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第28話 嘘も方便




まだ朝は早く、灰と青の色が混在する空に覆われながら、学院へと足を運ぶ。


家族や友人を連れ門をくぐる人々は、一次試験の時から比べるとぐっと少ない。


その人だかりに歩みを進めると、自分の足音がしだいに周りの喧騒で聞こえなくなっていく。


門を抜けると、白く大きな壁のような掲示板、それが威圧するように置かれていた。


掲示板には数字、受験番号だ。



「受かっているといいですね、ユリ様。」



横を連れ添って歩くユリ様に平坦な口調で尋ねる。



「流石に、落ちてたらガドに無能扱いされるわ。」



呆れた笑いと共に返ってくる返事。


ずいずいと掲示板前の人だかりを抜け、自分たちの番号が見やすい場所へ移動する。


ユリ様は軽く背伸びをし、前の人の頭の上越しに数字を探す。


ピンとつま先立ちした姿勢は、体幹がしっかりしているからか、ぶれない。



「お抱えしましょうか?」


「必要ないわ。私にも意地があるのよ。」



女性のユリ様ほどの年齢での身長としては平均的な高さだが、それでもややかかとをあげなければ前の掲示板を見ることはできない。



「あっ。」



コップに入った水を零した時のような声を漏らすユリ様。


おそらく自分の番号を発見したのだろう。



「ユリ様。番号はありましたか?」



すとん、とかかとを地につけるユリ様。



「あなたの番号はあったわよ。ついでにミヤちゃんの番号もね。」



私は、ユリ様は受かっていて当然と常識のように考えていたが、「あなたの」を強調した、なにやら含みのある言い方をする。



「と、おっしゃいますと、ユリ様の番号はなかったのですか?」


「ええ。……どういう事かしら。学院事務側のミス?私は落とされるような失敗はしていないはずなのだけれど……。まさかバレた…?そんなはずはないわ、一番気を使うところだもの…となると」



珍しくユリ様が狼狽、は大げさだが、少々困惑なさっている。


顔や仕草にこそ出さないが、ブツブツと呟きながら原因を探る姿はなかなか見られたものじゃない。



「セラさ〜〜〜ん!ユリーさ〜〜〜〜ん!お久しぶりです!」



人混みをかき分けながら、大きく手を振りこちらに向かってくる人影がある。


振り上げている左手にはオレンジ色のブレスレットがはめられている。


獣人の少女のミヤだ。


ぬい〜〜と踏ん張り声を上げながら、やっと大人二人の間をこじ開け、私たちの前に現れる。



「はぁ、はぁ、やっと抜けれた……。」



膝に手を付き、肩で息をするミヤ。


頭にはニット帽を被っている。



「お久しぶりですミヤさん。」


「久しぶりね、ミヤちゃん、合格おめでとう。」


「はい!やりましたよ!これで皆さんと一緒に入学できます!」



皆さんと一緒に、ということは、まだユリ様の番号が無いということは知らないのだろうか。



「それに、ユリーさんの番号って306ですよね!最優秀合格なんてすごいです!」


「最優秀合格?」



ユリ様と私は怪訝な顔を浮かべる。



「え?あれですよ、真ん中の一番上にでかでかと。」



私たちが眺めていた掲示板、その左側から視線を右にずらしていくと、合格者という括りの1段上、真ん中に最優秀合格者という囲いがある。


合格者よりも花の絵などで華々しく囲われたその最優秀合格者の括りの中には、確かに306という番号が大きく記されていた。


あれに気が付かなかったというのは、流石に目が節穴だったと認めざるえない。



「え!気づいてなかったんですか?!」


「えぇ、てっきり落ちてしまったと思っていたのだけれど、安心したわ。ありがとうミヤちゃん。」



人好きのする笑顔でミヤに礼を告げるユリ様。



「えぇそんな、お礼を言われるほどの事じゃ、えへへ。」



でもこれで一安心だ。私とユリ様が合格するという一番の最低条件はこれでクリアされた。


こんなところで挫けていては目も当てられないだろう。



「これからもよろしくね、ミヤちゃん。」


「え!ええ!はい!はい!よろしくです!」



妙にテンションが高いミヤ、余程合格が嬉しかったとみえる。



「セラさんも、こ、これからよろしくお願いしますね!」



潤んだ目で、これから叱られる子の親の様子を伺うような上目遣いで私に投げかける。


怯えているのだろうか、なぜたがうまく表情を表せない私の無表情に近寄り難いものを感じているかもしれない。



「はい。よろしくお願いします、ミヤさん。」



少しばかり声を高くし、印象を良くしようとちょっとばかりの抵抗をする。


声の高さと印象は影響し合うのだ。



「そういえばミヤちゃん、二次試験の日、すぐにお帰りになった?」


「え?あ、はい、帰りましたけど。」


「よかった、実は私たち講堂の前でお待ちしていたのだけれど、すっかりミヤちゃんにそこで待っているということを伝え忘れていたことに気づいて、もし待ってくれていたらどうしようかと…。一緒に帰れなくてごめんなさいね。」



