第20話 運勢とゴブリンとロープと
二次試験当日。
150000人から400人程に絞られた受験者は、ここからさらに300に絞られる。
4分の1が落とされる緊張感と、ここまで残れたのだから大丈夫だという自信。
それらが講堂のような場所に集められた400人からひしひしと伝わってくる。
広い講堂には椅子がもとから設置されており、受験番号順に指定された席へ順に座っていく。
幸か不幸か、私は一番目、先頭だ。
つまり306より小さい数字の受験者は全員落ちてしまったということ。
早く試験が終われば早く帰れるのだから、喜ばしいことなのだけれども。
「セラさん、ユリーさん、今日は頑張りましょうね!」
椅子に座りながら前屈みになり、横の私たちの顔を覗き込みながら、獣人の少女、ミヤは握りこぶしを作りつつ言う。
「えぇ、頑張りましょうね、ミヤちゃん。」
私は普段使わない表情筋を駆使しながら、笑顔を作り返事をする。
こういう時にセラの無口っぽく見える雰囲気は羨ましくも思う。
とはいえ、ぽくみえるだけなので、セラもミヤに対し、頑張りましょうと真顔で返す。
確かにこの中で一番頑張らなければならないのはセラだろう。
魔法を使った試験ということは分かってはいるが、なんの魔法を使用するかは試験が始まってから伝えられるので対策ができない。
それでもある程度試験内容を予想して、様々な魔法を再現できるよう対策はしたので、なるようになるだろう精神で行くしかない。
「は〜〜緊張するな〜〜、大丈夫かな〜〜。」
一次試験の時とは違い明るい雰囲気のミヤ。
今は帽子もしておらず、耳もさらけ出している。
王都の外から来た私たちは、彼女という人種に対して悪感情を抱いていないので、彼女にとっては素の表情を晒せると言ったところだろう。
「ミヤさんならきっと大丈夫でしょう。お誕生日はいつですか?」
突然何を言い出すんだろうか、誕生日を聞き出すセラ。
「誕生日ですか?3月8日ですけど……。」
「おめでとうございます。みずがめ座のあなたは超幸運。今日は何をやってもうまく行きそう。ラッキーカラーはオレンジ。だそうですよ。」
どうやらセラは占いも出来るらしい。
「え、占いですか!すごいですね!ミズガメザ…は分からないですけど、今日はいい日ってことですよね!」
緊張感のあるこの講堂の空気で浮かないよう、控えめな声で喜ぶミヤ。
しかしそれはセラの世界の運勢でこの世界では当てはまらないのでは?とも思う。
まぁ水を差すのは愚策だろう、思い込みというものは時に力を発揮する。
さらにセラがミヤに見えない位置でサポートからオレンジ色のブレスレットを取り出した。
「どうぞ。こちらはラッキーカラーのオレンジ色のブレスレットです。」
「え、頂いてしまっていいんですか!?」
「遠慮せずにどうぞ。」
ミヤはブレスレットを受け取ると、左手に通した。
その手を上に掲げ眺めぬながら、うわー、とか、お〜とか声を漏らしている。
私は久しぶりに舌の動きだけの通信をセラと試みる。
「<随分と至れり尽くせりね。>」
「<ユリ様も占ってさしあげましょうか?>」
「<いや、私はいいわ。占いって信じてないし。>」
「<そうなのですか。>」
とは言っても、あなたは今日運勢最悪です、残念といわれ憂鬱な気持ちで1日過ごすのはなかなか無駄な気がしてしまうという小さな理由だったりもするのだが。
セラとそのまま無駄話を続けていると、講堂のステージ上に試験官らしき人が表れた。
やっと二次試験が始まる、と溜息をつきたい衝動をこらえる。
「これから、ルシリア王国魔術専門学院、二次試験を開始いたします。試験は別室で行いますので、お呼び出しされた方から係員の指示に従い移動をしてください。この講堂に移動以降戻ってくることはございませんので、移動の際はお荷物等のお忘れ物がないようご注意ください。」
