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第33話 鍵開け

「う〜ん……。」


眠たげな目を擦りながら、3段ベッドの1番上からずり落ちる。


そこそこの高さだというのに、ミヤは手足で猫のように器用に着地した。


そこからフラフラとした足取りで、備え付けられた手洗い場へと向かう。


暗い部屋の中、壁に手を付き探りながらドアを探し当てて無事、中に入ることが叶った。


しばらくの静寂のあと、水が流れる音が響く。


ドアが開き、またフラフラと来た道を戻っていく。


未だに虚ろ虚ろとした表情は、眠気が強烈だということを知らせていた。


そしてハシゴに手をかけ、登っていく。


その途中ミヤは、顔まで布団にくるまりながら寝ているセラを目にした。



「(よかった……起こしてない。)」



自分の歩く音なんかで起こしていないことに安堵しつつ、さらに音を立てないよう、ハシゴの続きを登っていく。


しかし1つ登ったところでピタリと手が止まった。



「(寝顔……見てみたいな。)」



そんな考えが、ふと思い浮かんでしまった。



「(いやだめだよ!だめだめ!)」



頭を左右に振り邪な考えを振り切る。


しかし雑念とはそう簡単に振り切れるものではない。



「(ちょっとくらいなら…ちょっと布団をめくるくらい……いや!いやいや!だめだよ!)」



ミヤの中では、天使と悪魔の言い争いが始まっていた。


天使の言い分は''さっさと寝なさい''。


悪魔の言い分は、''ちょーっと布団めくって寝顔拝むだけじゃねえか?別にそんくらいいいだろ?こいつならバレても怒りゃしねえよ!…なぁ、普段クールな奴の無防備な寝顔ってのァさぞ見応えのあるもんなんだろうよォ?いいのか??オメーは今確実に当たる宝くじを買わねえ馬鹿なんだぜ?いいのか〜〜〜〜?いいのか〜〜〜〜?…………ズンタッ、ズンズズンタッ、ズンタッ、ズンズズンタッ、いいのかyo!いいのかyo!''。


悪魔は今、ノリノリなビートをきざんでいる。



「(だめだだめだ……う〜〜〜!)」



悪魔の囁きを振り切るため、ミヤは魔方陣変換定率を思い浮かべる。



「(0.5773……ダメだ全然思い出せない……こんなんじゃだめだyo……)」



ハシゴにセミのように張り付きながらの、ミヤの葛藤はもうしばらくつづいた。





結果をいうならば、ミヤの頭の中の、母親に似た天使に怒鳴られて、無事天使の勝利となったとさ。












見回りの目を掻い潜り。


サポートを使って鍵開け、ついに職員室中に潜り込む。


しかしユリ様と私は、職員室の中を見て少し眉を顰める。



「ちょっと鍵付きの書類棚が多いわね。」


「そうですね、20個……。」



ネット社会のセキュリティならば容易く打ち破れるのだが、こう物理的な鍵となるとサポートを差し込み一つ一つ開けて調べなければならない。


そのためやはり時間がかかる。



「セラ、あなたは反対側から調べていって。あなたよりも鍵を開けるのは遅いけれど、私もこっちから調べていくわ。」


「かしこまりました。」



そう言うと、ユリ様と二手に別れて反対側の書類棚から鍵を開け、書類を確認していく。


1つ目の書類棚に手をかけ、鍵を開け中を漁っていく。


1つ目は……ハズレ。


そして2つ目に手をかける。


2つ目も……ハズレ。


案の定ハズレは続いていった。


職員室にない可能性というのが、頭を埋めていく。



「(書類は……各教師の私物や、授業教材……たまに学院の契約情報や書類があるけれど、どれも核心に迫るものではない……。)」



やがて調べ尽くし、とうとう反対側にいたユリ様と肩がぶつかる程になってしまった。



「だめね……みつからない。」


「そうですね、これほど調べて見つからないとなると、別の部屋で保管されている可能性が高いです。」


「職員室にあるだろうとタカをくくっていたけれど、当てが外れたわね。」


「普通はデータを集約させての一元管理が基本ですから、そうですね、管理を任されている人間の場所を当たりましょう。」


「あまり思いつかないけれど……あ。」



ユリ様は閃いたような顔つきになる。



「それなら学院長のところかもしれないわね。」


「となると学院長室ですか?」


「そうね、行ってみましょう。」



開けた鍵を元あったように締め、撤収。


職員室を後にした。


そしてすぐ近くにある学院長室、足音をたてないようにドアの前に張り付く。


いつものようにサポートをつかって鍵を開けようと試みるも、おかしなことに気づく。



「<ユリ様。この扉、開かないようになってはいますが物理的な鍵はかかっておりません。魔法によるものでしょうか。>」



ユリ様は私に顔を近づけ、同じように鍵穴を凝視する。



「<いまどき珍しいわね、これは魔方結界の1種による施錠方法。昔は流行っていたけど、相手が自分より優れた魔法使いだと簡単にこじ開けられてしまうから廃れてしまったのよね。>」


