第31話 花と願い
その後、ユリーさんは無難な代表の言葉を書き上げ。
寮生活におけるガイダンスを受けるため、1年全員が講堂へと集められた。
「入浴は配布した資料の通り、決められた時間までなら好きな時に利用できます。食事は朝昼夜の決められた時間内で食堂にて済ませてください。門限や消灯時間を守らなかった場合はペナルティがありますので、気をつけるように。」
集められた人達は、基本的に同室の3人で1組を形成していた。
既に打ち解け、説明を聞きながらも会話が弾む3人組や、逆に無言で手元の資料を見つめる3人組もあったりする。
しかし打ち解けている組が大半なので、講堂内がザワザワとしてしまうのは致し方ない。
「なんだか大体の人たちが、もう同室の人と仲良くなってますね。」
私は隣で手元の資料を眺めているセラさんに話しかけた。
「そうですね。学力が近いと価値観も似るといいますから、話が合うのでしょう。」
「へぇ!そうなんですか?」
「学力が似ると考え方も似るという仮説に基づいた話です。絶対ではありません。」
手元の資料を折りたたんで、私に顔を向けながらいう。
セラさんは誰かと話す時、必ず人の目をじっと見て話すのだ。
私としては、人形のような美しさの顔で見つめられてしまうと、すこし照れてしまう。
私は顔を俯けて会話を続ける。
「こ、このあとのご飯とお風呂、どちらからにしますか?」
「ユリ様とミヤさんのご判断にお任せします。」
同室の人とは自由時間を除いて、できる限り一緒の行動をするように、というのがこの学院のルール。
なのでご飯や風呂は同室の人と合わせなければならない。
絶対守れというルールではないので厳守する必要は無いが、私たちは守る方針である。
「それじゃあユリーさんにガイダンスの後に聞きましょう。」
姿勢正しく、セラさんの隣でガイダンスの説明を聞いているユリーさん。
さながら優等生、まさに学年代表という雰囲気を持っている。
そんなユリーさんに、ガイダンスと関係ないことを今話しかけるのは気が進まない。
そういえば、と、セラさん越しにユリーさんを眺めて思ったことをセラさんに尋ねる。
「そういえば今更なんですが、どうしてセラさんはユリーさんをユリ様とお呼びしているんですか?」
「?それは彼女の名前がユリーだからですが。」
「あ、いえそうではなく、なぜ様を付けているのかなぁ、と。」
ユリーさんは上品で優雅な雰囲気をまとってはいるが、貴族だという話は1度もされていない。
なので平民だとは思うのだが、セラさんがユリーさんを様付けで呼ぶ理由が知りたいのだ。
すると、あぁ、敬称の話ですね、とセラさんは納得した。
「話すと長くなりますが、お聞きしますか?」
「聞かせてくれるんですか?是非!」
込み入った事情がありそうだったから踏み込むのをすこし躊躇していたが、意外とすんなりと話してくれるようだ。
「あれは私がまだ幼かった頃のことです。」
そういうと、遠い目をして語り出した。
表情は変わらないので、雰囲気だけ、だが。
「当時の私は病弱で、よく体調を崩していました。少し走ったり、動き回ったり、体力を使っただけで熱にうなされ、咳き込んでしまうのです。ひどい時は急に意識を失ってしまって、その度に付きっきりで両親に看病してもらいました。」
確かに儚げなセラさん。
触れたら壊れてしまいそうな美しさだ。病弱だった、というのもなんだか想像できる。
「寝たきりだった私の唯一の楽しみは、ベットから見える窓の外の景色でした。風に揺れる緑の木々。それに留まる何羽かの鳥。そして、楽しそうにはしゃぎまわって遊ぶ、私と同じ年ぐらいの子供たち。」
私には緑の木々という言葉から暖かい季節の風景、追いかけっこや木登りで遊ぶ子供たちの情景が目に浮かぶ。
