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第19話 インスタントケーキ




「あの……ありがとうございました。助けていただいた上、送っていただいて……。」



帽子を取り、頭を下げる獣人の彼女。



「いいのよ。あなたとお話をしてみたかったし、帰り道は楽しかったわ。それじゃあまた二次試験でね。ミヤちゃん。」



ユリ様が見たこともないような笑顔でミヤとサヨナラをすると、私も軽く頭を下げ、ユリ様と共にその場を去る。


後ろではユリーさんセラさんまた今度ー!と玄関前で私たちに大きく手を振っている気配がある。


ユリ様は歩きながら時折後ろを振り向き、小さく手を振り返し、やがてお互いが見えなくなる位置まで来るといつもの雰囲気をまとったユリ様に戻った。



「ユリ様のあのような笑みは初めて見ました。」


「そうだったかしら。私人あたりはよい方なのよ。」



図書館地下のあの態度を見るとそうは見えないが、ユリ様がそういうのだからそうなのだろう。



「それでどうして彼女にお声をお掛けしたのですか?疑っていらっしゃるのですか?」


「全然ね。それでも学院に合格したのなら調査対象になるのだから、そのときの取っ掛り作りのため、かしらね。」


「なるほど。」



合理的な理由だったが故に、とてもユリ様らしいと感じてしまった。


私としてはもうすこし心に遊びを持った方がストレスのマネジメントがしやすいと思うのだが。


そこで私は思いつく。



「ユリ様、一次試験突破祝いをしましょう。」


「お祝い?お祝いするようなことじゃないと思うのだけれど。」



ユリ様は私の提案に微妙な表情を浮かべている。彼女にとってはただの通過点的な実感が強いのだろう。



「倍率からみても、一次試験の突破はおめでたいことです。お祝いすべきです。」


「随分と強引なのね。わかったわ。スイーツが美味しいお店にでも行きましょうか?」


「いえ、今日は私の世界の甘味を食べて頂こうかと考えております。」


「あなたの世界の?それは興味あるわね。」


「とりあえず宿屋に向かいましょう。」



私は普段と違い先頭を早足で歩きながら、宿屋にむかった。








部屋に着き、ユリ様は荷物を放り捨て、ベッドに倒れ込む。


そんな彼女のいつもの動きを横目に、彼女と私のの荷物を所定の位置に片付け、宿の人から借りたお皿と水の入ったコップをテーブルに用意する。



「サポート、取り出し。ショートケーキを2つお願いします。」



私の首にネックレスとしておさまっているサポートが首から離れ、空中で形を変えたのち、立方体になる。



「かしこまりました。展開します。」



サポートはお皿の上に浮遊しながら移動すると、パカっと下の面が開き、圧縮固形タイプのインスタントケーキを2つカランカランと落とした。


それらはとても小さな錠剤のようにしか見えない。



「ユリ様、起きてください。ケーキは出来上がりが冷えて美味しいんですよ。」



眠ってはいないが、倒れ込んでいたユリ様がベッドから降り、ふらふらとした足取りで椅子にたどり着き座り込む。


テーブルを覗き込むと、訝しげに呟く。



「これ、ケーキなの?どう見ても食べ物に見えないのだけれど。」


「今から私がお作りしますね。」



私はコップを手に取り、インスタントケーキに水をかける。


錠剤のような物質は水を大量に吸い、風船が膨らむように展開し、よくあるショートケーキの形に姿を変えた。


ケーキの上に記された小さい赤い印に少し水を垂らすと、イチゴがぷくりと姿を現す。


このイチゴを作る最後のひと手間はお子様には大人気だったりする。



「作りたてですので冷えてますよ。どうぞ。」



ユリ様は目を丸くしながら目の前のショートケーキをじっと見つめている。



「これ、食べられるのかしら?」


「美味しいですよ。」



私はユリ様にフォークを手渡し、私も久しぶりのケーキを頂く。


サポートに持ってもらっている予備の食料はあまり少ないので、元の世界戻れないだろうことを考えると、やはり大事に味合わなければと変な心構えをしてしまう。


ユリ様はまだ手を出す気配がないので、先に私が食すことにしよう。


水を多分に吸ったにも関わらずふわふわなスポンジを生クリームごとフォークで縦に切り分け、上から差し込んで口に運ぶ。


とろけるような生クリームがスポンジと口の中で絡み合い移り変わる口当たりの良い感触に、これでもかという甘みと共に舌が幸福を感じる。


スポンジとスポンジのあいだに生クリームごと挟まったイチゴの甘酸っぱさが、単調な甘さの中に変化を与え、飽きさせない。


味覚という感覚器官を備え付けてくれた博士と技術者に感謝の意が絶えない。


たまらず二口目を頂く。



「とても美味しいですよユリ様。」


「あなたのその顔を見れば分かるわ。」



そんなに緩みきった表情をしているのだろうかと、サポートから見える映像情報を私に送ってもらうと、緩みきっているどころか笑っているようにも見えない無表情な顔が映し出されていた。



「はぁ。ちょっと恐いけど見た目はとても美味しそうなのよね。頂くわ。」



ユリ様は私と同じようにショートケーキを一口サイズに切り分け、差し込んで口に運ぶ。


口元を手で隠しながら上品に味わっていると、ん〜〜と上ずった声を上げた。



「甘いわ。こんなに甘いものは久しぶりというか、初めてかもしれないわね。とても美味しいわ。癖になりそう。」



みるみるうちにパクパクと口に運び、最後に残ったイチゴも惜しげも無く召し上がってしまい、あっという間になくなってしまったユリ様のショートケーキ。


食べ残しひとつなく綺麗に片付いてしまったお皿を見つめていたユリ様が、ずっと目線を少し上げ、私の食べかけのケーキをじっと見つめている。


ゴクリとユリ様の喉が鳴る。



「私の食べかけですが、召し上がりますか?」


「え?……いや、いやいいのよ。セラが食べてちょうだい。」


「そうですか。」



ひょいひょいと残りを平らげる。


最後に残った上のイチゴと少しのケーキを口に運ぼうとした瞬間、あぁ、というユリ様の引きずるような悲しみの声を聞き、私の手が一瞬止まる。


チラリとユリ様をみれば、普段見ないような悲しげな表情をしている。


が、慈悲なく最後の一口も口に運ぶ。



「ごちそうさまでした。」



ユリ様はごちそうさまでした、とボソリと声になるかならないかくらいの声量で零すと、またふらふらとした足取りでベッドに倒れ込む。


心なしか、ボフリという音がいつもより大きく聞こえる。



「ユリ様。」


「………………何かしら。」



顔をベッドに埋めたままのくぐもった返事が聞こえる。



「二次試験も合格しましたら、またお祝いしますか?」


「するわ。」



ガバッと起き上がり、ノータイムのレスポンスが帰ってくる。


「二次試験と言うくらいなのだから、合格したらケーキは2個よね?」


「え、それは……はぁ、かしこまりました。」



まだバタリと、今度は仰向けで倒れながら、早く二次試験日こないかしらと足をバタバタとさせているユリ様。


残る試験は二次試験と簡単な面接だけ。


私は年相応なユリ様の反応を眺めながら、三次試験がなくて良かったと残りのショートケーキの数を思い浮かべながら安堵した。

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