第九話 幸福の裏側に
強烈な倦怠感と汗で目を覚ます。
時計を見ると、針は真一文字に横に並んでいた。
まだ、空に明かりはない。
最近はよく、夜中に目が覚めるようになった。
なにかぼんやりと、夢を見るようにもなった。
楽しく、しかしとても辛い、まるではっきりしない夢。
でも、夢の内容なんて覚えていることの方が少ない。
夢とは、そういうものだ。
目が覚めれば、みんな現実を見る。
それが「大人になる」ということだと僕は思う。
「いってきます」
誰もいない部屋にむかって恒例の捨て台詞を残して、僕は家を出る。
僕は相変わらず、寂しい生活を送っている。
夏休みなのに、誰一人僕の家に遊びにこようなんてやつはいない。
友達がいないんだからしょうがないとは思っているけど。
でも今日は、きちんとした、いかにも大学生らしい予定があるのだ。
「お、遅い……」
待ち合わせの駅前で待っているのだが、かれこれ二十分近く、来る気配も連絡もない。
目の前を通り過ぎる、僕とはまるで別の世界の住人のような煌びやかな人たち。
いつもは激しい劣等感から下を向き、人を避けるように歩くこの駅前も、今日ばかりは胸を張ってこれた。
の、だが。
「もしかして僕、実は遊ばれてたんじゃないか……?」
時計とスマホをちらちらと見ながら、見覚えのある顔を必死に探すが、今のところ来る気配がない。
自分から電話すればいいじゃないか、なんて言う方もいるだろう。
それなりに付き合っていて遊ばれているわけないじゃないかって?
そんなこと、僕には到底いつまでたっても自信が持てない。
電話して、本当に遊ばれていて、馬鹿にされるのが怖いのだ。
もう僕の中では、十中八九遊ばれたということで結論が出ていた。
ので、残りの少しの確率になるべく長くすがる為に、僕は黙って待つことを選んだのだ。
スマホを開けて、写真のファイルを開く。
「久しぶりに整理するか」
スクロールして、いくつかいらない写真を削除していると、見覚えのない写真を一枚見つける。
「なんだ、これ?」
どうやら、どこかの地図のようだった。
かなり薄汚れていて、文字もうまく判別できなかった。
「こんな写真、撮った覚えないんだけどな……」
僕は首をかしげながら、手慣れた手つきで写真を削除した。
と、突然視界が真っ暗になる。
「うわっ!」
「だーれだ!」
必死に低くした、明らかな女性の声が僕の耳元で響いて、腹の底から安堵感があふれてくる。
「……知らない方みたいなので警察に連れて行ってもいいですかね」
「え、ちょっと待ってよ!」
視界が明るくなり、目の前に女性の顔が入り込んだ。
「じゃーん、私でした!」
「遅刻したとは思えないくらいテンション高くない?」
「ち、ちこく……?」
露骨に目をそらしてテンプレのように口笛を吹きだす。
「テンションでごまかそうったってそうはいかねえよ」
「ご、ごめんね! ……実は、電車の中で、お化粧崩れちゃって……そんな顔、見られたくなくて……」
そこで初めて、申し訳なさそうな顔をしてうなだれる。
僕のため、の遅刻なのかと思うと、少しうれしい。
「ま、まあそれならしょうがないけど……」
僕が少し口ごもっていると、彼女が目の前で肩を震わせて笑っている。
「な、なんで笑ってんの?」
「うっそー! 今日はただの寝坊だもーん!」
「……おい」
「はい、ごめんなさい」
それから、僕と彼女は僕の家に向かった。
彼女とは、バイトで知り合った。
基本的にはおとなしいのだが、妙なところで気が強いところがある。
一応、付き合って今日で一ヵ月になる。
「適当に座ってて」
僕は彼女を座らせて、お茶の用意をする。
しかし、人を家にあげたのなんて、初めてかもしれない。
とても緊張して、コップを手汗で何度か落としそうになった。
「お待たせ、って何してんのさ」
「んー、エッチな本探してんのさ」
「いやおい!」
僕はローテーブルにとりあえずお茶を置き、彼女の目論見を阻もうとする、が、彼女の方が一足早く何かを引っ張り出してきた。
「ねー、これ何入ってるの?」
彼女の手には、少し重そうなボストンバックがあった。
「……さあ?」
「さあって、これ自分のバッグでしょーよ」
「そう、だと思うんだけど……」
まるで思い出せない、どこで買ったか。
そもそも、ボストンバッグは別にちゃんと持っているはずなのだが。