「その同じ年くらいの子供たちをみて、ずっと思っていました。いつか私も病気を直して、あの子達に混ざってたくさん遊ぶんだ。一日中走り回って、疲れたら寝転がって、また走り回って。綺麗な花を見つけるのもいい。木に登るのも楽しそうだ。追いかけっこは、少し自信が無いかも。そんな想像をすることが私の楽しみだったのです。熱にうなされ咳き込みながらも、ワクワクしていました。」
少し照れたような口調で、セラさんは語る。
「しかし、現実は残酷でした。」
声のトーンが少し下がる。
私はいろんな嫌な予感が頭を駆け巡った。
じっとセラさんの顔を見つめ次の言葉を待つ。
「いつも診てくださるお医者様が、両親に何かを話していました。それを、両親はとても暗い顔で聞いていました。母はその時泣いていました。私は子供ながらに思ったのです、あぁ、私の体に何かあったんだなって。会話の内容はそのときは聞き取れませんでしたが、とても悲しんでいる両親を見て、逆に私の心は落ち着いていました。取り乱している人を見ると、逆に落ち着く、というやつでしょうか。」
そしてその日の夜、私の両親は、私に詳しく話してくれました。
お前はもう長くないかもしれない、伝えるか迷ったけれども、今を噛み締めて生きてほしい、最後まで父さんと母さんは一緒にいてやる、と。
そうセラさんは続けた。
「そして私はこういったのです、『大丈夫だよ、お父さんとお母さんがいれば怖いことなんてない、もしかしたらひょっこり治るかもしれないし、そんなに心配することないよ。私の体だもん私が1番よく分かるよ』、と。すると父と母は涙を拭い、大きく頷き、笑ってくれました。」
私の目にも涙が潤む、セラさんの父と母の気持ちを思い、健気なセラさんを思うと。
「父と母が部屋から去り、1人になった時、そして夜を迎えた時。今まで蓋をしていた恐怖や悲しみが溢れ出てきました。声が漏れないよう押し殺しながら、泣きました。私は死んでしまうの?悪いことはしていないのに。そう、子供の私には、やはり耐えられるものではなかったのです。」
「ゔぅ、がわいぞうに!」
「今までワクワクした気持ちで見ていた窓の外の景色、それも一変してしまいました。緑の木々、それに留まる鳥たち、はしゃぎ回る同じ年ほどの子供たち。それらは変わってはいません。変わったのは私の心です。もう私はあの子達のようにはなれない。追いかけっこもできない。走り回れない。外にすらきっと出られない。窓はまるで私を閉じ込める檻のように感じました。だからカーテンを締め切り、何も目に入らないようにしました。カーテンで遮られた日光。そのせいで薄暗く保たれた部屋。まるで私の心を表しているかのようでした。それでも、私にはその方が似合っているとさえ思い、何日も薄暗らい部屋で丸まって寝ていました。」
「ふさぎ込んじゃダメだよセラさん!ゔぅ…」
「そんなある日のことでした。締め切られたカーテンの向こう側から、コンコン、と窓をノックする音が聞こえたのです。私は鉛のような体を起こし、カーテンを数日ぶりに開けました。久々の日光はとても眩しく、とても目を開けられませんでしたが、ゆっくりと光を目に慣らし、そして徐々に見えてきたのです。その窓の向こうには、まるで太陽のような美しい金髪の映える女の子が、1輪の白い花を持って部屋を覗き込んでいました。」
「まさか!」
「えぇ。その女の子は言いました。『やっぱりいた!最近お姫様が見えないからいなくなっちゃったかと思ったわ!』と。私の頭の中には疑問符が浮かびました。お姫様?それは誰?それは声にも出ていたようで、彼女はそれに答えるように、『あなたよ!いつもお姫様みたいに私たちを見ていたでしょう?』。そこで思い出しました。いつも見ていたはしゃぎ回る子達に、美しい金髪の女の子がいたと。そして彼女から見て、ベッドから外の景色を眺める私がお姫様のように見えたのだろう。彼女は続けて言いました。『私ユリー!お姫様のお名前はなんて言うの?』。私は答えました。セラ……、とすこしたどたどしく。私にとって両親以外の人と話すのはとても久しぶりの事だったので、緊張してしまっていたのです。ですが彼女はそんなことお構いなく、『セラお姫様ね!セラ様!窓をお開けくださいますか?』と私に言ってきました。」
