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第21話 結果は同じ



入口とは反対の扉をガラリと開け、ユリ様が忍ぶような笑みを浮かべながら退室してきた。


その余裕ありげな表情に、隣にいるミヤは胸に手を当て安堵している。


他人を蹴落とす受験戦争において、他人の成功を喜べるこの少女は広い心の持ち主なのかもしれない。


しかし私はユリ様があのような表情を浮かべるということは何か面白いことがあったのだろうと勘ぐる。


試験内容か、面接内容か、どちらにせよ部屋に入ればすぐに分かることだ。。



「307番の方、入室を。」



係員からの声が掛かる。


私は席を立ち、扉を開ける。


部屋に入る瞬間チラリと横を見ると、ミヤが両手で胸の前に小さくガッツポーズを作り、口をパクパクさせて''頑張ってください!''と私にエールを送っていた。


私はその健気なエールを背に、部屋の中へ進んだ。








後ろの戸が係員によって閉められ、4人の試験官の机に対峙する形で置かれた椅子に座るよう促される。


面接時のマナーはノックや、席の横で一礼とか元の世界の日本のそれとは違い細々としておらず、大抵は従っていればそれで良い。


ポツンと置かれた1つの椅子に座る。



「受験番号とお名前をお願いします。」



面接官の1人が手元の紙と私を照らし合わせながら問いかけてくる。



「受験番号307、セラ・レナウンです。よろしくお願いします。」



私は偽名を語る。


これはユリ様に、身分証を作るために必要だと言われ、ついでに考えてもらったものだ。


この世界にいた訳でもない私にとって偽名は必要ないのだが、ラストネームが無いのは不自然に取られるケースが多いとのことで名付けてもらった。


偽名とあるが、私にとってはこの世界における本名と呼んでも差し支えない。


この世界は貴族と平民の差がほとんど無くなってしまっているから平民でもラストネームを持つし、なによりマスターに名付けていただいたものだからだ。


もしかしたら今後任務の内容次第ではいくらでも変わるかもしれないが。


そのたびに名付けてもらえるなら、それはそれで構わない。


私はユリ様に名付けてもらった自らの名を得意気に語ると、試験官は、はい、よろしくお願いします〜と軽く受け答えし、横の離れた位置にある緑色の生物入りの檻を指さした。








とても姿勢がいい。


椅子に座った時に初めに感じた印象だ。


先程のユリーという受験生も、なかなか堂にいったものだった。


姿勢だけで何を大げさな、という気もしないでもないが、取り繕った姿勢というのは面接官の立場から見ればどうもぎこちなく見えるのだ。


背伸びをしている人間を見ているような気になってくる。


まぁ、評価項目に姿勢なんてものはないから、別段どうということは無いのだけれども。


しかし自然体で姿勢が良い人間を見るのは気持ちがいい。


まるでこちらまで背筋が伸びるような感覚になる。


我が学院に入学するものであれば、気品を忘れてはならない。


そしてそういう所がしっかりとできる人間は、比例して魔法の実力も伴ってくる。


実際先程の受験生の魔法の実力も申し分ないものだった。


思考が横にそれていく。仕事をしなければ。



「あちらの檻にゴブリンが1体いますね。それを放しますので、そこに用意されているロープで拘束してください。危険が及びそうな場合は檻の近くに待機している係員が何とかしますので、気楽にどうぞ。」



今回の試験で見るのはゴブリンを拘束するための強い繰糸魔法、ということになっている。


が、実際は魔法がある程度使えるかどうかが見れれば良い。


今回の試験で見るのは魔物に対して過度な怯えを抱かないかどうか。


そこがメインの評価基準になっている。


なぜ魔法よりも魔物に対してのリアクションを見るのか、それには近年学院で起こっているある問題が絡んでくる。


それは実際の魔物と相対した時、恐怖で魔法が使えなくなるという致命的な問題だ。


魔法の行使には高い知力、健康な肉体と平穏な精神が必要になる。


高い知力はこの学院に入学することの出来る生徒ならば問題は無い。


しかし日頃勉強漬けなせいで生活で魔物と触れることがなく、過度に怯えてしまい平穏な精神を保てず、魔法が使えなくなるという生徒が増えてしまっているのだ。


高い学力と引き換えにしたものは大きい。


かわりに魔物に関わらないところでは、高い知力を駆使して強力な魔法を操れる者や、後方での目覚しい活躍を見せるものもいるため、この学院の威厳は変わらぬものとなっているが。


