第26話 高笑いの声が響く夜
「子供のお遊びに付き合っているほど暇じゃないんだが?」
バックステップで距離を取り、おどけるように目の前の金髪が映える女性に言ってみせる。
小柄で、見れば見るほどただの子供だ。
しかし屋根から降りてくると同時に、裏口から出てきた俺の仲間二人を一瞬で気絶させているんだ、ただの子供であるはずがない。
裏の商売をやっていると時折見る、その道のプロなのだろう。
騎士をしている身としてはこんな子供に何をさせているんだと言いたくもなるが、俺にそんなことを言う資格はとっくにない。
「あら、騎士様なら子供に寛容なところも見せて頂きたいわね。」
余裕な態度でおどけ返される。
俺のことはとっくに調べ済ってわけだ。
「それで?何の用なんだい?迷子なら家まで送り届けるが?」
用なんて聞くまでもなく分かっている。
先程まで顔を隠していた女が俺を前にして素顔を晒したんだ。
確実に殺すつもりで来ている。
俺に顔がバレても、死人に口はない、そう暗に告げられている。
「迷子ね……私はあまり迷うことはないのよ。昔から物覚えは少しばかし良くてね。むしろ迷ってしまったのはあなたなのではなくて?」
「言うねぇ。俺の何が迷ってるっていうんだ?」
腕を組み、首をかしげてみせる。
「騎士なんて尊ぶべき職になっておきながら、そんな玩具に手を出していることよ。血迷ってるとしか思えないわ。」
「はは、そりゃ確かに。」
全くその通り。
黒魔草なんぞに道を迷わされている自覚は強くある。
俺だってこんなものに手を出すなんて少し昔は考えたことすらなかった。
黒魔草なんてバカがやるもんだと。現実から目を背けたい残念なやつがやるもんだと。
「それで、迷子の俺にお嬢ちゃんは何の用なんだい?家まで案内してくれるのか?」
「残念ながらあなたの帰る場所はもうないわ。国の人から、居なかったことにしてくれと頼まれてしまったの。」
「そうかい。俺の案内人は最終的には死神ってわけか。」
国にバレたってわけだ、俺が黒魔草を流しているのが。
騎士なんぞが流していたのがバレたらまずいから、公になる前に消しに来たってことだろう。
早朝兵が来た時に、倉庫の中にいるだろう連中と、目の前の女の足の下にいる気絶した仲間二人は密売で捕まるが、俺はこうやって消されて居なかったことにされる、と。
くそったれ。
心の中で悪態をつく。
事態はさらに悪くなっていく。
「ユリ様、お待たせ致しました。」
倉庫の裏口から、フードを取りながら青髪をさらけ出す、これまた美しい子供が姿を現した。
こいつがここにいるってことは、冒険者4人組の俺の密売仲間は残念ながら敵わなかったということだろう。
四人がかりで勝てない相手に、俺が敵うはずもない。
ましてや青髪の女は傷1つ負ってないじゃないか、大の大人がなさけない。
紳士がすぎるぞ。
「お疲れ様、セラは私の足元にいる彼らのカバンから騎士に関する証拠だけ抜き取っておいて。」
「かしこまりました。」
もう俺はここで殺されることが確定的になっている。
こんな子供に大人の男が負けるわけないという常識を、その感情の何倍もの大きさの一瞬で殺されるという想像が覆い尽くす。
「それで話の続きなのだけれど、どうしてあなたは黒魔草なんかに手を出したの?」
「は?そんなことを聞いてどうする。」
「冥土の土産ってやつかしら。私も気をつけようと思える話かもしれないし。」
「そんなもん、1回目は友人……と呼べるかは微妙だが、そいつに盛られただけだ。」
「あら。ひどいことをする人もいたものね。」
驚いたような仕草をしながら相槌をついてくる。
こんな話、誰かにしたこともない。
だが、回り出した口は止まらない。