セラさんは座ったままで、その時のユリーさんの動きのモノマネをした。
胸に手を当てた優雅な一礼をする。
「私は窓を開け放ちました。自分を閉じ込めていたように感じた窓がこんなに簡単に開くことに驚きながら。そして彼女は私に白い一輪の花を差し出しました。そして言いました。『これはお姫様にとてもよくお似合いです。この花の花言葉をご存知ですか?』と。私は、知らない…と答えると『7花目の願い。毎日1本ずつ摘んで、7本目を摘む時に願い事をしながら摘み、7本まとめて花束にすると、その花束の持ち主の願い事が叶うのです。今日から毎日お持ちしますので、窓を開けてお待ちください。それじゃ待っててね!セラ様!』。私は走り去る彼女を見てまるで嵐のようだと感じながらも、手渡された白い花を見つめ、胸にこみ上げる暖かい何かも感じました。」
「素敵……。」
私は感嘆の声をあげてしまう。
「それから彼女は毎日1本花を持ってきてくれました。持ってきてくれるたびに少しおしゃべりをしました。1日目よりも2日目の方が長く、2目よりも3日目の方が長く、4日目は日が暮れるまで、5日目は朝から晩まで。彼女と沢山おしゃべりをしました。人と話す機会のあまりない私も、彼女の明るさに打ち解け、たくさん彼女な話を聞き、からかい、時には真剣な話もしました。私は彼女が花を届けに来てくれることが楽しみで仕方がありませんでした。そして六日目、私は先が短いことを打ち明けました。命の時間があまり残されていないことを打ち明けたのです。楽しいユリーとの会話、あまり悲しい話はしたくなかった。それでも知っていて欲しかった。そして私の病のことを聞き、彼女は泣いてくれました。目を泣き腫らし、しゃっくりをあげて。そんな彼女を見て、私も泣いてしまいました。2人でずっと、日が暮れるまで声を上げて泣きました。」
「ゔぅうう……!」
私はガイダンス資料をハンカチ代わりに涙を拭く。
「そしてその日は別れ、次に迎えた7日目。彼女はいつものように1輪の白い花を持って、窓際へ訪れました。これで7本目。彼女は言うのです。『花言葉を覚えていますか?セラ様。私はこれを摘む時、2人で元気にずっと、たくさんお喋りができますように!って願ったの!今までのと合わせて持っていれば貴方の病気なんてすぐ治るわ!』そう言うのです。私は今までもらった花をまとめて花束にしました。7本の白い花が束になる様は、少しこじんまりしていても美しく、まるで本当に願いを叶えてくれそうな魅力がありました。私も花に、花束に願いました。2人で元気にずっと、沢山おしゃべりができますように。花瓶に差し、2人で念力を送り込むように願いました。彼女はどこで覚えてきたのか、変な踊りの願い方をしたとおもいきや、神に祈るように真剣に願ったり。彼女の必死さが伝わって、また胸をこみ上げる暖かいものを感じました。そして奇跡は、起こったのです。」
「!!」
もう涙でベッシャベシャなガイダンス資料を握りしめ、続きを待つ。
「数日後、お医者様が言いました。『すごい、凄いですよお父さん!お母さん!娘さんの病は影もありません!奇跡ですよ!』と。父と母はそれはもう喜んでいました。そしてお医者様から数日後には外に出ても大丈夫なほど回復するとお墨付きも頂きました。外を眺めていたことを知っていた父と母は、よかったな!、と私の頭を撫でてくれました。私の外で遊ぶという願いが、もうすぐ叶うのです。それにもかかわらず、私の心は晴れませんでした。すこし顔に影が差した私を察して、母は言いました。『大丈夫よ、また来てくれるわ。』そう、7日目を境に、ユリーが私を訪ねてくることは、なかったのです。」
「ええ!どうして!」