それらの点をふまえ、先程のユリーという生徒は素晴らしかった。


高い技術の繰糸魔法、魔物に怯えることのないメンタル。


他の生徒を見ないことには分からないが、学年首席もありえるんじゃないだろうか。


受験者の一人目から金の卵なのだ、これからの生徒も期待に胸が膨らむ。


そう思いながらゴブリンとロープを見つめる青い髪の生徒を観察する。


顔に怯えの色はないが……。


なにか迷っているように見える。


しかし時間も限られているし、早速試験を始めよう。



「セラさん、準備はよろしいですか?」



私は彼女に問いかける。



「はい。問題ありませんが、ひとつお聞きしてもいいですか?」


「?……どうぞ。」



ここに来て質問とはなんだろうか。



「ゴブリンの拘束をすることが、最終目的という認識でよろしいですか?」



それは改めて聞くようなことなのだろうか。だが、それに私は答える。



「はい、それで問題ありません。」


「かしこまりました。」


「それでは、始めます。」



私は檻の近くに待機した係員にお願いします、と合図を送り、折を開けさせる。


檻を開け放った瞬間、ゴブリンがヨタヨタと目の前の受験生に涎を垂らしながら2歩、3歩と歩み寄っていく。


その時だ、受験生は突然走り出しゴブリンに迫ると、突然飛び上がり、空中で体をひねって回転しゴブリンの背後に回った。


突然目の前から襲う相手がいなくなり困惑するゴブリンだったが、グルンと顔を後ろに向ける。


だが顔だけ後ろを向いたゴブリンの頭の上に受験生がポンと右手を置いた瞬間に、気を失ったようにゴブリンはバタりと倒れてしまった。


一瞬だった。


突然の受験生の動きに、係員含め部屋の人間は口を開け唖然としてしまっていた。


攻撃も加えずにゴブリンが倒れてしまった理由を考える。


ゴブリンをみれば、息はしているようだ。


あれは……相手を眠らせる魔法か。


しかし興奮状態の魔物を眠らせるのは、絶対的な魔力量がなければ可能にならない。


いくら弱ってるゴブリンとはいえ、一瞬とは。


本来ではあれば睡眠の魔法は病人を眠らせる時や、黒い話になるが談笑中の相手に隙を見てかけ続けて眠気を誘う程度のものなのだが。


いまどき珍しい状態魔法の使い手だろうか。


考えを巡らせながら彼女を見る。


受験生はスタスタとロープの元まで歩いてそれを手に取ると、ロープを使ってゴブリンを手作業で縛り上げた


手作業……繰糸魔法は使わないのか?


そこで私は気づいた。


今回試験を始める前に、ロープで拘束をしてもらうとは言ったが、繰糸魔法を見ると受験生に伝え忘れていたこと。


ああ、しまった、これは私のミスだ、しかし。


それでもロープが意味ありげに置いてあって、ゴブリンを拘束しろと言われれば、繰糸魔法が思いついて当然なのではないか?


受験生をみると、しっかりとした縛り方でゴブリンが動き出せない様固く結び終わっていた。


魔物を縛り上げる知識もあるのか。



「完了しました。」



ゴブリンの横でまっすぐと姿勢よく立ち、こちらを無表情で見つめる彼女。


今私に出来るのは、できる限り動揺を見せず、面接に移ります、どうぞお座り下さい、と彼女に促すだけだった。





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