「なんかいろいろ入ってるみたいだよ?」
「うん、置いておいて、後で確認するわ」
僕は腰を下ろしながらお茶を口に含んだ。
「しかし、この家暑くない? いや、これは熱いだね」
「いやなんか変換変えたっぽいけど口で話してるんだからわかんないよ?」
「ううううううう熱いいいいい!」
「はいはい、エアコン入れるよ」
と、僕は渋々先日修理したばかりのエアコンのスイッチを入れる。
今よりもっと暑い日にエアコンもつけずに過ごしていた僕としては、今くらいの暑さにエアコンをつけるのは電気代の無駄としか思えないのだけれど。
「ああああああ涼しいいいいいい!」
「いちいちうるさいな」
そんな微笑ましい光景が、少しばかり懐かしく思えたのは気のせいだろう。
「ん、んっんん!」
と、突然せき込み、彼女は正座に座りなおした。
「ど、どうしたの?」
何か小芝居でも始めるのかと思ったが、何やら真面目な顔をしているのでそういうわけではないようだ。
「そ、宗介君!」
「は、はい!」
僕もつい正座してしまう。
「…………誕生日、おめでとう」
そのまま僕の首に腕を回して彼女は僕に口づけをした。
――――ちなみに、僕、本田宗介のファーストキスである。
「わ、私からの、成人祝い……ってことで」
「あ、ああ、あああ」
頭では分かっているんだが、全然声が出てこない。
お互い、夕日に照らされてか、顔が真っ赤になる。
しばし沈黙した後、先に彼女がうつむきながら、小さい声で口を開いた。
「も、もう一つ、プレゼントできるけど……?」
僕も、うつむきながら小さい声で答える。
「……あ、じゃあ、ください……」
空が暗くなり、部屋も暗闇に包まれた。
いつも暗闇は不安な気持ちでいっぱいになるのだが、今は違う。
こんなに幸せな時間があっていいのだろうか。
横に人がいる幸せ。
愛される幸せ。
横で布団に寝そべり、天井を見つめている彼女の横顔を見つめてそう思った。
「はあ、宗介くんももう大人かあ」
「大人、って言っても全然実感わかないけどね」
「ふふ、確かに、さっきも私の方が大人っぽかったよね」
「は、初めてなんだからしょうがないだろ!」
「私だって初めてよ」
そういって、二人でみつめあった後二人そろって顔を真っ赤にした。
「……ねえ宗介君! この後遊びに行こうよ!」
唐突な提案すぎて驚いたが、一応聞くことにした。
「どこに?」
「ふふふ、遊園地」
「遊園地、はこの時間に行ってももう閉まってるよ」
「遊園地っていても、夜に行く方がいいやつ」
「……んん? なにそれ」
一瞬悪い顔をして、彼女はなぞなぞの答えを披露した。
「廃遊園地、裏野ドリームランド!」
「行きません」
なぞなぞでもなんでもない、ただの彼女の趣味だった。
「えー! いこうよう!」
「やだよ、僕が怖いの無理なの知ってるだろ!」
「でもでも、どうしても行きたいの!」
彼女は唇を尖らせて、目をキラキラさせて訴えかけてくる。
くそ、この顔ずるいな。
「それに、宗介君今日で大人になったんだから! 平気だよ!」
「……じゃあ、すぐに帰るなら、いいよ」
「やったあ!」
ああ、本当に意志が弱いな僕は。
子供に駄々をこねられておもちゃを買ってしまう親の気持ちが少しわかった気がした。
それから簡単に支度をして、僕らは部屋を出た。
彼女、河島裕奈は僕の前でスキップなんてしながら楽しそうにしている。
そんな姿を見ていると、僕もなんだかとても楽しい気分になってきた。
「絶対に来たらあかんぞ、そーすけ!」
なにか、頭で聞き覚えのない関西弁が響いたが、気のせいだろう。
「裕奈、はしゃぎすぎて転ぶなよ?」
「はーい!」
裕奈はこっちを振り向いて笑った。
何か企んでいるときの悪い顔をしていたので、きっとサプライズでも用意しているのだろう。
どんなリアクションをしてあげるか、しっかり考えといてあげよう。
今夜は、最高の記念日になる。
ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました!
なんだか、本当に暗中模索で作り上げた初のホラーでして、自分でも不甲斐ないことだらけです。
こんな作品ですが、最後まで読んでくれて、本当にありがとうございました!
感想など、お待ちしています!




