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第16話 試験開始



体を芯まで冷やすかのような寒さ。


指はかじかみ、耳は少しひりりとする。


雪でも降り出しそうな天気だが、幸運なことに今日1次試験当日は晴れた、問題なく会場にたどり着く。


門の前はガヤガヤと声があがっており、こんなにもたくさんの受験生がいるのかと実感させられる。



「頑張ってらっしゃい。ダメでも笑顔で帰ってくるのよ。」


「うん。行ってくるね。」



帽子で耳を、服で尻尾を隠し、一緒について来てくれた母が優しく背中を押してくれる。


私も帽子を深くかぶり、人で溢れかえる門にむけ一歩を踏み出す。


足取りは重く、ついに今日が来てしまったのだという死刑囚のような気持ちと、今日で頑張るのはおしまいになるという楽観が同時に心に芽生える。


集団に向かい歩みを進め、門を潜る。


吸い込まれるように学院に人が飲まれていく中、私もその流れに加わる。


そして、建物、学院の中へ一歩踏み入れる。


学院に入る前とは大違いの静寂、途端に緊張感が増してくる。



「番号800番以上のかたはこちらでーす。」



どんどんと人の波がわかれていく。


私の番号は308番、300番台の案内の方へ向かっていく。


15万を超える受験者数から見ればかなり早い方の数字だ。


そこから募集人員は300程度なのだから、倍率がいかに狂っているかは自明だ。


案内に従い、私の試験教室へとたどり着く。


教室の戸を開け中を見渡すと、手持ちのメモを食い入るように見るもの、目をつぶって集中しているもの、緊張感にやられて泣き出しているもの、多くが目に入る。


気持ちは痛いほどにわかる、私だって泣き出して放り出してしまいたい。


それでも、あとすこしの頑張りなのだ、あとすこし、あと少し頑張れば夢は叶う。


私は自分が座る席を見つけ、座る。


母が用意してくれたお守りを取り出し、まだ少しかじかむ手で握りしめる。


頑張れ、という文字が握力で少し歪む。


必要以上に力がこもってる、平常心、平常心。





そうやって心を平穏に保とうと苦心してしばらくすると、教室前の入口がガラリと開く。


そして、入ってきた女性達に目を奪われた。


きらびやかな金髪をなびかせた、人形のような少女、そしてその後ろを歩く青髪を腰まで伸ばした儚げな少女。


まるで二人の周りは別の空間であるかのように、他とは違う雰囲気を醸し出していた。


二人は辺りを見渡し、自分の席を探している。


そしてまっすぐにこちらへ向かってくる。



「306番ですと、あちらですね。」



青髪の少女が私の2つ前の席にたどり着くと、その席の椅子を引き、金髪の少女に座るよう促す。


従者のようだ。金髪の少女は貴族なのだろう。



「あら、ありがとう。」



金髪の少女はニコリと微笑み、青髪の少女にお礼を告げると、青髪の少女は無表情でそれにいえ、と返事をし、その後の席に座る。


つまり私の前の席だ。


目の前に垂れる青髪に目を奪われてしまう。


とても綺麗……なんて浮ついてしまっている心を首を振りながらただし、本番なんだぞと気合を入れ直す。


まもなく試験が始まる。











試験開始時間間近、試験官がズラズラと教室に入り込む。


試験用紙をなれた手際で仕分け、列ごとに配布していく。


その時のことだ。



「試験番号308の方、室内での帽子はカンニング防止のために禁じられておりますので、事前の申請がない場合は外すように。」



ドキリと心臓がはねた。


そうだ、忘れていた、私は獣人の耳を隠すために帽子をかぶっているが、試験中は外さなくてはいけない。


帽子に手をかける。


少し戸惑うが、試験官に名指しで注意された以上、モタモタしてるとカンニングを疑われてしまうかもしれない。


そんなモタモタで疑われることなど簡単に考えればありえないが、余裕のない心は私に勢いよく帽子を脱がせた。



「獣人…」



教室のどこかで他人に聞こえないような小さな声で漏らす者がいる。


ざわ、ざわ、とすこし騒がしい。


私の真後ろではチッという舌打ちが聞こえる。


久しぶりだ、この感覚は。


俯く。自分がマイノリティだと強く感じる。


嫌われている、と強く実感する。


すべてが初対面のはずなのに。


意味もなく机の小さな傷を真剣に眺めたりして、心を誤魔化す。


現実から少しでも逃避する。


周りの声が少しでも聞こえないように。



「どうぞ。」



机の傷が1つ、2つ。数えてみると意外とあることに気づく。


それでもよく見なければわからないほど綺麗な机だ、入学したらこの机で学べるのだろうか。


あ、この傷、よく見たら文字っぽい。


この机自体の模様もなんか面白いのでは?……いや全然面白くない。



「あの、どうぞ?」



お母さんは今頃何をしているだろうか、帰ってきた私のために豪華な料理を作ってくれていたりして。


無理してないといいけれど。


お父さんが手伝ってなければいいな、手を出すとまるで奇跡が起きたように美味しくなくなる。


あれはきっと呪いだね、いつか解呪の勉強をして解いてあげよう。


きっと泣いて喜ぶに違いない。


と、そんなちょっと微笑ましい光景を思い浮かべていた時だ。


私の肩がトントンと叩かれる。



「ひっ!」



びっくりして裏返った声が上がってしまう。


伏せていた顔を起こすと、青い髪の少女が美しい顔を寄せこちらを覗き込んでいた。


その彼女から私の肩に伸びた手で、彼女が肩を叩いた本人だと理解する。



「解答用紙です。どうぞ。」



彼女から差し出される解答用紙。


それと同時に目に入る、近くで見るととても美しい顔。しかしそれよりも何よりも、彼女の瞳だ。


喜怒哀楽のないその表情からは何も伺えないが、私を見据えたその目は、軽蔑や侮辱、同情の色が一切ない。


この目で見つめてくる人は今まで父か母くらいしか知らない。



「あ、す、すいません、ありがとうございます。」



解答用紙をうけとり、後ろを見ないように紙を後ろに回す。


私を蔑んだ目で見ない人もいる、そんな大きなことに気づけた私の心は弾むように軽くなる、


そうだ、今は試験だ、周りにどう思われようと、私は私の今までの頑張りを発揮するのだ。


馬鹿にするような人たちのせいで私が弱気になってしまってどうする。


集中しろ、集中しろ。


再び前から問題用紙をうけとり、後ろへ回す。


彼女の目で思い出した父や母のため、そして自分のために、私は今日まで頑張ってきたのだ。



「試験開始。」



試験官の声とともに、紙を裏返す音と同時に、カカカカと書き記す音が聞こえる。


この瞬間に、人も獣人も関係ない、平等な戦いが始まる。


私も震える手で、勢いよく書き綴る。


決して負けないと、燃える闘志を感じながら。

そういえばちょうどこのシーズンだね。嫌な記憶しかないけど。(全落ち)(すっぽかし)(寝坊)(なんとか生きてる)


あと帽子とカンニング防止はダジャレじゃないからね、狙ってないからね。

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