第17話 一次試験終了
一次試験、最後の一科目。
私の脳はフルに活用しすぎて若干燃えているかのように感じる。
急げ、急げ、急げ。
私はまずすべての問題に目を通し、解けそうな問題から手をつけていった。
しかし予想以上に手間取り、残り時間も迫ってきている。
やっとたどり着いた、この一番最後の問題が時間内に解ききれるかがかなり怪しい。
「(えっと……図8の魔方陣を用いて魔法を使用した際、起こる現象を選択肢1〜3の中から選び、その根拠を述べよ?)」
魔方陣の解読問題、試験問題として一般的ではあるが、ここの学院の魔法陣解読問題は群を抜いて難易度が高い。
もはや捨ててもいい問題、捨て問ともいわれている。
しかしその分配点が高く、解くことが出来れば一気に合格が近づく。
私はこの魔方陣解読の対策を十分に行ってきた。
時間さえあれば解くことが出来るはず。
しかし、これまでの問題に余力を割きすぎて時間が足りない、時間配分をミスしてしまったということだ。
試験官が時計をチラチラと確認している。
当てずっぽうでも、なにか書かなければ。
「(この模様…確か水系統、そして添えられた魔文字、恐らくこれは出現した物質の行動を決めるため……読めない……、魔文字と現代文字を当てはめて魔文字文法に置き換えないと意味が読み解けない……今そんな時間はない……えっとえっと……)」
選択肢は3つ。
つまりこの3つの現象のどれかになるということ。
私は今ざっと読み解いた答えに一番近い選択肢を探す。
選択肢1、陣から大量の水が湧き出て渦を起こし、範囲内のものを飲み込む
選択肢2、陣中心からから少量の水が吹き上がり、一定方向へ勢いよく噴出される
選択肢3、陣正面の一定距離先に大量の水が生成され、陣に向かって勢いよく落下してくる
「も〜〜〜〜どれも似たり寄ったりで分からないどうしようどうしよう!」
選んだ選択肢は2、根拠には「水が少量出現する紋様が刻まれており、一定方向へ勢いよく噴出されるよう指定した魔文字が刻まれていたため。」という読み解く力が無い事がバレバレな回答を一応だが埋めるために書き記す。
最後の一文字が書き終わるか終わらないかくらいで、試験官の声が聞こえた。
「回答止め、筆記用具には手を触れず、試験官が問題用紙を回収するまで席を立たずにお待ちください。」
教室からは「あ〜〜」や「終わった〜〜」などの声が至る所から聞こえ、一気に空気が緩む。
あちこちでは座りながら体を伸ばしているものや頭を抱えているものもいる。
後から何人かの試験官が列ごとに問題用紙をどんどん回収していき、私のものも回収され、やがて全てを回収し終えた。
「皆さん、お疲れ様でした。一次試験合格者の発表は、合格者のみ一週間後にお住まいの住所にお手紙にてお伝えします。学院前にも合格者の番号の張り出しを行いますので、ご確認ください。それでは、本日一次試験はこれをもって終了といたします。お帰りの際はお怪我のないようお気をつけください。」
試験前の静寂が嘘のように、ワイワイとした空気が満たす。
やっと鎖から解き放たれたように皆羽を伸ばし、このあと美味しいご飯を食べに行こう、遊びに行こう、いや二次試験の対策もしないと、なんて声が聞こえてくる。
私も帰ろうと、自分の荷物をまとめ席を立った時、ふと気になる言葉が聞こえた。
私はそのまま聞き耳を立てる。
頭の上の耳がピクピクと音を探る。
「セラ、最後の問題の選択肢、選んだものは何?」
私の前に座っている二人の会話だ。
荷物をまとめているふりをしながら、声に耳を傾ける。
「私は無しと書きました。選択肢には発生する現象は含まれておりませんでしたので。」
「そうよね。でも問題の製作者は三番が正解として問題を作っていそうだったから、私は3番と書いたけれど。」
「宜しいのではないでしょうか。もし制作した方が間違いに気づかなかったとしても、正解のままでしょうし。」
3番が正解だったのか、それにしても生じた矛盾とはなんなのだろう。
その疑問はすぐに解決した。
「それにしても陣を地面に描くことしか想定していないなんて、魔法専門の学院としてどうなのかしら。」
「壁に描かれた陣の場合、陣の向かいに出現した大量の水は魔文字に従い落下はしますが、陣に向かって引き寄せられるのではなく地面に向かって落下しますしね。地面にあれば陣に向かって落下する、で正しいのでしょうけど。」
「3番の選択肢を正解とするなら、陣正面の一定距離先に大量の水が生成され、''地面''に向かって勢いよく落下してくるが正しいわね。」
よくわらからないが、あの選択肢の中には答えたり得るものがなかったということか。
製作者が間違いに気づいて全員正解扱いにするか、気付かずに3番を正解としたままにするか。
私は問題の不備により全員正解にしてくれることを願いながら、それでも試験から解き放たれた開放感でそんなことどうでもいいや、なんて気持ちにもなっていた。
帽子をかぶり、私は教室、そして学院をあとにする。
「ただいま〜」
玄関のドアを開けると、ドタドタという母の足音が聞こえ、姿が見える。
「おかえりなさい!どうだった!?!?」
心配そうに、それでも期待をこめた眼差しで見てくる。
「やれることはやったよ。手応えはあったけど、ちょっとまだ分からない。」
「よかった〜ご飯出来てるからね。お疲れさま。」
まだ靴も脱いでいない私を抱きしめ、私の頭を撫でる。
エプロンから作り終えた料理の匂いが漂い、食欲を刺激する。
包まれた安心感と緩みきった母の雰囲気で、今まで押さえつけていた怠惰な心が弾けそうになる。
「ちょっと、まだ二次試験だってあるんだから気は抜けないよ。」
「そうね、でも今日くらいはゆっくりしてもいいんじゃない?」
「うーん……いや、だめ。ご飯食べたらまた勉強!」
「ふふ、はいはい。ゆっくり食べなさいよ。今日はお母さん張り切ったんだから。」
「張り切るのは合格してからにしてよ……。」
靴を脱ぎ母の横を抜け、リビングへ向かえば、テーブルいっぱいに敷き詰められた品数たくさんの料理が私を迎えてくれた。
「これ全部食べたらお腹いっぱいで一日動けないよ……。」




