ぼくを穿つ感覚
──夢は、もうすぐ終わる。
なぜなら、泣き叫び逃げまどう彼女を、路地の奥まで追いつめたから。
恐怖にすくみ涙を浮かべる彼女を見下ろす。
ぼくもまた、泣いている。
彼女は、僕を仰ぎ見て呟く。
「……ねえ、何故? わたし、これまでずっとあなたのことが大好きだった。あなたがそばにいてくれて、ほんとに幸せだった。いつかふたりが別れることになっても、それはどうにもならない何かが起こったときだけだと思ってた。……ねえ、信じられないの。なんであなたがそんなものを持ってるの?」
「これかい」
ぼくは右手に握っている銃を見下ろした。
まるで玩具のような、安物の自動拳銃だ。握る銃把の冷たさは、まるで身体の熱を奪っていくかのようだ。
「……殺すの?」
彼女は訊いた。
怯えきったその顔は、しかし、どこまでも僕に親しみを覚えさせる。
いつだって見ていた顔。そして、これからもずっと見ていたかった顔だ。
そう。出来うるなら、彼女にはずっと笑っていてほしかった。
「……ああ、そうしなければならない」
したくないさ。せずにすめば。
いまから殺すよ。ぼくの好きな君を。大好きな君を──。
ぼくは彼女の眉間を狙い、引き金を引いた。
撃発、銃声。鋭い反動とほぼ同時に、弾着。
ごく小さな弾頭が、彼女の頭蓋を撃ち抜き、反対側へと抜ける。
そして、彼女の頭がぐらりと揺らぎ、その重さに耐えかねるように、上体もそのまま後ろへと倒れる。ごっ、という、頭を強く打つ音がしたような気がするが、鼓膜に突き刺さるような銃声の後だ。耳鳴りがひどくて、なにも分からない。
ぼくは銃を捨てた。
──見てるかい? もう終わりだ。すべて終わりだ。
──早く、ぼくをもとに戻してくれ。……早く!
だが、ぼくの願いは徹頭徹尾、無視される。
それは死への願いでさえ例外ではない。
ぼくが望むものは、なにひとつ叶えられない。
ここはそういうところだから。
ひとつぶ大きく零れた涙を、ぼくは拭わなかった。
* * *
……結局、ぼくはそれから小一時間も解放されることなく、『街路』という状況のなかで、殺人の記憶を反芻しながら待つことになった。
そして、周囲の景観がなんの予兆もなく崩壊し、視界が完全に失われたとき。
「……訓練は終了だ。お疲れ様」
と、聞き慣れた声が耳に届く。
からりと晴れた空のような、男の声だ。
そのよく通る声が、いまは無性に忌まわしい。
そして、ぼくは覚醒する。
まるで渋皮のように眼球にはりついた瞼を開けて、周囲の様子を確認する。
簡素な一室だ。天井の照明が、いやに眩しい。ぼくの身体が横たわっていたベッドのほかには、縦長のラックに納められたコンピュータが数台。そこから伸びた細いケーブルは、ぼくの頸部のI/Oインターフェースに接続されている。
そう。これが、さきほどの「悪夢」の供給源だ。
ぼくは上体を起こした。ひどい疲れを感じている。身体に由来するものではない。まるで精神に溶けた鉛を流し込んだかのような、心の疲労だ。
かなうならば、全ての精神活動を停止させてしまいたい、とすら思う。
だが、それはぼくには許されていない。まだ、為すべきことがある。
そう思って、深呼吸をひとつ。ここが現実だ。
「次は、きっと……」