第13話 試験勉強
この世界は、太陽暦(あれを地球と同じ太陽とするかは定かではないが)が採用されている。
1日も、時間も分も秒も、地球と酷似しているものだ。
とはいいつつも、この街の時間に対する執着は地球ほどではない。人々は日が出たら動き出し、落ちたら店を閉める。
大体がそんなものだ。
そして時間だけでなく日や週、月に関するものも地球のそれと似通っており、休日や平日と言った概念が存在する。
そして今、私たちは、平日の昼間から図書館に篭っている。
平日の昼間というタイミングでも、私たち以外の利用客がちらほらと見えた。
ドサリ、と私の目の間に本が積まれる。
私たちの近くに座っていた利用客は、積まれた本の量に訝しげにこちらを伺うも、すぐに興味をなくし、自分の本に目を落とす。
「まぁ大体こんなところかしら。」
「ありがとうございます。」
ユリ様によって私の目の前に積まれた本は、魔法やその歴史に関するものだ。
大体ここにある本のことが頭に入っていれば、筆記試験はクリアできるとのことらしい。
積まれた本は背表紙を見る限りでも、火魔法、水魔法、光魔法、生活魔法から召喚魔法、使役魔法、それぞれの歴史に関するものや人物に至るまで多岐にわたっていた。
''光魔法の起源''、''大魔法士ユン・リターナーの生涯''、''魔力生成理論''、''呪文完全暗記180''、''魔法陣数式学''、例をあげればこんなところで、これらはほんの一部にすぎない。
それでも情報の処理は得意分野なのでなんの苦労もない。
「これを覚えるのにどれくらいの時間がかかるのかしら?」
「一度目を通せばデータ化は可能なので、5分から6分程でしょうか。」
「そう。優秀ね。それじゃあ終わるまで待つわ。」
「ありがとうございます。お待たせして申し訳ございません。」
そういうと、目の前にある1冊の本のページをパラパラパラパラパラパラと捲っていく。
めくり終えた1冊を横によけ、新しい本を手に取る。
ページをめくる。そのめくる動作も、繰り返すたびに最適化されていく。
その1冊はいったいどれだけの労力をかけて作ったのだろうか、しかしその労力を一瞬で吸収していく。
そして整理し、処理し、蓄積していく。
新しい本を手に取り、そして新しい本を手に取る。
頬杖をついたユリ様の視線を感じる。
少々感情が作用し気は散るが、それでも最適化された動作に狂いはない。
何故か私の近くで本を読み進めていた利用客も、口を半開きにしてこちらを眺めている。
最後の1冊を手に取る。
それも読み終え、流れるように読み終わりのペースへと積み上げられていく。
きっかり5分で読了した。
「お待たせしました。」
「お疲れ様。使役魔法士ナリエルが使役していた魔物は?」
「植物型の魔物ラフラシ、主に腐臭による魔物避けにも利用されています。」
「大正解。大丈夫そうね。外に出ましょう。」
私は本をできるだけ抱え、本棚へと向かう。
その際に、ユリ様もお手伝いをなさろうとしたため、そこまでお手を煩わせるわけにはいきませんと座っていられるよう促したが、この方が早いからと、本を抱えて本棚へと向かわれてしまった。
ユリ様は効率を重視する方なので、強くは言えない。
私は既に遠い背に感謝を述べながら、人の目につかないところで音を立てずに奔走しつつ、せっせ本を所定の位置へとしまっていく。
ユリ様が一往復する間に五往復分は片付け、机の上は元の通りとなり、図書室を後にしたのたった。
セラはどうやらものすごく目と頭がいいらしい。
一度見聞きたものは忘れない、これは私と同じ。
本で見たものも、道も、殺した人間の断末魔も。
しかしあの一瞬でページ内に書かれていることを見極めろ、と言われたらそれはまず無理だ。
思考スピードもとてもはやい。話していて感じるのは、悩むことは無いか悩んでも一瞬だということ。
レスポンスが早いのだ。
しかし推測や人の心を読むことは苦手としている。
苦手と言っても平均レベルではある。
そして特筆すべきは運動能力。
契約したあとの彼女の運動能力は凄まじいものだった。
