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ちょっと長め。
10日ほどののんびり行程を経て、俺たちは首都にたどり着いた。
山越えをするのである程度の時間はかかるが、徒歩ではないのでそれほどの時間はかからない。
しかし、そこで問題が発生した。
「城への謁見の順番が来るまで我が家に」
「お断りします」
「……」
謁見予定はあるとはいえ、そこは城。
当日すぐ謁見できるはずもなく、予定が3日後になっているとのことで3日ほど猶予が開いた。
その間他の貴族に接触されるのは本意ではないらしく(俺も本意じゃないが)、宰相の豪邸に招かれたわけであるが……。
イヤに決まってるやん。
「ニックー。ギルマスの家は行けるよね?」
「もちろんっす。送ってくるように副ギルマスにも念を押されてるっすよ」
「だよねー」
ギルマスの家は当然ながらギルドのほど近くにあり、周りもギルド職員で固められている。
貴族街ではないものの治安の良さには定評がある位置だし、貴族街からもそう遠くなく城に関してもすぐ行ける位置だ。
どう考えてもギルドにお世話になるのが正解である。
「で、ですがおよび立てしたのは我が家にもかかわりがありますし……」
「それでも親戚の家があるのにわざわざ他人の家にお世話になる必要はないかと思いますが?」
「たにん……」
他人ですよ?
何を言い含められてるのか知らんけど。
「ここまで連れてきていただいてありがとうございました。ではまた三日後に」
それまで言外に会う気すらないよと伝え、にっこりと別れる。
あくまで仲たがいというよりはギルドに義理を立てるという形を取った方が無難そうだしな。
あとほかになんかぽこぽこと生まれてきても面倒だから、ギルドの護衛が多いままにギルドへ行き、あとは保護してもらうのが筋だろう。
ティナに同情はだめだよと伝えておいたので、少し微妙そうな顔をしているもののティナも俺についてくる。
俺たちの姿が見えなくなるまで彼女は見送っていたようだが、俺は全く振り返らなかった。
☆
「よく来たわねティナちゃん!」
「エレン伯母様、お久しぶりなのです!」
ほどなくダグさんの家――割と豪邸にたどり着くと、そこではほっそりとした肢体の女性が待ち構えていた。
ティナを抱きしめる腕も細くたよりなさそうだが、それでも存在感は姿と反比例している。
この人多分、高レベルなんだと思う。
なんか威圧感じるもん。
「初めまして、サレスです」
ティナを抱きしめているダグさんのお嫁さんにお辞儀をすると、にっこりと笑って迎え入れられた。
「初めまして、エレンファーラよ。エレンと呼んで?」
「エレンさん。しばらくの間お世話になります」
「うふふ。礼儀正しいのね」
どうぞ、と迎え入れられた豪邸に入ると、そこにはずらりとメイドさんが並んでいた。
OH獣人のメイドさんいっぱい……。
ティナとは違った感じの大人の色気がいろいろ駄々洩れだな。
手を出す気はないけど、眼福ではある。
「二人の部屋は一緒でかまわないかしら?」
「はい。何かあったときに助けられないのは困りますので」
「あら、言うわね。でもまあ、強硬手段を取らないとは限らないのが、馬鹿貴族というものよね」
おうふ。バカって言いきったよこの人。
館強襲とかありえると普通に思ってるみたいだなぁ。
まあ、貴族街でない分荒事をする人間が多い可能性はあるんだろうな……。
思ったよりこの国の首都、獣人多かったしね。
気になって確認したら、人族以外だと3割くらいいるっぽかった。
3割の細かい分類が雑多すぎて、人族がメインなんだろうなとしかわからんが。
「とりあえず警備は強化しているけど、何かがあったらすぐ言ってちょうだいね」
「はい」
「ニックもご苦労様。とりあえずギルドに護衛終了の通知をお願いね。もう少ししたら私も一度ギルドへ戻るから」
「了解っす。じゃあサレス、お嬢、三日後にっす!」
宅内についてきていたギルドの護衛はニックだけだったが、単純に依頼完了の印をエレンさんにもらうためだったらしい。
さっさと帰ったニックを見送りつつ、俺はニックの言葉について考えていた。
三日後ってお前ついてくるの確定なんかい、と。
まぁ俺としても気ごころ知れてるニックがいるのは心強いというのはあるんだけどね。
あいつあんな軽いなりなのに、相変わらずきれいな青(味方色)なんだよな。
不思議だなー(棒)。
「ここが客間よ。少しお茶でもしましょうか」
「はい、なのです」
ダグさんのことが心配でもあるティナは、エレンさんの言葉にすぐ同意した。
