第2話 体が大きい人は態度も大きい、かもしれない。
「戦争が終わったら、もっと女の子らしくしましょう?」
「あなたに合う洋服を見繕ってあげるわ。」
「私イチオシのパスタ専門店があるの。今度連れて行ってあげるわね。」
サポートは、博士と私の過去の会話の映像を送り込んでくる。
何が言いたいのかはわかる。
博士の願い通り、女の子らしく過ごしてみるのも一興なのではないか、と。
戦争をしなくても良い世界に来たのだから、せっかくだから楽しんではどうか、と。
サポートは私の精神状態を安定させる調整機能を有しているので、このような映像を送り、今の安定しない精神状態を正そうとしているのだ。
私の周りをふわふわと浮き、どんな映像、言葉、情報を与えるのが適切かを、統計からパターン化された励ましの言葉を、サポートなりに吟味している。
しかし映像に浮かび上がる博士を見るたびに胸がズキリと痛むのだ。
恐らくこれは痛覚機能を遮断しても消えない。
いつまで塞ぎ込んでいるんだと叱咤する自分と、やる気になったところで何もすることがないではないかと考える憂鬱な自分が両立している。
このまま時間ばかりが、ただ過ぎていく。
しかしこの世界は、森の中で無防備な少女を長時間無事でいさせるほど寛容ではないらしい。
変化は自分からではなく、周りから起こり始めるのだ。
「熱源反応あり。所持情報に該当する生物が確認できません。未発見の生命体の可能性があります。」
頭の中に続々と情報が送り込まれてくる。
全高約5m。四足歩行。
時速約10キロでこちらに向かってくる。
徐々に木々がなぎ倒されるような音が聞こえてくる。
その音の正体は、真っ直ぐに私のいる場所へと。
「未確認生命体の危険度が測定できません。退却をおすすめします。」
「いいえ、サポート。この惑星の知的生命体の可能性があります。接触を図りましょう。」
サポートは一度くるくると回ると、しばしの間をあけてから、了解の意思を告げてくる。
言っている私ですら感じる、普段らしからぬ慎重ではない自分の判断に、正常な判断ができなくなる精神構造を兵器に埋め込むことは、果たして正解なのだろうかと初めて博士を疑ってしまう。
しかし私の博士が作り出した私だ。正しくないはずがない。
それを信じて、地鳴りを起こす震源の元へと歩き出した。
獰猛な牙、それからは涎が滴っており、腹の底に響くような咆哮を上げている。
全身びっしりに覆われた鱗は爬虫類を思い起こさせ、隆起した筋肉は、ただ狩りをするためだけに存在しているかのよう。
鋭く伸びた前足の爪、あれは何かを掴むためのものではなく引き裂くためのものだと直感する。
長く伸びた首、そして噛み砕けないものがあるのか問いただしたいほどの顎、その顔に埋め込まれた充血した目は、文字通り血眼になって獲物を探していたのだろう。
カモがネギをしょって、実際は私がサポートを周りに浮かべて目の前に現れたからか。
昼飯にありつけると歓喜せんばかりに、確実に私に狙いを定めていることを直感と危険管理システムが告げている。
掘り起こされた骨から再現されたティラノサウルス、あちらが可愛いとさえ、今の私は感じてしまう。
「セラ様、言葉が通じる相手ではないと分析いたします。ご退却を。」
「」
いや見たらわかる。というか言われる前に逃げだしている。
が、森の中は彼の庭なのだろう。木を伝い、私の頭上を高く跳躍し、逃げる先に先回りされてしまう。
再び私の目の前に降り立ったティラノサウルスもどきは、嘲笑っているかのように見える。
あらゆる機能を権限不足により使用出来ない現状では、撒くことも叶わない。
私は感情渦巻くも、無表情のその顔でティラノサウルスもどきと対峙することを決めた。
今の私では倒し切ることは出来ないかもしれないが、負けなければ私の勝ちだ。
立地、ティラノサウルスもどきの推測行動パターン、気候、私の手段。
戦略をいくつか組み立てていく。
そして落ち着くのだ、ひたすら殴る、と言う結論へと。
先手を打ったのは、大きく口をあけ、涎をまきちらし、先程までは見せなかった速度でこちらを食い散らかさんばかりに突進してくるティラノサウルスもどきだった。