「<開けられますか?>」



ユリ様はふふっと笑みを浮かべた。



「<やってみないとわからないけれど、私この魔法結界の鍵開けは得意なのよね。ここの学院長、自分の魔法によっぽど自信があるようだけれど、どんなものかしら。>」



そう言うと、ユリ様は鍵穴に人差し指で触れて、魔方陣を展開した。


細い人差し指の先で薄紫色に光る小さな魔法陣は、幻想的に見える。


そしてそれはゆっくりと回転して、時々動きを止める。


それでもゆっくりと、ゆっくりと回り続けた魔方陣は、やがて1周した。


すると薄紫色の光を放っていた小さな魔方陣が薄い水色に光を変え、やがてスッと煙のように消えた。



「<……開いたわ。今まで開けてきた鍵の中で1番複雑だったけれど。さすが学院長ね。>」


「<お見事です。>」



ユリ様はドアノブに手をかけ、キィとドアを開け部屋に入っていく。


私も後ろをついていき、ドアを占めた。


部屋を見渡すと、学院長という黒いプレートの置かれた机の横に、金庫のようなものが置かれているのが目に入った。


恐らくあの金庫の中に、私たちの欲するものがあるのだろうと確信する。



「<また鍵開けかしら。今日は流石に鍵を開けてばかりね。>」


「<もう少しの辛抱です。今度はダイアル式のようですので、私がお開けします。数秒もかかりませんのでご安心を。>」



私はサクサクと金庫に近づき、スキャンをかける。


ダイアルの奥に3つの円に近いパーツ、それらに鍵が開くための隙間があることが理解できる。


どうやら仕組みは元の世界とほぼ同じ。


ともすれば、たった3個のダイヤルで開く金庫を開けることは赤子の手をひねるほど容易い。


この程度のギミックは、私の髪の毛1本に含まれる複雑さにすら敵わないだろう。



「(右46……左49……右21……。)」



ダイアルを右へ左へと回す。


ほんの数秒でガチャり、と大きな金庫の扉が開く。


中には重要と思われる書類がぎっしりと仕舞われていた。


その中の一つを手に取る。



「<……ありました。こちらですね。>」



分厚い本のような書類のファイル。



「<それじゃあさっさと見て覚えて帰りましょう。めくっていっていいわよ。>」


「<かしこまりました。>」



1枚1枚ユリ様の目に入るようにめくっていく。


1ページに2人でまとめられており、新入生から在校生までの個人情報が乗っている。


全部で大体500ページ。


これらを1度見ただけで覚えてしまうのだ。


ユリ様の優れた記憶力が驚異的に思える。


データを保存しつつそんなことを思いながら、パラリパラリと捲っていく。


しかし90ページほどめくった時だろうか。



「<あっ……>」



ユリ様が声にならない声を上げた。


無意識に反応してしまったようなリアクション。



「<どうなさいました?>」



1度手を止め、ユリ様の様子を伺う。


そのページに映されていたのは新一年生、赤髪の少女。



「いえ、なんでもないわ。その子には気をつけてね。」



ユリ様は険しい表情を浮かべている。


気をつけろとはどういった意味だろうか。


知り合いのような反応だ、詳しく聞きたいが、今はそんな時間はない。



「<わかりました。>」



と、いい、続きのページをめくっていく。


やがて全てをめくり終え、ファイルを閉じた。



「<これで全てです。問題はありませんか?>」


「<いや、大丈夫よ。撤収しましょう。>」



無事仕事を終えた安堵感が生まれる。


そしてファイルを仕舞おうと金庫に手をかけた、その時だ。


私の熱源感知が学院長室の真ん中にじんわりと熱源反応を捉えた。



「<ユリ様、なにか来ます。>」


「<え?>」



部屋の中央に、黒い霧のようなものが渦巻き、そして霧散する。


その中央に位置していたのは他でもない、学院長その人だった。


学院長は私たちの姿を目に収めると、目を丸くした。



「……これは驚いた。部屋の中に誰か侵入したと思ったら、子供じゃないか。」



黒い外套で顔まで隠しているため顔は見られていないだろうが、背丈で子供だと判断したらしい。



「どれ、よいしょ。」



学院長は白髪をかきあげ、ユリ様に人差し指を向けた。


そして軽くその指を振った。


フォン、とユリ様の体が後に吹っ飛ばされる。



「<な!>」



私はユリ様のぶっ飛ばされた射線上にすかさず滑り込み、壁とぶつかる衝撃をゼロに受け止める。


衝撃を感じることのなかったはずのユリ様は、しかしなんの反応もなく、だらりと地面に倒れ込んだ。



「ふぅむ、そっちの子はいきなりの衝撃で気絶かな?他愛のない。それにしても君、よく反応できたな。そして随分素早い。いい身体強化だ。」



学院長はヒゲを撫でながらそう呟く。


そしてさらに続けた。



「君にはふたつの選択肢がある。このまま何も持って帰らずに、その倒れた子を置いて後の窓から去るのが1つ。その場合は君を見逃してあげよう。」



そう言うとまた人差し指をちょいと振り、一瞬で後の窓がピシャリと開く。



「もう1つ目は私に果敢に挑んでくること。その場合は残念ながら恐らく君を返り討ちにするだろう。君たちふたりを拘束して、おしまいだな。まぁ二つに一つだな。窓は空けてあるぞ。」



選択肢を投げかけられる。


しかし、私に選択肢は無い。


基本的にユリ様にとって最大の利益に繋がることを選び取るだけ。


ならば私のとる選択肢はひとつ。

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