お茶って事はきっと、今現在の様子も教えてくれるってことなのだと思う。
だから俺も素直にお茶用のテーブルセットの椅子にこしかけ、メイドさんがお茶を用意してくれるのを待つ。
メイドさんが退出すると、エレンさんはおもむろに口を開いた。
「あなたたちはどこまで教えられているかしら?」
「ほとんど教えられていないと思っています。俺たちが知っているのはダグさんが呼び出されたこと、宰相の娘がわざわざ俺たちを迎えに来たこと、あと宰相の説得がうまくいってないらしいということの3点のみです」
「そう」
ここに宰相の思惑が駄々透けだなとか、ニックの謎の言動はきっとギルド仕込みですよねとか言えることはあるが、とりあえず彼女が敵ということはまずないだろうから余計なことは言わない。
「ちなみにダグは今、城で監禁中よ」
「監禁!?」
「監禁と言っても、彼の力を知っている時点で無駄なのもわかっているから、王様と顔を突き合わせてるだけともいうわね。一応書類仕事もできなくはないでしょうし。城の情報によると不機嫌そうに王様の護衛をやってるみたいね」
「……」
ダグさん、何やってんのという感じだ。
まぁ王に反逆する意思がない以上、王の傍にいることで対外的にアピールしているってことみたいだ。
王様なんか扱い雑じゃね?
まあ、元同じPTってことで、案外王様とは気が合うのかもしれないが。
「まあ、ダグのことはいいのよ。ほっといても死んだりはしないから」
「お、伯母様」
「英雄レベルの人間を策略で殴ったりしたら、町の人間が黙っちゃいないもの。そこを敵にする気概はさすがにうちの国の貴族にはないわ」
お茶に口をつけると、とてもやさしい味がする。
美味い。
「でも、あなたたちは違うわ」
「まあ、そうでしょうね」
英雄の姪とはいえ、獣人でしかも養女。
ダグさんとの仲も良好とは言え、保身のために切り捨てられてもおかしくないと思っていそうなんだよな貴族どもは。
いや、切り捨てとすら考えていないか。
単純に俺に気に入られさえすればいいという意見が大半である気もする。
「……あなたたちが取れる手はそう多くはないわ」
「はい」
「一つは宰相の娘と結婚すること。私たちはこれを選んでも、あなたを責めたりはしないわ。身の安全は大事ですもの」
「一番取らなさそうな選択肢から言うんですね?」
「取らないの?」
「まず間違いなく除外する選択肢です」
一番無難な手であるのかもしれないが、俺的には真っ先に外す選択肢だ。
俺の意見は想定内だったのか、ため息をつきつつエレンさんは次の選択肢を示す。
「二つ目は王に仕官すること。貴族と結婚しなくても国に仕えるというのであれば、まあ仕方ないですむわね」
「却下ですね」
「あら、どうして?」
「宰相の娘と結婚しなくても何人嫁を取らされるかわからない選択肢なので一番目以上にありえないです」
「仕官する条件に結婚拒否を入れればいいんじゃない? 強要された時点で契約破棄にすれば飲んでくれると思うわよ?」
「……あ、その手があった」
国に仕える=めんどくさそうで考えていたが、ダグさんの上官の王様であれば別にそれほど悪い気はしないんだよな。
大体戦争関係に口出す気はないが、そもそもこの国あんまり戦争するような弱小国じゃないし。
隣国に関しては防衛戦があるかもしれないが、獣人にも優しいこの国の戦力は高いとダグさんが言っていた気がする。
「仕えるのがイヤってわけではないの?」
「縛られるのはあんまり好きじゃなんで最終手段にしたいですね……」
問題があるとすれば、契約をするってこと=俺が隠しているいくつかのスキルも教えるということになる。
そうすると結婚は強要されなくても、戦力的に阿呆みたいに使われる可能性は0じゃないんだよね。
あと今の王様が良くても息子がどうなるかとかわからんし、そもそも俺戦闘スキルもそれなりに高いんだよね……。
4属性持ってて魔力もステータスも高いとか、最終兵器すぎるわ。
あんまり縛られるのは良くないと思う。
あと宰相がなんかすごい明後日の手を使ってきそう。
「まあ、そうよね。貴族にならないと仕官は無理となりそうだし、領地などに縛られて契約緩和とか画策されないとは言えないから正直ただの問題の先送りとも思えるもの」
「あ、やっぱりそっちの問題もありますか」
「ええ。この策を取るなら完全に先を読まないと痛い目を見るのはあなたね」
俺の考えを読んだようにしゃべるエレンさんに頷くと、エレンさんは満足そうに続きを話し始める。
もしかしてこれ、俺を試しているのかな?
