何よりです。」
「あぁ。後はユリーたちに任せる。それも失敗したならあとは国境の班を動員するしかない。その際はアルビドの奴らに大きな隙を作ることになるが。」
「責任重大ですね。…そういえばユリー様はアリベス様との合同任務は拒否されていたはずでは?」
「間に都合よくセラがいる。今回は情報を伝える媒体として我々が一々間に入る必要は無い。」
「そうでしたね。」
問題は無い、そうガドたちは考えていたが、ユリーがアリベスとの合同任務を拒否している理由を考えれば、問題しかないことは浮き彫りだった。
「アリベスさん、彼らの潜伏先を教えてくだされば、優秀だとユリ様からの評価が上がりますよ。」
「私が優秀なことなどユリー様は知っているはずだ。」
地面にうつ伏せで腕を後ろに回され、私に拘束されている状態のアリベスは、若干の冷静さを取り戻し、なんとか話が出来る状態まで漕ぎ着けた。
しかし、それから彼らの潜伏先を何度質問してみても、アリベスは、何故か未だ口を割ろうとしない。
私はあの手この手でアリベスを説得している。
「では逆に私に伝えなければ、使えない、とユリ様が失望なさるのでは?」
「!!」
アリベスに動揺が見える。
心拍数も跳ね上がり、冷や汗を流し始めた。
ここまでわかりやすい反応というのもあまりない。
「い、いや、私がユリー様に直接伝える。そうすればいい。」
それはその通りだ、としか私も思えない。
直接伝えればいいのに、と。
そう思って私もユリ様に何度も問いかけてみるも、
「<嫌よ。彼女には私の2m以内に近づかないでと命令しているし。何されるかわからないから。>」
と帰ってくるだけだ。
だからアリベスは私を睨むだけで近づいてこなかったのか、と変な納得もしてしまった。
もちろんユリ様の私物に触れることも厳禁なのだそう。
そして任務の情報を下駄箱に入れるだとか、机の中に忍ばせるだとか、そういう不確かな渡し方もできない。
なのでアリベスは情報を伝えられずにいる。
「直接伝えるとしても、どのようにお伝えするのですか?」
「……。」
その術はない。
「そ、そうだ、ユリー様にお伝えしてくださらない?1度だけあってくださいと。そこで情報をお伝えすれば!」
「<ユリ様、アリベスさんが1度面会したいと。>」
「<嫌よ。>」
「嫌だと申していましたよ。」
「なんで聞いてもないのにわかる!!」
「ユリ様から1度の面会も断ると事前にお聞きしていましたので。」
「ああああ!」
私とユリ様が通信できることは知られていないので、アリベスにとっては事前に予測して避けられていたと感じてしまう返答になる。
それにしても、確かにここまで執着されては怖いというのもわかるが、そこまで避けるほどだろうか。
任務に支障が出ているというのに。
しかし私は余計なことは考えず、聞き出すことに徹しよう。
「もし教えてくださるのなら、ユリ様に、とても親切に教えてくださった、もしかしたら心を入れ替えたのかも知れませんとお伝えすることを約束しますよ。」
「…………。」
揺らいでいる。
しかし私たちの会話はちょくちょくユリ様に伝わっているので、嘘だとすぐにバレてしまうのだが。
「そうだ、さらにユリ様の好みの色をお聞きして、アリベスさんにお伝えします。その色のプレゼントを渡せば、ユリ様からの好感度も上がるのでは?」
「そんなことはとっくに知ってる!青だよ!!」
「では好きな食べ物を…。」
「甘いもの。」
「では犬派か猫派か…。」
「猫。」
「体はどこから洗うのか……。」
「頭。上から順。」
いやこれは嫌われても仕方ないのではないだろうか。
もっと反省した方がいい気もする。
「なら、逆にアリベスさんが聞きたいことをユリ様にお尋ねして教えましょう。」
「……なんでもいいのか?」
「答えてくださる範囲なら。」
「………………それなら……。」
こうしてやっと私は絞り込んだ潜伏先を聞き出すことに成功した。
アリベスが親切だったと伝えることと、ユリ様について知りたいこと1つを教えることを条件に。