恐らく魔力を帯びた私の3、4倍はある。
まだ本気を出してはいないのだろうけど、私が本気を出してもまず敵わない。
しかし彼女にも致命的な弱点がある。
それは魔法が使えないということだ。
別にこれは戦闘に関しては致命的ではない。
彼女は魔法以外に科学という攻撃手段がある。
光魔法のように見える光の柱で攻撃を行っているのも目にしたことがある。
しかし今回の任務に関して、魔法が使えないという弱点は致命的だ。
何せ私たちが向かう潜伏先は、魔法学院なのだから。
「うーん……それじゃあ、ちょっとダメね。」
私はセラの手から焚き火のように燃え上がる火を眺めながら告げる。
今は街から離れた草原で、セラが魔法を使っているように見せる実験の最中だ。
浮かぶ火球、下級魔法を再現したいのだが上手くいかない。
これではただの手が燃えている人だ。
「そうですか……ですよね。」
しょんぼりとした返答が帰ってくる。
初めはこの無表情の顔を見て、感情が薄い子なのかと思ったが、表に現れていないだけのように思える。
それはこの周りに漂う悲壮感が私に正しいと告げている。
最近になって、この子が何を考えているのかだんだんと分かるようになってきた。
いや、初めから分かっていなかったのは私が疑り深いせいだというのは身に染みているが。
突然あなたにすべてを捧げますと言われて、信用できる方がおかしいのだ。
しかし任務とそれ以外に感じても、私に献身的で、隙があるのに危害を加えようとせず、どこにも連絡を取っているように見えない(私に認識出来ない手段の可能性はあるが)ところからも、そろそろ信用しなければ私の方が疲弊してしまうのではないかと考えるようになった。
籠絡されてしまったと言うべきか。
警戒しすぎて寝不足になった翌日に、「疲れが見られます、今晩は早くご就寝なさることをお勧めします。」といわれて、いつの間にやら用意されたホットミルクと、聞きなれないが安心する穏やかな音を奏でられ、部屋に快適な暖まで取られてぐっすり寝かしつけられては疑う気も失せるというものだ。
子守唄まで歌い始める始末。
私をなんだと思っているやら。
とりあえず私の中で、危害を加える気はなさそうなので、何かあってから考えるという、普段私の中では一番取らないであろう選択肢をとることにした。
何せ彼女を探る術を持たないし、現状彼女はあまりに重宝している。
訓練に付き合ってもらう時間などは有益でしかない。
しかし彼女がこのまま魔法に見える術を持たないと、今後の任務は私一人で行わなくては行けなくなる。
今回の任務はガドが、私が新しく得体の知れない人間を連れてきたから何かあるのかと勘ぐって全寮制の学院に入れて監視とともにひとまず遠ざけようと考えてのことでもあるのだろうから、それに反して2手に別れるという手段もありなのだけれど。
「あ、これはどうでしょうか。」
そういうと、セラの手のひらの上に、私が作り出す火球ととても似通ったものを作り出した。
魔力と熱さを全く感じないが。
そしてそれを適当なところに放つ。
その火はまっすぐ進んでいき、やがて地面に触れた直後、通常通りに軽い爆破をし、地面に爪痕を残す。
「すごいわ、どうやったの?」
「いや、あれはただの三次元的な映像でして、爆発は後追いで私が空気弾を放っただけなんですよ。魔法使いには見破られてしまうでしょうか。」
私は顎に手を当て思案する。
「うーん、学院の採点者は魔力を帯びているかどうかは気にしないと思うわよ。というより魔法を感じ取れるレベルのものが採点者になるかは怪しいし。でも熱さを感じないというのは気にするでしょうね。」
「なるほど、熱ですが、それならば試験官に熱風でも当てておけば大丈夫そうですね。」
「そうかもしれないわね。それじゃあ何の魔法が課題として出されるかわからないからほかの魔法も再現できるようにしていくわよ。」
「畏まりました。」
終わったら私の訓練に付き合ってもらおうと意気込み、課題として出されるであろう魔法を見せていく。