彼女が俺の味方であるのは、まぁ見ていればわかるからいいんだけどね。
「三つ目はそうね、ダグのことは気にせず出奔する」
「追っかけられませんかね」
「クーデターも何も、まだ子供すらいないのよ? そのまま追放されましたってことになるわね」
「逃げ切れる気がしないなぁ」
「普通に大ごとになるわね。あなたなら逃げ切れそうだけど」
それも考えないではなかった。
リドさんたちの領土は辺境で、森に接していて未開発地域も多い場所。
森に逃れ、奥地で適当に住むところを探してのんびり住むというのもありかなとは思っていたのだ。
実際できるかどうか試したことがあるんだけど、あれだね。
俺って割と最終兵器なんだなって確認できただけだったね!
そもそも強い魔物はテイムすりゃいいんだよ。
俺のテイムスキル、ぶっちゃけ相手の強さ関係なしに発動らしくて奥地にいたなんかおっそろしいのもなついてきたんだもん。
テイムしたら大ごとなので見なかったことにしてまた今度遊びに来るねと約束して置いてきた(騙した)が。
ちなみにドラゴンとかもふもふじゃないです。
ただの大蛇です。
懐いてきたらなんでもかわいいけどね!?
つるつるつすべすべの魅力にちょっと目覚めそうになって他にもいくつかOHANASHIした子がいたかもしれないけどね!?
「逃げ切れはするんでしょうけど、後々めんどそうなんですよねー……」
「この国に舞い戻ってきたら捕まった時大変そうねぇ」
「やっぱりそうですよね。さすがに文明的な生活をこの歳で手放すのはさすがにアレ過ぎるかなと思いますし、別の国へ行ったところでこの国以上に過ごしやすいかというと近隣では微妙ですし」
「この国以外は獣人は過ごしにくいでしょうね」
「隣国ほどじゃなくてもやっぱりそうですよね……」
俺が望むのは、嫁のティナとのんびりした生活だ。
今のリドさんとこの領地は住み着いてもいいかなと思うくらいには良くしてもらったが、このごたごたが済まない限りは戻るのも許されない。
なんだかんだ、この問題に関しては決着をつけないことにはどうしようもないのだ。
「まあ、私もこの選択肢はどうかと思うわね」
「俺も先送りしても仕方ないなとは思います」
一息つきつつお茶を飲むと、俺たちの会話にぼんやりしていたティナがエレンさんに向き直った。
「伯母様」
「なあに、ティナちゃん」
難しい話は俺の担当であるが、ティナにも思うことがあるらしい。
エレンさんの顔をしっかり見ると、ティナは思い切ったように話し始めた。
「わたし、負けたくないです」
「まあ」
「みんなみんな、サレスのスキルしか見てくれません。サレスがどんな思いでいるかすら考えてくれません。――そんな相手に、私は負けたくないのです」
「ティナ……」
10日ほど前は、まだそこまで気づいていないようだったのに。
なぜ俺がこれほどに嫁強要を嫌がるか、ティナなりに考えてくれていたのだろう。
この話、なぜ嫌がるのかについてはこの一言に尽きる。
誰も俺の感情を考えてくれていない。
俺は、ティナと幸せな生活を送りたいのだ。
そこには権力も必要なければ、他の嫁も必要ない。
考え方が根本的に違うのだということを理解してくれないからこそすれ違うのだと、ティナ自身はようやく気づいてくれた。
気づいてくれて、一緒に二人でいられるように頑張るって言ってくれた。
ティナは俺の望みであるなら嫁が増えることに関して我慢しようとしていた。
でも、俺はぶっちゃけそんなことは望んでいない。
権力なんていらない。
力を必要ないとは思わないけど、縛られるほどの力はいらない。
『俺は貴族になりたいと思わない』
『王に認められたいとも思わない』
この国の人間が望むことを、そもそも望んでいないからすべてが無駄なのだ。
暴論ではあるがそう言い聞かせたら、ティナはちゃんと理解してくれた。
そしてなんていうかうん。
がっつり強くなった。
それはもう、暴走する勢いで。
「それでサレスと話し合ったのですが……」
「あ、ティナ、それは待った」
「私たち、宰相様に喧嘩を売ろうと思うのです」
あ、言っちゃったよこの子。