「それで最高の気分になっちまって、そうだな、神にでもなった気分だったよ。そういう宗教のヤツらの前では口が裂けても言えないがな。だが、ちょっと経ったら最低の気分だ、死にたくなった。」
「ふーん、なんだか典型的な感じね。」
「典型は効果的だから典型なんだよ。また酔いたい、最高の気分に浸りたい、そんな思いで、今度は自分から友人に黒魔草を貰えないか尋ねたんだ。そしたら売ってやるってさ。馬鹿みたいに高い値段で。」
あの時のあいつの顔は今でも忘れない。
嘲笑ったような、小馬鹿にしたような、それでも仲間を見つけたみたいな顔だった。
「あら、それで買ったの?」
「買ったさ。どんなに高くても買った。黒魔草が切れたらすぐに何度でも買った。そしたらどうだ、案の定金はすぐに無くなった。俺は貯金家でね、金は沢山あった。でもすぐ無くなった。そしたらそいつが言うんだよ、お前も一緒に売らないか?ってさ。金が手に入るぞ?ってな。」
「そう。それで今に至るって感じなのね。」
かわいそうに、と金髪の女は憐れんだような声を上げる。
だが間違いなく心はこもっていないのが伝わってくる。
「そのお友達は今どうしているのかしら?」
「あ?とっくに頭おかしくなって、ある日ふと消えたよ。お前みたいなヤツらに消されたんじゃないか?」
吐き捨てるように言葉をぶつける。
俺の言葉を聞いて、罪悪感が芽生えるような相手じゃないことは察しているが。
「ユリ様、証拠の回収を完了しました。」
「ご苦労様、それじゃあ騎士さん、残念だけどお時間が来たみたい。最後に何か言いたいことはある?」
言いたいこと?そんなもん山ほどある。
友人に騙されて、黒魔草を売るハメになった俺がなんで殺されなきゃいけない。
ほかの連中は気絶で済んでいるのに、なんで俺は殺されなきゃいけない。
俺もほかの連中と一緒に牢にでもぶち込んでくれ。
色々な理不尽に言葉が溢れ出る。
そんな泉のように湧き出る言葉のなかで、口から出た言葉はたった一言だった。
「最後か……そうだな。最後に」
ユリ様は哀れなものを見るような目で、黒魔草を体に取り入れる騎士の男をながめている。
最後に男が口にしたことは、最後に一度黒魔草を、だった。
男は最初落ち着いた様子で黒魔草を取り入れていたが、次第に気分が高揚していくのが手に取るようにわかった。
「……ふふ、アッハッハッハッハッ!」
高笑いをしている。
脳内で快楽物質が溢れ出ているのだろう。
男の笑いは止まらない。
「ヒヒ!イーーヒヒヒ!!ハッハッハッハ!」
腹を抱え笑い始める。
間近で狂っていく人間を見るのは、ユリ様の精神衛生上良くないのでは?とも感じたが、ユリ様の体中のデータセルから送られてくる情報を見るにドン引いてる、程度のものだった。
「いや!いやいや!俺がガキ二人に負けるわけないだろ!負けるわけないだろ!死なねえよ俺は!!」
顔を手のひらで覆い、指の隙間からギョロりと血走った目を見開きながらこちらを睨む。
背負った荷物を放り捨て、男は腰の剣に手をかけた。
「はぁ。終わりにしてあげましょう。」
男は腰の剣を抜き、こちらに突進してくる。
ユリ様は腕をブンと素早い速度で振る。
ナイフを何本か投擲したようだ。
ユリ様の手から放たれたナイフ数本は男の胸に深く刺さり、胸からは血しぶきがあがっている。
男は立ち止まり、自分の胸に刺さった何本かのナイフを見る。
「ウッ…………気持ちいなぁ!死ぬ……死ぬのも気持ちいなぁ!!最……最高だな!」
あまりの出血に意識が朦朧とし始めた男は倒れ込み、しかし尚高笑いを続けている。
はは、はは、と仰向けで血を吐きながら。
しかしそれは続くことはなく、やがて電池が切れた玩具のように物音ひとつたてない人形と化した。
「憐れね。」
ユリ様の心からの声が、まだ真っ暗な夜の静けさに溶けた。