そのまま試験官による注意と説明が続いた。
「えー、それでは、受験番号順306、307、308、729、1051、1132、1447、1602、1899、2005の方は、係員の指示に従い移動を開始してください。お荷物お忘れないようご注意を。」
私とセラは受験票以外特に持ってきていないので、そのまま席をたち、先導する係員について行く。
少し遅れてミヤも私たちの後に追いついた。
そのまま廊下を歩き、試験場へと向かっていく。
10人の列は誰も言葉を発することなく、無言で前の人の背中を追う。
ミヤも空気を読んで無言だ、いや、緊張しているだけかもしれないが。
そうこうしているうちに、訓練所とかかれた教室の前に到着する。
教室の前にはイスが10個数ほど教室に背を向けて並べられており、おそらく1人ずつ教室に入って残りは待機ということだろう。
「それでは、1名ずつお呼びしますので、呼ばれた方はこのお部屋に入っていただくようお願いします。」
はい、という揃った返事が受験生から発せられる。
そして、それでは306番の方、入室を。と、早速私の二次試験が始まるのだった。
「受験番号306、ユリー・アーシャリーです。よろしくお願いします。」
「はい、よろしくお願いします。それじゃあ、今からゴブリンを放ちますので、そこに落ちているロープで拘束してください。拘束に失敗しても、ロープを操る技術を評価しますので、気負わずにどうぞ。」
檻の中で力なく格子を叩いているゴブリン、だいぶ弱らせてあるらしい。
そして床に置かれた長く白いロープ。
試験内容は、ゴブリンの拘束。しかし見るのは繰糸魔法ということらしい。
ヒモを操るには繊細なコントロールが必要で、ゴブリンを拘束するには強い魔力も必要。
なるほど、試験内容にはうってつけだが、ゴブリンを使うなどなかなか思い切ったことをする。
「試験終了後、簡単な面接を行って、今日は解散となります。準備はよろしいですか?」
「はい。お願いします。」
部屋の中、机が4つほど置かれ、そこに席する4人の試験官、対面して椅子がひとつ、これは受験生が座るようだろう。そして少し離れた位置に四角い檻に入れられたゴブリン、ゴブリンと私の間に置かれたロープ。
ロープを手にするためには1度ゴブリンに向かって進まなければならはい。
これは魔物に対して極度に怯えることがないかを見ていると考えられる。
ゴブリンの近くに1人位置した係員、檻を開ける係だが、緊急の場合は彼が対処をするのだろう。
まだ入学していない生徒を傷つけたら問題になるだろう、当然の配慮。
ゴブリン自体も爪や牙が抜かれ、危険がない状態にされている。
私がすることは、まずはロープを手にし、魔力を通し、操ってゴブリンを縛り上げる。
ただそれだけだ。
「それでは、ゴブリンを解放します。カウント、3、2、1。」
ガシャ、と檻が開かれる。
私は歩いてロープを手にし、魔力を通す。
「(これは……すこし魔力が通りにくい?)」
ヨタヨタとゴブリンが涎を垂らしながら近づいてくる。
魔力は通しにくいが、通らないということでもないので、無理やり全体に私の魔力を行き渡らせ、自分の腕のように動かせる状態まで持っていく。
私の支配下に落ちたロープは、スルリと私の手を離れ、蛇のようにゴブリンに這っていくと、グルグルと体に巻き付き、動きを完全に静止させた。
固く拘束されたゴブリンは抵抗することも出来ない。
ここまでできれば不合格はまずないだろう。
「はい、そこまで。ご苦労様です。では面接に移りますので、席にお座り下さい。」
「はい。」
問題ない、それは私にとって。
セラにとってはこの試験内容はなかなか厳しいのではないだろうか。
セラがこの試験をどう乗り越えるのか、少し楽しみにしながらも、面接官の質問に笑顔で無難に返し、私の二次試験は終了した。