「私も当然そう思いました。何日経っても訪ねて来ない。いくら待っていても、彼女がまた姿を現すことはありませんでした。なので、外を出歩ける体になった私は、自分から探すことにしたのです。いつも家から見える子供たちの集団を見つけました。しかしそこに彼女の姿はありません。私は走り回りました。体力を使っても、熱が出ることも急に倒れることもありません。その奇跡を起こしてくれた彼女を、懸命に探しました。」
「どこにいるの!ユリーさん!どこにいるの!」
「彼女を探して何日か経ったとき、遂に見つけました。それは1軒の家。その家には窓。失礼を承知で窓を覗くと、白いカーテンが半分ほど開かれ、ベッドから体を起こして外を眺める金髪の女の子。私は急いで家に帰りました。忘れ物を思い出したからです。」
「忘れ物?こんなときに!」
「家から忘れ物をとってきて、再び彼女の家の窓から見えないように、壁沿いにゆっくりと近づきました。そして、窓をコンコン、と2回ノックしました。彼女はカーテンをすべて開き、窓を開け身を乗り出し、壁に張り付いていた私を見つけました。私を見つけた瞬間、大きく目を見開き、顔に手を当てて声にならない声を上げました。また私のために泣いてくれました。ですがこの泣き顔は前とは違う喜びの泣き顔。大粒の涙を零し、自分のことのように喜んでくれました。良くなったのね、と。そして続けてなにか言おうとしている彼女に、私の口に指を当て、静かに、という合図を送りました。彼女は首を傾げ、疑問符を浮かべましたが、黙ってくれました。そう、今度は私の番なのです。私は大きく息を吸いこみ、胸に片手を当て、言いました。『お姫様、この花はお姫様によくお似合いです。』私は背に隠した白い花束を彼女の目の前に差し出しました。そして続けて、『ユリ様、この花の花言葉をご存知ですか?7花目の願い。この花の7本目には既に願いが込められています。』と、そう言いました。彼女は『そっか、今度は私がお姫様になっちゃったわね。』と、涙を拭いながら花束を受け取りました。」
「ゔぅ!素敵でずゔぅ!」
「実のところ、彼女は私に花を届けるために、冷え込む夜や朝早くから花を摘んでいたせいで風邪をひき、さらにこじらせてしまっていただけなのですが、それでも渡した花束のおかげがすぐに体調は良くなりました。その看病の時にお姫様扱いをしてユリ様と呼んでいたことが抜けずに、今に至るだけなのです。それが私がユリ様をユリ様と呼ぶ理由です。そして2人は今も白い花の願いを叶え続けています。2人で元気にずっと、たくさんおしゃべりができますように、という願いを。」
「ゔぅゔぅ!感動しましたぁあああ!」
「ご清聴ありがとうございました。」
セラさんがユリーさんをユリ様と呼ぶ背景がこんなにも素敵な話だったなんて。
私は横に並び座る二人を見て、その尊さを思う。
2人が積み上げてきた時間を思うと、涙が止まらない。
少し周りを見れば、盗み聞きをしていた人たちもハンカチで目を抑えている。
「これで、ガイダンスを終了します。夕食の時間に遅れないよう、注意してください。はい、解散。」
気がつくと、ガイダンスが終了していた。
ガイダンスのことは完全に頭から抜け落ちていたが、紙を見れば十分なようだし大丈夫だろう。
問題の紙は……ハンカチ替わりにしたことを後悔した。びしょびしょだ。恥をしのんでユリーさんかセラさんに見せてもらおう。
ゾロゾロと講堂から人が流れ出ていく。
私たち3人も流れにみをまかせながら講堂を出た。
外の光を浴びながら体を伸ばしているユリーさん、大陽の光を反射して髪は美しい金色を放っている。
先程の話が頭から抜けない、私はユリーさんに
「願いがかなってよかったですね!」
と声をかけた。
するとユリーさんは
「知ってる?暖かい季節に摘んだ花は大体一週間程度で枯れるのよ。」
「え?」
「あぁそれと、お話で出ていた花とは違うかもしれないけれど、花言葉に''うそつき''なんて意味を持つ白い花があったわね。」
私は半目でセラさんを見ると、セラさんは「てってれー。」と謎の音階を口ずさんでいた。




