第1話 柄にもなく落ち込む戦闘兵器さん
目を開くと、夕暮れ時だったはずの景色は澄渡る青空で埋め尽くされ。
隣、その遠くを白い雲が浮かんでいることから、ありえないほどの高度に投げ出されていることを自覚する。
体は重力に従い落下する。
すり抜けていく風を、作られた知能が、植えられた知識が、備えられた感覚が心地よいと感じさせた。
しかしこのまま地面に衝突すると、体にダメージ、大きな衝撃が与えられてしまう。
自分の身に起こったことを整理するため、一度地面に降り立とうと、地面近くなってから反重力浮遊装置を起動させる。
しかし、
「…、!制御出来ない!」
反重力浮遊装置が不具合を起こし、その装置によって生み出された乱雑な勢いを殺すことは出来ず、体はあらぬ方向へと弾かれ、森の地帯へと落下してしまう。
ガサガサと枝をへし折りながら、それでも体制を立て直し、スタリと着地する。
抜群のバランス感覚に感謝だ。
降り立つと、すぐに位置情報を確認する。
今も尚、肩の近くを浮く球体に手で触れ、情報を引き出す。
しかしその情報は、到底信じられないものだった。
「基地の座標が……どんどん離れて……移動に失敗してる?……」
移動に失敗したことは予想していたことだが、私が止まっている今も尚離れていく目標地点。それは文字化けを繰り返しながら、光年という単位で目まぐるしく移り変わっていく。バグでも発生しているのだろうか。
無線で基地へ呼び出すも、案の定応答はない。
「博士……博士……」
博士、セラを作り出した第1人者。天才、秀才、異才、良能、英才、あらゆる言葉を持ってしても彼女を表すには足りないと言わしめた女博士。
彼女なくして私は生まれなかっただろう。
その博士への呼びかけも、もちろん応答はない。
それどころか、今までのアクセスすべてが途絶えている。
何とも繋がっていない。
もしかして自分は壊れてしまったのだろうか。
そんなありえない考えまで及んでしまう。
「私は……これからどうすれば……」
消え入りそうな声に答える声もなく、木に寄りかかり彼女は膝を抱え丸まり、沈痛な表情で思案する。
精巧に作られた感情という機能も、今となっては煩わしいと感じざる得ない。
私の近くを浮く黒い球体、''サポート''は私に情報を送り込んでくる。
曰く、先程反重力浮遊装置が誤作動を起こしたのは、地球で考えられる重力と差異があったからだと判明したらしい。
少しばかり今いる地点の方が重力は厳密に厳密を重ねれば軽く、あまり変わらないが地球よりも質量が軽いか又は小さい惑星に移動してしまった可能性が考えられる、と。
なるほど、それならば衛星にも基地にもなにともパスが繋がっていない現状に理由がつくと理解した。
だが惑星間の移動をしてしまった原因が理解できない。
ましてや地球の周りに、地球に似たこんな青々とした木々が生い茂る惑星を知らない。
思考していると、またサポートはまたも私に考えられるケースを送り込んでくる。
送られてきたケースは一万を超えていた。絞り込むことが出来ない可能性の数。サポートも理解出来ていないのだ。
ここは地球のどこかで、計測結果が間違っている可能性。
サポートと私が、どちらもエラーを起こしている可能性。
空間が一致した別の時空にいる可能性。
枝分かれしたパラレルのどこか。
基地からのデータ上書きによる齟齬。
敵国のジャミングとハック。
エトセトラ、エトセトラ。
とりあえず現状において情報を信じるならば、ここは地球ではない未知の惑星で、地球とは別の空間にいる、ということだった。
そして、元の場所に戻ることは不可能。基地の座標は、ついにERRORの文字で静止していた。
唐突に自分の存在意義を失ってしまった。
自分の居場所さえも、遥か彼方だ。
何よりも、自分を失った自軍は……。
「いや、博士なら……マスターなら。」
自分を生み出した博士、そしてそのまま自分のマスターとなった博士を思い出し、彼女ならいくらでも自分が居なくなった現状を打破する策を練ることができるだろうと考えつき、やけになる。
こんな自暴自棄になるなんて機能、いらないんじゃないだろうか。
私という端末情報に写る、マスター情報に記されているはずの博士の名が、現在なしになっていることからも。
暗に必要ないと言われているようだ。
私は私の行動に責任を取るマスターの許可によって自身の機能を使用するため、相互接続状態でないと、責任を取れるマスターはなしと表示されてしまい、最低限の機能しか使用出来ない。
現在何とも通信が出来ない状況で、マスターと、博士と通信が出来るはずもなく。
塞ぎ込み、背中を丸め、抱えた膝に顔をうずめる。
恐らく今まで作動することがほとんどなかった感情という機能。
その機能は遺憾無く発揮され、私の拗ねるという行為を促進させるに至ったのだ。