なにやらデマカセを吹きだしたユリ様。


即帰宅したのは私たちの方だったはずだが。



「え!そうだったんですか!?てっきり先にお帰りになられたと思ってましたけど、待っていてくれてたんですね!」


「あの日は試験にいっぱいいっぱいで、ついうっかり伝えるのを忘れてしまったの。一緒に帰りながらお話したかったのだけれど、ごめんなさいね。」


「そんな!どこでお待ちしているのか尋ねなかった私も悪いんですから謝らなくても!」



ミヤの中の、ミヤを置いて帰った薄情な人間という印象から、ミヤを待っていてくれた人間という印象にすり替えている。嘘ついてるけど。


細かいところに丁寧だ。


獣人ということで迫害を受けてきた彼女に怯えられていない理由だろう、このケアの上手さは。



「それじゃあ、今日は一緒に帰りましょう?」


「いいんですか!是非!」



合格が決まれば、その翌日から合格者は寮に入れられる。


入学式はまだ少し経ってからだが、必要なものは今日のうちにすべて用意しておかなければならない。


その準備のために今日は寄り道はお互いできないが、短い時間でも、と学院を後にした。










帰り道。



「最優秀合格者は、新入生代表として入学式で挨拶をするって聞きましたよ。」



ミヤを真ん中に、左右を私とユリ様で挟みながらゆっくりとした速度で歩く。


心なしか、合格という最低条件をクリアしたという安堵から空気が美味しく感じる。


味覚センサーに反応はないので本当に気分的な問題だが。



「代表挨拶……私にはつとまるとは思えないわね。私よりもふさわしい人が沢山いると思うわ。」


「そんなことないですよ!ぴったりって感じしますもん!ザ代表って感じですよ!」



ザ・代表あまり想像出来ないが、ユリ様にできないことはそうそうないので、挨拶含めうまくやりきるだろう。



「お上手ね。ふふ、ありがとう。」



手の甲を口に当て、上品に笑うユリ様。


シニカルな笑みを浮かべることの多いユリ様には、ミヤよりも猫耳が似合うかもしれない。


猫を被るという意味で。


いや、そういう考えは不敬だ、よそう。



「セ、セラさんは学院にはいったら何をしますか?」



突然質問が飛んできた。


何、とは随分抽象的な問だ。しかし言葉の真意を探りながら、返答をする。



「そうですね、やはり魔法についての学を深めたいと考えております。主に仕組みや応用まで。」


「そうなんですか!私もです!」



私にとって唯一の不確定要素である魔法を知っておくのは身を守る上で必須だろう。


そのために学院はいい機会だ。


本やユリ様からだけでなく、そういう環境に身を置くことで得られるものも大きいだろう。


ユリ様と他者という材料があるだけで、比較は行いやすいだろう。


人による特異性や、普遍性なども詳しく調べられるかもしれない。



「では一緒に勉強する際はミヤさん、ぜひ私にご指導ご鞭撻の程を。」


「え!私がおしえられることなんて何も無いですよ!?」


「いえいえ、きっとミヤさんを眺めているだけで得られるものは大きいと思います。」



ミヤの使用する魔法とユリ様の魔法の使用方法や発生方法、得意不得意による差なども詳しく知れればユリ様に有益なデータや情報をピックアップすることも容易くなるだろう。


魔法に関して情報や知識ということでユリ様に教わることはないが、数値化や効率化などに関しては役に立てることがあるかもしれない。


そして数値化や効率化は、様々な比較対象がいてこそ組み上がるものだ。



「な、なな、眺めるだなんて、そんな……。」



顔を伏せてしまうミヤ。


たしかにじっと人に観察されることを喜ぶ人間はいないだろう、間違いなく恐怖だ。


すこし不穏なことを口走ってしまった。


また怯えさせてはユリ様の築き上げた好感度が私のせいで下がってしまう。


左手首のブレスレットを右手でニギニギしながら俯くミヤに、冗談だと告げるタイミングを見計らっていると、ユリ様から声を発しない通信で「<やるじゃない。>」と意味のわからないお褒めの言葉を頂いた。

時間にルーズなひとの「もうすぐ着く」は家を出た合図。

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